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第2話

 食事や観光の時間はあっという間に過ぎていき、気づけば空は夕暮れ時になっていた。


「やばい、ここ最高かも」

「いやー、流石我が弟、悠の調査力ね。本当に肌がすべすべになっていく感じがするわ」

「ウフフ、今日の夜はイーサンとゆったり過ごさせてもらうわね。ご飯も美味しいし、辺りを散策してみたら緑が多いのに虫が少なくて空気がとっても美味しくて最高よ」


 温泉上がりのアリサ、理央、エラは部屋に戻るための渡り廊下を歩いていた。

 ほぼ外と言っていい道だが屋根がしっかりとあるので雨が降っても安心して歩ける空間で、両脇は美しい草花が丁寧に手入れされているため見ごたえのある道でもあった。

 そこでふと、理央が疑問を零した。


「結構植物があるけど、虫がここまでいないのは珍しいよね。暑いし、蜂とか蝶とかいても不思議じゃないし、例えばほら、ああいう電球にちっちゃい虫が集まっていても不思議じゃないのに、何でかここには全くいないよね」


 そう言って理央が指したのは廊下の屋根についている電球だ。

 実際、虫一匹見当たらない。

 あまりの快適さに全く疑問に思っていなかった一同であったが、いざ口に出されるとそれはかなり不思議なことだと自覚し始めた。


「そういえばそうね。あと、観光の時に色んな家を見て回ったでしょ?その時にたくさん同じ植物を見たんだけど、あれって何?触ったらプチンと潰れちゃいそうな風船みたいな実をしていたの」

「それは鬼灯でございます。この灯り村で大事に育てられている植物なのです」


 エラの疑問に答えたのは、いつからいたのか、目の前に姿を現した使用人だった。

 アリサたちは驚いたものの、薄暗くなっている状況で会話に夢中になりながら歩いていたので気づかなかったのも仕方ないと切り替え「鬼灯、なんて植物があるんですね。初めて聞きました」と出来るだけ穏やかな口調を意識しながらアリサが答えた。


「ふふ。これからさらに知ることになりますよ。さぁ、祈りの時間です。有村アリサ様」

「祈りの時間?」

「あなたの目的は結婚運を上げることであったとか。でしたら、今の時間が一番運気の上がる時間帯なのです。この瞬間を逃せば運気は逃げてしまいます」

「え!?大変!行く行く!えっと、何か用意するものはある?」

「そのまま、お一人で祠の前に来ていただければ問題ありません。あとは使用人の指示に従えば、貴女様の願いは叶うことでしょう」

「わかった!じゃあいってくるね、エラ、理央!」


 願いが叶う。

 30代になっても周りは結婚しているのに恋人すら出来ない自分の状況にやきもきしてどうしようもなかったアリサは使用人の言葉に食いつき、浮足立ってついていく。

 すると、温泉へ続く道とは別の、屋敷に初めて来た時に歩いた渡り廊下へとたどり着いた。

(そういえば、この祠が願いを叶えてくれるとか言ってたんだっけ?)

 数時間前に教えて貰っていたはずなのだが、楽しむことに夢中になりすぎてすっかり話の内容を忘れていたアリサは緑の苔だらけの祠を見ながら思った。そこで、そういえば祠に対して何か疑問に思ったような、と思い出した所で使用人が言った。


「では、始めましょう」

「あ、はい……て、え?」


 振り向いたアリサの表情は凍り付いた。

 無理もない。

 なんせ、さっきまで1人しかいなかった使用人が、まるでアリサをここから逃がさないとばかりにぐるりと囲むように5人並んでいたのだから。音も気配もなく突然人数が増えただけでなく、隙間なくみっちりと並んで自分を囲む様子は明らかに異様な光景で、背中にゾッと凍り付いた何かが走るのをアリサは感じていた。


「えっと、何を、始めるんでしょうか」


 どうにか平静を装って答えたつもりであったアリサだが、急な展開に驚愕の方が勝ってしまい、上手く言葉が紡げなかった。一気に喉が渇き、上手く舌が回らないのを感じていた。


