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33 ヘビさんマークの適性検査 (前)


4月16日、日曜日。


大型ショッピングモールの屋外イベント会場にて、巳宝堂財団主催の大規模適性検査イベントが開催されている。


緑の芝生の敷かれた大型会場は中学校の大きめの運動場くらいの広さがあり、雨の日用にテントなども用意されていたが、今日は雲一つない晴天で、雨ではなく日光を遮るための天幕として役立てられている。


駐車場に隣接した会場の入口には「ヘビさんマークのてきせいけんさ」と赤地に黄色い文字で書かれた大きなのぼりがぐるりと立てられてあり、奥には大型の適性検査車が何台も並んでいた。


適性検査車前には机と椅子が並べられ、検査を受ける親子連れが長蛇の列をなしている。


会場内にはあちこちにかわいらしい色とりどりのバルーンが浮かべられ、時折それをもらったのか持ち歩いている子供もいる。


巳宝堂財団は全国各地でこういった簡易適性検査を開催して回っている。


簡易適性検査と、法で義務付けられている出生時・15歳時適性検査とで何が違うのかというと、まあ簡易とついている通り詳細が分かるか否かだ。


簡易検査でも遺伝子傾向から適性ランクはおおよそ分かるし、力の強さや動体視力などは測れるのだが、広い場所を必要とする素早さや特殊な機械を使って測定する耐久力などは細かく計測できない。


国の行う2回の本格適性検査ではパンフレット程度の厚さの冊子を検査結果として渡される。


それはその時点での正確な適性ランク、身体的素養、魔法的素養に至るまでが具体的に書かれてあるものだ。


簡易検査では大まかな適性ランクと将来性、向いている職業の方向予測などが記載された用紙を渡される。


では簡易検査の需要はあるのかというと、大いにある。


何故なら出生時適性検査で出た結果は15歳時適性検査までに変わることが多いからだ。


適性ランクと同様、遺伝子傾向である程度は予測をつけられるが、出生後1年以内では、当然に身体的素養はほとんどまともに測れない。


何よりその適性ランク自体も成長するにつれて変わることが多い。


生まれたときは適性Fだった人間が成長するにつれて変異し、適性Aになった例もある。


身近なところだと未零がその例の最たるものだ。


ダンジョン社会では適性によって受ける教育、訓練、将来の方向が全く違ってくる。


特に変化が起きやすく、教育環境を変えやすい幼少の頃は定期的に簡易検査を受けるのが良いとされている。


親としても子供の適性は高い方が良い、見た目に変異が起こっていなくても、一縷の望みをかけて検査を受けに来る家庭は多い。


巳宝堂財団はダンジョン混乱期という早いうちから人類のダンジョン適性変異について研究していたことから、実績と信頼がある。


簡易検査の開催団体には様々な企業があるものの、巳宝堂が一強である。


或斗はテレビと縁のない生活を送っていたため、普の家に来てから初めて目にしたが、巳宝堂財団の行っている全国簡易適性検査は「ヘビさんマークのてきせいけんさ♪」と何となく子供にウケそうなフレーズでよくCMも流れているのだ。


簡易適性検査といえば巳宝堂、というのが一般的なイメージであるそうだ。


或斗の孤児院では、適性無しの落ちこぼれに簡易適性検査などを受けさせる余裕は存在していなかったので、このあたりの常識を知ったのも割と最近の話である。


そんな多くの親子の希望の場である巳宝堂財団の大規模適性検査イベントに或斗と普が来ているのは、もちろん『暁火隊』の任務のためだ。



「毎年決まった時期に巳宝堂のこのイベントの警備任務があるんだ。いつもは手の空いている者にお願いしているんだけど、或斗くんはこういうイベントもあまり見たことがないだろう。警備側でも、体験して知っておくと良いんじゃないかと思って」



