高楽は24年前、ダンジョン発生から2年後、東京の平凡な1家庭に次男として生を受けた。
当時はダンジョン発生後混乱期のただ中であり、病床数が圧倒的に足りず、妊娠出産は旧時代よりぐっと死亡率の上がっている大変な時代であったというのに、両親はよくそんな決断をしたものである。
と高楽の世代はよく言われるものなのだが、高楽は両親の良いところをよく受け継いで生まれてきた、と言えばお分かりだろうか、つまるところ、高楽の両親はよく考えずに高楽を産んだのである。
高楽の家庭はダンジョン社会において珍しいほどに平和だ。
両親どころかその親、双方の父母(高楽から見れば祖父母)までが存命であり、ちょっと過剰なくらいおおらかな両親にのびのびと育てられた高楽はおよそダンジョン社会の厳しさというものを味わうことなく長じた。
高楽の兄は両親と弟の分を背負わされたかのごとく苦労性であるので、バランスの取れた一家ではあるかもしれない。
高楽は生まれた時から金髪碧眼、ダンジョン適性の高いことが容姿から推測出来たタイプの子供で、4歳頃に始まった初めてのダンジョン適性検査で適性Aという結果を出し、周囲を驚かせた。
それからは高楽家ごと比較的安全な地区に引っ越すことを政府から勧められ、高楽は次世代の日本を守る人材としての英才教育を浴びるほど受けた……はずなのだが、高楽は馬鹿であった。
子供の頃の記憶なんか、風に舞う蝶を追いかけ、つい捕まえてぐしゃっとしてしまったとか、家で飼っていた猫と猫じゃらしで遊んでいたとか、そういうものしかない。
高楽は馬鹿なりに、物心ついた頃から綺麗なものが好きであった。
そんな高楽が6歳の時に気付いたこの世の真理がある。
女の子って、綺麗で可愛い。
高楽は顔立ちこそ平凡であるが金髪碧眼という旧時代においては珍しい、どちらかといえば美形に備わる要素を持っており、かつ適性Aという将来有望物件であった。
親から言い聞かされたということもあるだろうが、幼少から運動能力も高かった高楽は小学生までは同年代の女子にモテた。
それはもうすごいモテた、クラスの女子が話している好きな男の子は大体高楽盾くんだったと言っても過言でないくらいにモテていた。
何故なら髪と目の色が綺麗で、将来有望で、足が速かったから……!
小さい頃からひたすら女の子にチヤホヤされて育った高楽は、息を吸うほど自然に、綺麗で可愛い異性が大好きな人間となった。
話が変わってきたのは中学生頃からである。
女子の精神的成熟は男子より早いとよく言われる、そこで中学生頃から高楽の周りの女子は気が付いた。
あれ、コイツかなり馬鹿じゃね?
