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04 過去視と接続


「旧新宿ダンジョンに行く理由は2つある」



普は旧渋谷ダンジョンの中層から入口へ戻る道中、簡素に説明をしてくれた。



「1つ目はついでだな。お前の能力の根源についてだ」


「能力の根源……?」


「低層の床舐めて暮らしてたドブネズミくんは見たことないだろうが、ダンジョンの最深部にはダンジョンコアというものがある」


「教育を受けたドブネズミなので、存在くらいは知ってます」


「うるせえよ。ここで問題になるのはその見た目だ。ダンジョンコアは虹色に輝いている――ちょうどお前の眼みたいに」



ハッと驚きに普を見上げる。



「ダンジョンコアと俺の眼の力が何か関係あるってことですか?」


「今の時点じゃ絶対とは言えん。ただ、お前がさっき発現させた能力は過去視に近い、明らかに時空間に作用する何かだ」



普は学校のやる気のない教師とは全く違う、分かりやすく簡潔な講義を始めた。



「25年前突如世界中に発生したダンジョンが真実何かという問題は未だ解明されていない。しかし本来そこに存在しえない空間を物理法則を無視して作っていること、放置しておくと空間が拡張する特性、そのあたりから空間に関する能力を持った何かなのは確かだ。生き物の一種だと言う学者もいるな。他に、ダンジョン内では際限なく湧くモンスターという謎について、ダンジョン内では同じ時間が一定の周期で繰り返されているのだという学説もある」


「はあ……」


「少しは自分でも考えろ能無し。時空間に作用しているダンジョンの根源たるダンジョンコアがお前の能力の眼の色と同じで、お前の能力にも時空間に作用するものがある。そりゃ何か関係があるかもしれないと考えるのは自然だろう」


「そう、ですね。でも、最深部まで行けたとして、そこで俺は何をすれば?」


「知るかカス。何か起きるかもしれないから行くだけだ。ついでだって言ったろうが」



親身に解説してくれたかと思えばこの突き放しである。


しかし或斗はこれ以上頬を腫らしたくないので、抗議は断念した。



「それじゃあ、本命の用件っていうのは?」


「旧新宿ダンジョンはあのクソガキが消えた場所だ。お前の過去視の能力が使えたら、その時の状況が見えるかもしれない」



未零の真実を追う、あの映像に映っていたのが本当に未零なのか突き止める。


未零が消えた瞬間を知るというのは、その目的のためには重要過ぎるファクターだ。



「普、さん。そもそも未零が消えた時の状況っていうのはどんなものだったんですか?」


「訊くのが遅いんだよウスノロ。せめて今朝の時点で訊いとけ」



ぐうの音も出ないが、或斗を床に正座させて悠々と朝食を食べた後放置プレイをかまし、高額装備をポイと投げ渡してきた普に言われると何だか釈然としないものがある。


人間にはキャパシティというものがあり、或斗は自分のそれがそんなに大きくない自覚を持っていた。



「あのクソガキが消えた状況を説明するには、『暁火隊』の在り方も絡んだ、少し入り組んだ話になる。機密扱いってやつだ。孤児院に詳しい話がいかなかったのもそのためだな」


「機密、ですか」


「聞くからには他言無用、洩らしたらそのときがお前の最期だから肝に銘じとけ」


「あの、そんな話をこんなダンジョンの中でして良いんですか?」


「舐めんなドブネズミ。クソ鈍いお前と違って周囲の人間の気配くらい探知出来るんだよ。問題があったら話なんかしてねえ」



絶対に罵倒を入れこまないと話が始まらない普が簡素に語った『暁火隊』の役割と、未零の消えた状況というのは以下のようなものであった。


『暁火隊』は高いダンジョン適性を発現させた行政側に近い人物が設立したパーティである。


ギルドでの扱いは他のパーティと同じだが、実質警察の特殊部隊のような役割や公安の武力部分を担う役割があるのだという。


それ故、他の有名パーティのように攻略動画をアップロードするようなことはほとんど無いが、公式行事の警備に駆り出されることも多く、また旧町田市周辺一帯を縄張りとしていた大型モンスター、フロストドラゴン討伐の功績をもって、国から勲章をもらった2番目のパーティであるため、知名度は高いのだという。


ちなみに国から勲章を授与された1番目のパーティは日本で初めてダンジョン攻略を果たしダンジョンを1つ消滅させた『焔の心』である。


つまり『暁火隊』は国の武力としての顔という特性を持ったパーティであるということだ。


そして未零が消えた旧新宿ダンジョンへは、国の極秘任務で赴いていたということであった。


海外のテロ組織が当時未攻略だった旧新宿ダンジョンのダンジョンコアを狙っているという情報があり、それを阻むため先に最深部へ到達し、コントロールを掌握するという任務であった。


