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第113話 合流

「残念ながら、槇村には逃げられてしまいました」


 深天の話を朱里と藤咲は慚愧が運転する車の中で聞いていた。目指す先はもちろん御古神村。槇村が口にしていたその場所だ。

 授業はすっぽかしたが、地球防衛部のマントを身に纏っていたため、学校を抜け出すのに苦労はなかった。込められた魔法の力によって一般人に注視されなくなるという力のお陰だ。

 さすがに授業が始まれば教室にいないのは丸分かりなので、後ほどお説教を受けるのは確実だが、今はそれどころではない。

 地球防衛部の部室から朱里たちはそれぞれに金色の武具アースセーバーを持ち出して、完全に臨戦態勢だ。隠し倉庫には鍵がかけられていたが、そちらの鍵も預かった部室の鍵と一束になっていたため、装備も問題なく持ち出せた。

 ハンドルを握る慚愧は見るからに強面で、今も凶悪な笑みを浮かべているが、話してみると意外に気さくな人柄だ。


「予想外の邪魔が入ってな。今にして思えば、地球防衛部そっちの関係者だったんじゃないかって気がするが、あん時はまだ深天から事情を聞いていなかったんで、上手く説明できなかった」


 結果として槇村を取り逃がし、先手を打たれることになってしまったが、さすがに不可抗力だろう。


「とにかく急いでくれよ。ハルなんとかって奴の話だと、狙いは未来さんなんだろ? だとすりゃあ、槇村って奴に騙されて誘い出された可能性が高い」


 藤咲は焦りを隠す余裕もないようだが、もちろん慚愧も飛ばしてはいる。さすがに見通しの悪い場所などで無茶はしないが、じゅうぶんに道交法違反レベルだ。


「でも、槇村って人は、いったいどうしちゃったんだろ?」


 朱里が膝の上に載せたコカトリスの背を撫でながらつぶやいた。

 表情を曇らせながら深天が首を左右に振る。


「分かりません。ただ、彼は本気でした。本気でわたしを殺しに来ていました」

「あんたには悪いけど、未来さんの命を狙うような奴に、俺は遠慮なんてしないぜ」


 藤咲は憤りを隠そうともせずに金色の剣を握りしめる。以前希美が言っていたとおり、魔力を無効化する指輪を外せば彼も金色の武具アースセーバーを手にすることは可能だった。

 そんな彼に向かって、ハンドルを握る慚愧が、何気ない声で話しかける。


「これから敵と戦おうって男が、闘志に満ちているのは結構なことだが、お前に人が斬れるのか?」

「未来さんのためならできるさ」


 強ばった顔で言い切る藤咲。

 しかし、慚愧はあっさりと否定する。


「無理だな」

「無理じゃねえよ」

「無理なのが普通なんだよ。人の命を奪うってのは、よっぽどのことだ。お前がどんなに勇敢な人間でも、いざ殺そうとしたら必ず躊躇う。そして敵はその隙を見逃さねえ」

「お、俺は……」


 言い返そうとする藤咲だが後が続かない。

 朱里も長らく誤解していたが、藤咲はお調子者ではあるが、考えなしではないようだ。悔しげな顔で相手の言葉の正しさを認め、その上で問いかける。


「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」

「殺せないことを自覚しながら戦うことだ。それはそれでなかなかに危なっかしいが、殺せると錯覚して戦うよりはマシだ」

「そうか……」


 嘆息する藤咲。歯がゆい想いが横顔から見て取れた。

 何か声をかけようと言葉を探す朱里だっが、それより先に深天が口を開く。


「その点、現役の雨夜さんたちはどうなのでしょうか? 相手が人間でも戦えるのでしょうか」


 朱里や藤咲に答えられる疑問ではなかったが、これには慚愧が返答した。


「エイダって女は俺のことは殺そうとしなかったが、必要と感じれば躊躇いなく敵を殺すだろう。円卓の騎士は世界最高の兵士だから、これは当然だ」


 二度にわたって彼女に敗れている慚愧だが、その口調は友人のことでも語るかのように軽い。


「朋子って女は端から相手を殺そうとしていなかった。できるかできないかまでは見極めがついていないが、戦い慣れはしているようだったな」

「雨夜は?」


 藤咲が訊くと、慚愧は口元に凄味を感じさせる笑みを浮かべる。


「あの女については疑問の余地はねえ。あいつが向けてくる殺気は完全に殺人者のものだ。たぶん、過去に相当な人数を殺しているだろうぜ」

「まさか……!」


 非難じみた声をあげる朱里。友達を侮辱されたように感じたのだ。あのやさしい希美が殺人者だなどと、とうてい信じられる話ではない。

 だが、慚愧は平然と続ける。


「やさしい奴には人は殺せねえ――なんて考えているのなら大間違いだぜ。この世の中、そういう奴ですら、敵を殺すしかないってケースはいくらだってあるんだ。たぶん、あの女は過去に地獄を見ているだろう。未来もそうだが、そういう奴の殺気は一種独特だからな」

