目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

23 敵


夜の山中で、剣を抜いた普が殺気を放ち、10mほど先の黒ローブを纏った未零クローンを睨みつけている。


対する未零クローンは腰に装備した剣へ手を伸ばすこともせず、無表情に或斗たちを眺めていた。


未零クローンによる陽動、本命は或斗を狙った襲撃の可能性もあるため、普は自分から仕掛けにいくことはせず、ただ前方と周囲すべてを警戒し続けている。


普は警戒し、未零クローンは動かない。


膠着状態が5分も続いただろうか、次第に緊張の切れてきた或斗が恐る恐る言う。



「あの、普さん。あっちに交戦の意志はないんじゃ……」



ピリピリしている普は低い声で淡々と或斗を貶した。



「いい加減に危機感ってものを身に着けられねえのかこのノータリン。相手は雑魚とはいえ適性A相当の身体能力を持ってる、無能ゴミカスネズミが間抜けにも油断して背を見せた瞬間バッサリ、ってのも簡単に出来るんだよ。それ以上余計な馬鹿言ってみろ、俺がお前を背中からぶった斬るぞクソボケが」



この人ポーションで治るからって本気でバッサリやりかねないな……と或斗は背筋を寒くしたが、或斗とていつもとは違い、何も考えなしに発言したわけではない。



「奇襲については普さんと俺の虹眼で十分対処可能だと思います。普さん相手に油断を誘えないことも、今の間に相手にも伝わっているはずです。だからこそ剣を抜かないことが不可解です」



普は或斗が珍しく考えてから発言していると察すると、背を切る前に一旦聞く姿勢はとってくれるようだった。



「『カージャー』の狙いが何なのかは分かりませんけど、未零クローンはここで俺たちの足止めをするつもりなのかもしれません。塔は既に誰の目にも――もちろん、『カージャー』たちの目にも見える形で出現していますし、どちらにせよ今夜しか立ち入れないのだとすると、早めに向かった方が良いんじゃないかと思うんですが」



普は大きく舌打ちをし、剣を下ろすと、もう一方の手で或斗の頬をつねりあげた。



「いっひゃ! なんなんれすか!」


「ドブネズミが生意気にも理を説いてくるのが気に食わねえ」



理不尽極まりない理由で頬をつねられた挙句、さっさと歩けとばかりにすねを蹴られた。


普はひとまず或斗の提案を受け、塔へ向かうのを優先することにしたようだ。


しかし下ろされた剣からは自然体ながらも即座に攻撃態勢に移れるのだろう警戒の強さが見て取れ、塔の方へ向かいながらも普が後方の未零クローンと周囲から少しも意識を逸らしていないことが察せられる。