中学生から高校生くらいの女子は少し年上で頼りがいがあって、ミステリアスなくらいの異性を好みがちなところがある。
高楽が何をしたわけでもないのに、中学生頃から高楽をチヤホヤしてくれる女子は潮が引くようにスッといなくなってしまった。
高楽は馬鹿なので、そういった周囲の変化に気付かず、しばらくチヤホヤされていた時代の感覚で過ごしてしまっていたのだが、それもまた良くなかった。
中学2年生にもなる頃には、高楽の女子からの評価は、将来性は高いけどそれから差し引いて余りあるほどお馬鹿な勘違い野郎にまで下落してしまったのである。
そして高楽にとって災難だったのは、1つ歳上の此結 普の存在であった。
高楽が14歳の時である、普がフロストドラゴンを倒した15歳の最年少ダンジョン攻略者として顔写真付きで大々的に報道され、世間にもてはやされた。
しかもその普は周りと馴れ合わない、ちょうど思春期女子にストライクなスカした男であったため、高楽の存在など忘れられる勢いで、普が世間の女子人気をかっさらっていったのだ。
しかし高楽はめげなかった、馬鹿なので。
高楽なりに考え、モテ仕草を研究し、最終的に1つの結論に行きついた。
そうだ、普と同じ『暁火隊』に入ればモテるに違いない。
短絡的に過ぎる考えで高楽は15歳になると同時に学校を辞め、『暁火隊』に加入した。
両親は呑気に頑張るんだぞ~と見送り、兄だけがモテなどという浅い理由でダンジョン攻略者になった弟の将来を胃を傷めるほど案じていた。
結果だけ言えば、高楽はモテなかった。
『暁火隊』には高楽と同じくらいの将来性を持つ男がゴロゴロと居たし、何より全ての女子の視線を普が持って行ってしまう。
かつ、高楽は可愛くて綺麗な女の子なら誰でも良いことを全く隠さない態度でいたので、好感度は下がる一方であった。
普が『暁火隊』に在籍していたうちはボールのごとく転がされる男、普が『暁火隊』を抜けた後はひたすらに見境の無い男として認識され、本当にもう、ビックリするくらい女性が寄ってこなかった。
それでも高楽は諦めなかった、馬鹿なので。
24歳にもなろうという今日この頃も、高楽は『暁火隊』ナンバーワン・タンクの名をほしいままにしながら、女の子に声をかけては玉砕する、という日課を繰り返しているのであった。
高楽の朝は早い。
モテるための肌の手入れ、髪のセットに1時間はかけるためだ。
そして毛先の角度まで入念に決めると、総菜パンを食べて『暁火隊』本部ビルへ出勤する。
入ってすぐに受付の
めげずに受付業務の準備をしている似鳥に声をかけ続けていると、突然横からトラックが衝突したかのごとき衝撃を受け、本部ビルの壁に衝突する。
壁から転がり落ちて見上げてみると、最近『暁火隊』に復帰した此結 普が蹴りのために振りかぶった足を戻しているところであった。
その後ろでは普の復帰と同じタイミングで『暁火隊』に加入した遠川 或斗が高楽にはちょっと詳細を読み取れない微妙な、残念なものを見る顔で普と高楽の双方を見ていた。
「普パイセン、或斗くん、おはざっす!」
高楽は立ち上がって元気に挨拶する。
元気な挨拶は爽やかさに補正をかけ、モテに繋がるためだ。
普はピンピンしている高楽に舌打ちをすると、サッサと上階へ向かってしまう。
やはり態度が悪すぎる、何故あの男がモテるのか。
或斗は「おはようございます……」と微妙な顔のまま高楽へ会釈をし、普について上階へ行った。
朝一番に普から暴力が飛んでくることは、よくあることだ。
朝に限らず、高楽が本部ビル内で女性へ声をかけていると大抵どこかで普からぶっ飛ばされる。
もはや日々のルーティンに近い。
普が『暁火隊』を抜けてからの5年越しに再開されたルーティンであるが、高楽にはさしたるダメージでもなく、またモテにも関わらない事象であるため、今日も普パイセンは理不尽だなあと思うだけだった。
さて、本日の高楽の任務は午後からである。
