買い物――それは古来より、人間1人の器が問われる厳しい
日々食べる食材を選ぶにも、葉の萎れ具合、身の詰まり具合、色つやを判別して選ばなければ、コストパフォーマンスは下がるばかり。
そして何気なく選ぶ、日々着る服、靴1つから頭髪の調整まで、その全てに買い物術は活かされる。
目利き、値切り、10円単位のクーポン、時には恥や矜持を度外視してでも、己の全てを賭けて勝ち取らねばならない何かがある……!
或斗はそんな戦場へ、そう、再びあの繁華街へやってきたのだ。
いや、現在進行形で戦場になっているのは目の前の2人なのだが。
「お前がついてくると性悪女臭さが移るんだよ、さっさと帰れ万年残業無能女」
「拡ちゃんのどこが性悪ですかぁ! そんなこと言ってたら普ちゃんなんか素人童貞臭さがプンプンですよぉ!」
「だ・れ・が・だ! ドタマかち割ってぶっ殺すぞこのド腐れビッチクソ虫が!」
「キャ~こわぁい! 拡ちゃんの優秀過ぎ頭脳が妬ましいからって物理攻撃は反則ですよ~?」
「お前の蛆湧いたクソ溜め以下の脳みそが妬ましい? ドブネズミでも思わねえわアホくせえ」
さっきから終始こんな様子である。
此結 普の知名度による周囲からの視線、繁華街の騒めき、今にも爆発しそうな大人2人の言い争い。
カオスである。
何故こうなったのか……或斗は現実逃避を一旦止め、今に至るまでの経緯を思い返した。
あの倉庫での戦いの翌日、或斗が向かったのは『暁火隊』医務室であった。
ミクリが目を覚ましたと知らせがあったのである。
幸いというべきか、ミクリには「カージャー」に攫われている間の記憶はほとんど無いらしく、指を切られたのも強制的に眠らされている間のことだったようで、或斗は彼女の記憶にほとんど恐怖が刻まれていないことを知って安堵した。
それでも或斗のせいで巻き込まれ、命の危機に瀕していたことは事実だ。
学校の保健室を思わせる小さめの部屋は、いくつかのベッドが並び、それぞれが白いカーテンで仕切られている。
そのうちの1つで上体を起こしているミクリを前に、或斗は「カージャー」の詳細を省いた大まかな事情を説明し、自分のせいで危険に巻き込んでしまったことを謝罪した。
「ごめん、ミクリ。俺と……友達になったせいで、危険な目に遭わせた。謝って済むことじゃないけど、でも……ごめん」
俺なんか、と言いかけたのを或斗は呑み込む。
自分を卑下することは、或斗のために命をかけてくれた日明や普に対して失礼なことだと感じたからだ。
ベッドの上のミクリは事情を聞いて、理解するためにいくらか思案しているようだったが、次の言葉は彼女らしい素朴な笑顔で発された。
「つまり、私はまた或斗くんに助けてもらったんだね」
「それは……でも、そもそもの原因は俺で」
「そんなことない。悪いのは、私を攫って悪いことをしようとした人たちで、或斗くんじゃない」
ミクリは或斗の自責をキッパリと否定すると、幸せについて話をしたあの日のように、満面の笑顔で言った。
「これで3回目だね。或斗くん、助けてくれて本当にありがとう!」
また助けてくれてありがとう、という彼女のメッセージに返信を出来ないままに過ごしていた日々。
それは或斗が虹眼の力を、自分の力と受け入れることが出来ていなかった故でもあった。
だがもう、或斗は虹眼の力と向き合い、受け入れた。
今度はきちんと返事が出来る。
「どう、いたしまして……で良いのかな。ミクリが無事で、本当に良かった」
無事で、と言ったところで、ミクリの小指の調子が気にかかった。
「ミクリ、その……小指は、痛くない?」
するとミクリは右手を或斗の前にかざすようにして見せた。
右の小指は、やはり少しだけ血色が悪く見えたが、しかしきちんと繋がっている。
傷跡もほとんど残っていない。
「痛くないし、大丈夫だよ。それより、すごいね、特Aポーションだって! さすが『暁火隊』だよ、そんなすごい値段する大事なものを、私みたいな一般人にも使ってくれるんだもん! 死にかけてたわけでもないのに……これ大丈夫かな? あとから一生かけたローン組まなきゃいけなかったりしないかな?」