「こうするのです」


 アリサの目の前にいた使用人がとても柔らかく、優しく、ほほ笑んだ。

 その笑みは心を安らがせるもので、アリサが一瞬安堵を覚えた次の瞬間。


 ジャキンっ


 首筋に冷たい感触と共に左の頭側が軽くなるのアリサは感じた。

 慌てて振り向けば、頬に痛みが走った。


「いった」

「あらあら、そんなに急に振り向いては危ないじゃないですか。ちゃんとじっとして頂かなければ」


 そう言って別の使用人がニコリと微笑む。

 まるで幼い子どもをあやすような口調と表情であるが、その手に握られているのは鉛色に光る裁ちばさみと、黒い髪。その髪についているゴムに見覚えがあるアリサは思わず自分の左頭部分を触り、そこにあるはずのものがないことにすぐに気づいた。


「え、なんで?私の髪を、切った、の?」


 訳が分からず言葉が詰まる。

 急に切られた髪が使用人の手に当たり前のように握られていて、ぱっと周りを見ればどの使用人もこの状況が当たり前かのようにニコニコとしている。

 この状況に、アリサは漸く、この場所はやばいのだと感じた。

 早く逃げなければ、とアリサがぐるぐると必死に頭を回転させていると、アリサの髪を握った使用人が口を開き始めた。


「30代未婚女性の髪を備え、その者の心臓を祠に捧げ祈れば村は栄えるのです。そのために灯り村は灯り湯を観光地として始めました。そうしたらどうでしょう、灯り村はこうやってお客様が定期的に来てくださるほどの繁栄を達成したのです」

「え?は?え?」


 使用人の言葉に聞き捨てられない単語が入っていたことに、アリサはさらに大混乱を起こす。

 そんな彼女の反応に構わず、別の使用人が口を開く。


「これも運でございます。そう、私たちが住む灯り村にとってアリサ様は最高の供物。ここに足を運んでくださったことに心からお礼を申し上げます。そして、お願い申しあげます。どうか村の為に贄となってくださいませ。」


 その言葉を皮切りに。

 裁ちばさみを持っている使用人以外の4人が懐からすらりと小刀を取り出し始めた。

 鉛色の鈍い刃と、銀色の抜き身の刃が4本、アリサに切っ先が向けられる。

 それらを目の当たりにしたアリサは。

 命の危機を感じた30代未婚女性は。


 プツ、と切れた。


「ふっざけんじゃねぇええええ!!!結婚を経験する前に死んでたまるかあああ!」


 その咆哮はまるで獣のようで、武器を持っていて有利なはずの使用人たちが初めてビクっと怯えた表情をした。

 その隙をアリサは見逃さない。

 ここで1つ説明しよう。

 有村アリサ30代。(詳しい年齢は彼女の為に伏せましょう)

 ツインテールの黒髪を持った素朴な女性だが、献身的で優しい姿は良い母になれそうな風格がある。

 しかし何故、異性にモテないのか。

 それにはもう一つの理由があった。

 それは、ハーフであるアリサの長所であり短所でもある。

 筋骨隆々のゴリラ体系だ。

 そのため、あらゆる体の部分を鍛え上げており声量も通常の女性の倍以上の音量を発揮する彼女のパワーは初めて見た人を戸惑わせる。


「ま!じ!で!人の髪をいきなり切るなんてありえない!」


 アリサは沸き上がった怒りのまま叫ぶと共に。

 裁ちばさみを持っている使用人の腕を掴んだ。


「ひぃっ!」


 悲鳴を上げる彼女に渾身の怒りをこめた睨みをぶつけると、そのまま軽々と片手で彼女を持ち上げ、他の使用人たちに向かってぶんまわした。


「きゃあああ!」

「ひいいい!」

「へぶぅ!」

「はぎゃぁ!」


 様々な悲鳴が飛び交い、アリサのパワーに敵わない使用人たちはそれぞれ吹っ飛んでいく。

 あまりの勢いに様々な方向に吹っ飛んだ使用人たち。

 そして、1人の使用人が祠の方向に飛んでいき。


 ガシャン


 苔のついた石の屋根が大破する音があたりに響いた。

 咄嗟に避けてスッ転ぶだけですんだ使用人の一人がそれに気づき、一気に顔が青ざめた。


「祠が……祠が……!壊れてしまいました!」

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