それまでの高楽が何をしているかというと、何もしていない。
高楽には基本的に書類仕事が振られない、何故なら馬鹿であるためだ。
『暁火隊』加入から1年もしないうちに、根気強く高楽へ書類仕事について指導していた『暁火隊』リーダーの日明は気が付いたのである。
あ、これ自分が最初からやった方が早いなと。
そんなわけで、高楽は書類仕事免除の代わりに常にあちこち便利屋のように駆け回らされているのだが、今日の午前はたまたま何の予定も入っていなかった。
そうなるとやることは1つである。
『暁火隊』本部ビル内でのナンパ、言い換えると女性限定業務妨害であった。
第1被害者は大抵決まっていて、受付から動かない似鳥なのであるが、彼女は午前中も早くから、来客対応や電話対応に忙しそうであった。
流石の高楽もそこに割り込むレベルの業務妨害はしない。
1階から上がり、オフィス区画へ向かう高楽の前を通ってしまった被害者は、蛍光ピンクの髪と目を持つ可愛い小犬系19歳女子、戸ヶ森ゆにであった。
戸ヶ森は高楽を見ると、あからさまに面倒くさげに顔をしかめた。
「戸ヶ森ちゃ~ん! おはざっす! その荷物何? オレ一緒に持っていくよ!」
高楽はすぐに戸ヶ森の持つプラスチック製の箱3つほどを見て声をかける。
しかし戸ヶ森は険しい顔をして高楽を睨み、大きく首を横に振って吐き捨てるように言う。
「いつもの非常用ポーションの納入です、巳宝堂から。この程度の荷物、ゆには余裕で持てます。馬鹿にしないでください」
戸ヶ森はプライドが非常に高く、普と日明以外の自分よりダンジョン適性の高い人間に対して対抗心を燃やす傾向にある。
そういう張りつめたところがかわいいポイントである、と高楽は考えていた。
この場合、勝手に荷物を持っていくと大幅に好感度が下がり、1週間は口も聞いてもらえなくなるのだが、高楽は気にせず持った。
「ちょっと! ゆに1人で持てますってば!」
「女の子に荷物持たせたままなんてオレの男が廃るから!」
「廃るほどの男気なんて無いでしょ!」
ワハハ、と笑いながら高楽は倉庫までの道のり、戸ヶ森へ何くれとなく話題を振ったのだが、ふてくされた戸ヶ森はそれらを全無視した。
倉庫へポーションを運び終わると、やっと解放されたとばかりに戸ヶ森は走って高楽から逃げた。
「戸ヶ森ちゃん、またね~!」
高楽は気にせず手を振った。
第2被害者は情報部からの資料の束を手に資料室へ向かっていた情報部スペード班所属、可成矢 静27歳女性であった。
「可成矢さん! どこ持ってくんですか! オレ持ちますよ!」
「え? ああ、高楽さん。持つと言われましても、片手で持てる束ですし、結構です」
「良いから良いから」
高楽がにこにこと手を差し出すと、可成矢は問答の方が面倒であることを鑑みて、素直に高楽へ書類の束を渡した。
可成矢は出来る女性という外見と、それに似合う真面目な性格が魅力的な歳上女性である。
あと何故か大抵どら焼きを持っていて、高楽や或斗など歳下の同僚へくれることが多い。
ブカブカしているわけでもないスーツ姿なのにどこに入れて持ち歩いているんだろう、と或斗などは疑問に思っているのだが、高楽は全く気にしていなかった、馬鹿なので。
可成矢は大人げのある素敵な女性であるため、資料室までの短い道中高楽の雑談と口説きを上手く流して、別れ際にやはりどら焼きをくれた。
春なので桜風味らしい、後でおやつに食べよう、と高楽はポケットに突っ込んだ。
このポケットに突っ込まれたものは70%ほどの確率でそのまま洗濯されるが、高楽は女性からもらった物は忘れずに取り出すので、今のところどら焼きが洗濯機にかけられたことはない。
第3被害者、というか高楽が各所で業務妨害を行っていることを可成矢から報告された情報部統括、栞羽 拡26歳女性はうんざりした顔で高楽を止めに来た。
