目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第106話 銀色の魔女

 小夜楢未来が藤咲旭人を伴って遠出したその日、西御寺篤也は地球防衛部の前顧問である秋塚千里の紹介で、陽楠市の山奥に建てられた小さな塔を訪れていた。

 外観から連想するのはバベルの塔だが、こぢんまりとしていて三階までしかない。

 それでも息苦しいまでの威圧感を受けるのは、この塔そのものが強い魔力を秘めているからだ。場所もちょうど霊脈が交わる地で、塔に住む人物がそれを利用しているのは明らかだった。

 この塔を根城にしている人物の名前は春守はるす愛綺あき。世界でも稀な魔法使いと呼ばれる人種だ。

 彼ら魔法使いは魔術師とは次元の違う存在だ。

 魔術師が世界を構築する法則に従って力を行使するのに対して、魔法使いは法則そのものを操ることが可能だという。

 地球防衛部の創設者である星見咲梨は、その中でも最強の存在と目されていたが、それには及ばずとも魔法使いという人種は、そうであるというだけで畏怖すべき存在だった。

 とりあえず身なりを正すと、篤也は小さな階段を上って塔の扉を叩く。

 それは軽いノックのはずだったが、それだけで扉が外れて内側に倒れ込み、砂埃を舞い上がらせた。


「…………」


 思わず硬直する。

 機嫌を損ねるのは非常にまずかろうと思われる相手の住居だというのに、いきなりこれだ。

 ここは逃げるべきかと、わりと本気で考える篤也だったが、それよりも早く塔の主が上の階から降りてきてしまった。


「いらっしゃい。話は千里さんから聞いているわ」


 外れた扉は、きっちり視界に入っているはずだが、魔法使いの反応は穏やかだった。

 出で立ちはいかにも魔法使いですと言わんばかりのとんがり帽子とローブ。

 年の頃は篤也の教え子と同程度に見えるが、魔法使いの外見年齢は魔術師のそれ以上にアテにならない。おそらくは不老だ。

 長い銀髪と青い瞳が印象的な美しい女で、日本人のような名前に反しておそらくは白人だろう。

 魔法使いは突っ立っている篤也を見て、小首を傾げたが、すぐに事情を察して口を開いた。


「扉のことなら気にしないで。魔法で造った間に合わせの扉だから、すぐに建て付けが狂うのよ」

「あ、ああ」


 なんとかうなずいて、促されるまま後に付いていく。

 思ったような威圧感はなく、背中も隙だらけに見えるが、おそらくそれはレベルが違いすぎて、相手の力量が測れないだけだ。

 もしこの瞬間、篤也が飛びかかったとしても一撃で返り討ちにされるだろう。

 そう思っていたら、魔法使いは廊下の途中でスッ転んだ。


「…………」


 いろいろと予想外だが、これはこちらを油断させるためなのだろうか。

 だんだん考えすぎな気がしてくる篤也の前で、魔法使いはのそのそと立ち上がると大仰に溜息を吐いた。


「やっぱり咲梨みたいにはいかないわね。物質を魔法だけで構成すると、すぐに劣化して狂いが生じるのよ」


 それを聞いて、改めてよく見ると床にわずかな段差が生じている。


「魔法だけで物質を構成できるものなのですか?」


 興味を抑えきれずに篤也は質問した。


「土や石を加工する方が簡単なんだけど、ちょっとした対抗意識よ。彼女はほら、あなたたちが使っている金色の武具アースセーバーの作製者でしょ。あれって魔法だけでできているのよね」

「魔法だけで……」


 言われるまで考えたことはなかったが、どうやらそういうことらしい。

 てっきりどこかの鍛冶屋が原型を造ったものだと思い込んでいたが、あらためて考えてみればそんな人物の名前は聞いたことがなかった。


「言い方を変えれば金色の武具アースセーバーは物質化した魔法なの。だから決して壊れることはないし、担い手に合わせて形を変えることすらある」

「形を変える?」

「今の部長が使っている武器は、もともとはただのハンマーだったのに今はロケットハンマーになってるでしょ」

「なんと……」


 篤也は元の形状を知らなかったため、最初からああいうモノだと思っていたが、知らぬ間に進化していたようだ。

 それにしても、円卓ですら詳しくは知らぬであろう地球防衛部の内情に通じていることには驚かされる。それが魔法使いというものなのかもしれないが、いずれにしても、篤也としては自分の無知を突きつけられるような想いだった。