その庶民的な心配は或斗にもよく分かる考えで、思わず或斗は噴き出した。
「大丈夫だよ、日明さん……『暁火隊』のリーダーはすごく人道的な人で、ミクリのことも心配してくれてたんだ。無事で良かったって言ってた。良い人だから、そんなあくどい商売みたいなことはしない」
「そっかぁ、良かったぁ……孤児院に仕送り出来なくなっちゃうかと思って、不安だったんだ」
一生かけたローンを組まされるかも、と考えたときに出てくる心配が仕送りの問題であるのも、ミクリらしい底抜けの善良さだ。
日明とミクリは、気が合うかもしれないな。
そう思って苦笑した或斗へ、ミクリが少し緊張した面持ちでおずおずと切り出す。
「そ、それでね、或斗くん」
「え? どうしたんだ?」
「栞羽さんって人から聞いたんだけど、或斗くん少しの間は任務とか、入ってないんだって」
「あ、ああ。まあそれはそう、かな」
任務が入っていないというか、或斗はそもそも『暁火隊』に加入しているわけでもない。
日明の100%の厚意と、その1億分の1くらいの普の慈悲で保護されているという、微妙な立場だ。
その辺りの説明はややこしく、栞羽も説明を省いたのだろう。
次の「カージャー」の動きが見えるまで、やることと言ったら普の家の料理以外の雑用と普ブートキャンプくらいである。
とりあえず或斗は頷いておいた。
「じゃあさ、前に約束したみたいに、遊びに行こうよ! 買い物とか、どうかな?」
「…………」
「……あれ? もしかしてあれって社交辞令的な感じだった?」
不安げに顔を曇らせたミクリに、或斗は慌てて訂正を入れる。
「いや、そうじゃなくて……! まだ、俺と友達でいてくれるんだって……」
「そんなの当たり前だよ。確かに私にとって或斗くんはヒーローだけど、友達なのは変わらないもん」
或斗は、あんな危険に巻き込まれてもなお友達でいてくれるのか、という意味合いで言ったのだが、ミクリの回答は少しズレたところから返ってきた。
面と向かってヒーローだなどと言われて、或斗は気恥ずかしさに顔を逸らす。
「買い物、だよな。大丈夫だと思う。あ、でも護衛の人が一緒に来ると思うけど……それでも良いか?」
「大丈夫だよ! 『暁火隊』の人かな、強い人ばっかりだもんね、悪い人が居ても、それなら安心だね!」
或斗はほぼ確実に護衛としてついてきてくれるだろう普の顔を思い浮かべる。
『暁火隊』は抜けているが、強いのは確かだし……悪い人というなら口も性格も普の悪さに敵う人間は中々居ないだろう、でも安全なのは確かなハズだ。
曖昧な笑顔で誤魔化して、或斗はミクリと出かける日取りを決めた。
問題は普の説得である。
ただの他愛ない買い物に行きたいからついてきてくださいと頼んで、果たして何発の暴力が飛んでくるだろうか。
最終手段、栞羽さんに頭を下げて普の弱味を教えてもらって交渉しよう。
そんなことを考えていたのが悪かったのか……。
普は拍子抜けするくらいあっさりと買い物への同行に頷いてくれた。
もちろん、「ドブネズミとハツカネズミの乳繰り合いに俺を付き合わせるとは随分良いご身分になったもんだな」「貧弱ゴミカスの分際で訓練サボって遊びに行こうってか。お前の向上心の無さには感心するわ」などと言った暴言は一通り飛んできたものの、物理攻撃は無かったためヨシとする。
そして当日、ミクリが保護されている『暁火隊』本部ビルを出たところで、後ろから声がかかった。
「お待ちなさい、そこの少年少女、ととうの立った成人男性……!」
栞羽である。
小柄な彼女に似合った私服だろうかわいらしいワンピースを身に着けて、何故か胡乱なサングラスをかけている。
「ドブネズミども、行くぞ」
ガン無視して繁華街の方向へ足を向ける普、ただただ困惑している或斗とミクリ。
栞羽は無駄にかっこいい仕草でサングラスを外すと、フッとニヒルな笑みを浮かべた。
「少年少女の淡い青春の香り……拡ちゃんじゃなきゃ見逃しちゃうね!」