そして最深部手前で強力なモンスターに襲われ戦闘になり、そこでパーティの回復役を庇って大怪我を負った未零を任務のために置いていった。


一応そのとき未零には意識があり、最高級ポーションを飲ませてもおいたので、そのまま死ぬ可能性はさほど高くなかったという。


しかしダンジョンコアの掌握を済ませて『暁火隊』の面々が急いで戻ってきた頃には、未零の姿は影も形も無かった。


奇妙な状況であったが、極秘任務の上、死んでモンスターに食われたという可能性もあったために、内々で調査は続けながらも死亡という扱いをするに至ったそうだ。


その直後に普はエースでありながらも『暁火隊』を辞め、ソロ活動に切り替えたらしい。



「未零のため……ですか?」


「誰があのクソガキのためなんて殊勝な理由で盤石な地位を捨てるか。ソロで自分の実力を伸ばすためだ」



そうは言ってもこうして侮蔑までしていた或斗を連れて未零の行方の調査に乗り出している現状と、パーティを抜けたタイミングを思えば、それが完全な本音だとは思えない。


此結 普という男は善人の振る舞いをしたら死ぬ呪いがかけられているか、致命的に不器用なのか、どちらかなのかもしれない、と或斗は思った。


そして未零を置いて行ってまで急いで掌握する必要があったダンジョンコアについての話も聞いた。


世間一般にはあまり知られていないが、ダンジョンコアは一番初めに制御権を握った人間が制御権を持ち続けることになるらしい。


例外は3つ、制御権を得た人間がそのままダンジョンを消滅させた場合、制御権を持った人間が死んだ場合、制御権を持った人間が自分の意志で制御権を他の人間に移譲した場合である。


ダンジョン黎明期からしばらくは、強いダンジョン攻略者が得たコアの制御権を自分の所属する国の代表へ移譲する慣習があったそうだが、国の代表はダンジョン適性が高いとは限らない、というか適性は関係なく、戦闘経験が少なく弱い部類の人間であることがほとんどだ。


それが招いたのは移譲されたダンジョンコアの制御権の空白化を狙っての暗殺の横行。


よってダンジョンコアの制御権は攻略したパーティのリーダーかエースが獲得し、持ち続けるというのが現在のスタンダードである。


ダンジョンコアの制御権を持つ者が出来ることは、ダンジョンを消滅させること、拡張させること、ダンジョン内で出る資源のいくらかの変更、ダンジョン内の自由な移動、といったところらしい。



「じゃあ普さんと一緒なら旧新宿ダンジョンの最深部へはすぐに行けるってことですか?」


「いや、旧新宿ダンジョンのダンジョンコア制御権を持ってるのは『暁火隊』のリーダーだ。だが最短ルートは知ってる。少し荒い道を通るが、ピーピー言わずについてこい」



そう言われて或斗はかなり遺憾に思った。


昨夜の暴行から昨日の今日で旧渋谷ダンジョン中層奥地までの強行軍に泣き言言わずついてきたのだ。


昨夜までの醜態を思えば信用がないのも仕方がないが、いい加減少しは……或斗が耐えたビンタ分くらいは認めてくれても良いのではないか。


誰がピーピーなどと言うものか、そう思っていた時代が或斗にもありました。


普の言う少し荒い道、というのはそもそも獣道以下、普通のダンジョン攻略者なら迂回する場所の連続であった。


森エリアで整備されていない自然の枝のしなり攻撃を顔に受けて切り傷を作るのはまだかわいいもので、全く光の無い洞窟をモンスターが寄って来るから明かりを点けずに気配だけでついてこいと言われたり、灼熱の砂漠地帯を横断してアリジゴク型モンスターの罠に捕らえられかけたり、しまいには5m幅の底の見えない崖を飛び越えろと言われもした。


或斗はピーピー言ったし、そもそも物理的について行くのが不可能であったりもしたので、最終的には「グズのノロマのカス野郎」という罵倒を受けながら普の小脇に抱えられる荷物に甘んじることとなった。



「ノロマドブネズミに任せておいたらいつになっても着かねえ」



という普の言、出来れば初めから察しておいてほしかった決断により、道中の、巨大で多脚だったりケルベロスのように3つの頭を持っていたり複雑な魔法攻撃を弾幕のように撃ってきたりする馬鹿強そうなモンスターたちは、或斗を小脇に抱えた普が一刀の元に切り捨てて進むこととなった。


或斗という文字通りのお荷物で片手を封じられた状態で、日本の東京一円でも一等強力なモンスターが出るという大規模ダンジョンをさっさと踏破してしまう普の実力を目にしては、或斗もドブネズミ呼ばわりを受け入れる他なかった。