「とにかく、足下に気をつけながらついてきて」

「あ、ああ」


 魔法使いに案内されて二階に上がると、室内には数枚の畳が敷かれていて、中央にはちゃぶ台と座布団が置かれていた。

 さすがにもう驚かない。魔法使いのような超越者は変わり者が多いと噂には聞いていたが、それが事実だったというだけのことだ。塔の窓に簾がかかっていたり、風鈴が鳴っているのはシュールではあるが、きっとそういう趣味なのだろう。

 やや無理やりではあったが、篤也は自分を納得させた。


「座ってちょうだい」


 促された篤也は靴を脱いで畳に上がると行儀良く座布団の上に正座した。

 その対面に魔法使いが座り、帽子は被ったまま、急須でお茶を注ぐ。


「どうぞ」

「いただきます」


 とりあえず頭を下げて一口啜る。

 普通の味だ。スーパーで売っているものに違いない。


「それで、何が知りたいのかしら?」


 魔法使いに訊かれて篤也は、しばし考え込んだ。

 実のところ千里からは、ここに行くようにと言われただけで、何かを質問することなど想定していなかった。

 あるいはそのへんの事情を察したのか、魔法使いは苦笑気味に微笑むと、自分から内容を提示してくる。


「たとえば、ハルメニウスのこととかどうかしら?」

「ああ、それで頼む」


 篤也がうなずくと、魔法使いは自分もお茶を一口啜り、軽く喉を潤してから話し始めた。


「わたしが観測した限り、あれは純然たる力の場で歪んではいなかったわ」

「なに!?」


 思わず鋭い声をあげてしまうが、魔法使いに気にした様子はない。


「たぶん、マリスは最初からあなたの彼女の中に潜んでいたのよ」

「耀の中に?」

「ええ、どこかで取り憑かれたのでしょうね」

「では、あの事件は……」

「知性を有した小物のマリスが、強大な力を得るために神聖術の力の場を召喚して融合を試みたのよ。もちろん、それだけの力を得るためには器の方も並大抵ではダメだから、それで未来の身体を欲したのでしょうね」

「…………」


 しばし茫然とした後、


「なんということだ……」


 篤也は何とかそれだけを口にした。

 今までハルメニウスそのものを強大な存在だと思い込んでいたが、実はそれほど大した敵ではなかったようだ。もちろん小物などと言っても、それは魔法使いから見た場合の話で、落ち武者などよりは、よほど強力な存在だったであろう。

 それでも実物よりも遥かに強大なものとしてみていたのは事実であり、だからこそ怖ろしい話でもあった。


「まさかマリスが、あんな方法で力を得ようと画策するとは。しかも周到に時間をかけて……」

「マリスの多くはまともな知性を持たないけど、希にこういうのがいるから油断ならないわ」

「ああ」


 そいつがいつから耀に取り憑いていたのかは定かではない。少なくとも未来を蘇生させた六年前には、もう取り憑いていたはずだ。

 いや、もしかしたら死者の蘇生という計画を立てたその時からかもしれない。

 考えれば考えるほど薄ら寒くなる話だった。


「だけど、結局はそれも地球防衛部によって排除された。末恐ろしいくらいだわ。結成当初は誰もが小馬鹿にしていた素人衆が、幾度となく大事件を解決しているなんてね」

「あなたは初代部長をご存じのようですが、いったいどのような方だったのですか?」


 かねてより興味のあったことを訊いてみると、魔法使いはどこか困ったように笑った。


「敵わないわよ、彼女には。魔法使いとしても、人間としてもね」


 親しみを感じさせる相手の態度に、篤也は後ろ暗い想いを感じた。

 彼自身は関わっていないが、星見咲梨を暗殺したのは父親とその配下たちだ。


「あなたが気にすることではないわ。それに彼女は別に……」


 何かを口にしかけたものの、魔法使いはそこで取りやめたようだった。

 奇妙に感じたが、篤也も聞き出すことは避ける。話せることならば、そのまま続けていただはずだからだ。


「とにかくわたしは地球防衛部のアドバイザーだから、困った時は、いつでも頼ってちょうだい。それが、わたしが仕える人の望みでもあるからね」


 どこか誇らしげに魔法使いは告げた。

 彼女が誰に仕えているのかは定かではないが、やはりよほどの人物なのだろう。

 それにしても地球防衛部に関わりのある人々は、誰も彼もただ者とは思えない。いったいどのようにして今の状況ができあがったのか興味は尽きなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?