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第140話 エンタングルメント

 立ち尽くす希美の前でコカトリスは静かに語る。


『普通の人間は自分の居場所を持ち、そこから離れようとはしない。たとえ何かの事情で、遠い場所に移らねばならなくなったとしても、親しい相手との絆だけは繋ぎ止めようとするものだ。なのに、お前はそれを躊躇いもなく断ち切ろうとしている』

「…………」


 希美は答えない。否定もしない。表情を消したままじっとコカトリスを見つめ返している。そんな彼女にコカトリスは憐れむような眼差しを向けた。


『小夜楢未来のまま足踏みを続けているのは彼女ではない。むしろお前の方だ。お前は今も昔もひとりで生きている』

「…………」


 突きつけられた言葉の前で希美はなおも沈黙を守っていた。

 コカトリスの言葉も途切れ、時間だけがゆっくりと流れる。

 最初に静寂を破ったのはふたりのどちらでもなく、軒からすべり落ちた雪の音だった。

 釣られるように視線を向けた希美は、目を伏せるようにしながら口元に淋しげな笑みを浮かべる。


「まさか神獣が人の心配をするなんてね」

『未来のためか?』

「そういうわけではないけれど、彼女と一緒にいれば遅かれ早かれボロが出るでしょ」


 雨夜希美の演技をやめて、地の喋り方で答える。その姿は確かに小夜楢未来のそれによく似ていた。


「わたし達が同一人物だと知れれば、当然ながらその理由を追及されることになるわ。だけど、さっきも言ったように、この秘密は誰にも明かすことができないのよ」

『ならば、答えなければいいだけだ。話せない事情があると告げてなお、詮索を続けるほどお前の仲間は無神経ではあるまい』

「でも、それだと未来が納得しないわ。彼女は弱いから、答えを知るまで苦しみ続けることになるし、知ったら知ったで、わたしに遠慮して、ようやく見つけた自分の居場所を見失うことになりかねない」

『お前の居場所はどうなる? 地球防衛部はお前の夢だったはずだ。それなのにせっかく叶えた夢を手放し、ようやく得た仲間たちを捨ててまで、お前はどこに行こうというのだ?』

「アテはないけど、さすらうことには慣れているわ。地球防衛部に入って金色の鎌プレアデスで戦うって夢ならもう叶っているのだから、わたしはじゅうぶんに満足よ」


 希美はコカトリスに視線を戻して微笑みかけた。今度は彼が目を伏せてつぶやく。


『お前はバカだ』

「うん、知ってる」


 うなずきを返したところで、ちょうど中庭の方で未来の悲鳴が上がった。

 深刻さを感じさせない声だったこともあって、コカトリスと顔を見合わせる形でお互いに小首を傾げる。


『アレはエロいトラブルな気がするな』


 神獣の口からエロいなどという言葉が飛び出したことに、一瞬驚きを感じたものの、希美はすぐに以前のことを思い出して、コカトリスを睨みつけた。


「そういえばお前、前にわたしのスカートに首を突っ込もうとしたよな!?」

『今はそれどころではあるまい。未来の貞操の危機だ』


 しれっと言って小走りで中庭に向かうコカトリス。

 希美も慌てて後を追った。

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