本部でそのように日明から説明を受けたのは、1週間前のことだ。


隣の普は「このドブネズミに付き合わされるとロクな仕事がねえ」と嫌そうな顔をしていたが、或斗は大いに興味があった。


日明の提案を快諾し、警備任務の内容について尋ねると、日明は或斗の真面目な姿勢を褒めつつ苦笑した。



「巳宝堂の方でも警備はしっかり配置している。『暁火隊』がこの仕事を受けるのは警備の箔付けと付き合いみたいなものでね。一応不審者が居ないか見回ったり、迷子が居れば案内したり、そのくらいだよ。そんな難しいものじゃないんだ」



というわけで、今日の或斗はいつもの装備の上に巳宝堂スタッフの証である小さな金色の翼型バルーンを背中に下げた、見た目が少々かわいらしい警備員である。


ミクリあたりは似合いそうだなと思うものの、或斗自身は17歳にもなる男子であり、流石に少し気恥ずかしかった。


もちろん、同行している普はそんなものつけてはいない。


しかし普には何がなくともその顔がある。


意外にも、普は子供人気もすごかった。


イベント会場を回る中、ほとんどの子供から声をかけられるのである。



「しゆいあまねさんだー! スゲー! ほんものだ!」


「にほんさいきょー! おれもまほうけんしになるー!」


「あまねさまー! サインちょーだい!」


「結婚してください!」



かわいらしい子供たちの声に混じって何か違う謎の通りすがり成人男性の不審な声が聞こえることもあったが、或斗はよくあることだと流した。


普は最後のような声は聞かなかったことにして、「応援ありがとう」などと言いながら子供たちの無垢な反応に外向けの爽やかな笑顔を振りまいている。


久々に見る普の外向け顔に或斗は背筋を寒くさせられていたが、それを顔に出すと見えないところでつねるなどされそうだったので、黙って普のオマケとして歩いていた。


それにしても、イベント会場を見回っていると本当のお祭りのように賑やかである。



「屋台なんかも出てるんですね~」



屋台のテントに書かれたわたあめ、イカ焼き、焼きとうもろこし、タコ焼きなどの文字に、或斗はつい見入ってしまう。


何ならちょっと食べたい、或斗は唾を飲み込んだ。


周囲をキョロキョロしている或斗の目の輝きを見て、普は顔に呆れを浮かべて「仕事だぞ」と釘を刺す。


「分かってますよ」と口を尖らせて返すも、或斗は見慣れない祭りの光景に浮つく気持ちを抑えきれなかった。


日明はこういう意味でも、体験してきたらどうだと言ってくれたのだろうか、流石の気遣いである。


未零は簡易検査を何回か受けていたはずだが、こういう祭りのような場に来たことがあったのだろうか。


あったら話してくれそうなものであるから、別の会社の簡易検査を受けていたのかもしれない。


未零を助け出したら話したいことリストの項目がまた1つ増えた。


とはいえ或斗は真面目な気質である、いくらお祭りが楽しそうでも警備の仕事は疎かにはしない。


屋台を見て回るのと並行して不審者が居ないか目を光らせて(虹色にではなく、比喩の方である)いたのだが、そうしていると屋台の陰で泣いている小学校に入りたてくらいの背丈の男の子を見つけた。


