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26 突入


12月初め、『暁火隊』本部地下情報部ではブリーフィングが行われており、日明と栞羽、或斗と普が出席していた。


地下は寒いのか、全体的にもこもこした温かそうな服を着ている栞羽の顔は、反して全く温かそうではなかった。


栞羽 拡、10徹目である。


栞羽曰く、情報は鮮度、早く掴み早く活かすことが価値の全てです、とのことだ。


頭の下がる思いで、或斗は栞羽の情報共有を聞く。


栞羽はいつもの不真面目口調で喋る元気もないのか、淡々と話していく。



「皆さんご存じの通り、新ヨーロッパ連合NEUの支援を受け、『暁火隊』が主力となって北ヨーロッパに存在していた『カージャー』幹部アルコーンの主要拠点を押さえました。11月終わりのことです。主要拠点を押さえれば、アルコーンの関連する施設情報はほぼ丸裸ですね、美女の裸だったら良いのに。以下、重要度の低いものからお話していきます」



10徹もすれば頭がバグるのか、何か妙な発言が聞こえたけれども、或斗は黙っておいた。


日明と普も無視しているので。



「まずは『カージャー』側で調査していると思しき『カージャー』のマークが入口にあるダンジョンの位置予測、調査結果などですね。これは今後そのまま利用させてもらい、確度の高い場所からそのうち虹眼くんに回ってもらおうと思います」


「あ、はい」



やはり『カージャー』が『カージャー』のマークの刻まれたダンジョンを探しているというのが不可解なことは変わらないが、その理由についての資料はアルコーンの拠点からは発見されなかったらしい。


いずれ別の『カージャー』幹部と対話できる状況が発生すれば、尋ねてみたいものである。


そんな機会があって良いのかわからないが。



「世界各地にありますから、軽い世界旅行ですね。普ちゃんとのハネムーンということで、楽しんできてください」


「腐れボケ女、ふざけたこと抜かしてないで必要なことだけ話せ」



或斗もそんな世界各国の土を舐めさせられそうな世界旅行は楽しめないだろうな、と思った。


あとハネムーンは未零と行きたい、心底。



「次、アルコーンがミゼールポレンに居たことについてです。これについては『暁火隊』の情報を流すスパイが日本政府の役人に1人いたことが発覚しました。億単位で借金があったらしく、金欲しさからだったようです。現在は政府側で拘束の上、尋問が行われています」



うちの成り立ち上、動くときはどうしてもある程度日本政府には情報が行ってしまいますからね、と栞羽はどす黒い隈の浮かんで白い顔をしかめてみせた。


日明も眉をひそめ、アルコーンの使っていたルートが見つかっただけで、他にも知らぬうち「カージャー」のパイプとなっている関係者がいるかもしれないと、或斗にも分かるよう説明してくれる。


国家の中枢にまで入り込んでいる「カージャー」の情報網、その魔手の脅威を改めて思い知る。



「それで、本題はここからですね。数年前から各国で適性Bのダンジョン攻略者がダンジョン内で行方不明になり、死亡扱いをされていました。そのうちの20人ほどが、『カージャー』に捕らえられ、実験体とされているようです。ダンジョンでの行方不明は適性Bの人間であってもありえないことではありませんから、多少不自然でも見過ごされていたようです」


「そんな……」



未零だけでなく、他にも被害者がいることに或斗は手を固く握りしめた。


20人ともなれば、そのうち何人かは危険な実験に使われ、命が脅かされているかもしれない。


或斗の知る「カージャー」はそういう組織だ、幹部でさえ切り捨て、簡単に命を奪う。



「アルコーンの拠点から出てきた情報によれば、『カージャー』の捕えている高適性者の中で、適性Aなのは未零ちゃんだけみたいです……慰めにはなりませんが、おそらく丁重な扱いはされているのではないかと」



或斗は培養器の中で眠る未零を思い出す。


丁重な扱いといっても、あれでは実験動物としてでしかない。


それに……ミゼールポレンで会った未零クローン、ゾエーがゾンビ化させた未零クローンのことを思う。


未零から生み出されたクローンたちの扱いは、杜撰で非人間的だ。


たとえ非人間的な実験によって生み出されたものだとしても、あの夜の未零クローンには人に見えるほどの心があった。


未零を、捕まっている他のダンジョン攻略者たちを、出来ることならクローンたちも助け出したい。


その思いに応えるかのように、栞羽が一番重要な話をした。



「アルコーンはスライムとしての性質の便利さから、クローン実験に中々深く関わっていたようです。アルコーンの拠点の情報を精査したところ、未零ちゃんをはじめとした実験の被害者たちが囚われていると思われる施設の場所を特定出来ました。場所は北アメリカ、北極諸島のうち、ダンジョン発生後地形変化で出来た無人島です」



