ダンジョン社会において、ダンジョン適性情報は重要な個人情報である。
無論、日本人は特に、パッと見ればダンジョン適性の高低が分かりやすいので、適性の高さ自体を隠すことは出来ないが、実際の適性ランクがどれかとか、どういった素養があるのかとか、そういった情報は自衛が出来る歳になるまでは伏せるよう指導される。
以前栞羽が解説していた通り、適性ランクはA~Bの、特にAの人口が非常に少ない。
適性Bでも魔法的素養によった上澄みであれば、適性A相当の戦略級魔法を放てる人材になり得る。
ここで問題になってくるのが、高ランク適性者の国籍、身柄の在処である。
どこの国もダンジョンには困らされている上、旧時代より暴力が大きな価値を持つようになった世界で起こる凶悪犯罪も取り締まっていく必要がある。
高ランク適性者はいくら居ても足りないくらいだ。
国単位でなくとも、富豪などは出来るだけ高いダンジョン適性を持つ手練れに自分の護衛を任せたがる。
高ランクのダンジョン攻略者が高給に惹かれて富豪の護衛にジョブチェンジするというのはよくある話だ。
そうはいっても、ダンジョン適性は遺伝しない。
高ランク適性者同士の子供が適性Fであったという親にも子にとっても不幸な話は、この26年の間では一般常識といえるほど広く知られている。
日本以外の国ではあるが、治験と称して様々なダンジョン適性の人間同士を掛け合わせて子供を作らせる実験が行われたこともある。
結果は法則性無し。
両親が適性A同士、B同士であっても適性C~Fの子供が生まれることもあれば、適性F同士の両親から適性A~Bの子供が生まれることもあった。
ランダムで生まれてくる高ランク適性者たち、そしてその数は限られている。
そうなってくると、発生するのはパイの奪い合いだ。
当然国際法でも各国の法でも高ランク適性者の誘拐・人身売買などは固く禁じられているが、法が強い力を持っていたのは旧時代の話だ。
ダンジョン社会では「カージャー」に限らず、数多の犯罪組織が世界中に潜んでいる。
高ランク適性者の身柄は、金銀財宝よりも金になる。
反面、裏市場に出せる高ランク適性者などは少ない。
自分で高額借金をこさえて身売りするしかなくなったお馬鹿さんなどはともかく、高ランク適性者というのは基礎身体能力が人外レベルに高いのだ、生半可な犯罪組織が手を出せる相手ではない。
では高ランク適性者売買ではどこが狙い目なのか、子供である。
口八丁で騙せる上、身体能力も大人の高ランク適性者よりはずっと低いから拘束も比較的容易。
特に目をつけられやすいのは、変異途中の子供だ。
将来的に高ランク適性者になる可能性が高く、その一方で今は充分な力を持たない。
誘拐しやすく調教もしやすい、理想の商品。
犯罪組織はあの手この手を使って高いダンジョン適性を持つ子供、あるいは変異途中の子供の身柄を狙っている。
犯罪組織に攫われた子供の将来は悲惨だ。
海外に売り飛ばされ、言葉も分からず、何をしているのか分からない組織に買い取られ、気づけば犯罪の片棒を担がされるとか、容姿の良いものは趣味の悪い富豪の護衛兼慰み者になるだとか、反政府組織の特攻員に仕立て上げられるとか、とにかくロクな目に遭わない。
大体15歳にもなれば高ランク適性者は自衛が十分できるようになっていると言われる。
ダンジョン攻略者の資格を取れるようになるのが15歳なのもこれを根拠としている。
その前の幼い子供については、どこの国の政府も出生時適性検査の情報を含め、簡易適性検査の情報も含めて流出させないよう高度なセキュリティで守っている。
それでも情報流出することがあるのは、大体が資金繰りに困った零細簡易適性検査会社が大金と引き換えに闇市場へ情報を売り払うなどするためだ。
そういった会社はすぐに特定され、政府から取り潰しを喰らうので意味がないのであるが、中々無くならない事例でもある。