周囲を探しても、近くに保護者はいないようである。


普に声をかけてから近寄って話を聞いてみたところ、ともくん6歳、案の定迷子であった。



「おかあさんがどっかいったー!」



この場合どっかに行ったのはおそらくこのともくん自身だろうと想像がついたが、或斗はその辺りには突っ込まず、これぞ警備の仕事だと張り切った。


普は外向けの顔を崩してはいないが、あからさまにめんどくせえというオーラを出している。


或斗はひとまずともくんを泣き止ませることに努めた。



「おかあさんは俺たちが一緒に探してあげるから、大丈夫だよ」


「うう、ぐすっ、ぐすっ」


「ううん……元気出して、ホラ、こっちのお兄さんが何か買ってくれるって」


「おい」


「マジ!? おれわたあめたべたい!!」



勝手に普の財布を出したが、現金な性格なのかともくんは泣き止み、一転して或斗の手を引いて屋台を回りたがった。


のちの普からの仕置きについては考えないこととして、或斗は手を引かれるままに屋台を回る。


わたあめ、と言っていたのに列の順番が来る頃にはりんご飴と言いだしたり、やっぱり焼きそばが食べたい、あっちのおもちゃ売り場が見たい、ともくんはフリーダムであった。


或斗は去年の夏を思い出した。


子供の体力は無尽蔵、特にこのダンジョン社会においては。


ともくんがあちこち走り回るので、人混みの中見失わないよう手を離さないことに或斗は必死であった。


屋台の間を右へ左へ、或斗が振り回されているうちにともくんは突然「もれそう! トイレ!」と言いだした。


育児においてこれが普通だというのなら、或斗は世の中の親という生き物全てを尊敬する。


少なくとも、或斗は幼少の頃もっと大人しかった気がする。


ショッピングモールの中にあるトイレへ行って戻るまでの間だけである、いい加減振り回されることに辟易して不機嫌を滲ませている普には屋台で買い物がてら待っていてもらって、或斗とともくんだけでトイレを済ませることにした。


そう、或斗は祭り・イベントというものを舐めていた。


ちょっとした行列を作っていたショッピングモール内のトイレから戻ってきたときには、どの屋台が普の待っているところだったか、人混みに加え、屋台の並びの似通った雰囲気で分からなくなってしまった。


これが「おかあさんがどっかいった」かぁ……と途方に暮れる或斗であったが、今は或斗がともくんの保護者である。


とりあえず警備の詰め所に戻ればそのうち普も同じように戻ってくるだろう、1発くらいは殴られるだろうが、と思い、或斗は人混みを掻き分けて入口付近へ戻ろうとする。


焦っていたせいか、人とぶつかりそうになって、或斗は慌てて身を引く。


と、ぶつかりそうになった相手は薄い亜麻色の長髪にターコイズブルーの瞳、人目を引きまくる美形、ミラビリスであった。


服装は白いシャツに暗い茶色のクラシカルなパンツスタイルとお洒落に決まっているのに、何故か女児アニメの絵柄のプリントされた袋の綿あめを左手に、顔の横には日曜朝放送中の戦隊もののお面をつけている。


再会自体は嬉しいが、この人は迷子問題には役に立たないな、と一瞬で遠い目をして、或斗は一応ミラビリスへ尋ねてみた。



「ビリーさん、こんにちは。何してるんですか?」


「『苦しみを受ける前に、あなたがたと共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた』。厳かな祭りの気配に惹かれてね」


「賑やかですよ。本当のところは?」


「迷子かも」



そういえば何歳なのか訊いたことはないが、かも、などと言って許される大人はこの人くらいだろう、或斗は無駄な疲れを覚えてため息をついた。


迷子の大人が1人に、迷子の子供が2人になってしまった。


ミラビリスは大人であるからして、放っておいてもそのうち勝手に帰るだろうと思いたかったが、行き倒れ実績もあるこの男の場合はそうとも言いきれないから困る。


そうはいってもともくんの手を離すわけにもいかない、警備のお兄ちゃんは勝手にどっか行ってはいけない立場だ。


どうしたものかと或斗は内心頭を抱える。


このままミラビリスを連れて警備の詰め所へ戻ると、普とミラビリスが鉢合わせてまた天然ボケと暴力男の謎に熾烈な争いが始まってしまうだろう。


大人げないほど暴力的な普と大人とはとても思えないほどボケているミラビリスは相性が悪い。


まあ普は大概の人類と相性が悪いのだが。


とにかく、或斗は仕事でこの場に居る。


ついでで連れていくミラビリスの存在によって警備の詰め所で起こる未来の争いは放っておくとして、優先順位を考えればやはりともくんを保護出来る場所へ連れていくのが良いだろう。