「ええと、栞羽さん。一体何を?」
「やはり繁華街か。私も同行する。と、いうことですよ虹眼くん!」
何を言っているのかよくわからないが、とにかく栞羽も買い物についてくるということらしい。
或斗は純粋に、暇なのかなこの人、と思った。
とはいえ、今日のお出かけメンツは今のところ暴言暴行鬼畜男と或斗、それにミクリという男女比2:1の状態である。
普は当然頼りにならないものとして、残りは同年代の女子と関わる機会の無かった或斗であるからして、ミクリに対して気が利かないところも多々あるだろう。
栞羽がついてきてくれるなら、そこのところは安心だし、まあ良いのではなかろうか。
そう思って承諾したのが間違いであった気がしてならない。
繁華街ですれ違う人々が「あれ此結 普じゃね?」「マジ? 写真撮ったら怒られるかな?」などと野次馬をしている中、聞くに堪えない、特にミクリには聞かせたくない類の口汚い罵りあいを続ける大人2人。
「あんまりなことを言う普ちゃんのお口はぁ、拡ちゃんのマル秘特ダネファイルで塞いじゃいますよ~?」
「おうやってみろクソババア、お前の棺桶にそのファイルもぶち込んで一緒に火葬してやるわ」
「良いんですかぁ~? そんなこと言って。え~、2044年〇月×日、普ちゃんは本部の休憩所にあるソファでうたた寝をしていた後輩女子未零ちゃんに……」
「よし殺す。今殺す。重しつけて東京湾に沈めてやる。魚型モンスターのクソとして東京湾の食物連鎖の環に加われクソストーカー」
何だか或斗としても聞き逃せない話をしている気もするが、隣でハラハラオロオロとして倒れんばかりのミクリのためにも、ここは或斗が止める他ない。
「あの、お2人とも。俺たち買い物に来たんです。邪魔しないでもらいたいんですけど」
すかさず或斗の頭へ飛んでくる普の手刀に、隣のミクリから「ひえっ」と悲鳴が上がる。
まあこのくらいの痛みなら或斗も慣れたものだ、頭をさすりながら、ジトリと大人げなさすぎる大人2人を見る。
だがそれに怯む栞羽ではなかった。
栞羽はピシリと或斗を、というか或斗の服装に指を突き付ける。
「買い物ということなら良い機会です! この際ですから言わせてもらいますが……」
栞羽はもったいぶって腕を組み頷いてから、割と酷いことをズバッと言った。
「虹眼くんの服装は……地味! ダサい! 普ちゃんのセンスが悪い!」
「ふざけんな目腐れ女。そもそも着る服買い与えてやってる時点で菩薩より慈悲深いわボケ」
その辺り、或斗は服のデザインなどよくわからなかったし、普の言うことはもっともでもあったので何も言いだせない。
「かわいい弟系男子にかっこいい服の1着も買ってやれないなんて普ちゃんの甲斐性なし! そんなだから彼女いないんですよ!」
「関係ねえわ。どう控えめに見ても俺は甲斐性含めた全てを持ち合わせてる」
「お金はね、そりゃあるでしょうけど~。お金でコーデセンスを誤魔化してるっていうか~」
「いい加減に名誉棄損でぶち殺すぞ」
「ホラそうやって暴力で有耶無耶にしようとする! 良くないですよそれ! こういうときはぁ~」
栞羽はどこから出したのか分からない小型のくす玉を片手で持ち上げ、もう一方の手で紐を引いた。
色とりどりのリボンと共に飛び出てきた垂れ幕には「第1回! コーデバトル開催!」と書かれてあった。
「正々堂々、コーデバトルで勝負です!」
「アホらしい。意味不明。死ね」
「え~、2044年△月×日、普ちゃんは女性用雑貨店でみ」
「俺が勝ったらお前が記憶を失うまでドタマ殴ってから東京湾に沈めることにする」
そのような意味不明の経緯によって、或斗とミクリは強制的にコーデバトルなる胡乱な勝負に参加することとなったのであった。
モデルとなる或斗とミクリの二人も一応、お互いに似合う服を選ぼうという平和なニュアンスで参戦する。
ちなみに或斗は今現在、お金をそこそこ持っている。
というのも先日の「カージャー」との件を日明は『暁火隊』の任務として、或斗へ報酬をくれたのである。
