目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第122話 とびっきり防御力が高い魔法の服

 未来の頭の中は真っ白になっていた。状況の変化に思考が追いつかない。

 今度こそもうダメだとあきらめかけていたところに、突然現れた雨夜希美あのむすめは、よりによって未来を磔にしたままの十字架を魔術によって飛行させた。

 半裸姿で十字架に駆けられたまま空を飛ぶ羽目になった女など、人類の歴史をふり返っても、きっと他にはいない。

 もちろん希美に悪意があると言いたいわけではない。

 自分に課せられた、あんまりな運命に、どうしようもなく凹まされているだけだ。

 だが、後ろからはハルメニウスが追って来ているはずなので、いつまでも茫然としているわけにはいかない。

 なんとか気を取り直して――と思った途端に、未来は冷たい氷の上に投げ出されて目を白黒とさせた。


「あっ、悪い。慣性を殺しきれなかった」


 希美が慌てて駆け寄ってくる。

 大した痛みは感じなかったので、そのまま身を起こして辺りを見回せば、どうやらそこは大きな雪室の中のようだった。


「ハルサメサウルスの奴は、あとしばらくは空飛ぶ十字架を追い回しているだろう」


 言われてみれば十字架はどこにも見当たらない。

 どうやら飛行中の十字架から空間転移で、ここに避難したようだが、相変わらず無茶をする。ただでさえ魔素が乱れた場所で、他の術を操りながら空間系魔術を使うなど、普通ではあり得ない話だ。最悪、魔術の反動で即死しかねない。

 未来は箝口具を自分で外してつぶやく。


「バカとなんとかは紙一重って言うけど、あなたはどっちなのかしらね」


 恨みがましい視線を向けるが、希美は気にすることなく未来の首から、魔術を封じていた封環を取り外してくれた。

 さすがに未来も毒気を抜かれて素直に礼を言う。


「ありがとう」

「いいよ。お前には借りがあったからな」


 くすりと笑う希美。どうやら廃ビルで助けた時のことを言っているようだ。


「とにかく、そんな薄布じゃあ、満足に戦えないだろう」


 希美は背中のヴァイオリンケースを降ろすと、それを開けて中から別の衣装を取りだしてきた。


「こんなこともあろうかと、とびっきり防御力が高い魔法の服を持ってきたんだ。ハルケラトプスに見つかる前に、ぜひこれに着替えてくれ」


 何やら嬉しそうに衣装を差し出してくる希美。

 その瞬間まで未来はハルメニウスの呼び名がおかしいことにツッコミを入れるつもりだったが、眼前に突きつけられたものを目にした瞬間、そんな気分は成層圏の向こう側へと吹き飛んでしまった。


「なに……これ?」


 絞り出したかのような擦れ声で聞く。


「魔法の服だ」

「アホなの……あなた」

「アホウじゃなくて魔法の服だ」

「いや、アホでしょ」

「断じて違う。そしてこれは魔法の服だ」


 とうとう我慢できなくなって叫ぶ未来。


「バニースーツじゃないのぉぉぉっ!」


 それはどう見ても、ついこの間、呪いを解くために希美が泣く泣く着ることになったバニースーツだった。


「まあ、そうとも言うけど、こいつにかかっている魔法は並じゃないぞ。先生の雷光くらいなら、まともに受けたってへっちゃらだ」

「だとしても、これはないでしょ!?」


 癇癪を起こしてくってかかる。


「駄々をこねられても困る。今はこれしかないんだ」

「なんの嫌がらせよ!?」


 思わず怒鳴りつけるように訊いたが、返事を待たずとも想像はつく。希美が呪いを解くために、これを着るしかなくなった時に、散々面白がってからかったことを根に持っているのだ。