或斗が右手にともくん、左手にミラビリスを連れて、再び入口方向へ進もうとしたところ、右手の方からストップがかかる。



「お兄ちゃんアレ見て!」



ともくんが指を差した先には、或斗と同じ金の翼バルーンを背につけた、スタッフだろう男性たちがいた。


スタッフたちは複数人で何やらコッソリと示しあって、イベント会場の裏へと向かっている。


何か問題でも起きたのだろうか、ここまで大規模なイベントだ、運営する側は大変だろう、或斗は呑気にそのように受け取ったが、ともくんの考えは違うようであった。



「ユトリンジャーが言ってた! コソコソしてるのはわるい人なんだよ!」



ユトリンジャーとは、今ミラビリスが顔の右側に括り付けている仮面の元となっている日曜戦隊ヒーローの名前である。


大人にはコソコソしなきゃいけない日もあるんだよ、と或斗は言って聞かせようとしたが、ともくんは全く納得しない。



「わるい人はやっつけなきゃ! ヒーローたるもの、あくはゆるさじ! さじなんだよ!」



名前の割にキメ台詞が渋いなユトリンジャー。


さじさじと騒ぐともくんは或斗の説得に応じる気配はない。


それどころか左のミラビリスまで頷いている。



「『心の曲がった者を主はいとい 完全な道を歩む人を喜ばれる』、悪は放っておけないね」


「ビリーさんまで乗らないでくださいよ」



乗らないでほしかったが、かといってミラビリスがともくんを説得できるとは思えない。


結果としては一緒だったかもしれない。


ともくんはスタッフの向かったイベント会場の裏側へ或斗の右手を引っ張って「はやくはやく!」と跳びはねている。


これに乗らずに別方向へ引っ張っていったらともくんは泣きそうだが、そもそも或斗の身体能力ではともくんを引っ張っていけるかどうかから怪しかった。


ミラビリスは頼りになろうはずもない。


まあ、スタッフさんならトラブル中でも子供の言うことと事情を汲んで許してくれるだろうし、ついでに迷子放送をしている場所へも案内してくれるかもしれない。


約1名引き取り手のない大人が居ることは考えないようにして、或斗は肩を落とし、ともくんとミラビリスに引きずられる形でイベント会場の裏側へ向かった。


イベント会場の裏側は、屋台の香ばしいにおいこそ漂っているものの、表の賑々しさとは反対に静まり返っていた。


或斗は首を傾げる、少し静かすぎやしないだろうか。


周囲を見れば、運営スタッフと思われる人は先ほどともくんが指さしていた男性たちだけであり、巳宝堂が配置しているはずの警備員の姿も見えなかった。


別の場所で大きなトラブルでも起きているのだろうか、そうなると普がキレ狂っているだろうことが予測されて、今からとても憂鬱である。


ともくんは本格派のようで、或斗たちの手を引いて機材の陰に身を隠し、男たちを見張った。


ミラビリスはノリノリで「あんパンと牛乳が欲しいね」などと言っている。


コソコソと周囲を警戒する素振りで動いていたスタッフたちは数分の間に数を増やし、数えるに18人ほどだろうか、一際大きな機材の傍に集まって小さな声で何事か話している。


ここまできて、ようやく或斗もその様子に違和感を覚えた。


ともくんが手を引くままに、気づかれないよう機材の間を行き来し、スタッフたちの会話が聞こえる距離まで近づく。


金の翼のバルーンをつけた男性たちはこのように話している。



「警備の人間はちゃんと遠ざけたんだろうな?」


「ああ、この辺りは手筈通り、15分は無人のはずだ。俺たちだけで動いていてもバレない。変装もしているしな」


「よし、データを抜き出すぞ」



男性たちは手分けして大きな機材を弄り始めた。


或斗は思った。


あれ? これって……本当に悪の組織なのでは?


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