旧名古屋ダンジョンでの出来事を報告した後の『暁火隊』本部応接間は重苦しい空気に支配されていた。
未零クローンの自殺、その後のゾンビ化、そして英のゾンビ化という死……日明は険しい顔で黙りこんでいた。
「眞杜さん、すみません。俺が居ながら、不甲斐ない……英さんを、みすみす敵の手に落してしまいました」
普が日明に頭を下げる。
この男の殊勝な態度というのは珍しいものであったが、或斗はそれについて意外には思わない。
旧名古屋ダンジョンから『暁火隊』本部まで、ずっと押し黙っていた普と共に行動していたからだ。
普には強者のプライドと同じくらい、強者としての責任感があるのだと察したのは、最近のことだ。
だからこそ未零のことをずっと調べていたし、或斗を守ることにも手を抜かない。
そんな普が今回、目の前で……或斗よりもずっと付き合いは長かったはずだ、英という仲間を失ったことは、彼にどれほどの悔しさと自責の念を抱かせただろうか。
そんな普の心境を分かっているだろう日明は、険しい顔を崩さないまま、普の謝罪を否定する。
「永李くんを行かせたのは私だ。彼の気質を最もよく知っていたのも私だ。その場に居なかったことも含めて、責任は全て私にある」
「……」
普は日明にそう言わせたことも含めて、悔やんでいるようだった。
全てを背負う日明の言葉を拒否することも出来ず、ただ顔をゆがめている。
日明は立ち上がり、「ご苦労だった。私は少し外出してくる。普と或斗くんは休んでおきなさい」と言って部屋を出て行った。
「……普さん」
今の状態の普では、休んでおきなさいと言われても休むことはないだろうと分かる。
それは或斗も同じだからだ。
或斗が言葉を探している間に、普は苦いものを呑み込んだ顔をして或斗へ指示をした。
「ドブネズミ、お前は眞杜さんについてけ」
「日明さんに? でも……」
「眞杜さんなら拒むこともないだろ。俺は忙しくなる。お前にチョロチョロされてると邪魔だ」
確かに日明はついてくるなとは言っていない。
それに、いつも通り口悪く理由をつけているが、普がついていけと言うからには何かあるのだろう。
普は口に出されずとも日明の行先を知っているようだった。
「分かりました」
普さんも、無理はしないで……そう続けたら、確実に「いつから俺の心配が出来るほど偉くなったドブクソネズミ」と拳が飛んでくることが予想出来たので、或斗はそのまま部屋を出た。
急いで後を追うと、日明は受付に外出の旨を伝えているところだった。
或斗が同行したいと言うと、渋い顔はされたが、普の予想通り駄目だとは言われなかった。
日明と或斗を乗せた無人タクシーは、都心から少し外れた場所にある和風の邸宅の前で止まる。
渋い風合いの縦型の表札には「英流剣術道場」と書かれてあった。
或斗はそれを見て、息をのむ。
日明と或斗を出迎えたのは英の妹で、
英に似て少し緑がかった黒髪に、橙に近い茶色のつり気味の目をしている。
或斗と日明を居間に通し、茶を出した春乃の表情は暗い。
既に兄の結末について、連絡を受けているようだった。
日明はゆっくりと、「カージャー」の組織名には触れないなど十分に言葉を選んで、しかし明確に、英 永李の最期について説明した。
「私の判断ミスで、貴方の大切な兄、永李くんを死なせてしまった。その尊厳さえ損なってしまった。謝って済むことではないが、心から謝罪をさせていただきたい。本当に、申し訳ない」
春乃は頭を下げる日明へ、感情的に怒鳴りつけるようなことは決してしなかった。
今聞いた兄の死の詳細について、信じがたい事実も含まれているからだろうか、しばらく思案している様子だった。
出された茶が冷める頃、春乃は凛とした表情で口を開いた。
「兄はダンジョン攻略者。『暁火隊』の活動傾向も存じております。もしものことがあることは、覚悟していました」
春乃はしっかりと背筋を伸ばし、震えもない声で続ける。
「むしろ、今回の件は兄の行動によって起きたことです。兄の性格はよく分かります、こうなってしまったことに、日明さんや『暁火隊』の皆さんに責任は無いと考えます」
「兄の行動は……選択は、愚かだったかもしれません」
それは違う、という言葉は、或斗の口をついて出る前に、春乃の頬を流れる涙に止められた。