よって政府は世の親へ、零細会社ではなくヘビさんマークの適性検査、すなわち巳宝堂の簡易適性検査を選ぶよう誘導している。
巳宝堂はこういったお祭りのような簡易適性検査イベントにおいても、十分すぎるほどの警備を置き、かつ『暁火隊』など名の通ったパーティに護衛の人員を回してもらって睨みを利かせている……はずなのだが。
「おい、まだか。はやくデータを抜き出してズラかるぞ」
「馬鹿言うな、何人分のデータだと思ってる。そもそもセキュリティを掻い潜るのにどれだけ苦労すると思ってるんだ」
イベント会場裏側で、大きな機材を弄ってコソコソと話し合っている男たち、18人。
「これって……データ密売組織、ですよね……?」
或斗は隣で一緒に隠れているミラビリスに尋ねる。
「明らかにそうだねえ」
ミラビリスも眉を寄せて頷く。
目の前で金の翼バルーンをつけてスタッフに扮している男たちは、会話を聞くにどう考えてもその手のデータ密売犯罪組織である。
ともくんの勘は実に正しかった。
先ほどからの男たちの会話を聞くに、警備は犯罪組織の姦計で遠ざけられているらしく、この場には或斗とミラビリス、それにともくんしかいない。
そう、ともくんが居るのだ。
『暁火隊』の一員として、またこのイベントの警備を依頼された者として、データの抜き出しは絶対に阻止しなければならないが、小さな子供を連れて犯罪組織18人に特攻するのは流石に危うい。
或斗は少しだけ迷って、多少、まあ大分、かなり、不安だがミラビリスにともくんを保護してもらっておいて、自分が虹眼で男たちを止め、制圧する方向で手筈を考えた。
そしてミラビリスへともくんを託そうと手の力を緩めた一瞬、これが良くなかった。
ともくんは或斗の手を離し、ビュンと風のように犯罪組織と思われる男たちの元へ走って行ったのである。
「ともくん!?」
「おやまあ」
思わず或斗は立ち上がって追う。
ミラビリスものんびりとついて来た、流石に今は焦ってくれ。
或斗は考えを巡らせる、これはまずい、一旦何も知らないふりをしてともくんを回収した後攻勢に出るか?
そんな或斗の考えなど知りもしないともくんは果敢にも男たちの腕を掴んでブンブンと振り、男たちの行動を妨害しようとしている。
「ユトリンジャーが来たぞ! わるものはおなわにつけ! おなわだぞ!」
「何だこのガキ!」
「おまえたちがわるいやつなのはしってるんだ! コソコソしてるし、お兄ちゃんがみつばいって言ってた! わるいことなんだろ!」
男たちの目の色が変わる。
或斗は背中に冷や汗を垂らした、まずい、ともくんは何も理解していないが、核心だけは突いている。
しかも或斗もミラビリスも考えなしに飛び出してきてしまったので、男たちにしっかり捕捉されている。
「ガキどもと、女じゃねえな、男か。……3人なら口塞げば済むな」
「おい、やっちまえ」
「うわ! はなせ――! わるものはやっつけるんだ!!」
「騒ぐなガキ! 殺すぞ!」
ともくんは腕を振り回していた相手とその他の男数人にガッチリと捕獲され、口を塞がれ、身動きとれなくされてしまった。
そして男たちのうち1人が小型の拳銃を取り出してともくんのこめかみに押し付け、或斗たちへ見せつけた。
「そこの女みたいな男は適性高そうだからな。おい、このガキの命が惜しけりゃ動くなよ」
「どんな人間でも心臓か脳を破壊されれば死ぬ、小型でも強化銃だ、1秒でガキの頭蓋骨の中ぐちゃぐちゃに出来るぜ」
男たちは子供を人質にし、優位になったことを確信して下品に口角をあげて笑った。
複数の男に拘束され、死に瀕していることが分かったのか、ともくんは目に涙を浮かべていた。
或斗はそれを見て、ゾワリと鳥肌が立つほどの怒りを覚える。
見も知らない子供の人生をグチャグチャにする密売組織の行い、そして今ともくんに物騒なものを突き付けて下卑た笑いを浮かべる男たちを、許してはおけない。
「黙れよ」
「ああ? 何だガキ2号、適性が低そうだからってお前も見逃しちゃやらねえぞ、命乞いも……」
