あくる朝、『暁火隊』本部5階会議室兼応接間ではパワーハラスメント講習も真っ青の罵詈雑言フルコースが供されていた。
「馬鹿の考えなしの素っ頓狂」
「警告をもらったその日に全世界ネットに載る大間抜けがあるか」
「お前は押すな押すなを押せと解釈する旧時代の芸人か何かか? 何も面白くねえからやめちまえ人生ごと」
「自分の身も満足に守れない癖してヒーロー気取ってんじゃねえぞボケカス」
普である。
昨日、あれから何とか家まで帰り着き、疲れからか寝落ちていた或斗を早朝に電話で叩き起こし、無人タクシーで半ば人さらいのごとく『暁火隊』本部まで連れてきたのだ。
まだSNSに明るくなく動画の拡散のことを知らなかった或斗に、拡散された虹眼の動画を見せながら、上記のような面罵を100種類くらいの表現で車内から今まで続けている。
或斗は、反省していないわけではないのだが、あまりにツラツラと出てくる罵詈雑言のバリエーションに、この人は罵倒してないと呼吸が止まるマグロか何かの可能性があるな、と馬鹿みたいなことを考えていた。
現実逃避ともいう。
普はいつもの調子なので良いのだが、日明に失望されたのではないかと、それはとても気がかりであった。
普の悪口雑言BGMはある意味心の準備にもなり、今限定ではあるものの気を紛らわせるのに良かった。
そんな不健全サウンドも、ノックと共に日明が入ってくると一旦止まる。
日明は険しい顔で或斗たちの向かいのソファに座ると、結論を先に話した。
「うちの情報部とも話したが、火消しは難しいようだ。既に転載動画が数えきれないほど広まっている」
「……これで、或斗くんの力のことは全世界に……『カージャー』の連中にも知れ渡ったと見るべきだろう」
或斗はぎゅっと手を握りこんで俯いた。
後悔はしていない、それでも昨日日明のくれた優しさが失望に変わったかもしれないと思うと、日明の顔を直視出来なかった。
そんな或斗に、日明はハッキリと言う。
「或斗くん、顔をあげなさい」
或斗は涙をこらえて口を引き結んだまま顔をあげた。
その日のうちに信頼を裏切ってしまった或斗ではあるが、過ぎてしまったこと以外ではせめて誠実でありたかった。
しかし、ぐちゃぐちゃの感情を顔に出した或斗を見て、日明は昨日と同じように快活に笑った。
「なんて顔してるんだ! 或斗くん」
「いえ、だって俺は……昨日のうちに日明さんの信頼を裏切ってしまって……」
或斗がそう言うと日明は鋭い目を丸くしてから、苦笑した。
「何も裏切ってなどいないよ、すまない、きちんと伝えていなかったな」
日明は真剣な、でも温かい目で或斗を見つめた。
「君は誇らしいことをした。保身を捨て、たくさんの人の命を助けた。それは何より尊いことだ」
「ほこらしい、こと」
「ああ。私が、普がその場にいたとしても、あの事故で全員の命を救うことなど出来なかっただろう。君の力と、君の選択でこそ出来たことだ。私は、或斗くんがあの場で全ての人の命を救ったことを尊敬する」
日明は或斗が間違っているとは決して言わなかった。
或斗の力が「カージャー」にバレるということは、『暁火隊』に余計な負担をかけることに繋がるはずなのに。
そこには人としての善の芯が、信念があり、或斗には日明のその姿が今まで見てきた人間の中で一番かっこよく映った。
そして、昨夜ミクリから送られてきていたメッセージを思い出す。
『また助けてくれてありがとう』
それだけの文章であったが、或斗はそれに何と返せば良いか分からず、返信出来ずにいた。
日明に肯定してもらった今なら、何か適切な返事が思いつけるだろうか。
或斗がまともに言葉を交わさないまま別れてしまった友達のことを思い出してまた悩んでいるうちに、日明の話は進んでいた。
「そういうわけだから、或斗くん、これからしばらくは普の家に住みなさい」
「え?」
「はい?」
驚きの声をあげたのは或斗だけでなく、普もだった。
先に話を通しておいたわけではないらしい。
「言っただろう、或斗くんは『カージャー』に狙われる可能性が高くなる。安全を考えるなら、信頼できる者と共に暮らすべきだ」
「信頼? 誰が? 誰を?」
「お言葉ですけど、眞杜さん、俺のマンションはペット禁止です。そうでなくてもドブネズミなんか飼ってられませんよ」
それぞれ完全に拒否の姿勢を見せたのだが、日明は鷹揚に笑って「うんうん、仲が良さそうで何より」と明後日の反応をした。