こころなしかまた目の下にうっすらと隈が浮かんでいる、高楽はモテ仕草の一環として女性の隈を指摘することはなかったが、栞羽の健康は心配した。
「栞羽さん! 眠そうっすね、大丈夫ですか? 仮眠室行きます?」
「仮眠室には行きません~、拡ちゃんはとっても優しく責任感が強いのでぇ、高楽くんを昼食に誘いに来ましたぁ」
心の底から不本意ですという声で行われた昼食の誘いを、高楽は跳び上がるほど喜んだ。
午前10時半、まだ昼食をとるには早すぎる時間であったが、高楽は全く気にしなかった。
「やったーーーーーーーーーー!! 行きます行きます!!」
「はぁ~……」
ちなみに高楽は栞羽の恋愛対象が女性であることを知っているため、昼食に誘われたからといって恋愛に発展するとは考えていなかったが、栞羽はかわいいのでただ一緒に食事が出来るだけで嬉しい。
そういう本当に誰でも良いと考えているあたりが女性陣から相手にされない理由の1つなのであるが、高楽の態度が改まることはなかった。
高楽が少食な栞羽を心配しながら早すぎる昼食を終えると、栞羽からこのように言われた。
「暇なら食堂の方をお手伝いするとたくさんの女性の顔が見られますよ~」
あからさまに高楽を食堂に張り付けて業務妨害の被害を抑えるための方便であったが、高楽はなるほどと手を打ち、助言通り食堂のおじさんらをお手伝いすることにした。
おじさんらは重い鍋を持ち上げるときなどに便利に高楽を使い、高楽はスマホでオーダーされたメニューを『暁火隊』メンバーに届けに行く。
『暁火隊』はダンジョン攻略者業界には珍しく、女性比率が高めのパーティだ。
大体半分は女性であるため、2回に1度は女性へ声をかけられるという、高楽にとっては天国のような職場環境であった。
ほとんどすべての女性に嫌そうな顔をされていることを高楽は全く気にしていなかった。
そんな中、朝も会った2人組が食堂に現れる。
普と或斗である。
普は高楽が食堂運営側に居るのを見て胡乱な目をしたが、面倒が勝ったようで暴力は無く、舌打ちだけで終わった。
或斗は不思議そうにして、食事を受け取りながら高楽へ尋ねる。
「何で高楽さんが食堂の手伝いを?」
「いちいち聞くなバカネズミ、コイツの行動理由なんか女以外にねえよ」
「いたっ」
普が或斗の足をテーブルの下で蹴ったらしく、或斗がすねを押さえて眉を寄せている。
この2人は去年の夏前くらいからこんな調子で、仲が良いのか悪いのか、『暁火隊』メンバーの中でも不思議に思われているようである。
19歳までの普を知っている高楽からすると、去年以降或斗の護衛につき続けている普は、随分変わったというか、アレに似ていると思っていた。
子供を産んだ後、飼い主である高楽一家にも威嚇をして子供を触らせないようにしていた実家の猫たま(メス)、或斗は子猫。
実は高楽は1度この話を普本人にしている(「或斗くん産んだんすか?」とまで言った)のだが、その後普から記憶が飛ぶまで殴られたので覚えていない。
おそらくそのうちまた記憶が飛ぶ日が来るだろう。
食堂のお手伝いをしているとあっという間に時間が過ぎ、高楽本来の仕事、日明の護衛任務が始まる。
今日は政府高官と巳宝堂財団会長代理との会談である。
『暁火隊』の戦闘力が非常に高いという理由はあるが、リーダーである日明が元々政府に勤めていた官僚であり、そういった来歴から『暁火隊』は政府寄りの仕事を受けることが多い。
今日の会談も、今後の政策や業務提携についての話し合い、云々。
政府高官との会談に巳宝堂財団会長代理が同席するのはよくあることで、政府の今後の施策や金回りの話をするには欠かせない立ち位置に巳宝堂財団があるためだとか。
高楽にはよく分からない。
会談の護衛は、同じ立場の黒服SPと駄弁るわけにもいかない、とりあえず警戒してボーっと立っているだけの簡単なお仕事である。
高度な話の内容を理解できないという負の信頼によって、高楽はこういった機密性の高い護衛にも起用されることが多い。
