希美が囮に使ったサイドカーと慚愧の車は円卓支部が無事発見し、回収したとのことだが、その時にはもう慚愧はどこへともなく姿を消していた。
エイダの上申によって彼に対する手配は解かれることになるだろうが、はたして行く当てはあるのだろうか。
気がかりではあったが、捜し出されることを彼は歓迎しないだろう。去りゆく者の気持ちは希美にも分からないではない。
ハルメニウスが消えたからといって降り積もった雪がすぐに解けるわけではなく、御古神村は今もどこか肌寒い。だが、それも今だけのことで、数日も経てばすっかり様変わりしているはずだ。
屋敷の入り口で佇んでいた希美は、雪を踏みしめながら近づいてくる小さな足音に、ゆっくりとふり返った。
未来が神妙な顔を向けてきている。
「どうした?」
予想はしていたが、おくびにも出すことなく何気ない口調で訊く。
未来は恐る恐るといった調子で予想したとおりの話を切り出してきた。
「ハルメニウスとの戦いで、あなたが使ったのは明日香式の魔法紙だったわ」
「…………」
希美は困った顔をして見せた。
「どうしても言いたくないのなら、答えなくても構わない。だけど、やっぱりこのままじゃ落ち着かないのよ」
未来は、これまでにも何度か見せた不安げな視線を向けてくる。
「あなたは本当は誰? それとも……」
震える声で重ねて訊いてきた。
「わたしは誰なの?」
「バニーガールだろ」
即答すると、未来は不機嫌さを隠すことなく睨みつけてきた。
そのまま怒鳴り出しそうな気配を察して、希美は頭をかく。
「さすがにもう無理か」
ひと言つぶやいてから希美は未来に向き直った。
「誰にも言わないって約束してくれるか?」
「ええ」
真剣を通り越して深刻な顔でうなずく未来。
その大げさな態度に苦笑しつつ希美は告げた。
「わたしは明日香希美だ」
「…………っ」
未来は息を呑んだ。青ざめた顔で声を震わせる。
「じゃあ、やっぱり……」
「ああ、わたしはお前の祖父の隠し子の娘だ」
「…………」
一瞬、何を言われたのか分からなかったらしく、未来はしばしポカンとした様子で、
「え?」
と短くつぶやいた。
希美は困り顔で説明する。
「わたしが、なんでお前と同じ名前を付けられたのかは知らない。お前が死んだと思い込んだお爺ちゃんが、生まれ変わりのように思って名付けたのかとも思ったけど微妙に計算が合わないからな」
「それってつまり……」
未来はあからさまに拍子抜けしていた。
「従姉妹ってこと?」
「そうなるのかな」
「なら、明日香式の魔術や魔法紙は……」
「最初にお父さんがお爺ちゃんに教わって、わたしはお父さんから習った」
答えを聞いて未来はへなへなとその場に座り込む。雪の上だというのにぺたんとお尻までついてしまっていた。バニーガール姿のままだからなおさら冷たそうだが、それも気にならないのか、心底ほっとしたようにつぶやく。
「なんだ……」
「いや、そもそもなんだと思っていたんだ?」
希美が小首を傾げると、未来はばつが悪そうに顔を背けた。
「だから、その……」
「その?」
「だから……」
「だから?」
「どうでもいいでしょ、そんなこと!」
突然立ち上がると、未来は怒ったように捲し立ててきた。
「だいたい、そのていどのことならどうして今まで黙っていたのよ!? 児童養護施設とか、やたらと凝った偽装までして!」
「いや、だって絶対に誰にも知られるなってのが、お爺ちゃんの遺言だったから、これでもいろいろと頑張って……」
「もうっ、人騒がせなお爺ちゃん!」
未来は天国に苦情を言うように空に向かって喚くと、くるりと踵を返した。そのまま雪の中から顔を出している石畳の上を選んで、ハイヒールで勢いよく踏みつけながら立ち去っていく。
腰の後ろの尻尾を振るようにして遠ざかっていくバニーガールの背中を見送りながら、希美は苦笑しつつ肩をすくめた。
「謎なんてものは不可解なものほど、その答えは案外つまらないものなんだよ」
つぶやいて背を向けると、見慣れたニワトリと目が合った。どうやって上ったのか、小高い石灯籠の上に立って希美をじっと見つめてきている。
度々飛びついてくるため、一瞬身構えかけるが、今は置物のように身動き一つしない。苦笑して警戒を解くと、希美はひと言声をかけた。
「あんまりうろうろして迷子になるなよ」
すると、
『迷子なのはお前の方ではないのか?』
ふいに頭の中に声が響き、希美はぎょっとした。