4月も下旬に入って、或斗はようやく自分の仕事に若干の余裕を持てるようになっていた。
相変わらずパソコンとの格闘は負け続きだし、資料作成に対する普の怒涛のダメ出しは留まるところを知らなかったが、或斗はその特異な能力から、高楽のように毎日外回りの任務があるわけでもないので、オフィスでの仕事を片付けて少し時間を余らせることも増えて来ていた。
未だに置いてもらっているという意識の抜けない或斗は、手持ち無沙汰になると誰かの仕事の手伝いを申し出る。
行先は大抵万年寝不足の栞羽のところか、よく(普のせいで)お世話になる田村医師のところである。
今日は田村医師から「明日以降のためにポーションの補充を持ってきてくれる?」と頼まれたため、或斗は上階の方の倉庫から巳宝堂印の箱に入ったポーション瓶を持ってエレベーターに乗っていた。
『暁火隊』本部ビルにはいくつかエレベーターがあるが、後方支援部隊などはよく階段を使用している。
エレベーターは主に来客が利用するもの、という認識があるためらしい。
今或斗の載っているエレベーターはビルの裏手側にある荷物運搬用の小さなものだ。
いわゆるスタッフオンリーというやつである。
何だかガタゴト音がする、と思ってエレベーターの壁を見れば、近日中に整備予定であるとのお知らせの貼り紙があった。
表がピカピカなので新しい建物なのだろうと思っていたが、そういえばこの本部ビルが実際に築何年かは聞いたことがなかったななどと或斗がぼんやりしていると、乗りこんだ1つ下の階でエレベーターが止まり、誰かが乗り込んでくる。
装備整備用資材の大きな箱を手に乗ってきたその人物は、この2ヶ月弱で随分見慣れた蛍光ピンクの髪と目、戸ヶ森ゆにであった。
乗り込んできた戸ヶ森は或斗の顔を見て、ぎゅっと眉根を寄せる。
「何で居るのよ!」
理不尽過ぎる言い様である。
同じパーティに所属しているから、としか言いようがない。
「いや、先に乗ってたの俺だし……」
或斗は眉を下げて、出来るだけ戸ヶ森を刺激しないよう、田村医師にポーションの補充を頼まれたのだと事情を説明した。
一応仕事の範疇なのを理解してくれたのか、パーティの生命線である田村医師の名前を出したのが良かったのか、戸ヶ森は一旦黙る。
ただ、不満そうに足をタンタンと鳴らして、エレベーターが目的の2階に着くのを待っている。
戸ヶ森の仕草は不機嫌な動物が尻尾をパタンパタンと揺らし動かす様子に似ていて、迫力はあまりないな、と或斗は失礼なことを考えていた。
残念ながら或斗の目的階も2階なので、エレベーターが止まるまではこの不機嫌アピールと沈黙に耐えなければならないだろう。
まあ不機嫌アピールに耐えることなど、普で慣れ切った或斗にとっては大したストレスでもないのだが。
早くエレベーター止まらないかな、と考えているのは2人一緒だったろう、それが悪かったのか。
ブン、ガタン! と音と揺れがあってから、エレベーターの電気が消え、目的階でもないのにエレベーターが停止した。
戸ヶ森は「ひゃっ」と意外にかわいらしい驚きの声を上げ、小さな光魔法で明かりを点ける。
或斗はスマホのライトを使ってエレベーター内の各所を見て回る。
壁面に貼ってある説明書きを見る限り、エレベーターが緊急停止した場合、に当たるようだ。
外で地震などがあった様子も無かったので、単なる故障であろうと予測がつく。
緊急停止時の対応に書かれてある通り、緊急時用の連絡ボタンを押して、コールセンターと連絡をつける。
『申し訳ございません。復旧までに1時間ほどお時間をいただくかと存じます』
対応時間には変動がございますので、どうか落ち着いてお待ちください、と案内するコールセンターの女性の声を聞きつつ、或斗はスマホで時間を確認した。