「普、これは私からの指示……いや、頼みだ。未零くんのように、或斗くんをみすみす攫われるわけにはいかない。それは分かるだろう」
「…………」
普は苦渋を煎じて飲んだような心底嫌そうな顔をしたが、日明からの頼みという言葉の前には折れざるを得なかったようで、渋々、本当に渋々と頷いた。
「或斗くん」
「は、はい」
「普はどうにも集団行動というか、共同生活みたいなものには向いていなくてね。これを機に矯正してやってくれ」
「え、ええ……?」
或斗が普の奴隷として調教される光景は想像出来ても、普が或斗に合わせるようになる様は1ミリも思い浮かばない。
とはいえ、或斗に自衛の力が無いのは事実。
発端は自分のやらかしでもあり、或斗の方は日明の指示に従うことには反発はなかった。
普と寝食を共にすることへの不安は大いにあったが。
「俺の家に住まわせるにあたって、命令がある。まず、お前は俺の言うこと全てに"はい"か"かしこまりました"の2択で答えろ」
「はい」
「起床就寝食事入浴訓練、全て俺の生活リズムに合わせろ」
「はい」
「あと雑事は全部お前がやれ。炊事洗濯掃除その他全部な」
「かしこまりました」
以上が普の家に着くまでのやりとりである。
或斗は荷物を取りに一旦家に帰るべきかと考えたが、あの家にある物はすべて普の御眼鏡には敵わないだろうし、持ってきたとして即座に捨てろと言われるのがオチだと予想出来た。
着替えなどの必需品は普の家に着くまでの寄り道で普が適当にバサッと買い揃えてくれた。
どれも或斗が今まで身に着けてきた衣服より何段も質が良く、これらの服を着てきちんと身なりを整えた或斗を、ダンジョン適性無しの社会不適合者と見る者はいないだろう。
そろそろこの男にかけてもらった金の総額を考えるのが恐ろしくなってきているが、普は平然としている。
普にとってははした金ということなのだろう、つくづく価値観が違う。
そんな亭主関白なる旧時代の言葉を思わせる宣言と共に始まった共同生活は、控えめに言って波乱万丈、ストレートに言えば地獄であった。
まず「俺より先に寝るな、後に起きるな」という命令により、或斗の睡眠時間は今までのものとはかなり変わって、慣れるまでに時間がかかった。
今までの生活から早起きは苦ではなかったが、早起きして家事をやっていると物音が立ち、普が凄まじく不機嫌そうに起き出してきて「うるせえ」と或斗をしばいていくのである。理不尽だ。
寝る前には普から「一般常識を身につけろ」と言われて渡された各種書籍を読むのだが、普が寝る時間になっても読んでいたら「ガキはさっさと寝ろ」とまたしばかれる。口頭だけで済まないものか。
その辺りの生活習慣を合わせるのはまだ上手くいっている方で、もっと大きな問題が存在した。
或斗は、家事が、出来ない。
いやもちろん、今まで1年以上も一人暮らしをしてきて、皿洗いだとか掃除だとかをやってきたのは確かなのだが、或斗の家と普の家とでは、文字通り文明レベルが違ったのである。
食器洗浄乾燥機の使い方なんかはまずサッパリで、何がどうして使った皿を並べて置いておくだけで洗浄と乾燥が済んでいるのか、摩訶不思議であった。
が、まあこれは一度口頭で普から使い方の説明を受ければ問題なかった。
他に苦労したもののうち1つが掃除である。
普の家は物が少ない。生活感が薄いまである。
その割に部屋面積が広く部屋数も多いものだから、住んでいた空き家の使わない部屋を放置して埃まみれにしていた或斗にとっては全ての部屋を常に清潔に保つというのが重労働であった。
しかも普のチェックが厳しい。
掃除が終わった後の部屋の窓枠をついと指でなぞられて「埃が残ってる。やり直し」と言われたときは、詳しくもないのに嫁姑問題という言葉が過ったほどであった。
そんなに言うなら自分でやってみろ! と言いかけたこともあったが、普のことである、何でもないようにサッと完璧な掃除を済ませてしまうに違いなかった。今までそうしていたのだろうし。
いくつもの部屋の天井から始めて床の隅まではたきと雑巾をかける毎日。
定期的に飛んでくる罵倒、時々思い出したように飛んでくる暴力を耐え忍び、或斗は何だかんだ掃除にも慣れた。
しかし或斗の家事の不出来で普を絶句させたことが2つあった。
洗濯と料理である。
或斗は2050年の人間として非文明人の謗りを受けても仕方のないことに、洗濯機を使ったことが無かった。