或斗が目を見開く。


日明が立ち上がり、よくとおる声で言う。



「実験施設の特定を踏まえ、大規模作戦を決行する」






3日後、『暁火隊』本部6階の大会議室に、大勢の『暁火隊』メンバーが集合していた。


その中には或斗が見たことのない人もたくさんいる。


先日のブリーフィングによると、日明の号令で『暁火隊』の戦闘参加可能メンバーがほとんど集められたらしい。


時間に律儀な普と共に来たので、集合時間より早めに到着してしまった。


或斗が大会議室の中をキョロキョロしていると、大会議室の閉められたカーテンの陰から不審者、もとい高楽が血の涙を流さんばかりの形相でこちらを、というか或斗から少し離れたところで『暁火隊』メンバーの女性陣からちやほやされている普を睨んでいた。



「普パイセン……オレ、許せねえよ……ッ! どうしてあんなに暴力的で口の悪い男がああもモテるんすか……! この世は狂ってる……!」



言っていることは分からなくもないが、狂っているといえば高楽の所業も中々だと思う。


或斗は知り合いだと思われたくなかったので、見なかったことにした。


他所に向けた視線の先には、ハァハァと息を荒げて普を見ている変態男性もいたので、そちらも見なかったことにする。


もう見て良い場所が会議室の前方か普のいる方向しか無くなってしまった。


こういうとき時間を潰すためにも、普に倣って本でも持ち歩こうか……或斗が、女性陣をいつもとは別人のごとき気さくさであしらっている普をチラリと見ると、普の取り巻き女子の1人からキッと睨まれた気がした。


話したこともない相手なので、睨まれるような覚えはない。


気のせいかと思い、或斗は集合時間まで会議室前方で機材セッティングなどをしている栞羽を手伝うことにした。


集合時間になると、集まったメンバーは皆席へ座り、日明の言葉を待っていた。


或斗と普は『暁火隊』メンバーではないというのに最前列に席があり、或斗は少々居たたまれない気持ちで座っている。


大会議室前方の壇上で、日明が今回の作戦について説明していた。


「カージャー」のことを知らない作戦メンバーもいるため、敵組織については国際テロ組織と濁されている。


第一作戦目標は、誘拐被害者の救出。


未零たち実験体が囚われている北極諸島の小さな無人島を仮称で「ケージ島」と呼ぶようだ。


今回集められた『暁火隊』戦闘メンバー全員でケージ島に隠されている実験施設を制圧し、被害者たちを救出する。


戦闘メンバーのほぼ全員が実験施設の表側から制圧に入り、囚われている適性Bのダンジョン攻略者たちを助けながら構成員や資料などを押さえる。


適性Aの被害者、つまり未零のことだが、未零だけは他大勢の実験被害者とは別区画で囚われていることが判明しており、1人きりの適性A実験体としておそらくは警戒も厳しく、多勢で向かえばその動きを察知されいち早く別の場所へ移送されかねない。


