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第6話 2-2:レオナルドの後悔



侯爵家を追い出されてから数週間。私は新しい生活を充実した気持ちで過ごしていたが、その一方で、かつての婚約者レオナルドの心境は大きく揺らぎ始めていた。彼にとってすべてが計画通りに進むはずだった。そう、アルシェナールを捨て、義妹エリゼと共に新しい未来を築くはずだったのだ。



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「エリゼ、これはどういうことだ?」

執務室で、レオナルドは義妹となった新たな婚約者エリゼに苛立ちを隠せず問い詰めていた。机の上には膨れ上がった支出記録が山積みになっている。


「だって必要だったんですもの!ドレスに宝石、舞踏会の費用だって、すべて私たちの未来のためよ!」


エリゼは涼しい顔で答えるが、その言葉はレオナルドの怒りに油を注いだ。アルシェナールとは対照的に、エリゼは浪費癖が激しく、金銭感覚が極端に乏しかった。彼女と共に生活を始めてわずか数週間で、家計は目に見えて悪化していたのだ。


「未来のためだと?このままでは破産するぞ!」

「そんなの、あなたがもっと働いて稼げばいいじゃない。」


エリゼの軽い一言に、レオナルドは呆然とした。彼女は本気で自分が何も悪いと思っていないのだと理解するまで、そう時間はかからなかった。



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ふとした時、レオナルドの頭に浮かぶのは、かつての婚約者アルシェナールの姿だった。彼女は決して派手に振る舞わなかったが、その知性と落ち着いた態度は、いつも周囲を安心させていた。ドレスを新調することもあまりなく、必要なものを的確に選び、いつも整然と家計を管理していたことを思い出す。


「アルシェナールなら、こんな無計画なことはしなかった……。」


つぶやいたその瞬間、胸の奥からじわりと湧き上がる後悔に、レオナルドは顔をしかめた。



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さらに、彼に追い打ちをかけたのは貴族たちの噂だった。ある夜会で、彼は友人である伯爵家の跡取りクラウディオから耳を疑う話を聞かされた。


「聞いたか?アルシェナール嬢の話だ。追い出された後、王都の薬草店で働いているらしいぞ。」

「何?」


レオナルドの眉がぴくりと動く。クラウディオは続ける。


「彼女の評判がすごいんだ。薬草学の知識は一流で、貴族も頼っているとか。何でも、体調を崩していた侯爵夫人が彼女の薬で回復したらしい。」

「そんな話が……。」


レオナルドは言葉を失った。追放されたアルシェナールが、新しい場所で成功している――それは彼の心に大きな波紋を広げた。


「お前、本当に彼女を捨てて正解だったのか?」

クラウディオの軽い冗談めいた言葉に、レオナルドは苦笑いを浮かべるしかなかった。



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その夜、レオナルドは自室で一人静かに考え込んでいた。エリゼとの日々に満足感はない。むしろ、増え続ける問題に苛立ち、以前の生活がいかに安定していたかを痛感するばかりだった。


「アルシェナール……。」


彼女の冷静で的確な助言や、穏やかに微笑む姿が脳裏に蘇る。だが、今さら何を考えても無駄だということも分かっていた。彼が選んだのはエリゼであり、アルシェナールを追い出したのは紛れもなく自分だ。


自分が失ったものの大きさを、今になって痛感するとは――あまりにも遅すぎた。



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一方、エリゼはそんなレオナルドの心の内など露知らず、さらなる浪費を続けていた。舞踏会に参加するたびに新しいドレスを仕立て、宝石を買い漁る彼女の振る舞いは、他の貴族たちからも眉をひそめられるようになっていた。


「レオナルド様、この宝石、とても素敵でしょう?」

「もういい加減にしろ!これ以上、無駄遣いを許すつもりはない!」


レオナルドが怒鳴り声を上げると、エリゼは涙を浮かべて彼を非難した。

「ひどいわ!私のために何もしてくれないなんて……。アルシェナールみたいな冷たい女より、私の方がずっと愛されていると思っていたのに!」


その言葉を聞いた瞬間、レオナルドの中で何かが決定的に壊れた。


「もうやめろ。お前に期待した俺が間違っていた……。」


エリゼは返す言葉を失い、その場に立ち尽くした。レオナルドはため息をつきながら部屋を出る。頭の中には、失ったものの重さだけが響いていた。



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それからというもの、レオナルドの周囲に集まる人々は次第に減っていった。かつての友人たちも距離を取り、貴族社会での彼の評判は落ちる一方だった。そして、そんな中でもなお彼の心を支配しているのは、あの女性――アルシェナールの存在だった。


だが、もう彼が彼女に何かを求める権利などないことは、痛いほど分かっていた。





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