或斗も普の言うように危機感というものが欠片もないわけではないと思っているのだが、普のこの完全な警戒の前では無いも同然なのかもしれない。


真似ろと言われても身体・精神共に普と比して大きく劣る或斗である、出来るのは油断や迂闊な行動で普の足を引っ張らないよう気を引き締めることくらいだった。


チラ、と後方を振り返れば、普のまき散らす殺気を気にも留めず、無表情の未零クローンがスタスタと歩いてついてきていた。


……シュールだ。


気が立っている普をこれ以上刺激しないよう何も言わず、或斗は足早に普について歩いた。






月光に照らされた灰色の塔は、光沢のある灰色のレンガというあまり見かけない素材で作られており、光の照り返る色合いは優美にも思えた。


塔の出現場所とその周囲に本来あったはずの木々は消えうせている、これもダンジョン発生の際によくある空間の変質だ。


塔は、見上げるに高さ100m弱はあるだろうか。


塔の直径はすぐ近くの地面の隆起部分より随分長く、50mはあるように見える。


塔と比べると、2日前に昇った崖が随分小さく見えた。


満月の見える1晩しか出現しないとはいえ、これほどの巨大建築が今までよく見つからなかったものだ。


ミゼールポレンの国としての衰退状況が25年の間この塔を余人から隠し続けたのかもしれない。


あるいは、何か魔法的な隠蔽効果が発動しているのか。


普はポカンと口を開けて塔を見上げる或斗の頬を張って「さっさと行くぞ」と塔へ足を踏み入れる。


どう考えても前半の頬を張る動作は要らないと思う、或斗は遺憾に眉を寄せつつ、ついて入った。


塔への入口は正面の1つきりだった。


見上げただけだが、パッと見える位置の壁面には窓のような穴も開いていなかったように思われる。


外観の印象は閉鎖的、しかし内部は随分スッキリと開けていた。


塔の中心を貫く柱のごとく、直径20m程度の円状に、壁と同じ材質のレンガが積まれている。


塔を輪切りしたなら、ドーナツのような形になるのだろうか。


そして入ってすぐ目に入る箇所、中心の円柱の地面から3mほどの位置に、檻に囲われた六角形のマークが彫りこまれている。


檻や六角形の角など、風化によって丸く欠け黒ずんでいる様は、マークが彫られてからの時間の長さを示している。



「手記にあった通りですね」


「確かに、見るからに古ぼけた彫りだな。あの無銭飲食野郎が嘘こいたわけじゃなかったか」


「ちょっと、普さん」



ミラビリスを欠片も信用していない口調の普に、或斗は顔をしかめる。


或斗の些細な反抗を額を小突いて適当に流した普は、周囲を見回して塔の造りを観察した。


塔の内部には、正面の「カージャー」のシンボル以外何もない。


灰色の壁と、同じく灰色のレンガの床が無機質に、外壁と中心の円柱に沿って輪っか状に広がっている。


見上げれば吹き抜けがあり、今居る階の天井、つまり次の階の床が見えてはいるのだが、それは10mほど頭上にあった。


レンガ造りの壁と床のせいだろうか、吹き抜けへと通っていく風は東南アジアにあって異質なほど肌寒い。


普が感知する範囲にモンスターの気配は無いようだ。


塔が現れる前、上空に浮かんでいたのは確かに六角形のダンジョンコアであった。


或斗が行方不明になった際の洞窟同様、特殊なダンジョンであるのか、ダンジョンとはまた別の概念の建造物なのか。


ともかく、普が警戒すべきは……塔の中へ入ったため必然ではあるのだが、先ほどより近い位置で或斗たちを見ている、無表情の未零クローンである。


必ず未零クローンに対して或斗を背に庇える位置取りを意識し、普は無警戒にキョロキョロとしている或斗を軽く蹴飛ばして、塔の探索を始めた。


或斗と普、その少し後ろをついてくる未零クローンという異質な3人組で、塔の1階を1周して分かったことは2つ。


1つ目、階段がどこにも無いこと。


階段どころか踏み台になりそうな家具類、ロープなども一切なしである。


2つ目、吹き抜けがある位置の反対側の壁面に、謎の紋様が更にバラバラに崩してあるパズルのようなものがあったこと。


これについては普が推察を述べた。



「おそらくダンジョン語だな」


「おそらくって?」



普はパズルを適当に組み替えながら、不機嫌にしかめた顔で言う。



「ダンジョン語はダンジョン適性の高い人間にしかまともに読めない。が、こうもグチャメチャにされてると適性は関係なしに読めない。見た目で読めそうなものが混ぜっ返されてる不快感だけ覚える。だからおそらく、だ」


「パズルを元の形にしたら普通のダンジョン語として読めるんでしょうか。普さんでもパズルを解くのは難しいんですか?」


「無理だな。そもそもダンジョン語は、高適性者でも完全な状態のものを見れば意味が頭に浮かんでくる、なんて馬鹿げた代物だ。元の文字を認識して読んでいるわけじゃないから、正解の文字の並びなんぞ全く分からん」