今までは一人分の洗濯物しかなく、それだと大した手間でもなかったので、なんと洗濯板を使っていたのだ。
手作業で代替出来る家電のうちの1つである洗濯機を買うお金を惜しんだとも言う。
そういったわけで、或斗は2人分の洗濯物にどのくらいの洗剤を入れるべきなのかサッパリわからず、とりあえず多くて困ることは無いだろうと思い、洗剤だと教えられていたジェル状のボール(初めて見た)を10個ほど突っ込んだ。
泡の噴き出してピーピーとエラー音を立てる洗濯機を前にして「嘘だろ……」と呟いた普の呆然とした顔は中々忘れられるものではない。
さすがに或斗も普に対する蟠りより申し訳なさが勝った。
無論その後の掃除と洗濯のやり直しは全部或斗がやったのだが。
とはいえ洗濯機も操作と洗剤の適正量さえ覚えれば便利な文明の利器であり、或斗も大事故は最初だけで、すぐに慣れた。
どうしようもなかったのが、料理であった。
普の家のキッチンには見たことも聞いたこともない調味料が揃っており、何を使えば良いのか分からない。
或斗の今までの調理経験はダンジョンネズミの丸焼きと雑穀米炊飯程度である。
初めて普に出した料理は味のついていない肉と野菜を炒めた(傷めたと言った方が正確かもしれない)黒焦げの何か、炊いた白米であった。
普は食卓を一目見るなり虚無を宿した瞳で言った。
「分かった。今後料理は全部俺がやる。お前は一生キッチンに触るな」
或斗も一度普の美食家ぶりを見ているだけあって、ここでは平伏して頷く他なかった。
それからの毎日、或斗は普の作るおいしい料理を3食たらふく食べることが出来た。
それだけは共同生活をして良かったと手放しで言える幸福であった。
というか、食事というご褒美が無ければ途中で音を上げていた可能性があった。
普が合わせろといった生活リズムの中には、訓練という項目がある。
ダンジョンに入らない日も体を鈍らせないため、剣の訓練や走り込み等の体力づくり、筋トレ。
普基準で作られたそれらのメニューを或斗もやらなければならなかったのである。
ダンジョン適性Aの男と、無しの少年。ここまで酷い格差もそうはないだろう。
当然ついていけず、途中で或斗はダウンしてその辺に転がされているのだが、普は適性無しを理由に訓練の免除はしてくれなかった。
「貧弱カスのドブネズミでも、筋肉と体力のないゴミクズとあるゴミクズなら後者の方がまだマシ」
なるほど正論である。
学校は、という話をすると、普がついていけないという安全面でも登校を却下されたし、「俺の元で本でも読んでる方が有意義」と学校教育の意義自体を否定されたし、最終「お前友達も居ないのに学校行ってどうすんの?」という残酷なパンチで沈められたため、しばらく無断欠席を続けている。
多分何も問題にならないことがネズミ組の悲しいところであった。
そんなわけで、罵倒時々暴力の毎日、或斗は朝起きては物音を立てないように家事をし、普が起きては洗濯など音の立つ家事をし、普の訓練メニューに引きずられて食べたものを戻しそうなほど疲労し、そんな後でもだだ広い部屋を隈なく掃除、普の出した課題本を読み、また訓練で気絶するまでしごかれる。
ダンジョンに入る日は深い階層まで連れていかれ、命がけで虹眼の力の訓練をさせられる。
正直死ぬかと思った回数は両手の指ではきかない。
その上毎日ネチネチネチネチと「タダで住まわせてもらってることに感謝して働け馬車馬」だの「つっかえねえクソカスだな本当に」だの「最近部屋がドブネズミ臭い気がする」だの言われるわけである。
世話になっているのは事実なので「はい」と「かしこまりました」を繰り返す壊れたスピーカーみたいになっていた或斗であったが、10回くらいは日明に頼んで日明の家でお世話になりたいと土下座しようか真剣に検討した。
ところで、普の家には当然パソコンがあり、課題本を読んで分からなかったところなどの調べものに使わせてもらうことがあった。
分からないところをいちいち全部普に尋ねると、「能無し自分で調べろボケ」「自分で考えるってことが出来ねえのか脳みそ糞詰まり野郎」などの罵倒とビンタが飛んでくることを学習したためである。
或斗は今まで公共施設のパソコンを使うことがほとんどで、さほど気にしたことがなかったのだが、インターネットの検索欄にカーソルを出すと、その前に検索したワードが表示される仕様が存在するということは知っていた。