現在時間は16時半、『暁火隊』の出退勤時間は任務の内容や人によって違うが、基本は9時17時である。
今日は或斗と普には何も外回りの任務が与えられていなかったこともあり、退勤は17時の予定であった。
或斗は学習する男である。
この間のイベント迷子事件で物理的に、身をもってスマホと報連相の重要性を理解させられた或斗は、ひとまず普へ連絡することにした。
『エレベーターが止まってしまい、復旧に1時間かかるそうで、帰りが遅くなりそうです』
最近ようやく手に馴染んできたフリック入力でメッセージを送ると、5秒後に既読が付き、20秒後に返信が来た。
『カスの貧運野郎くたばれ』
或斗は『すみません』とだけ返信し、ため息をついてスマホから目をそらした。
別に心配してほしいとか高望みはしないが、運までなじられるのはいかがなものだろうか。
普の大人げのなさを再確認出来たところで、隣から強い視線を感じた。
見れば、戸ヶ森が或斗のスマホの画面を横目に、すごい形相――歯ぎしりしながら目を見開いてわなないている、今にも噛みついてきそうなチワワのような――をしている。
聞き取りづらいほど小さな声で、「普様との個人メッセージ……」と呟いているのも聞こえ、或斗は思いだした。
そういえばこの人
触らぬ闇に祟りなし、或斗がそっとメッセージ画面を閉じると、戸ヶ森もフイと視線を逸らす。
スマホの画面を消すと、エレベーター内が一段暗くなる。
戸ヶ森は自分で小さな光魔法を出しているが、見ていればキョロキョロと落ち着きのない様子で、特にエレベーターの隅、暗がりを気にしているようだった。
もしかすると暗いのが苦手なのだろうか、意外というほどでもないが可愛げのある弱点だ。
光魔法を大きくしないということは、戸ヶ森はあまり光魔法が得意ではないのだろう。
或斗は学習する男である。
ここでストレートに暗いの苦手なの? などと訊いてみたら、5倍の声量で否定と罵倒が飛んでくることが予測できる程度には戸ヶ森の性格に慣れて来ていた。
或斗は自然に見える動作でスマホのライトをつけ直し、世間話でも振ることにした。
「戸ヶ森さんは、何でそんなに普さんのことが好きなの?」
戸ヶ森の様子から、普のことを好きなことは確定事項だと思って尋ねたのだが、戸ヶ森はキッと眉を吊り上げると、勢いよく反論した。
「好きとか、そんな軽い言葉でくくらないで! ゆにの普様への感情はそんな浮ついたものじゃないんだから!」
これは或斗にとっては意外だった。
戸ヶ森は普のことを普様と呼ぶスタンダードなファンクラブ会員で、頻繁に或斗に突っかかってくる程度には普の顔に狂っているタイプの女子だと思っていたからだ。
或斗はううん、と首をひねり、疑問は素直にぶつけてみることにした。
どうせ暇だし、戸ヶ森の踏んではいけない何らかのスイッチを踏み抜いたとしても、このエレベーターの行先は医務室の階である、死なない限りは何とかなる。
「じゃあ、どういう感情?」
或斗の問いに戸ヶ森は顔をしかめ、しばらく黙り込んだ。
3分、5分、10分が経ち、これは無視される質問なのかと思ったところで、エレベーターの暗さと沈黙に耐えかねたのか、戸ヶ森が不本意そうな表情でポツポツと話し始めた。
戸ヶ森の生まれ育った場所は、東京都内のどちらかといえばのどかという表現で分類される地域であった。
都内だけあって電車など交通手段に困ることはないが、都会へ出て行くには少し時間がかかる、程度の軽い不便さ。
戸ヶ森の両親は戸ヶ森が生まれるに際してそこに2世帯住宅を建て、戸ヶ森の母方の祖父母と共にゆったりと暮らしていたという。
