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第137話 死亡フラグを避けた女

 戦いが終わったあと、地球防衛部と仲間たちは西御寺邸で一休みしていた。

 激戦ではあったが、死人はもちろんのこと、大きな負傷をした者もなく、最終的には完全な勝利だった。


「惨めな敗北者がひとりいるけどね」


 深天に敗北して縛り上げられた槇村の頭を、イブ・ゼロスリーが踏みつけながらつぶやく。

 すっかり希美たちの味方面をしている彼女に槇村が恨めしそうな顔を向けた。


「なんでそっちに付いてるんだよ。お前はもともとハルメニウス様のシモベだろうが」

「わたしは騙されていただけだ。目が覚めれば、どちらが正しいかなんて一目瞭然だろうが。なあ、ゼロフォー?」


 訊かれた深天は、その内容よりも呼び名が気に入らなかったらしく顔をしかめる。


「番号で呼ばないで下さい。それはどう考えても名前ではありませんわ」

「ああ、深天だったっけ? いいよね、わたしもそういう立派な名前が欲しいわ」

「任せてちょうだい! わたしが生みの親として名付け親にもなってあげるわ!」


 勢い込んで耀が言うが、イブ・ゼロスリーは首を捻りながら、自分で考えた名を口にする。


「よし、わたしの名前は白雪しらゆきにしよう」


 突っ伏しそうになりながら、それでも耀は笑みを浮かべてうなずいた。


「そ、そう、白雪か。良い名前ね」

「でしょ、耀ちゃん。これからもよろしくね」


 やや不敵な笑みを浮かべる白雪に、耀の笑みは微妙に引きつっていた。

 そんなやり取りを尻目に、ひたすら舞い上がっている男もいる。


「み、未来さん、素晴らしい! 素敵です、その恰好!」

「こんな姿を褒められても嬉しくないんだけど……」


 バニーガール姿の未来が引きつった顔を見せても、煩悩で目が眩んだ男はまったく気にならないようだ。


「やっぱり未来さんはスタイル抜群! 写真で見た希美のバニー姿とは大違いだ!」


 文字どおり踊り出す藤咲。

 冷たい視線を送りながら希美が朱里に告げる。


「あの男、とりあえずKOしておいて」

「う、うん、とりあえず後でね」


 激戦でさすがに疲れたのだろう。朱里は軒先に座り込んで立ち上がる気力もないようだ。

 そんな彼女に、エイダが賛辞を送る。


「あなたの活躍は、とても素晴らしかったですよ。円卓の騎士であるわたしが見劣りするほどでした」

「いや、さすがにそれは褒めすぎだよ。それに、わたしが戦えたのは金色の武具アースセーバーがあったからだし」


 謙遜する朱里に、朋子が横から告げる。


「それを言うなら、わたしからして金色の武具アースセーバーがないと、ただの女子高生だよ」

「うむ、それがなければ私もただのセクハラ教師だ」


 真顔でつぶやく篤也。その腕にはコカトリスが置物のように微動だにせず留まっている。

 希美が黙っていると、篤也が何か言いたげな顔を向けてくるが、あえて無視する。ツッコミ待ちの発言に毎回反応してやる義理はない。

 そう思っていると、篤也がボソリとつぶやいた。


「さわるしかないのか……」

「どこをだ!?」


 慌てて飛び退く希美。


「相変わらず仲が良いですねえ」


 エイダの声を聞いて、希美は彼女を睨みつけるが、その表情に違和感を覚える。


「なんだか君、えらく幸せそうな顔をしていないか?」

「ああ、わたしもそれは思ってた。昨夜からなんだか様子がおかしかったし」


 同意する朱里と希美のふたりに見つめられて、エイダたじろぐように半歩下がった。


「いや、その……」


 少しばかり、どう誤魔化そうかと迷っていたようだが、すぐに観念したように肩を落とす。


「実は出動の直前に師匠から連絡が入ったんです」

「師匠?」

「はい、円卓十二騎士のマーティン・ペンフォードです」

「いや、名前はどうでもいいけど」


 聞かされたところで裏社会の有名人には精通していない。


「そうですね、大事なのはその内容で……」


 エイダの頬がらしくもなく綻ぶ。


「ずっと行方不明になっていた兄弟子が無事に戻ってきたんです」


 兄弟子の話自体、希美たちには初耳だったが、幸せそうなエイダの表情がすべてを物語っている。


「そうか、お前の恋人が無事だったのか」


 口にしたのはもちろん篤也だ。


「い、いえ、恋人というわけでは……」

「では抱かれたい男と言い直そう」

「せめて想い人にして下さい!」

「それはつまり、交際はしていなくても恋をしているのは事実ということだな。結構なことだ」


 めずらしく赤面するエイダ。

 そのまま篤也が問う。


「だが、なぜそれを隠していたのだ?」

「それはだって……」


 言い淀むエイダ。

 返答は意外なところから返ってきた。


「そんなの決まってるでしょ、篤也くん。そういうことを戦いの前に口にすると死亡フラグになっちゃうからよ」


 人差し指などを立てながら説明する耀の姿を見て、篤也は考え込むように腕を組んだ。


「では、戦いが終わってからならば問題はないか」

「ええ、だから今になって彼女もそれを……」

「いや、私たちの話だ」

「え?」


 戸惑う耀に篤也は向き直る。


「いくら肉体的には若々しいなどと言われても、私ももうじゅうぶんにオッサンだ。そろそろ身を固めるべきだと思ってな」

「あ、篤也くん、それって……」


 息を呑む耀に向かって、篤也は静かにうなずいてみせた。


「ああ、そうだ。私はお前と……」

「女子高生と結婚とか犯罪よ!」


 ちゃんと聞かなかったらしく、耀はトンチンカンなキレ方をした。


「やっぱりこの娘なの!? この娘なのね!?」


 なぜか希美につかみかかってくる耀。


「この泥棒猫!」

「や、やめろーっ」


 屋敷の中を逃げ回りながら希美が叫ぶ。


「先生、この女アホなんじゃないのか!?」

「うん……まあ、それなりに、良い意味でな」

「ぜんぜん良くなーい!」


 叫び声を残して希美は逃げ出した。

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