 そのため、いつか逆に着せてやろうとカバンに入れて持ち歩いていたに違いない。

 まさしく「こんなこともあろうかと」だ。


「今回は遠出をするから、ちゃんと着替えを持ってきたはずだったのに……」


 項垂れる未来に希美が笑顔で告げる。


「ローンが残ってる篤也先生の車も、車検を終えたばかりの耀ちゃんの軽トラも、この雪山の下でペチャンコだ。もちろんお前の荷物もな」

「嬉しそうに言わないでよ」


 口を尖らせたあと、未来はふと思いついた。


「あなたも着替えは持ってきてるはずでしょ」


 未来と希美が似ているのは顔だけではない。測ったわけではないが身長やスリーサイズも、ほぼ同等な気がする。それならば希美の服を未来が着られない道理はない。


「うん、持ってきてはいたけど、今はどんどん遠ざかっている最中だ」

「なんで!?」


 意味が分からずに訊くと、希美は涼しい顔で答えた。


「ハルサメウスを騙くらかすために乗ってきた車とバイクを、魔術人形クロッドに運転させて逃げたふりをしたからだ」


 それは以前、未来も使っていた魔術で造り出す召使いだ。おそらく雪を固めて素体にしたのだろう。


「というわけだから、これで我慢してくれ」

「イヤよ!」

「ワガママを言うな。そんな防御力の低い服で戦う気か」


 言われて未来は自分が着ている服を見下ろした。

 この生贄装束は扇情的という意味ではバニーガールといい勝負だ。おまけに魔術的に「生贄」の意味合いを持つため、裸以上にハルメニウスに身体を奪われやすい。

 だからといってバニースーツに着替えるというのは、さすがに恥ずかしい。そんな恰好で仲間の前に出るのは絶対にイヤだ。

 考え抜いた末に、未来は顔を上げると希美に告げる。


「もっといい方法があるわ」

「どんな?」


 きょとんとする希美。

 未来はいきなり飛びかかった。


「あなたの服をわたしが貰うのよ!」

「ちょっ――!?」


 容赦なく床の上に押し倒して、制服を脱がしにかかる未来。


「いやっ、やめて! ちょっ――ヘンタイィィィッ!」


 さっきまでの強気はどこに行ったのか、希美は涙目になって逃れようとする。


「心配はいらないわ。あなたにはこのバニースーツがあるから、これを着て戦いなさい。こういうのはどう考えても、あなたのキャラクターだから!」

「やめて! それだと意味がない!」


 半脱ぎにされながら、イヤイヤするように首を振る希美。もちろん容赦する気などない未来だったが、


「身体を奪われないためには、そのバニースーツが最適なんだ!」


 希美の言葉を聞いて、ようやく未来は動きを止めた。

 彼女の意図を理解したのだ。できることなら理解したくはなかったが、この状況では理解せざるを得ない。

 呪いを解くために作られたという、このバニースーツに込められた魔力は本物だ。あらゆる呪力を分解し、負のアイテールを寄せつけない。

 希美の言うとおり、ハルメニウスから身を守るためには最適の衣装だった。


「いえ、それならば地球防衛部のマントでも、じゅうぶんな気が……」


 無理にそう考えようとするが、


「防御力は高いが、マントなんて簡単に脱がされるぞ」

「うぅぅっ」


 確かにそのとおりだった。

 希美は未来を乱暴に押しのけると、脱がされかけていた服を着直す。


「さあ、早く着替えろ。ハルメニウスがこちらを見つけるのは時間の問題だ」

「でも……」


 情けない顔で手にしたスーツを見つめる。


「葉月くんのためだ。せっかく生きていたお前が、あんなのに殺されたら、葉月くんがどんなに悲しむか、それを考えてみろ」


 未来の負けだった。

 これを言われてしまえば、もうイヤとは言えない。項垂れてつぶやく。


「お父さんお母さん、ごめんなさい。希美・・ははしたない娘です」

「こういう時だけ、本名に戻るなよ」


 嫌そうにつぶやくと希美は出口の前に立って未来に背を向けた。着替えるところは見ないでおいてやろうということらしい。

 未来は人生で最大レベルの溜息を吐くと覚悟を決めて着替えを始めた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?