「地獄……ですか」


 つぶやく深天。

 彼女が何を感じたかを見越したように慚愧が告げる。


「そうだ。言っちゃあ悪いが、あの嬢ちゃんが抱え込んだ苦しみに比べれば、お前の絶望なんざ軽いもんだろうよ」

「そうなのでしょうね」


 深々と溜息を吐くと、深天はやるせない笑みを浮かべた。


「けっきょくわたしは空虚なだけでした。本当の意味で絶望できるほどには、わたしはまだ現実を生きていません。それは槇村も同じなのですが……」

「お前は賢明だな。出自に関わらす人間というものは自分の傷が一番深いものだと思い込みがちだ。あの小僧もそうなのだろう。だから世界を恨み、人を恨み、そこをハルメニウスにつけ込まれやがった」

「なんとか目を覚まさせてあげられれば良いのですが……」

「できるなら、そうしてやるのが一番だが、ハルメニウスの歪んだアイテールを受け入れたのなら望み薄だな。奴自身がマリスと化している可能性が高い」

「人間がが怪物になっちゃうんですか?」


 ギョッとする朱里。マリスについて、希美からある程度のことは聞かされていたが、こんなケースについては考えたことがなかった。


「負のアイテールはあらゆる存在を歪ませる。当然のことだ」

「もしそうなっていたら、結局殺すしかねえのか……」


 つぶやく藤咲。今度は冷静らしく、さっきとは逆に気後れしているように見える。


「心配すんな。そん時は俺が始末をつけてやる」


 さらりと告げる慚愧。好戦的な彼らしい言葉だが、話していて感じたのは意外な思慮深さだ。ならば決して軽い気持ちではないのだろう。


「あんた、本当は何者なんだ?」


 藤咲が訊くと慚愧は彼らしいニヒルな笑みで応じる。


「俺にも取り戻したいものがあったのさ。ハルメニウスに死者を蘇らせる力があるならば、外道に落ちてでもって思ったが……バカげた話だ。奴はやはりただのバケモノだったようだ」

「死者を蘇らせる……?」


 目を丸くする朱里だったが、そこで慚愧が突然スピードを緩める。

 驚いて前を向くと、前方に車の列ができているのが見えた。


「渋滞?」


 自動車道の途中、意外なところで道が詰まっている。幸いというべきか、完全に流れが止まっているわけではないが、これでは徐行を強いられてしまう。


「ちっ」


 舌打ちする慚愧。周囲を見回すが、もちろん抜け道などはない。

 逸る気持ちを抑えつつ、そのまましばらく進むと、大きなトンネルの前に白バイやパトカー、さらには国際保健機構のロゴが入った大型のバンが止まっているのが目に入った。


「ありゃあ、円卓の偽装車両だぞ」


 顔をしかめる慚愧。彼はいちおう手配中の身だ。


「雨夜さん!」


 見知った背中を見つけて朱里が声をあげた。

 それは間違いなく希美だった。パトカーのすぐ傍らで、朋子とふたり、作業着姿の男たちと何やら話し込んでいる。

 慚愧は躊躇うことなく車をそちらに寄せると、パトカーの後ろに停車させた。

 ドアを開けて一同が外に出ると、希美もこちらに気がついたらしく、深天と慚愧を見て目を丸くしている。


「おい、希美。未来さんはどこだ?」


 真っ先に駆け寄った藤咲が、無遠慮に希美の両肩をつかむ。

 希美は迷惑そうに顔をしかめると、その手をつまんで除けた。


「みんなは先に行ったけど、それよりも……」

「なんだって!?」


 いきなり声をあげた藤咲に言葉を遮られて、希美は顔をしかめた。


「何がどうなっているのか説明してくれるかな?」


 落ち着いた声で問いかけたのは朋子だ。ただし、相手は藤咲ではなく慚愧だ。取り乱した藤咲よりも、かつての敵の方がマシな話し相手に思えたのだろう。


「ああ、だが急いだ方がいい。事態は急を要するからな」


 その答えを聞いて、希美が提案する。


「なら移動しながら話し合おう。魔術を使えば仲間内での念話が可能になる」

「了解した」


 慚愧がうなずくと、希美は一同を集めて何かの術を全員にかけたようだった。

 とくに呪文を唱えることもなければ、派手な光が出ることもなかったため、傍目には何をしたのかよく分からないだろう。

 それでも当事者たちは不思議な力が自分たちに作用するのをハッキリ感じていた。

 以前、金色の武具アースセーバーを使って戦った朱里には、それが魔力と呼ばれる力であることがハッキリと理解できる。

 それまでは魔力という力を知覚したことはなかったが、一度でもあれを使えば自然と感じられるようになるらしく、今では武器を手にしていない時でも自分の中に宿る魔力を感じることさえできた。


(今度、希美にもっといろんな事を教えてもらおう)


 魔術や魔力についての興味を自覚する朱里だが、さすがに今はそんな場合ではない。気持ちを切り替えると、コカトリスを胸に抱いたまま、仲間たちと共に再び車に乗り込んだ。

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