立ち尽くす希美の前でコカトリスは静かに語る。
『普通の人間は自分の居場所を持ち、そこから離れようとはしない。たとえ何かの事情で、遠い場所に移らねばならなくなったとしても、親しい相手との絆だけは繋ぎ止めようとするものだ。なのに、お前はそれを躊躇いもなく断ち切ろうとしている』
「…………」
希美は答えない。否定もしない。表情を消したままじっとコカトリスを見つめ返している。そんな彼女にコカトリスは憐れむような眼差しを向けた。
『小夜楢未来のまま足踏みを続けているのは彼女ではない。むしろお前の方だ。お前は今も昔もひとりで生きている』
「…………」
突きつけられた言葉の前で希美はなおも沈黙を守っていた。
コカトリスの言葉も途切れ、時間だけがゆっくりと流れる。
最初に静寂を破ったのはふたりのどちらでもなく、軒からすべり落ちた雪の音だった。
釣られるように視線を向けた希美は、目を伏せるようにしながら口元に淋しげな笑みを浮かべる。
「まさか神獣が人の心配をするなんてね」
『未来のためか?』
「そういうわけではないけれど、彼女と一緒にいれば遅かれ早かれボロが出るでしょ」
雨夜希美の演技をやめて、地の喋り方で答える。その姿は確かに小夜楢未来のそれによく似ていた。
「わたし達が同一人物だと知れれば、当然ながらその理由を追及されることになるわ。だけど、さっきも言ったように、この秘密は誰にも明かすことができないのよ」
『ならば、答えなければいいだけだ。話せない事情があると告げてなお、詮索を続けるほどお前の仲間は無神経ではあるまい』
「でも、それだと未来が納得しないわ。彼女は弱いから、答えを知るまで苦しみ続けることになるし、知ったら知ったで、わたしに遠慮して、ようやく見つけた自分の居場所を見失うことになりかねない」
『お前の居場所はどうなる? 地球防衛部はお前の夢だったはずだ。それなのにせっかく叶えた夢を手放し、ようやく得た仲間たちを捨ててまで、お前はどこに行こうというのだ?』
「アテはないけど、さすらうことには慣れているわ。地球防衛部に入って
希美はコカトリスに視線を戻して微笑みかけた。今度は彼が目を伏せてつぶやく。
『お前はバカだ』
「うん、知ってる」
うなずきを返したところで、ちょうど中庭の方で未来の悲鳴が上がった。
深刻さを感じさせない声だったこともあって、コカトリスと顔を見合わせる形でお互いに小首を傾げる。
『アレはエロいトラブルな気がするな』
神獣の口からエロいなどという言葉が飛び出したことに、一瞬驚きを感じたものの、希美はすぐに以前のことを思い出して、コカトリスを睨みつけた。
「そういえばお前、前にわたしのスカートに首を突っ込もうとしたよな!?」
『今はそれどころではあるまい。未来の貞操の危機だ』
しれっと言って小走りで中庭に向かうコカトリス。
希美も慌てて後を追った。