「けれども、子供を慈しみ、守る。正義を突き通した兄の最期を、私は誇りに思います」
春乃の表情は凛としたまま変わらなかった。
ただその目から零れる涙だけが、彼女の本当の心情を示している。
日明は目を伏せて、もう一度頭を下げる。
或斗は、その涙を止めるための言葉を持たず、ハンカチを差し出すことすら出来なかった。
口をハク、と開け、口の中が乾ききるほどの時間喉を震わせられず、ただ閉じる。
床に身を投げ出して、ごめんなさいと、貴方のお兄さんを巻き込んで、死なせてしまってごめんなさいと、泣き出したい気持ちになった。
同時にそれがどんなに卑怯で、彼女の気高さに甘えるだけの行動であるかが嫌というほどに分かって、或斗は項垂れるように頭を下げた。
次に或斗が日明に連れて来られたのは、『暁火隊』支部 分析研究所という建物だった。
今、普はここにいるらしい。
日明自身は他に仕事があるからとそのまま本部へ帰って行ったが、道中に支部 分析研究所の説明はしてくれていた。
『暁火隊』本部ビルでは主に事務系の作業が行われており、研究解析などは基本的に外の機関へ委託している。
しかし機密任務に関わる分析や外に出せない研究などについてはスパイを警戒して、『暁火隊』内部で、そして本部とは別の建物で行われているという。
支部 分析研究所は有名企業の研究施設などが立ち並ぶ工業地帯にある。
建物は表向き一切『暁火隊』の名前を出さず、別企業の傘下研究所と看板が掲げられている。
隠す必要の無い他の研究解析などと同じように、『暁火隊』がそこに業務委託をしている、という体になっているのだそうだ。
そんな分析研究所へ裏口から入って通されたのは、第一分析室とプレートのある部屋で、中へ入ると10人弱の人員がひりつくほどの真剣な空気で作業をしている。
その端の方で普がパソコンに向かって報告書らしきものを書いているようだ。
離れたところには栞羽もいたが、栞羽はいつもの軽薄な空気を少しも見せず、目の下の隈を前よりも濃くしてデータ分析を進めている。
普も珍しい栞羽の様子をからかったり、いつものごとくつっかかっていったりすることなく、第一分析室はパソコンの駆動音とタイピングの音、アナログな筆記音だけが時間が進んでいることを知らせている、と思えるほど静かであった。
栞羽は瞬きすら惜しむように画面を食い入るように見つめ、同時にブラインドタッチで画面のデータから得られた所見を迅速に打ち込み続けている。
目の下の隈もそうだが、栞羽は全体的に顔色が悪いように見えた。
いつも洒落た風に整えている髪も、今は後ろで1つに結んで、全体的に身だしなみが雑なようである。
それは彼女の余裕の無さを表しているようで、或斗は仕事の邪魔だろうと思いながらも声をかけた。
「あの、栞羽さん……大丈夫ですか? 少しは休憩を入れた方が良いんじゃ……」
声をかけられて初めて或斗の存在に気付いたように、栞羽は驚いた表情で或斗へ目を向ける。
正面から見れば栞羽の白目は少し充血しており、やはり無理をしているようだと感じる。
「虹眼くん……いえ、大丈夫です。このくらいの作業量、慣れてます」
栞羽はそう言ってから眉間にをつまんでほぐし、或斗へ向けて苦笑する。
「幼気な少年に心配をかけてしまうようではいけませんね。でも、私は……英さんの想っていたような、かっこいい私でありたいものですから」
自嘲するように零されたその言葉には、英の想いを知っていたこと、それに応えられなかった罪悪感、そして彼の死への悲しみといったものが複雑に滲んでいた。
栞羽は情報部で、いつも事前準備や後方からの支援しか出来ない。
ダンジョン適性的には戦えないということもなく、ダンジョン上層くらいであれば余裕をもって突破出来るほどの実力もある。
向き不向きの問題で情報部に所属し、戦うメンバーの支援を受け持っているのだ。
栞羽が受け持つ班は「カージャー」関連などの危険な任務に関わる情報収集、解析、提示が主な仕事で、そんな中ではもちろん過去にも亡くなった戦闘メンバーもいる。
栞羽はそういうとき、非人道的だと自覚しながらも、『暁火隊』という組織の受けた損失というデータで仲間の死を俯瞰するよう努めていた。