それがまあそこそこの、少なくとも或斗が今まで1度に持ったことのない額であり、もらったときは10回ほど桁数を数えたものだった。
その報酬から普へ少しでもと借金の返済をしようとしたら、「眞杜さんからの金で俺への借金を返済するなクソカス」と謎に罵られたた。
そんなわけで、今日の或斗はお金という呪縛から解き放たれている。
もちろん普のようにガバガバと使えるわけではないが、古着でない服やちょっとしたものを買うのに十分な程度にはお金を持て余している。
さてコーデバトルであるが、これは護衛という観点から、全員ともに行動しながら各所の店で選んだ服をモデルに着せていく、という形式になった。
まず普が或斗たちを連れてきたのは或斗でも名前は聞いたことがあるくらいのハイブランドショップ。
普は慣れた様子で店に入ると、飛んできた店員へ向かって「このガキ2人に適当な服着せろ」と言い放った。
もはやコーデバトルの趣旨を足ふきマットにでもしているかのごとき所業である。
当然、上客に命じられた店員が心を尽くして選んだハイブランドの衣服は造りも上等、デザインも上品で、髪のセットまでしてもらった或斗とミクリはどこかの御曹司やお嬢様と見紛うばかりの姿になった。
或斗は何げなく、着ている服一式の値段を店員に訊いたのだが、或斗が持て余している金額が犬の餌代に思えるほどの金額を伝えられ、泡を吹いて気絶するかと思った。
無論そんなことをして服を汚す、どころか皺の1つもつけたくなかったため、気合で意識を保ったが。
或斗は普に買い与えられた服たちを思い起こし、今後は全部札束を着ているつもりで生きようと震えた。
ミクリも青い顔で着せられた服に極力触れないよう、ガチガチに固まった動きをしていた。
「これで文句ねえだろ」
面倒そうに言ってのけた普に対して、栞羽はチッチッチと大仰に首を横に振り、鼻で笑ってみせた。
「これだから普ちゃんは何も分かっていないんですぅ。ナンセンスと言わざるを得ません」
「なんだと?」
「拡ちゃんが本当のコーデというものを見せてあげようじゃありませんか」
そう言って次に栞羽が或斗たちを連れてきたのは、若者向けなのだろう、カジュアル傾向の服が店頭に並んでいる、聞いたことのない名前の店であった。
何故か大通りから外れた微妙に入り組んだ立地なのが気にかかったが、この店ならば先ほどのような札束服は出てくるまい、ということで或斗もミクリも少し安心した。
栞羽は店員とコソコソ何か話していたかと思うと、或斗たちを店の奥の試着室に押し込む。
そして出てきた或斗とミクリの服装を見て、普は頭痛をおさえ、眉間に皺を寄せて歯を食いしばりながらコメントした。
「何? 何だ? その服は……」
或斗が着せられている服は胸元に大きな金の翼がプリントされたTシャツ、ダメージが入り過ぎてちょっとデニム生地の寄せ集めと言った方が正確そうなパンツ、何故か肩に棘のような物がついている革ジャンである。
革ジャンの背面には髑髏マークと「Lucifer」という文字が大きく刺繍されている。
ミクリが着せられたのは黒い生地に白いフリル、大量のリボンで飾られ、大量のパニエで丸いシルエットを保ったいわゆるゴスロリと呼ばれる類の服だった。
何故かフリルのついた眼帯で右目を隠している。
「これこそが! 2人の若さを最大限に活かした究極のコーディネイト! 題して『厨二病を楽しもう!』!」
「頭おかしいんじゃねえのかお前」
「失礼な! 見てください、虹眼くんの革ジャンの見事な刺繍! こんなに少年心をくすぐるデザインはそうありませんよ!」
「髑髏とルシファーって何なんだよ、食い合わせが悪い、いやそういう問題でもねえよ、普通にダサいんだよ」
「もう~、普ちゃんは何も分かってないんですから。ミクリちゃんもホラ、よく似合ってますよ~! 様々意見はありますが、やはりゴスロリは黒髪黒目が映えますねぇ」
「女の服はよく分かんねえけど、お前の着せてるのが少数派のやつだってのだけはわかるわ。何で眼帯つけてんの?」