当時はダンジョン混乱期から安定期への過渡期で、若干世情が落ち着いていたこと、家を建てたあたりにはダンジョンがあまり存在していなかったことで、戸ヶ森の両親は家を建てる決心をしたのだそうだ。
実際、戸ヶ森が10歳になるまでは大きな事件もなく、ダンジョン社会としては珍しい平和でのびやかな暮らしが出来ていたという。
戸ヶ森が10歳の時、家のすぐ近くに中規模ダンジョンが発生した。
ダンジョン発生のメカニズム、法則性などはいまだに解明されていない。
人々は住環境を確保するにあたって、家を建てるにしても借りるにしても、比較的ダンジョンが少ないところを選んで今後もダンジョンが出現しないことを祈る他ないのである。
残念ながら、戸ヶ森一家の祈りは聞き届けられなかった。
戸ヶ森の家はまだ近いだけで家族全員避難が出来たから良かったものの、近所の戸ヶ森と仲の良かった子供の家はダンジョン出現の際の空間異常に飲まれ、両親ごと居なくなってしまったのだ。
それは戸ヶ森にとって非常に恐ろしい出来事で、友達が居なくなってしまった悲しみや怖さを越えて、自分の家族が無事だったことに安堵してしまうほどであった。
その後の戸ヶ森一家は実に一般的な避難民生活を強いられることとなった。
避難民用の仮設住宅は広くない、戸ヶ森の両親と戸ヶ森の核家族と、その祖父母とは住居を分かたれることになってしまった。
当然ダンジョンの発生した地域近くには住めないものだから、友人たちも別々の土地へ移ることになり、戸ヶ森は10歳までの間に築いた友人関係を一度に失ってしまった。
以前までのように祖父母と共に過ごせないことも寂しかったし、心配であったし、友人が居なくなってしまって、新しい学校でやり直していく不安も大きかったという。
生まれた時から住んでいた家を捨てなければならなかったことも辛かった。
家のどんな場所にも、庭の木々の1本1本にもたくさんの思い出があって、しかしダンジョンがある限りそこへは戻れない。
戸ヶ森が10歳ということは9~10年前である、その頃にはもうダンジョンは完全攻略されれば消滅させることが出来ると広く知られていて、戸ヶ森はそれに望みをかけて生きていた。
出来る限り家の近くに出来たダンジョンの情報を集めるようにしていたという。
小さな子供に出来る精いっぱい、涙ぐましい努力だ。
しかしあるとき、戸ヶ森は偶然、家の近くのダンジョン攻略から戻ってきたパーティの会話を聞いてしまった。
ダンジョン攻略者たちは口々に、「ありゃダメだ」と言い合っていた。
曰く、ダンジョン資源として出てくるものはありきたりで儲けに繋がらず、その上モンスターは標準的な中規模ダンジョンより強い。
幼い戸ヶ森は呆然と、ダンジョン攻略者たちの「やってらんねえよ」といううんざりした声を聞いていた。
ダンジョンには様々な種類があって、それは内部の地形、外部の環境、規模の大きさというもので分類されることも多いが、国とダンジョン攻略者の双方が気にする基準に、有用か否かというものがある。
ダンジョンからしかもたらされない資源は多い、以前バル=ケリムの使っていた幽銀などもそうで、地球上の既知の原子でないもので出来ている希少な物質は現在に至るまであらゆる研究をされ続け、技術は日々進歩している。
有用性の高いダンジョンは完全攻略されても消滅させないことが多い、旧新宿ダンジョンなどはそれにあたる。
ただし、ダンジョン資源の中にも希少価値というものがある。
以前或斗がモグリをしていた頃拾っていた蒼鉄鉱石などもダンジョン資源の一種であることに変わりはないが、その中でも強度や特殊性が薄く、取引値は底に近いところを這っている資源である。
戸ヶ森の家の近くのダンジョンはそういった、希少価値のない資源しか出ず、かつモンスターも強いという、ダンジョン攻略者からすればハズレの部類だったのだろう。