今回も『暁火隊』の被った損失はあまりにも大きかった……だが、損失という言葉で俯瞰に徹するには、栞羽は英と関わり過ぎていた。
英の向けてきている感情にも当然気づいていたし、それを軽薄な態度で煙に巻くのにも慣れていた。
想いに気づきながらも返答をせず、英の気持ちを蔑ろにしている……そんな栞羽の悪を英は笑って受け止め、それでも好きでいてくれた。
栞羽が事前にゾエーの情報を掴むことが出来ていれば、英は生きて戻って、いずれ栞羽への想いも薄れ、幸せで輝かしい人生を歩んでいたかもしれない……後方支援の無力さを、悔しさを原動力に、栞羽は仕事に打ち込んでいる。
それが英の慕ってくれた自分のあるべき姿であり、そうあることで既に失われた英の感情へ報いることが出来ると信じているから。
部下から次々に届く「カージャー」関連の資料をさばくのに戻った栞羽の姿に、或斗はやはり何も言えなかった。
第一分析室に再び沈黙が戻る。
そこで、第一分析室の扉が開き、傍らにデータファイルを抱えている、白衣を着た小太りの中年男性が入ってくる。
中年男性は第一分析室をぐるりと見まわし、端の方で報告書作成をしている普を視界に入れると、ニチャリと笑み崩れた。
「ハァハァ……普たん……今日も、世界一麗しいね……ハァハァ」
静かな第一分析室に、その湿り気を帯びた声は当然響き渡った。
或斗は瞬間、殺人事件の発生を危惧する。
数秒後には中年男性のやに下がった顔面が陥没していることを確信した或斗だったが、予想に反して何も起こらなかった。
何故!? と普を見ると、普は感情というもの全てを削ぎ落した無表情で、「分析班の
異常事態である。
茂部と紹介された中年小太りついでに脂ぎった肌の男性は更に続ける。
「ハァハァ、普たん……声も素晴らしい……まるで聖母マリアに受胎を告げた天使ガブリエル……おじさんにも子宮が出来ちゃいそうだよ……」
普は無表情でパソコンに向き直る。
嘘だろ!? と状況の呑み込めない或斗が助けを求めるように周囲を見回すが、部屋の中のメンバーは誰一人或斗と目を合わせず、茂部の発言をスルーしている。
明らかに、どう考えても、気持ち悪い、というか変態そのものである。
しかも発言の向き先は暴力の化身といって過言でない普その人だ、なのに誰も茂部の発言を止めないどころか、普本人からして聞かなかったことにしているかのごとく無反応である。
狐につままれるどころでない怪奇現象であった。
或斗が驚愕に右往左往していると、茂部は先ほどまでの気色の悪い笑みが嘘のようにスンと真顔になり、抱えていたファイルを開いた。
「それで、分析結果なんだけどね」
第一分析室内のメンバーは作業の手を止め、粛々と茂部へ注目した。
或斗は何が何だかわからないまま、それに倣って茂部を見た。
「まず親留 未零くんのクローンと予測されていた個体の遺伝子情報についてだ。これは過去の『暁火隊』で採取され保管されていた親留 未零くん本人のものとまったく同じものであった。よって親留 未零くん本人が洗脳され意のままに動かされているといった事実が無い限り、想定通り本人の体細胞から複製されたクローンであると考えられる。まあ、報告にある『カージャー』での扱いを考えれば、代わりのきく存在だということは明白だが」
茂部はツラツラと分析結果や所見を述べる。
胸の悪くなる事実なのは変わらないが、あの日目の前で死んでしまった未零の顔をした人物が未零本人でない可能性は高い、という意見に、或斗は少しだけ安堵する。
「いくつか疑問点は残るがね。体細胞クローンを作ったとして、受精卵から始めて生まれ育つ年月は通常の人間と同様であるのが従来のクローン技術だ。クローンは大きく見積もっても5歳ほどであるはずなのだが、報告にある通りなら、未零クローンは未零くん本人の誘拐された年齢と同じ年ごろの姿だったという。どのような技術で製造されているのか、あるいは成長を促進する技術があるのか、その辺りは興味深い」
茂部は手元のファイルをパラパラとめくりながら、次の話題へ移る。
「次に、ゾエーと名乗った人物の能力についてだ。これはまず、初めに普たん♡が予測した通りの死体をゾンビ化させ操る能力であることは間違いないだろう。類似するモンスターの能力は過去の記録には無いものの、能力の分類としては既存の魔法と同じ系統だろうと仮定しているよ。持ち帰ってもらったゾンビ化されたモンスターの死骸の脳や神経を調べたところ、魔法技術が関与したと思しき形跡が見られたからね」