ダンジョンの中では気候や昼夜が狂っており、現在も周囲は明々とした昼間であるため実感が湧かないが、地上時間で深夜の2時頃、或斗と普は第一目的地に到着した。


着いた時点で普から放り投げるように降ろされて、眠気と酔いと体の痛みでグロッキーだった或斗が一時気絶し、すぐに普の蹴りで強制覚醒させられた一幕があったことを付記しておく。






そこはとある森エリアにあって直径100mほど樹々の生えていない広場のような空間であった。



「ここで、俺たちはそれまでにないほど異常に強力なモンスターに襲われた。キメラのように何種類ものモンスターが混じった姿をしていて、実際に複数のモンスターの能力を使ってきた」



知能が高いモンスターでもあったようで、初めにパーティの後衛、回復役や魔法使いを昏倒させる魔法を使ってきたために、立て直しに苦労し、随分と苦戦させられたという。


普と未零はどちらも魔法剣士というポジションであったため、前~中衛として2枚のメインアタッカーとなった。


とどめを刺せるかという一瞬、キメラモンスターの最期のあがきに、昏倒した後衛を庇っていた盾役に隙が生まれ、回復役のうち1人に致命的な攻撃が当たりかけた。


未零がそれを庇い、瀕死の重傷を負った代わりに普がキメラモンスターを倒した、というのが詳しい流れであるらしい。



「……通常、ダンジョンの生んだモンスターは倒してもそのうち似たような場所でまた出てくる。だが、あのキメラ型モンスターはあの時以降確認されていない」



普はキメラモンスターの襲撃に人為的なものがあったのではないかと疑っているという。



「虹眼を使って見てみろ。お前の幼馴染がどうなったのか」



普は広場の、未零が倒れていたはずの場所へ或斗を連れてくるとそう言った。



「……はい」



ついに未零の生死を、あるいはその死の瞬間を目にするかもしれないという緊張に、或斗は唾を飲んだ。


過去を見る、未零の居たその日の過去を、と意識して開いた虹色の眼には、半透明の過去が見えた。


そこには血まみれで血に伏す未零と、昏睡したパーティメンバーを抱えた『暁火隊』だろう面々がいる。



「おいクソガキ、立てるか」


「ちょっと……難しいかも、ですね……」



普が苦虫を嚙み潰したような顔で問うのに、未零が息絶え絶えと答える。


しかしその隣には空のポーション瓶が置いてあり、止血などの応急処置は既に終わっているようだった。



「ポーション、飲んだので……一旦、置いて行って……ください。先輩たちが、戻ってくる頃には……少しはマシに、なっているかと」


「自衛くらいは出来るんだろうな、クソガキ。雑魚モンスターに食われて死んだら墓にド間抜けと書くぞ」


「魔法を何発か、くらいは……墓に書くなら、世界一の美少女、ここに眠るとか……に」


「馬鹿言う余裕があるなら良い。戻って来るまでに死んでたら殺すからな」



そのようなやり取りを経て、『暁火隊』の面々が渋々と、だが急いでその場を去った後。


1人モンスターの死骸の近くで倒れている未零の元へ、森の中から黒いローブのフードを目深に被った人物が気配なく出て近づいて来た。


モグリのような安っぽいボロローブではない、昨日テロ組織との戦闘映像で見た未零が着ていたような上等の黒ローブだ。


警戒した未零が魔法を放とうと炎を練り上げるのに対して、黒ローブの人物が手に持っていた蒼銀の杖を高々と掲げ、何か妖しい力を使ったようだった。


黒ローブの力で意識が朦朧としはじめたらしく、未零の練り上げた炎が力無く消える。


黒ローブが抵抗できない未零の体を抱き上げる。


その際、意識を失う間際の未零が黒ローブの胸元のブローチを見て、一言零した。



「……カー、ジャー…………」



黒ローブの胸元のブローチは、六角形の結晶の形をしたものを檻で囲んだような意匠をしていた。


そこで過去の映像は終わった。


或斗の瞳が黒に戻る。



「何が見えた?」



いつになく険しい顔をしている普に、或斗は今見た光景を伝える。


未零の最後の言葉「カージャー」という単語と、黒ローブの胸元のブローチの話を聞いて、普は黙り込んだ。



「……未零は、生きている可能性が高いと思います。何故自分を攫った組織と同じローブを着ていたのかは、分かりませんが……」



或斗は、未零が生きているかもしれない希望とともに、警察の捜査官が言い放った「未零がテロ組織に所属しているかもしれない」という言葉を思い出して、胸の悪くなる思いをしていた。