そういえばミラビリスも似たようなことを言っていたな、と或斗は夏を思い出し、同時に少し後ろにいる未零クローンも視界に入る。



「なあ、これ読めないか?」



或斗は未零クローンへ、何気なしに声をかけてみた。


未零クローンは視線だけ或斗と壁面のパズルを行き来させたが、やはり無表情のまま何も答えない。


そして3秒以内に普の鉄拳が或斗の頭に星を飛ばした。



「どんな頭の沸き方してたら敵に気軽に話しかけられる、お前は、1回死ぬまで体に叩きこまないと警戒心を覚えられないか?」



普は割と本気で怒っている目の座り方をしていたので、或斗はここでは素直に謝った。


確かに未零クローンに対し1人で気を張り続けてくれている中、護衛対象が気軽に敵へ声をかけ始めたら腹も立つだろう。


しかし或斗はどうしても、在りし日の未零の姿をした存在が敵意もなくすぐ傍に居る状況には気が緩んでしまう。


話しかけたら、あの飄々とした雰囲気で言葉を返してくれそうな気がしてしまうのだ。


未零クローンは今までと同じように、一言も喋らない。


これは未零とは違う存在だという落胆と安堵が同時に去来し、或斗は心のもやを誤魔化そうと普へ話を振る。



「階段の無い塔にあるパズル、解くことで何か起きそうな感があからさまですけど、普さんにも解けないとなると困りましたね。登れない塔ってこういう意味だったのか……」



高楽風に言うならギミックというやつだろう。


パズルを解けば上階に続く階段か何かが出てきそうなのだが、ダンジョン語となると或斗はもう全く力にならない。


どうすれば、と眉を寄せる或斗に、普は呆れた声で言った。



「いや、登れば良いだけだろ」


「え?」



普は例によって或斗を荷物のように担ぐと、吹き抜け側へ駆け、そのまま10m跳びあがって上階の床に降り立った。



「ええ~…………」



化け物身体能力に物を言わせた物理的過ぎる解決法だった。


或斗はまた例によってその辺の床に放り捨てられたので、立ち上がりながら下の階を見下ろして呆然とする。


吹き抜けの下には未零クローンが来て、或斗たちを見上げている。


普が或斗を蹴飛ばしながら2階の探索へ向かおうとすると、背後でスタッという音がして、振り向けばやはり未零クローンが無表情で立っている。


やはり純粋な身体能力は未零と同じだけあるようだ、10m跳び上がるのに苦労する様子はない。


ついでに未零クローンを下の階へ置き去りに出来れば儲けものだと思っていた普は舌打ちをし、或斗の後頭部を八つ当たりではたいた。



「何が何だか分かりませんけど今の絶対八つ当たりですよね?」


「ドブネズミも勘が働くようになってきて良かったな」



悪びれもしないんだから……と文句を言いつつ、或斗は普からまた蹴飛ばされる前に2階を見て回る。


2階にも階段はなく、吹き抜けと壁面パズルがあった。


しかし今度の壁面パズルの隣には、ダンジョン語と思しき紋様が彫られている。



「普さん、これは……?」


「読める……が、横の仕掛けとは印象が違う。まさか下の階の答え合わせです、なんてガキの遊びみたいな造りじゃないだろうな」


「それは流石に無意味過ぎるのでは……」



上がるためにダンジョン語パズルを解く必要があるのに、上がった後に答えが書いてあるなんてとんだ矛盾である。


しかしダンジョン語については普の受ける印象が一番正しいだろう、何といっても日本最強の適性A男だ。



「ここに書いてあるのは『これなるは夢幻の塔』だな」


「へえ~……そんなハッキリ読めるものなんですか?」


「適性Aともなれば詳細な意味合いが感じ取れる」



夏のミラビリスの翻訳はもっと適当だったが……と或斗が思い返していると、普は鼻を鳴らして言い捨てた。



「あの長髪モヤシが読み取った文から何かを隠してお前に伝えたか、雑過ぎる性格だったかのどちらかだな」


「お財布呼ばわりされたからって根に持ち過ぎじゃないですか?」


「だから、お前の警戒心が、薄すぎるんだよこのクソボケドブネズミが」



言葉に合わせて都合3度打たれた或斗は、やっぱり普が大人げないだけではないかと思った。


そうして階層を上がるギミックを全て普の物理パワーで突破しつつ、彫られてあるダンジョン語を確認していく。


4階ほどまで登ってきたところで、或斗はふと、無言の未零クローンがふるりと震えたのに気づいた。


下の階から吹き上がってくる風は随分と冷たくなっている。


同時に、風で未零クローンの黒ローブが浮き上がって、未零クローンがローブの下に粗末な貫頭衣だけしか着ていないのが見えた。


寒そうだ。


そう思った或斗は、普が止める暇もなく、気づいたときには未零クローンに近づいて自分の上着を渡していた。



「ぐえっ」



瞬間襟首を掴まれて普の元へ引きずり戻された或斗は、普からグーで殴られ、ボコボコに罵倒される。



「このカス、気が狂ってんのか、今の一瞬があればお前の首3回は飛ばせんだよ、いい加減にしろ、言っても殴っても分からないなら猿の方が賢いわ、無能の分際で敵を気遣える立場かクソ雑魚ネズミ」