ある日、前には何を検索したんだったか、となんとなしにサジェストされた検索履歴に目を向けてみると、或斗の調べた覚えのない検索結果が残っていた。
『成長期 食べ物』『16歳 必須 栄養素』
重ねて言うが、これは普のパソコンである。
或斗は下手に突いたら爆発しそうな、多分知らなかった方が良かった事実を抱え、その後はそれまでより一層感謝して普の手料理を食べることにした。
普との共同生活が3週間目に入った頃、或斗は普と共に日明に呼ばれて『暁火隊』本部へ来ていた。
それまでも何度か呼ばれて、主要メンバーの紹介を受けたり、メッセージアプリ上ではやり取り出来ない「カージャー」についての情報を教えてもらったりなどしていたが、今日はまた一風変わって、本部の地下に来ていた。
この地下に来るまでの道が変わっていて、特定の部屋の特定の壁を特定のリズムで叩くことによって開く隠し扉の先に地下への階段があったのだ。
或斗は観たこともないが、旧時代のスパイ映画はこんな風だったのだと楽し気な日明に教えられつつ、こわごわと地下への階段を下りていく。
平然としているところを見るに、普は地下へも来たことがあるのだろう。
階段を下りた先には、無数のスクリーンやホログラム投射されたデータ、整頓された紙のファイルで埋め尽くされた部屋があった。
部屋には何十台もパソコンが置いてあるが、部屋の奥の方にあるひときわ大きいパソコンモニターの前に座っていた人物が、或斗らの足音で椅子をクルリと回し、振り返った。
その人物は小柄な女性で、薄荷色というのだろうか薄緑の髪に青い目、愛らしい顔立ちをしていた。
日明が紹介する前に、女性はトテテと椅子からおりて或斗の方へ駆け寄ってくる。
「キミがウワサの虹眼くんですかぁ? 良いですね良いですね~、中々将来有望なお顔をしていて可愛いです」
「うぇっ、はあ、どうも……?」
「或斗くん、彼女は『暁火隊』情報部の、
「そうなんですか、ありがとうございます……! あ、初めまして! 遠川 或斗です」
「うんうん、ご挨拶が出来てえらいですね~! 初めまして~、って言っても、私の方は虹眼くんの全身のホクロの数まで知っているわけですが」
「えっ」
「チッ、相変わらずキショいこと言いやがる。耳が腐るから聞き流しとけドブネズミ」
「あらら~? 誰かと思えば彼女いない歴
「うるせえババア、肌荒れてんぞ。アプリで女漁る時間で残業代稼いでないで定時で帰れクソビッチ」
「ホントに普ちゃんったら可愛げのかの字も無いんですから~! でもぉ、まさかあの普ちゃんがこんな幼気な男の子と同棲することになっちゃうなんて! 拡ちゃんビックリ! 普ちゃんの性癖と虹眼くんの貞操の行方はどっちだ☆」
「黙れド腐れ蛆虫死ね」
挨拶をしていたら流れるように普と栞羽の口論が始まった。
普相手にこれだけおちょくれる栞羽はすごいが、それに対する普の暴言がもうすごい。
およそ女性に向けて良いレベルの発言ではない。
思わぬところで普に彼女というものが居なかったことを知り、或斗は自分の人間関係の希薄さを棚に上げ、この人こんなだから中々まともな人間関係が築けていないんじゃ……と思った。
胡乱なものを見る目で見ていたのがバレたのか、口に出していなかったはずなのに普がやつ当たり気味に或斗の頭を引っぱたく。
或斗が予定調和的な理不尽に憮然としたところで、日明から本題が切り出される。
「今日来てもらったのは、最近の『カージャー』の動向について、調査結果がまとまったという報告を栞羽から受けたからだ。栞羽、頼む」
「はぁい、皆さんスクリーンにご注目~」
パソコン前に戻った栞羽がそう言うのと同時に、部屋の奥の一番大きなスクリーンに例の虹眼を撮られた際の動画の投稿が映し出される。
「まず、元の投稿はこれですね。この投稿者自体は真っ白シロの一般人、ホントに偶然撮れた動画を上げた人みたいですぅ。裏も、親族や友人関係も洗いましたが、怪しいところはありませんでした」
栞羽はパソコンを操作して、同じ動画を転載している他の投稿一覧を映す。
「問題はこの後の傾向です~、バズ動画をいつも転載しているアカウントはともかく、普段そうでもないアカウントや新規作成されたアカウントでも転載が行われています。日本語圏だけじゃなくて海外諸国でも拡散されているようです」