「俺は許さない。お前たちの行動を、動くことを"否定"する」
「? お前その目、な……」
何、と続ける前に、男の口と舌は固まった。
銃を持っていた男は急いで銃口を或斗へ向けようと考えたが、腕どころか、引き金にかけた指先に至るまで、1ミリたりとも動かせない。
或斗は両目を六芒星の浮かんだ虹色に輝かせて、あらゆる角度から視た18人の男たち全員の体が動くことを、否定する。
「ビリーさん、お願い出来ますか?」
「『正義と裁きと公平はすべて幸いに導く、と』。任せたまえよ」
息さえ止められた男たちは苦し気な顔をすることも出来ない、機材の駆動音だけが鳴るイベント会場の裏側で、或斗は男たちの完全制圧をミラビリスへ頼む。
ミラビリスは散歩のような気軽さで男たちの元へ歩いて行って、ともくんと銃を回収。
或斗が虹眼の効果を解くと同時に、ミラビリスはあっという間に男たちのみぞおちや頭を殴打して、18人全員の意識を刈り取った。
その際、てい、せい、とう、などという気の抜ける掛け声が挟まっていたのは気づかなかったことにしたい。
「1、2、3……ちょうど18人だ、去年の夏を思い出して、運命的なものを感じるね」
ミラビリスは泣き喚くともくんを小脇に抱えて、平和に笑った。
緊張感のなさがいかにもミラビリスらしく、手渡されたともくんの無事を確認して、或斗は深く息をついた。
そこでミラビリスが顔をあげ、周囲を見回す。
「囲まれているね」
「えっ! まさかまだ仲間が……!?」
慌てる或斗に、ミラビリスは何事もないような呑気さで小さく首を横に振り、イベント会場の表側へ向けて手を上げた。
「やあ、苺木女史」
ミラビリスがそう呼びかけると、或斗には見覚えのないストロベリーブロンドに若草色の瞳をした若い女性が或斗たちへ駆け足で向かってきた。
どこかのブランドのオーダーメイドだろう高級な質感のスーツに、7cmほどのヒールのあるパンプス。
可成矢などとはまた違った仕事の出来そうな女性、という雰囲気だ。
ミラビリスが苺木女史と呼んだ女性の後ろから、巳宝堂側の警備員である黒服の男性たちがついてきている。
或斗たちを、というかイベント会場裏手を囲んでいたのは巳宝堂の警備員たちであったらしい。
「ビリー様、まさかこんなところでお会いするとは……」
苺木は或斗たちの背後に倒れている男たちを見て、驚きに片手を口元へ当てる仕草をする。
「こちらはビリー様が?」
「ううん、私と、或斗少年が」
そう言って振り返るミラビリスにつられて、苺木がともくんを抱えている或斗へ目を向ける。
「貴方は確か、『暁火隊』からの応援の方、でしたね」
「あ、はい。『暁火隊』の遠川 或斗です」
『暁火隊』に加入して1ヶ月、まだ慣れていない名乗り方をして、或斗は泣きじゃくるともくんを宥めながら頭を下げた。
苺木は「ああ、貴方が」と言ってから、申し訳なさそうに頭を下げ返した。
「申し訳ありません、『暁火隊』の方を巻き込む予定ではなかったのですけれど……詳細は、日明さんから聞いてくださいませ」
「え? はあ……」
予定とは? と疑問符を浮かべる或斗は、とりあえずミラビリスにこっそり尋ねることにした。
「あの、ビリーさん? この女性は……?」
「ああ、巳宝堂財団会長代理の苺木 初百合女史だよ。見たことがなかったのだね」
何となくえらいのだろう、この場の責任者の人かな? 程度にしか考えていなかった或斗は思っていたより遥かに高い立場の相手と聞いて、顔を青くした。
「す、すみません! 失礼を……!」
子供をあやしながら挨拶をして良いフランクな立場の人ではなかった、しかしまだぐずっているともくんを下ろすのもしのびなく、或斗は狼狽える。
苺木は苦笑して、「会長の代わりにあちこち駆け回るだけの、雑用係みたいなものですわ」と謙遜して、或斗の緊張をほぐそうとしてくれた。
出来た人である、しかしそんな地位のある人とミラビリスが知り合いなのは不思議だ。