正直保安上の問題を考えるならこうして護衛である普からぶん殴られている今の方が危ない気もするが、それを言ったら今度こそ半殺しまでいきそうなので、或斗は謝罪姿勢を貫いておいた。


無残に腫れた頬を押さえつつ、或斗は普越しに未零クローンへ声をかけた。



「それ、返さなくて良いから」



未零クローンは或斗と、或斗の上着との間で何度か視線を行き来させたが、少しの後、黒ローブの下に或斗の上着を着こんだ。


ついでに或斗は「誰の金で買った上着だと思ってる」ともう1発普に殴られた。


塔の頂上まではあと2階層ほどだろうか、或斗と普、離れてついてくる未零クローン、という図は変わらないまま、壁面パズルまでの何もないフロアを進んでいく。


或斗はこの機会に気になっていたことを訊いてしまおう、と普を見た。


今まで4ヶ月ほど同居生活をしていたので、別にいつでも尋ねる時間はあったのだが、何となく触れがたい話題で或斗も、おそらく普も口にするのを避けていたと思う。


未零の話だ。



「ずっと気になってたんですけど、普さんって結局未零のことが好きなんですか?」



普は吐瀉物を見る目で或斗を睨み、「栞羽あたりの病気が移ったか?」と返した。



「栞羽さんと一緒にされるのはちょっと……」



世話になっているくせして或斗も栞羽の扱いは雑であった。


人には人の日頃の行いというものがある。



「真面目に気になっていたので、この機会に訊いておこうと思って」



実際或斗は、旧新宿ダンジョンで普と未零の過去のやりとりを視てからずっと気になっていた。


未零が普に懐くのは未零を知る或斗にとっては何となく想像のつく現象なのだが、普が未零へどんな気持ちを寄せていたのかは想像がつかない。


普の対人感情の分かりにくさときたら旧時代のギネスものであり、或斗だって夏の半ばまでは普の本音というものが全く掴めなかった。


未零クローンの前でする話でもないかもしれないが、本人ではないし、未零クローンは聞いた話を吹聴して回ることもなかろうという判断である。


ちょうどきっかけがあったので、長らく気になっていた疑問を解消しようと思ったのだ。



「それで、未零のこと好きなんですか?」



平然と質問を繰り返す或斗を前に、普はため息を見せつけるようについてからぶっきらぼうに答えた。



「そんなわけがあるか。何を根拠にそんな馬鹿げたことを言えるのか正気を疑う」



何を根拠に……? 或斗は本気で首を傾げた。



「え? でも未零って、ちょっと変人ですけど世界一可愛いし美しいし優しいしカリスマがあって人を惹きつける魅力しかない女神みたいだから、全人類が好きになってもおかしくないですよ」


「前から薄々思っていたが、お前自分に対しては苛つくほど卑屈なくせしてそのクソガキについてだけ溢れる自信は何なんだ」


「事実なので……」



本気で不思議そうにしている或斗の妄信ぶりは、普が呆れで続ける言葉を失うほど盤石であった。


或斗は不可解ながらも一旦普の否定を受け入れ、質問を続ける。



「じゃあ何で『暁火隊』を辞めてまで未零を探してくれてたんですか?」


「……」



或斗の問いに、普はしかめた顔で黙り込む。


塔を吹き抜ける風の音が普の沈黙を強調した。



「……やっぱり好きなのでは?」



或斗がそう言うと、普は丁寧に或斗の頬の腫れているところを殴ってから否定する。



「『暁火隊』を辞めたのは、自分が弱いことに自分を殺したいほど腹が立ったからだ。クソガキは関係ない」



そう言って普は2人の後ろをついてくる未零クローンへ一瞬だけ視線を向ける。


その目には後悔だろうか、懐古だろうか、怒りだろうか、判別のつかない複雑な感情が滲んでいた。


或斗は、やっぱりこの人は大人げなくて、素直じゃなくて、分かりづらい人だなあと思いつつ、本人が口にすることだけで普の本音を推し量ることは出来ないと再認識した。






塔の7階に辿りつくと、もう見上げても吹き抜けではなく、円錐状に尖った塔の屋根が見えた。


そこらの床の上に魔結晶が生えているところを見るに、この階層にダンジョンコアの部屋があるのだろうと推測できる。


結局未零クローンはここまで無言でついてくるだけであった。


或斗がたまに「名前は無いのか?」とか「喋らないのか、喋れないのか、どっちだ?」とか気軽に話しかけるものだから、或斗の負傷具合(無論普の手による)は中々のものになっていた。