普の大不評により、ちょっと良いかもなと思っていた或斗とミクリはコメントを差し控えることにした。
最終、或斗とミクリは最も名前の通りが良い量販店に来て、互いの服を選んでいた。
相変わらず普と栞羽は大人げない言い争いを続けている。
そんな中、一緒に服を選んでいるミクリはクスリと笑って言った。
「何だか楽しいね。ブランドの店も、さっきのドレスみたいな服も初めてだったし」
「あー、うちの大人たちがごめん。楽しめてるなら良かった」
「最初に此結さんが来たときはビックリしちゃった。有名人だけど、あんな人だって知らなかったな。やっぱり或斗くんはすごいや」
「そうかな……?」
あんな人、の内訳がどのあたりを指すのかは、ぼかしたミクリの意志を尊重して突っ込まないことにする。
それでどうして或斗がすごいことになるのかはちょっとよくわからないけれども、ミクリは嬉しそうだった。
結局コーデバトルは、或斗は値段的な観点で、ミクリは「友達が選んでくれた服が嬉しいから」という天使のような理由で、或斗とミクリがお互いに選んだ服を最良とした。
それぞれ量販店の一般的な服であるが、それが2人の醸し出す平凡な雰囲気に似合っていた。
しかしそれを微笑ましく良かったね、と思える器の面々であればコーデバトルが始まるわけはない。
大人たちの口喧嘩が収まることはなく、次はプレゼントバトルだ! とやはり謎のくす玉で栞羽が宣言。
或斗は腹痛でもだえ苦しみながら鮭を食べようとする熊? に似た何かの彫像を、普は準現金であるマネーカードを選んできて、女性陣は(ミクリでさえも)ドン引きであった。
そんな女性陣の片割れである栞羽の選んだブツが見かけはただのネックレス、実態はGPS付のストーカーアイテムであったことから、消去法的にプレゼントバトルの勝者はおいしい洋菓子店のちょっとお洒落なクッキーを選んだミクリとなった。
買い物は終わり、ちょっと休憩して帰ろうと入った喫茶店。
未だに喧々諤々と言い争っている普と栞羽をスルーする術を身に着けた或斗とミクリは、日頃、というか今まで食べたことのない喫茶店デザートに夢中であった。
ミクリはプリンアラモードを、或斗は何かデカいからという理由でパフェを頼み、互いにその甘さ、初めて食べたアイスのおいしさに盛り上がった。
「今日は楽しかったね。最後にこんなにおいしいものも食べられたし」
「ああ、誘ってくれてありがとう、ミクリ」
「こちらこそ。またこんな風に遊べたら良いなぁ」
プリンアラモードの最後の1口を名残惜しそうに食べるミクリ、その背景にいがみ合う普と栞羽。
或斗はふと、ここに未零がいたらどんな顔をしていただろうかと考えた。
ミクリと一緒にデザートを食べて笑っただろうか、栞羽に加勢して普をおちょくっていただろうか、パフェにはしゃいだ或斗を見て……どんな顔をしただろう。
「或斗くん?」
突然黙った或斗に、ミクリが不思議そうな目を向ける。
「……何でもない」
或斗は小さく首を振って、しかし心に今の光景を刻む。
必ず取り戻そう。
こんな何でもない日常に、未零を連れ戻す。
そして今日抱いた疑問の答えを、この目で見るのだ。
夜中もてっぺんを過ぎて、静まり切った『暁火隊』本部隠し地下室にて、栞羽が携帯端末とパソコンとを交互に操作しながら呟く。
「虹眼くんを見張る不審人物が3、4……5件は確実として、飛び交う発信源不明の電波、と……まったく、穏やかじゃありませんね~」
クルリと椅子を回して立ち上がり、伸びをしてからひとりごつ。
「やれやれ、情報部エースに休みなし、です」
栞羽はもう一度椅子に座りなおして、パソコン上のデータを洗い出す。
「そろそろ次の接触が図られてもおかしくない頃。うちがミクリちゃんを保護してる現状、人質作戦は使いづらいはず……次は、どう来ますかね」
膨大なデータを凄まじい速度で処理していく栞羽の耳に、ノックの音が届く。
情報部へ入ってきたのは栞羽の直属の部下。
「班長、未零さんと同じ顔をした人物が、旧名古屋ダンジョンで目撃されました」
部下は緊迫した様子で報告した。