何故、何のために、本当に本人の意志なのか。


ぐるぐると嫌な考えばかり頭に浮かぶ或斗に、普は低く唸るように口を開いた。



「早合点するな。今分かったのはクソガキが攫われた可能性だけだ」


「そうか……そうですね」



情けない、未零の潔白を証明してみせると啖呵をきった相手に諭されている自分の幼さが嫌になる。


或斗はまだ何も、未零の本当を見てはいないのだ。



「……カージャーか」


「知ってるんですか? それが何か」


「いや…………だが、当てがないでもない。このダンジョンを出てから、日を改めて訪ねるべきところだ」



普にしては歯切れの悪い言い方が気になったが、或斗には調べるための伝手など無い。


普の心当たりへ連れて行ってもらえるのであれば、そこでまた虹眼が役に立つかもしれないのだ。


或斗は普の足元にも及ばない。


年齢も、社会的地位も、強さも、冷静さも、行動力も。


それでもみっともなく普にしがみついてでも食いついていかなければ、未零の本当を知ることは出来ない。


未零を信じる。


それだけをもう一度強く心に誓う。



「じゃあ、もうダンジョンを出ますか。また荷物になるのは悪いと思いますが」


「いや、もう1つ用がある。話しただろうがボケネズミ。ダンジョンコアだ」



そういえばダンジョンコアが或斗の虹眼と関係しているかもしれない、という話だった。


果たしてダンジョンコアの元へ行くことで或斗の能力について何が分かるか、全く未知数だが、消化試合でもせっかくダンジョン最深部近くに来たのだ。


ここでついでを終えておくのが良いだろうことは或斗にも分かる。


流石に最深部となると、或斗の近所のプチダンジョンでも或斗一人で到達出来るか怪しいところであるもので、これ以上普の手を煩わせるのは沽券にかかわる。


或斗は沽券なんて昨夜まで放り捨てて生きていたというのに、不思議なものだ。



「ここからはそう遠くない。さすがに自分で歩けよ」


「……人外魔境が挟まっていなければ」



或斗はここまでの道のりを思い遠い目をしたが、幸いにもそこから最深部までの道にあったのはやたら険しい岩場くらいのもので、或斗は胃液を全部吐きながら何とかついていくことが出来た。


普の暴言に「ゲロネズミ」が追加されたことに憤慨する気力ももはや残っていない或斗は、黙って水で口とその周りをすすぐに努めた。






ダンジョン最深部は洞窟の中にあるようだ。


洞窟の中心からは虹色の光が零れており、洞窟内部にいくつも生えた透明な結晶体をやはり虹色に光らせていた。



「この結晶体は? 何か名前のあるものですか?」


「自分で調べろ、安全区域内の池の鯉かお前は」


「その例え、伝わりませんよ」



普はため息を見せつけると、結晶体が魔結晶と呼ばれる物質であり、ダンジョンの最深部近くで採れるもので、魔力を貯めておける性質を持っていることを教えてくれた。



「ダンジョンコアの近くにあることから、ダンジョンコアの発する魔力が結晶化したものだとか、ダンジョンとは魔力によって作られているもので、最深部では余った魔力が結晶化しているんだとか、色々説はある」


「ありがとうございます」



何だかんだ言って教えてくれるときには、或斗の学校の教師であれば付け足さないような話まで添えてくれるので、或斗は素直に礼を言った。


破壊的に口の悪い暴力鬼畜男だが、やはり面倒見は良いのかもしれない。


未零だったらやっぱり、そのギャップを面白がっていそうだった。


そんな話をしながら洞窟の中枢へ辿り着く。


先ほどの広場より狭い、20mほどの広間の中心には、2mほどの大きさの虹色に光る六角形の結晶体が浮いていた。



「浮いてる……?」


「今まで見てきたダンジョンコアは全部こうして浮いている。だが決してその場から動かすことは出来ない。力や魔法を使っても無理だった。ダンジョンコアがここから無くなるときは、ダンジョンが消滅するときだけだ」



普の説明を他所に、ダンジョンコアの虹色の輝きに魅せられるように、或斗は夢見心地でコアへ近づく。


そしてその虹色に直接触れたとき、バチバチと音を立てて或斗の眼が、虹色の眼が、脳内がスパークするように光った。



「!? おい、馬鹿! 何を……!」



普の声が遠い。


いや、或斗の意識からは既に自分の体で鳴る破裂音のような多量の音たちも遠ざかって、どこか遠い何かと繋がっていた。



『怒れよ』


『人を許すな』


『破滅を呼び込んだ愚か者たちに望みの鉄槌を!』


『人とは何だったか』


『彼らは同じものなのか』


『何をもって人とするのか』


『この怒りは何に向けるものか』


『其は、吾は全能の力』


『存在し得なかった者よ』


『汝、その力で何を見るか』



遠く遠く、しかし同時に或斗の中にあるほど近くから、何かの意志が伝わってくる。


その意志は強く或斗の魂を貫いて、わけのわからない言葉と感情の情報量の多さが氾濫し、或斗の意識を容易く奪っていった。


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