夏の洞窟ダンジョンと違ってモンスターの1体も出てきていないというのに、おかしな話である。


ここに来るまでに刻まれていたダンジョン語は6節、7階の吹き抜け横に刻まれていたもので最後のようだった。


内容は以下の通りらしい。



『これなるは夢幻の塔。神の欠片を封じし牢、番人不在であれど超えるは難し。封じられし力、千里見通す眼、万物見通す眼。器満つる刻を赦すな』



ここまでハッキリした翻訳を披露されてしまうと、或斗もミラビリス雑過ぎ説、内容を伏せた説を否定出来ない気がしてくる。


あるいはダンジョン語というのは本人の気質によってキリッとしたりぼんやりしたりするのだろうか。


或斗はふにゃほにゃしたミラビリスを思い出し、つられて気が抜けそうになった。


すぐに或斗の気の緩みに敏感な普から睨まれて背筋を正した或斗は考えを巡らせる。


夏の洞窟ダンジョンではダンジョンコアの部屋に番人だったのだろうモンスターが出てきた。


だがこのダンジョンに刻まれてあったダンジョン語には番人不在とある。


このまま未零クローンが敵対しなければ、案外楽にダンジョンコアにたどり着けるのだろうか。


しかし、それは甘い考えだとすぐに思い知らされる。


ダンジョンコアの部屋は、塔の中心の円柱の内側にあった。


灰色のレンガの積まれた壁の内側に20m弱の広さの空間があり、その中心には虹色の六角形、ダンジョンコアがある。


ただ、そのダンジョンコアは、天球儀に例えれば良いだろうか、見たこともない暗黒色の金属で出来た輪で幾重にも囲われている。


そしてその輪に蒼銀の杖をかざし、何事かをしている黒ローブの男性が3人居た。


この3人はフードを被っておらず、奇妙なことに、茶色い髪色、顎の横で整えられている髪の長さ、細い目つきといった顔つき、体長に至るまで寸分も変わらない姿をしている。


まるであの夏の洞窟ダンジョンで出てきた番人のようだ。


けれども黒ローブと蒼銀の杖を見るに、この3人はダンジョンの番人モンスターではなく「カージャー」の幹部だろう。



「"器"が来てしまった」


「思ったより早い」


「やはり此結普が厄介だ」



3人はそれぞれ順に喋る。


器とは、夏の洞窟ダンジョンでの声のことを思えば或斗のことだろうか。



「私はアルコーン」


「器よ、神の欠片は我々が檻に入れる」


「そして、お前自身もだ」



順に喋るアルコーンを名乗った男たちに対し、普が剣を構える。



「アルコーン……どれがそうかは分からねえが、俺が片付ける。ドブネズミはダンジョンコアをどうにかしろ」



普がそう指示を出し、アルコーンらへ向かおうとすると、アルコーンらはまたも順に喋りながら、"駒"をようやく動かした。



「此結普といえど私の敵ではない」


「だが器と欠片の接触は万が一にも起こしてはならない」


「30番、コアを守れ」



或斗は、その無機質な番号が何を指しているのか分からなかった。


後方から風と共に未零クローンが飛び出し、無表情のまま剣を構え、ダンジョンコアの前に立つまでは。


未零クローンは黒いローブの下に或斗の上着を着たまま、先ほどまでと全く変わらない様子で、しかし或斗たちへ剣先を向ける。


或斗はここまでの道程でこの未零クローンへ僅か以上に心を許していたことを、心の軋みによって文字通り痛感した。


傷ついた或斗の表情を一瞥し、普が「バカネズミが」と吐き捨てる。


怒りを顕わにした普の踏み込みから、塔のダンジョンコアを巡る戦闘が始まった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?