「この自然発生と思えない執拗な転載が始まった時期は18日前です。そして同日から、"虹色の眼"・"虹の魔法"といったワードでウェブを漁ってる不審な海外IPが急増していることが確認されてます~」
「18日前以後に動画を転載しているアカウントのいくつかにコンタクトをとってみましたが、知らないユーザーから金をもらって転載を頼まれたと話していました。これは国籍問わずそうであるようですぅ」
栞羽は椅子の背にもたれかかり、大きくため息を吐く。
「やっぱり『カージャー』は中々影を掴ませてくれません、いつも通りの神出鬼没ですねぇ」
「ああ、やはり情報戦では何歩も後れをとっていると感じるな。3年前の旧名古屋拠点のときも……」
そう言って、日明は或斗へ3年前に『暁火隊』の精鋭チームが仕掛けた、「カージャー」の拠点襲撃について語った。
「この5年、私も秘密裏に『カージャー』について調べていた。当時は未零くんの件に関わっているという確信こそ無かったが、関係があるかもしれないテロ組織が日本でも未だ暗躍しているという話は看過できないものだったからな」
そして3年前、旧名古屋ダンジョン付近に拠点があるという情報を掴み、日明はすぐに『暁火隊』の精鋭を連れて拠点とされる建物に襲撃をかけたという。
「しかし、中へ入ってみればもぬけの殻。何かの研究や実験をしていた痕跡こそあったものの、肝心の証拠品やデータは何も残されていなかった。襲撃が読まれていたか、わざと情報を掴まされたか……」
「ここだけの話、警察公安を含め、最も悪いところだと『暁火隊』内部までスパイの疑いをかけなくてはなりません。『カージャー』は各国に正体不明の協力者を持っていて、侵入も逃走もルートをとり放題なんですぅ」
「既に我々『暁火隊』が『カージャー』を追い続けていることは向こうも承知だろう。しかし今までは何の攻撃も受けていない。それは我々が『カージャー』へ辿り着く手段を持たないと見切られていた部分もあったのだと思う。しかし、今は……」
「俺、ですか」
或斗はスクリーンの動画投稿の数々を睨んだ。
「そう、我々が或斗くんを保護していることはそう遠くないうちに掴まれるはずだ」
「拡ちゃんの予測では、既に『カージャー』は"虹眼の少年"――虹眼くんの正体と居場所には辿り着いているかと~。横に人間兵器の普ちゃんが居るから、直接手出しをしてこないだけで」
「じゃあ、このまま俺が普さんちに居れば、『カージャー』は手出しが出来ない……?」
栞羽は少し憂いを帯びた顔で、首を横に振った。
「いいえ、『カージャー』の行動パターンから推測するに、もうそろそろ次の段階……何らかの接触を試みてくるはずです」
それが、出来るだけ穏当なやり口だと良いのですが……かわいこぶった口調を崩し、本心から不安げに呟く栞羽の懸念は、3日後的中することとなる。
地下での会合の3日後、『暁火隊』本部に小さな小包が届いた。
宛名には「日明 眞杜様と虹眼の少年へ」と書かれている。
すぐに普と共に本部へ呼ばれた或斗は、小包の開封に立ち会うこととなった。
いつもの応接間で、固い表情の日明が小包を開けると、中からは手紙と、紙に包まれた5cm前後の何かが入っていた。
日明は警戒して、先に手紙を読み上げた。
『虹眼の少年へ
『日明 眞杜殿 この小包が届いた当日の午後11時に、旧江東区港湾区域の廃倉庫189番へ、虹眼の少年を1人で向かわせるように』
『虹眼の少年が来なければ、落とし物が増えると忠告しておく』
『案ずることはない、我々は"虹眼"を誰よりも必要としている』
『我々は見ている。いつも、世界中のどこにあっても』
日明は手紙を読んで、苦々しく、痛ましげな顔をした。
「……ミクリの、落とし物?」
或斗は手紙と共に入っていた5cm前後の紙包みに手を伸ばす。
「! 或斗くん、見てはいけない……!」
日明の忠告を聞く間もなく、或斗はその包みを開いてしまった。
ポロ、と机の上に落ちたそれは、血色の悪い、人間の手指だった。
おそらく右の小指だろう。
切断された根本に黒ずんだ血が固まっている。
「は…………? これ、指……なん、で」
鼻をつく鉄臭を帯びた生臭さに、或斗の視界がグワンと歪む。
――よ~し! これで私たち立派な友達だね! ねえ、次の休みの日とか合ったらさ、一緒に遊びに行こうよ!
――また助けてくれてありがとう。
あの日見たミクリの素朴で、目一杯明るい笑顔が思い浮かぶ、
或斗は言葉を失ってその場に