「でも、英さんは……!」
思わず或斗が声をあげると、茂部は頷き、その疑問に答えた。
「そこからは仮定に仮定を重ねた話になるのでね、研究者としてはあまり語りたくないのだが。今後普たん♡の身に危害が及ばないよう対策を立てる意味でも、状況からいくつか考察してみた」
「あの、その普、たん? っていうの、やめてもらって良いですか? 話が頭に入って来なくなるので……」
「それは無理な要望だ」
或斗は割と真面目に頼んだのだが、茂部は真面目な顔のまま一蹴した。
そして何事もなかった風に考察を共有する。
「生きている者をゾンビ化させる能力、これは直接人間を加害するものだ。そして非常に強力である。ただ、この能力の発動にはなんらかの条件が必要なのだと考えられる。制約と言い換えても良い」
「制約?」
「何故ならこの能力で害されたのは英くんのみであるからだ。ゾエー本人が話していた通り、本来なら遠川少年をゾンビ化させ、連れて帰る計画だったのだろう。しかし、ゾエーは英くんをゾンビ化させたのみで撤退している。ここからいくつかの推測が出来る」
茂部は指を3本立てて見せ、1本ずつ曲げ戻しながら説明した。
こういった説明の場に慣れているようだ、普への異常言動にさえ目をつむれば、優秀な研究者なのかもしれない。
いや、目をつむっている結果がさっきの総スルーなのだろうか。
「第1の仮定、生きている者をゾンビ化させるにはゾエーが直接対象に触れる必要がある。これは比較的確度の高い仮定になる。違っていた場合、ゾエーは離れていた遠川少年をまずゾンビ化させることが可能だったからだ」
確かに、あのとき英はゾエーに触れられた手を見て叫んでいた。
触れている場所から能力が影響を及ぼしたというのは確かに、納得できる話だった。
「第2の仮定、ここからはもしかすると、という話になるがね。生きている者のゾンビ化には、相手の同意が必要な可能性がある。報告では、英くんはゾエーとの問答で、ゾエーが認識している上でのゾンビ化への同意に頷いたと見ることが可能だ」
ゾエーの言うお友達、というのはゾンビのことを指している可能性が高い、と茂部は指摘する。
第2の仮定が当たっていた場合、ゾエーの生きている者をゾンビ化させる能力の脅威度は格段に下がる。
分かっていれば、同意さえしなければ能力は発動し得ないからだ。
しかしこれは希望的観測に過ぎない、と茂部は言いおいて、3本目の指を折り曲げる。
「第3の仮定、生きている者をゾンビ化させる能力は日に何度も使えない。回数制限だな。これはゾエーが多くのゾンビモンスターという手札を残したまま撤退を選んだことから推測した。ゾンビ化させる能力がまだ使えたのなら、混乱のさなか普たん♡の護衛を搔い潜って遠川少年に接触し、ゾンビ化させる方針をとることが出来ただろう」
茂部の言うことは筋が通っており、或斗も思わず唸らされた。
間にちょいちょい入る♡さえなければ尊敬さえできた気がする。
「結論を言えば、ゾエーとの身体的接触は避けることを第一に考えて交戦すべき、ということだね。特に遠川少年」
或斗が頷くのを見て、茂部はゾンビ化についてもう1つ重要な話をした。
「これは動かされている状態のゾンビを確認していないから、確実とは言えないが。ゾンビ化させられた英くんを戻す……つまりは生き返らせるという表現になるのかね。それは難しいと考えられる」
「そ……! れは、どうして……」
「ゾンビモンスターの死骸を調べたところ、ゾエーの能力は死体の脳や筋肉、神経を刺激して生前のような動きをさせている、いわば電気信号のような機能であることが予想されるからだ。よって、その能力により操られている肉体は既に元の持ち主の意志の残っていない、完全な死体となっている可能性が高い」
「そんな……」
あの瞬間に感じた死は本物だった。
分かっていたはずのことでも、ハッキリと突きつけられると堪えた。
だが、茂部は「ただし」と言い添えた。
「遠川少年の目の力の作用によっては希望が全くないとは言い切れない。何せ神の力とのことだ。出来れば能力の解析のために1週間くらい研究所に滞在してもらって、解剖とかさせてもらいたいのだが」