サッパリ関係性が見えない。
「ビリーさんは、苺木さんとどういう関係なんですか?」
「どう……大人の関係だね」
「ええ?」
ミラビリスが平然と語弊のある言い回しで返事をするのに、苺木は眉を下げて慣れた様子で付け加える。
「仕事上お付き合いがあるのです。それより、遠川さんの抱えていらっしゃる子はどうされたのですか?」
「あ、この子は警備中に見つけた迷子で、色々ありまして……」
「遠川さんの仕事ぶりに感謝いたします。よろしければ、こちらでお預かりしますよ」
ようやく鼻をすんすん言わせる程度にまで落ち着いてきたともくんを見て、或斗はしかし財団会長代理に迷子の世話を押し付けるのはと躊躇った。
そういった或斗の遠慮もすぐに察したのだろう、苺木は笑顔で「お気になさらないで」と言って、或斗からともくんを引き取って抱きかかえる。
「名前が分かれば、保護者の元へ返せますから。そういった作業は、私がやった方が早いでしょう。それに……」
苺木は少し言い淀んで、警備の黒服たちの更に後ろの方を見やった。
或斗が不思議そうに首を傾けてそちらを見ると、無表情で或斗の方を見ている普が立っていた。
或斗の顔から血の気が引く。
「あっ……」
「あの、心配していらしたようですから。早く安心させて差し上げて。ビリー様も、こちらでお預かりしますわ」
迷子の6歳と同じ感覚で預かられるというのに全く気にしていないミラビリスは、女児アニメ袋からわたあめを小出しにして食べている。
まあ実質6歳児みたいなものか、或斗はミラビリスと苺木、それからともくんへ手を振って、ピンの抜けた手榴弾の方向へ向かう。
「虹の目のお兄ちゃん、カッコよかった! おれお兄ちゃんみたいなヒーローになる!」
去り際、ともくんがそのように言って無邪気な笑顔で手を振り返してくれたのは、せめてもの救いだったかもしれない。
「じゃあ、最初から仕掛けだったってことなんですか? イベント自体が」
或斗は目を丸くして尋ねる。
「ああ、ここ最近、他社の簡易適性検査イベントを狙って子供の適性情報を抜き取る犯罪組織の動きが目に付いていて、政府も問題視していたんだ。それで、政府から協力要請を受けた巳宝堂が今回のイベントの偽の警備配置情報をわざと裏市場に流して、犯罪組織を引きずり出したわけだね」
「はあ……」
予定というのはそのことだったのか、と或斗は苺木の発言を思い出し、納得に頷いた。
「でも、本当にデータが抜き取られちゃったら、どうするところだったんですか?」
きっと或斗たちがいなくとも巳宝堂の警備が囲んでいたから、問題は無かったのだろうけれども、万が一ということはある。
日明は「その辺りは栞羽の方が詳しいが……」と近くで栄養ドリンクを一気飲みしている栞羽を見る。
栞羽はぐいっといったドリンクの瓶を捨てつつ、説明してくれた。
「おそらく、セキュリティを2重3重にしていたのではないでしょ~か。初めのそこそこ堅牢なセキュリティを破れてもぉ、掴まされるのは偽の情報、本当に重要な情報は常人の手の届く場所にはおかないでしょう。おそらく電子的セキュリティに魔法的セキュリティ、最終的には物理的セキュリティをも破る必要があるかと~」
うちの特殊収容施設と似たような感じでしょうねぇ、と身近な例を挙げる栞羽。
日明は頷いて、「巳宝堂財団は政府絡みの案件を受けることも多い。適性検査の情報含めて、セキュリティはどこよりも堅牢なはずさ」と説明を終える。
或斗はすごい世界だなあ、と苺木の顔を思い浮かべ、やはり仕事が出来る人なのだろうと再認識する。
その仕事の出来る人とミラビリスに仕事上の付き合いがあるというのがどうにも想像のつかないところだったが、結局ミラビリスの仕事というのは何なのだろうか。
またふわっとした言葉でぼかされそうだけれども、今度会ったときには訊いてみよう。
「あ、じゃあ今回俺がイベントの警備にあたったのは、普さんの戦力を期待して?」