よって或斗と普の2人を別動隊として施設の裏側から突入させ、なるべく動きを悟られないよう動いて未零を救出する。


人数差はすごいが、二手に分かれる作戦ということだ。


別動隊として普の名前が挙がった時は全く動揺の無かった会議室も、或斗の名前が挙がった時はざわついた。


主に誰だ? 新メンバー? という困惑だったのだが、1人、先ほど或斗を睨んでいたような気がする女子が手を挙げて疑問を口にした。


その女子は青みの強い蛍光ピンクの髪をショートで整えている。


髪と同じ色の目、年頃はミクリと同じくらいで、かわいらしいが気の強そうな顔つきをしている。


身に着けている装備から、ダンジョン適性はBくらいだろうか。



「普様は別動隊に選ばれて当然として、そこの子供がものの役に立つとは思えません。ゆにの方がマシだと思います」



或斗は貶されていることよりも、普の呼び方が気になった。


"普様"って言ったぞこの人。


或斗はファンクラブ案件だと確信した。多分さっき睨まれてたのも気のせいじゃない。



「ゆにくん、今回の作戦は私の決定だ。別動隊には普と或斗くんの2人がふさわしいと判断した。作戦内容についての異議は認められない」



日明は明言し、ゆにと呼ばれた女子の意見を却下した。


ゆには或斗の方を分かりやすく睨むと、納得のいっていない顔で手を下げる。



「テロ組織は既にこちらの動きを読んで、被害者たちを移送しようとしている可能性が高い。カナダ政府とは交渉済みだ、一刻を争い、北極諸島へと向かう」



日明は断言し、最も近い空港での再集合、出発を2時間後と告げた。






或斗は『暁火隊』の貸し切った大型プライベートジェットの中で、これからのことについて考えていた。


ようやく、未零に手が届く。


未零を助け出せる、その成否は或斗と普の手にかかっている。


そう思うと手汗が滲む、或斗は飛行機内のざわつきも耳に入らないほど緊張と決意で固くなっていた。


極度の緊張で瞬きの回数も少なくなっている或斗に気づいた普が、読みかけの本の角で或斗の頭を打った。



「いった!」


「今からそうガチガチして、勝負所では居眠りでもするつもりか? どうせお前は俺のおまけだ、鬱陶しい空気出して俺の気を散らすくらいならせめて寝てろビビリ」



それにしても本の角で殴るのはどうかと思う、と目線だけで抗議しながら、或斗は普なりの気遣いを感じ取る。


フライトは前回ミゼールポレンへ向かったときよりも長く、10時間以上もの時間がかかる。


その間中ずっと気を張っていたら確かに、大事な場面でミスをしそうだ。


或斗は握りしめた手を開き、静かに深呼吸をする。


そんな或斗の様子が、というか確実に或斗自身を気に入らないのだろう声が横から挟まる。



「普様に気を遣わせて、何その目。何様のつもりなワケ?」



或斗と普の座る座席の、通路を挟んで隣に座っているのは、大会議室で或斗を睨んでいた女子、戸ヶ森とがもりゆに。


年齢は19歳と会議の後に高楽から聞いた。


何でも高楽は『暁火隊』所属女性の名前と年齢と趣味をすべて把握しているらしい。


その分の記憶力や思考能力を別のところに回せばいいのに……気持ち悪いな……と聞いておいて或斗は思った。


ちなみに、このフライトにおける席順は此結普ファンクラブ会員のメンバーの中で公正なくじ引きが行われ決定したらしい。


道理で周囲にちょっとギラギラした雰囲気の女性が多いなと思った。


これでは普も気が抜けないだろう、或斗までガチガチしていたら苛立つのも仕方がない。


本の角で殴るのはどうかと思うけど。



「ちょっと、無視すんな! アンタ、ダンジョン適性無しの落ちこぼれなんでしょ!? 何でそんな蛆虫以下のノミが普様と一緒の別動隊に選ばれてんのよ!」


「ええと……」



虹眼のことを話しても良いのだろうか、普を見上げると、目が黙って罵倒されてろと言っていた。



「答えられないわけ? 日明隊長にどんな贔屓してもらってんの? 政府高官のボンボンなんかじゃないでしょうね」


「いやー、それは違う、違います」


「それはそっか。アンタの顔いかにも貧乏くさいもんね」



此結普ファンクラブってもしかして普の暴言集とかを聖書として発行していたりするのかな、或斗は遠い目で考えた。


ありえそうなところが恐ろしい。


その後1時間ほどは何かにつけて戸ヶ森に突っかかられ、罵倒され、戸ヶ森が席を立ったときなどは足を踏まれるなどした。


思い返せば孤児院時代に或斗を虐めていた子供たちも、女子の方が分かりづらく陰湿な嫌がらせをしてきた気がする。


貶されるのは半生ですっかり慣れているし、暴力も普で慣れ切っているので構わないというほどではないにしても気にするほどのことではないのだが、戸ヶ森のキャンキャンとした高い声が耳に障るのだろうか、普の機嫌がこの1時間ほどですっかり下降しているのが或斗には気がかりだった。


普が心配とかじゃなくて、あと何時間で普の暴力やつあたりが或斗に向くのかが気がかりなのである。


もう機内食を食べ逃すこと覚悟で寝たふりをしてフライトの時間をやり過ごそうかな、戸ヶ森の甲高い罵倒を聞き流しながら或斗がそのように考えていたところ、突然飛行機が大きく揺れ、警告アナウンスが流れる。



