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第141話 エスパー

 悲鳴を聞いて駆けつければ、バニーガールが大きな胸を両腕で隠すようにしながら羞恥に震えていた。


『やはり貞操の危機か?』

「お前、本当はどういう性格なんだ?」


 希美はコカトリスの言動に呆れつつも、状況を観察した。

 未来の周囲には希美の仲間に加えて、なぜか柳崎探偵事務所の面々が立ち並んでいる。

 その中には未来の想い人である昴もいて、恥ずかしがる未来に遠慮なく声をかけていた。


「柳崎から話を聞いて気になって調べてみたんだが、どうにも槇村ってのが敵の手先で、地球防衛部が罠にはめられたらしいってことになって、大慌てで駆けつけたんだが……」

「いくら急いだにせよ早すぎねえか? 陽楠市からどんだけ離れていると思ってんだよ?」


 恋敵である昴のことが気に入らないのだろう。藤咲が不機嫌さを隠そうともせずにつぶやく。


「そんなのテレポートで一瞬だよ」


 得意げに答えたのは鉄奈だ。魔術でも空間転移は可能だが、彼女の超能力はそんなものとは比較にならないほど強力にしてお手軽だ。


「と、とにかく、もう大丈夫。全部終わったし、わたしもこうして無事だから」


 大きな胸を隠そうと横を向く未来。それはそれで身体のラインが強調されて、さらなるエロティシズムを発揮することになるのだが、気づいている様子はない。


「待て、葉月。先ほどから気になっているのだが、どうしてバニースーツに反応しない」


 よけいなところに篤也がツッコむと、昴はあらためて未来の衣装に注目したようだった。


「み、見ないで……」


 消え入りそうな声を出す未来。

 昴は爽やかに告げた。


「大丈夫だ、よく似合っている」

「嬉しくないわよ!」


 叫んで踵を返すと、未来はハイヒールのまま屋敷の奥へと逃げていった。


『むぅ……これだけか。サービス精神の足りぬバニーだ』

「お前みたいなのが、なんで人間の女に欲情するんだ?」


 不信感を丸出しにして話しかけていると、それに気づいた朋子が不思議そうに訊いてくる。


「希美ちゃん、誰と話してるの?」

「え……?」


 答えられず硬直する希美。

 コカトリスが実はとんでもない存在の化身だなどと話すと、どんな顔をするだろうか。

 まさか確かめるわけにもいかず、笑って誤魔化すことにする。


「いえ、ただのひとり言です」

「そうなんだ」


 まったく拘ることなく、朋子はすぐに話を転じた。


「ところで、どこに行っていたの?」

「すぐ向こうです。屋敷の正門から、雪景色を眺めていただけで」

「雪景色か。そういえば、戦ってる最中は景色なんて楽しんでる余裕なんてなかったものね」

「ええ」


 希美がうなずきを返すと、朋子は軽く息を吐いた。


「今回は大事件だったけど、なんとか無事に終わってくれてほっとしてるよ」

「ええ、大きな怪我をした人もいなくて何よりでした」

「そうだね。今回は朱里ちゃんに藤咲くん、それに深天ちゃんと慚愧って人も駆けつけてくれたから、それが大きかったよね」

「そうですね。誰かひとりでも欠けていたら厳しかったかもしれません」

「本当にねえ」


 大きく伸びをする朋子。

 希美はその明るく爽やかな横顔をじっと見つめた。

 自分がいなくなったら、この先輩は寂しがってくれるのだろうか。未練とともにそんなことを思ってしまう。

 しかし、もう決めたことだ。誰にも告げずひとり町を出て行くことに迷いはなかった。

 感傷を振り払うように頭を振ったところで、いつの間にか目の前に立っていた少女と目が合う。

 ぎょっとする希美。

 その娘は昴の仲間のひとりで、少女といっても実際には先輩にあたる女性だ。人造人間のため歳を取ることがなく、外見年齢はせいぜい中学生だが、そこに浮かんだ表情も子供っぽい。

 名前は美剣鉄奈。長いピンクの髪がトレードマークだ。変わった色ではあったが、染めているわけではなく地毛だ。。

 難しい表情を浮かべつつ、サファイアのような青い瞳で希美をじっと見つめている。


(まずい!)


 希美にとって、この相手は鬼門だった。

 なにせ人の心が読める超能力者である。いくら希美が口をつぐんでいても、目の前にいるだけで、いろんな事を気取られる怖れがあった。


「大丈夫だよ。勝手に人の心を読んだら、お姉ちゃんに叱られるから」


 唐突に鉄奈が言ったので、希美はほっと――しかけたあと、むしろぎょっとして目を剥いた。


「その話が出るってことは、すでにわたしの頭の中を覗いてるよね!?」

「だって、あんまりにも未来さんに似てるから気になってさ」

「そ、それは従姉妹だからで――」

「そういう設定にしたんだね」

「設定?」


 朋子が首を傾げた。当然だが、目の前にいるので、彼女にも鉄奈との会話は聞こえている。

 しかも鉄奈は、朋子に向き直って、とんでもないことを平然と暴露する。


「この娘、家に戻ったら、夜逃げ同然に姿を消すつもりだよ」


 それを聞いた瞬間、朋子は怖ろしい勢いで希美の方にふり返った。


「希美ちゃん!? どういうこと!?」

「い、いや、あの、それはその……」


 しどろもどろになる希美の肩を朋子の手ががっちりとつかむ。


「詳しく聞かせてくれるかな?」

「え、えーと、お父さんの仕事の都合で転校を……」


 混乱してあり得ない言い訳をしてしまうが、さすがに今回はツッコんできた。


「希美ちゃん、孤児設定だったよね!」

「設定って……」

「お母さんにヴァイオリン習ってたって言ってたから、嘘なのは知ってるの」

「うっ……」

「詮索されるのはイヤだろうと思って、あえて黙ってたけど、そんなことを考えるようなら、わたしもやり方を変えるわ」


 肩をつかむ手にさらに力を込めながら顔を近づけてくる。


「先輩、近い……」

「希美ちゃん、希美ちゃんの秘密を全部、わたしに教えて」

「それは……」


 言えないと答えようとする希美だったが、鉄奈は致命的な秘密をあっさりと口にした。


「六年前の事件を境に増殖してしまった、もうひとりの未来さんらしいよ」


 気が遠くなるような想いを味わう希美。


「もうこの際、徹底的に訊かせてもらうわ。答えなかったら身体に訊くから覚悟しなさい!」

「ご、拷問ですか!?」

「エッチなね」

「ひぃぃぃぃっ!」


 ガタガタと震える希美を朋子は強引に引きずっていく。どうやら庭の隅にある納屋に連れ込もうとしているようだ。もちろん、本気で変なことをする気ではなく、他人の耳に入らないするようにするための配慮である……と信じたい。

 鉄奈はといえばコカトリスと並んで、笑顔でふたりを見送っていた。

 それを見て希美は察する。


(あのニワトリ、さては――)


 鉄奈が突然、希美に絡んできたのは神獣がテレパシーで鉄奈に何かを吹き込んだからに違いない。


「覚えてなさいよ! 帰ったらカラアゲにしてやるから!」


 捨て台詞を吐く希美を、コカトリスは生暖かい目で見送っていた。

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