苺木はあの場にミラビリスが居たことに驚いていたようであったから、ミラビリスの戦力を勘定に入れていたわけではないだろう。
或斗がそう言うと、日明は眉を下げて申し訳なさげに返した。
「いや、或斗くんをイベントの警備に選んだのは、本当に初め説明した通りだよ。うちに頼らなければならないほどの規模の組織が相手ではない想定だったし、巳宝堂の戦力は十全に揃っているからね。純粋に、イベントを楽しんでほしかったんだが……」
まさか作戦に巻き込まれるとは、と日明は肩を落とした。
栞羽は面白がって「虹眼くんって持ってますよね~」とからかってくる。
栄養ドリンクを飲み終えた栞羽は、そのまま『暁火隊』本部医務室を出て行く。
そう、或斗たちが、というか或斗がいるのはベッドの上であり、今回の顛末についての説明は医務室で行われていた。
例によってピンの外れた手榴弾、すなわち普が激怒の末に或斗を医務室送りにしたためである。
まあ今回のことについてはイベントの混雑を甘く見てはぐれた或斗が悪いし、スマホに30件ほど入っていた普からの不在着信を見ると申し訳ない気持ちが湧いてこないでもなかった。
そういえば或斗はスマホを持っているので、はぐれた時点でスマホを使って連絡を取れば良かったのである。
持たされて1年近くになるのに未だ慣れない或斗にも非はある。
あるといえばあるけれども、迷子の末に勝手に悪人退治をしていたから、といって医務室送りにされるのはどうなんだろうとも思う。
日明は毎度普の所業を叱ってはくれるのだが、日明のお説教を受けても普の或斗に対する暴力は緩和されないのである。
これは眞杜さん大好き此結 普の行動としては非常に珍しく、驚くべきことだと栞羽が面白半分にうそぶいていた。
日明はため息をついて、普の行動について或斗へ謝罪する。
「日明さんが謝ることじゃないですよ」
と慌てる或斗の腫れあがった顔を見て、日明は困り果てたという顔で呟く。
「子離れさせた方が良いのか、悩ましいところだな……」
「俺はいつから普さんの子供になったんですか……?」
或斗が顔を引き攣らせると、日明は「盾くんが言っていた例えを思い出してつい」と普=出産後母猫説を教えてくれた。
子猫は母猫に顔を腫れるまで殴られないと思う、或斗は思わずこの1年で随分飲み慣れたポーション瓶に視線を落とした。
ポーション瓶には小さく金色の丸、その中にダイヤの入ったマークが印刷されてある。
「あれ、このマーク……」
或斗の疑問には、近くで倉庫から持ってきたポーションの補充をしていた田村医師が答えた。
「そのポーションも巳宝堂が定期的に卸してくれているものだよ。非常時に困らない数が確保出来るのは、政府とのパイプが太いうちの強みの1つだね」
「へえ~……」
普くんと或斗くんのお陰で最近ポーションの減りが早いんだよね、と愚痴を漏らす田村医師に平謝りしつつ、本来ならこれは普が謝るべきなのでは? という疑念を抱く。
詳しく聞くところによると、巳宝堂財団はポーションなどの製薬関係にも大きな影響力があるらしい。
武力は『暁火隊』、金融や医療は巳宝堂にというのが日本政府の方針なのだろうか。
『暁火隊』で仕事をこなすうち、或斗は巳宝堂を知らなかったという己の無知がどれほどのものだったか思い知り、中々恥ずかしい気持ちになってくる。
しかし閉じていた世界が開けていく感覚は新鮮で、日々の任務や事務業務にも色々と面白さがある。
或斗が新しく知ったことのうち、未零はどのくらいのことを知っているだろうか。
未零のことだから、或斗の学んだことくらい全部知っていてもおかしくはないけれど、日常の1つ1つの出来事をつぶさに観察して、いつか未零を驚かせるような話が出来るようになれたら良いと思う。
今日のようなお祭りにも、いつか未零と一緒に行きたい。
或斗は今の広がっていく世界への好感といつかの未来への希望を抱いている自分を、その感覚を大切にしていきたく思った。