「解剖はちょっと……」
「駄目かぁ」
チェ、とばかりに茂部は手元の資料をめくるのに戻った。
しかし或斗は胸に僅かな希望がもたらされたのを感じる。
自分の目の能力が、本当に神の力だというなら……英を救うことが出来るだろうか。
死者蘇生が神の領分で叶えられることなのか、或斗には判断がつかなかったが。
「あとは度々報告に出てくる、『カージャー』のメンバーが所持している蒼銀の杖についてだな。蒼銀という色から、蒼銀鉱石――ミスリルと呼ばれる場合もあるが――あるいはその合金が使われている可能性が高い。これが何を意味するかというと、魔法能力の行使を助ける機能を持つ道具である可能性の高さだ」
或斗も、元々モグリとはいえダンジョン攻略者の一端である。
ダンジョン資源の中でも特に重要視される蒼銀鉱石、ミスリルの価値の高さは知っている。
それが魔法行使能力の向上に寄与する性質を持っているからだという知識もある。
「注目すべきは、『カージャー』のメンバーがモンスターの能力を使う際に杖を使っていたというところだな。モンスターの能力はすべて、人間が行使するものと根が同じ魔法能力なのではないかという学説が立って久しく、近年ではそれを裏付ける研究もいくつか……分かってるよ普たん♡脱線はやめるね♡ というわけで、『カージャー』のメンバーらは杖なしではそれほど大きく能力を行使できないのではないかという仮説が立てられる。交戦の際は杖を手放させるのが有効かもしれない。ついでにその杖をかっぱらって持って帰ってきてくれると非常に助かる。以上」
そう結んで、茂部の共有は終わった。
茂部は分析の続きに戻るらしく、第一分析室を出て行く。
部屋を出る際、普に向けて両目とも瞑ったウインクのような謎の動作をしていたが、普は床の埃を見ていた。
或斗は元の静けさの戻った第一分析室で、デスク横の椅子に座って考えていた。
モンスターの魔法能力を使う「カージャー」のメンバーたち、魔法ではないとされる自分の虹眼の力、狙われているのは自分……様々なことを考えて、まず初めに浮かんだのは、「カージャー」への嫌悪感だ。
今までは未零を攫って利用している悪い連中、という認識で、実際今もその事実は変わっていないが、未零が関わっているから「カージャー」と戦う、というのは違うような気がしてきていた。
断ち切られたミクリの小指を見た時の恐ろしさ、未零クローンに命じられた自殺の指示、そして継ぎ接ぎだらけのゾエーの顔、英をゾンビと変え、嬉しそうに笑っていたゾエーの姿……。
反対に、ゾエーが敵で残酷な行為をしていると分かっても尊重する姿勢を見せた英と、その妹春乃の気高い涙が思い浮かぶ。
「カージャー」は人を人とも思っていない集団だ。
そこにあるのは神とやらの力への執着、目的のためなら何でもする常軌を逸した思考だけ。
或斗の学校の連中が或斗たちのことを「ネズミ組」と言って嗤っていたのとは全く別種、いっそ蔑みさえ覚えていないのだ、認識が根本から違う。
「カージャー」は人を、その尊厳を踏みにじり、それを何とも思わない悍ましい存在だと再認識した。
ダンジョンを掌握して人口統制をするという思想も本気なのだろう。
「カージャー」を自由にさせておけば、この先もっと残酷なことが続くに違いない。
奴らに国やダンジョンを掌握させるなど、もってのほかだ。
未零を助け出すのはもちろん、「カージャー」は潰さなければならない、絶対に。
しかし、或斗の虹眼の力は限られている。
目の前に「カージャー」が居れば出来ることもあるだろうが、現状は姿を現すタイミングさえ敵にコントロールされているばかりだ。
確たる情報を掴みたい。
そのためには主導権を握る必要がある。
そして主導権を手にするため、或斗が出来ること――。
或斗は今までのこと、自分の力について、仲間たちのこと……考えて考えて、1つの結論を出した。
「皆さん、聞いてください」
或斗は立ち上がり、声をあげた。
「は? ドブネズミ、何を……」
隣の普が問おうとして、或斗の強い光を宿した目を見て黙った。
或斗は宣言する。
「これ以上『カージャー』の自由にはさせられません。次はこっちから仕掛ける」
「俺が"餌"になります」