まあ結局のところはいつもの便利使いの一種である、高楽は何も気にしていなかった。
会談の間は、中身はともかくキリッとした顔つきで護衛を務めていた高楽であるが、会談が終わるといつもの馬鹿をやらかす。
巳宝堂財団会長代理は、
退室して帰り際の苺木へ、高楽は元気よく声をかける。
斜め後ろの日明はギョッとしてから頭を抱えた。
「苺木さーん! お疲れ様です!」
「ああ、高楽さん、ですよね。高楽さんもいつも護衛、お疲れ様です。Aランク攻略者の方がいてくださるのは心強いです」
苺木は胸元まで伸ばして緩く巻いているストロベリーブロンドの髪を揺らして、高楽へ軽く会釈する。
同時に柔らかく微笑んでもくれて、高楽はその若草色の瞳が浮かべた労わりの色に有頂天となった。
「いえいえ! 必要でしたらいつでも護衛しますよオレは! プライベートでも……」
も、のところで日明が高楽の口をふさいだ。
「苺木さん、うちのがご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「迷惑だなんてそんな……明るい方で、素敵だと思いますよ。あまり怒らないで差し上げて」
苺木は日明へ苦笑すると、次の予定がありますので、と申し訳なさそうに断って立ち去った。
高楽は黒服に護衛されたその細い後姿を名残惜しそうに見つめていたが、苺木が去ると日明のお説教タイムが始まる。
護衛任務の定義、任務中の態度、『暁火隊』内ならともかく外部団体の立場ある人物に対する節度、帰り着くまでが任務です、etc……。
『暁火隊』本部ビルへ帰るまでの車の中でも、日明の説教は延々続いた。
高楽も真面目に頷きながら聞いている。
聞くだけなら出来るのである、ただその後忘れるだけで。
そろそろ高楽の集中力が切れてくるだろう、という頃合いで、日明は走行する車の外が騒がしいのに気づいた。
「止めてくれ」
運転手に停車させ、外を見ると、繁華街の一部の空が黒く染まっている。
「火事か」
日明は高楽を同行させ、車を降りて現場へと向かう。
現場では、繁華街の端の方にある5階建ての雑居ビルが派手に燃えているのが見える。
看板を見るに、雑居ビルは1階だけ空きテナントで、2階が飲食店、3階が娯楽施設、4階と5階が託児施設であるらしい。
火は2階から出ているようだが、燃え移った3階より上も激しく炎上しているようだ。
隣のビルへ引火するのも時間の問題だろう。
しかしまだ消防車は到着していないようだ、繁華街の混雑で遅れているのだろうか。
「まだ中に逃げ遅れた人がいるんだ!」
「子供が、うちの子供がいるはずなんです! 誰か助けて!」
「氷の扱える魔法使いはいないのか! 水でも良い!」
取り残されている人の関係者なのだろう人々の必死の叫びが上がるも、雑居ビルの手前に集まった野次馬はスマホを手に動画を撮る程度で誰も動く気配がない。
日明は高楽へ「頼めるな」とだけ言った。
視線が合わなかったのは日明がそうしようとしたわけではなく、高楽が既に動き出していたからである。
「了解す」
それだけ答えて、高楽は轟々と燃え盛り黒煙を上げる雑居ビルの中へ飛び込んでいった。
2階から上は酷い燃え方であった、やはり火元は飲食店の厨房なのだろう。
肌を舐めるような炎の勢いに、高楽は去年の夏の山火事を思い出す。
あの山火事はキメラモンスターなどという反則的な化け物の仕業であり、魔法的な炎の勢いは今よりもっと強かった。
高楽は燃え盛る山の中、30人もの子供を連れて無傷で山を降り切ったのだ、良い意味か悪い意味かは措くも、この程度の炎に怯む頭はしていない。
高楽は属性を遮断するタンク特有のガード魔法を展開させ、炎の中を悠々と駆ける。
タンクという職業はこのダンジョン社会においても特殊である。
人によって違うその性質を数値化する術をまだ人類は開発していないが、いわゆるタフネスと呼ばれる身体的な素養が高い基準で必要とされる。