『飛竜の群れが出現。墜落の危険があります。乗客の皆さまは今一度シートベルトを……』



飛竜の、しかも群れ!? 何だってこんなときに! と混乱する飛行機内の騒ぎの中、或斗は直感する。


タイミングが良すぎる、「カージャー」の工作かもしれない。


騒然とする機内で、或斗はアナウンスに逆らい、シートベルトを外して立ち上がった。


立ち上がった瞬間、揺れる足場にぐら、と転げそうになるのを、同じく立ち上がっていた普が首根っこを掴んで止めてくれる。



「猫じゃないんですから」


「うるせえよ、さっさと行くぞ」



或斗は前方、コックピットへ向かう。


それに普と、何故か戸ヶ森がついてきていた。



「何勝手に立ち上がってんの! アンタみたいな雑魚が向かって何になるのよ!」



自分も立ち上がってついてきているのに、と思ったが、口論している時間はない。


コックピットに立ち入ると、操縦士と副操縦士が或斗を止めようとして、その後ろの普を見て固まる。


普の魔法で飛竜の群れを排除出来るかもしれない、と思ったのだろう。


コックピットから見える飛竜の群れは思っていたよりもずっと飛行機の近くにおり、風を操って飛行機を攻撃していた。


或斗はその飛竜の群れの一部、頭部付近に見覚えのある暗黒色の枷がはめられているのに気が付いた。



「ちょっとホントにどうする気よ、貧乏チビ! こんな空の上で目標との距離も掴めない中じゃ、普様だって魔法で飛竜を撃退するのは難しいのよ……!?」



普は激しい揺れで或斗が転ばないよう体を支えてくれる。


そして或斗へ向けてごく短く、明瞭に言い放った。



「やれ」



或斗は黙って、六芒星の浮かぶ虹の眼を輝かせた。


飛行機の外側にいる飛竜の群れ、合計34体を多視で同時に捉えると、それらの体に全方位から強い圧力をかける。


きっと強化ガラス越しでなければバキボキという、飛竜の体の砕ける音が聞こえただろう。


一斉にあらぬ姿に変形して血を噴き出した飛竜の群れは、そのまま海へ落ちて行った。


飛行機の揺れがおさまる。


戸ヶ森が後ろで「うそ……」と呆然と呟き、何故か普が機嫌良さげにフンと鼻を鳴らしていた。






その後のフライトは静かで、特にトラブルも、普の暴力もなく過ごすことが出来た。


飛行機から降りて、北極諸島の中に紛れるようにして小さく存在するケージ島へ、夜闇に乗じて船で移動する。


流氷を物ともせず進む魔法強化船は、カナダ政府の協力によってチャーターしたものらしい。


ケージ島は雪に覆われた岩場の塊、という印象の小さな島だった。


こんなところに本当に大掛かりな実験施設などあるのだろうか、そう思った或斗を含む『暁火隊』メンバー全員に、施設の人工的な明かりが確認できたことが告げられる。


ケージ島へ静かに上陸し、いよいよ本隊と別動隊に分かれる。


別れ際、施設の表側へ向かう本隊に混ざる前の戸ヶ森から、非常に悔し気な顔で「負けないんだから!」と言われた。


何を競われているんだ? と或斗は困惑しきりであったが、既に作戦は始まっている。


戸ヶ森の不可解な言動をすぐに記憶の片隅にしまい、普と共に施設の裏側へ回る。


実験施設へ向かう裏側の道は、劣悪な環境だった。


高低差の激しい岩場の上の雪は固くなっており滑りやすく、そもそも雪がどこまで足場なのかを隠していて、移動には非常な危険が伴った。


そんなところで或斗がまともに動けるわけもなく、例によって普の荷物の1つに成り下がっていた。


高い波が流氷を岩場にぶつけ、ごうごうと低い音を鳴り響かせている。


海に化け物が棲むとしたら、きっとこんな声だろう……轟音が生物としての本能的な恐怖を煽る。


無論、天下の此結 普が音ごときにビビるわけもなく、普とその荷物である或斗はそう時間をかけずに施設の裏側へ回ることが出来た。


裏側の出入り口は深い雪で隠されているかのごとき狭い洞窟の中にひっそりと存在した。


洞窟の壁を掘削してはめ込んである分厚い鉄扉は簡単には破壊出来そうになく、扉の横にある入場のためのものだろう装置は複雑怪奇な形をしていて、或斗にはサッパリ使い方が分からない。


ふと見上げた先にあった監視カメラに慌てたが、普が「ジャック済みに決まってるだろ間抜け」と言ったので、或斗は胸を撫でおろす。


或斗と普が裏口へ辿り着いて5分ほどだろうか、今回の作戦用にメンバー全員に配布された無線イヤホンから栞羽の声がした。



『本隊・別動隊、展開完了。作戦準備、整いました。60秒後に施設全てのロックをハックします』



洞窟の外では雪が吹雪に似た勢いで降りしきっていて、防寒装備を着こんでいても震えが起こるほどに寒い。


普の光魔法で照らされた洞窟の中、2人の吐く息の白さだけがそこにある体温を感じさせる。


或斗と普はただ黙って、その時を待った。



『カウントダウン開始します、10、9、8……』



緊張のせいか、イヤホン越しであるためか、聞きなれた栞羽の声が遠く感じる。


或斗は自然と目元に手をやった。


未零を、助け出す。



『3、2、1、ハック完了しました。全員、突入してください』



アナウンスが聞こえ、普が重い鉄扉を引き開ける。


作戦が、始まった。

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