そして優秀なタンクとなるには、ガード魔法と呼ばれる耐魔法障壁や耐物理障壁を展開する特殊な魔法の素養も必須である。
タフネスが高いだけの人間、ガード魔法の素養を持つ人間、一方だけであればそれなりに数は存在するが、その両方を高い水準で備えている人間は中々居ない。
居たとしても、タンクとしてダンジョン攻略者になるのは稀だ。
何故ならタンクとは、ダンジョン攻略者の中で最も死にやすい職業として知られているからである。
モンスターという災厄の最前線に常に立ち続け、攻撃を受け続け、仲間を守る役割。
地味で評価されづらく、それなのに最も危険。
若手の新星ともてはやされるそこそこ名の通ったパーティであっても、深層やその先へ進もうとしたとき、タンクを欠いて逃げ帰ってくることは多い。
タンクはアッサリ死ぬし、そういうものだと一般にも認識されている。
だから適性検査の結果、タンクとして高い素養を持つと分かった場合、ダンジョン攻略者の道を選ぶものは少数派だ。
国もその素養がタンクであった場合のみは、適性がA~Bであったとしてもダンジョン攻略者になるよう無理に勧めることはない。
よって、選ぶことが出来る大抵の人間はそのまま一般社会で戦いとは縁のない暮らしを選ぶ。
高楽は一般家庭に生まれた幸福な、選ぶことが出来る側の人間だった。
しかし高楽はタンクになった。
馬鹿だから。
もっと言えばモテる気がしたから。
ガード魔法を突き抜けて熱が高楽の肌を刺す、逸れた火の粉や炎が高楽の服を焦がす。
高楽は決して怯まない、一酸化炭素中毒を防ぐため姿勢を低く、けれどしっかりと床を踏みしめて上階へ向かう。
消防車が燃え盛る雑居ビル前へ到着した時には、高楽はビルの中に取り残されていた大人3名、子供6名を全員助け出していた。
夕方、事情聴取を終えた高楽が『暁火隊』本部ビルへ戻ると、先に帰っていた日明が柔らかい笑顔で迎えてくれる。
服の端々や髪の毛の先など、焦げて黒く炭化している異様な姿であったが、『暁火隊』の面々はその姿の高楽を平然と受け入れた。
帰る間際だったのだろう、普と共に1階に居た或斗だけが驚いて高楽へ声をかける。
「高楽さん!? 何で焦げてるんですか!? ていうかその状態、火傷とかしてないんですか!?」
駆け寄ってきた或斗は1人で慌てて高楽の焦げた服の下などを確認しているが、高楽はケロッとしている。
そして心配する或斗へ返した言葉がまた最悪であった。
「そういう心配的なの、出来れば女の子にしてもらいたいんすけど、或斗くん女の子になって来てくれないすか?」
普が通りがかりに高楽を蹴り飛ばす。
高楽はゴロゴロと床を転がり、壁にぶつかって止まる。
「ドブネズミ、帰るぞ」
「えええ~……?」
普は平然と本部ビルを出て行った。
或斗は普の背中と高楽との間で視線を彷徨わせていたが、数秒後にいつも通り何ともない様子で立ち上がった高楽を見てまた微妙な顔をすると、普の後を追ってビルを出た。
「あ! 似鳥さんそろそろあがりの時間じゃないですか!? アレだったら送って行きますよオレ!」
「要らないです~」
スッパリと受付嬢に断られる高楽だが、全く懲りることなく次は別の女性メンバーへ声をかける。
高楽は自他共に認める馬鹿である。
ナンパは全滅するし、『暁火隊』メンバー全員から女に対して見境が無いと思われている。
当初の思惑は外れ全くモテてもいない。
本部ビルの廊下で茂部に土下座をして「高楽 盾ファンクラブを作ってバズらせてください!!」と頼み込み、茂部から「却下」の一言で一蹴される姿を何人ものメンバーに目撃され、気の毒なものを見る目で通り過ぎられてもいる。
『暁火隊』で最も残念な男は誰かと訊かれれば、高楽の名前が挙がることだろう。
それでも高楽は『暁火隊』メンバーに心配をかけることはない。
その底抜けの明るさと、タンクとしての頼り甲斐という点のみは、『暁火隊』全員が信頼するところであるからだ。