人類の生存圏拡大のため、どんなダンジョンであれ国から一応ダンジョン攻略の褒賞は出るようになっているはずだが、それをもらってもダンジョン攻略者的には赤字になるハズレダンジョンというものは多く存在している。
そういったハズレダンジョンは、何らかの緊急性が発生するか、富豪の都合などで国からの褒賞以外で報酬が大きく追加されるなどしない限り、攻略されることはなく、その周辺一帯は放棄された土地となる。
放棄された土地といっても、ロクに家賃や地代の払えない孤児出身のモグリなどはそういった場所に住むしかないので、必ずしも無人というわけではない。
たとえば前に或斗が住んでいた家などは、近くの小規模ダンジョン発生のために捨てられた家を斡旋してもらったものである。
或斗がよく通っていたダンジョンはハズレダンジョンの典型で、資源は価値の低いものばかり、規模が小さいのでモンスター氾濫が起きても被害のほどはたかが知れている(近隣に住むモグリが死ぬくらいだ)上、わざわざ危険を冒して最深部まで行ってコアを掌握しても何の自慢にもなりはしない、と攻略されないだろう条件が揃っていた。
そのお陰で、近所で小金稼ぎが出来ていたという側面もあるため、或斗としては助かっていたのだが、元々の住民にとっては辛い話なのだな、と或斗は戸ヶ森の話を聞いて理解した。
幼い戸ヶ森はもう一度元の家で、家族全員で暮らせる日は来ないのか、とダンジョン攻略者たちの会話から察してしまい、数年塞ぎこんで生きていたそうだ。
いつも元気いっぱいに或斗を罵倒してくる戸ヶ森の塞いだ姿というのは中々想像がつかないが、そんなツッコミを入れると話の腰を折ることになるので、或斗は頷きつつ続きを黙って聞く。
状況が変わったのは5年前のこと、『暁火隊』を抜けた此結 普がソロで戸ヶ森の家付近のダンジョンを攻略し、消滅させたのだ。
幼い戸ヶ森の目にはあんなに強そうに見えたダンジョン攻略者たちのパーティがやってられないとこぼしていたダンジョンを、たった1人で攻略してみせた普。
戸ヶ森たちは再び元の家で、家族全員で暮らせるようになり、全員ではないが仲の良かった友人たちも戻ってきて、戸ヶ森の生活は救われた。
元々有名な此結 普の名前自体は知っていたけれど、縁のない相手、まさか自分の家の近くのダンジョンを攻略してくれるだなんて思ってもいなかった戸ヶ森は、感動を持って普の名前を胸に刻んだ。
戸ヶ森は普に対して強い尊敬と憧れを抱いた。
その後すぐに15歳時適性検査を迎え、結果が適性Bであったこともあり、戸ヶ森は普への憧れから、かつて普が所属していた『暁火隊』へ加入することにしたのだそうだ。
家に対する執着だとか家族という枠組みについては、或斗には全く理解できない感覚であるが、友人を失うこと、例えばミクリが急に海外にでも行って会えなくなってしまうとしたら、それはとても寂しいことだろうと分かる。
そして多分、この話は割とセンシティブな類のものだ、戸ヶ森が誰彼構わず話して回っていることはないだろう。
「話してくれてありがとう」
或斗は礼を言うことが正しいと思った。
まさかただのミーハーか狂気の一種だと思っていた戸ヶ森の普への感情がそこまで重い話に繋がると思ってはいなかったし、それを嫌っているのだろう或斗へ話してくれるというのも意外であった。
戸ヶ森はジロリと或斗を睨んでからぷいと顔をそらして、お礼の言葉を蹴り飛ばす。
「復旧までの暇つぶしだから、しょうがなく! アンタなんかに話すつもり、ホントは全然なかったし!」
そりゃそうだろうな、と思いつつ、或斗は会話を続ける努力を試みた。
或斗は人に嫌われて嬉しいと思う妙な嗜好は持っていないので、出来ればこれを機に戸ヶ森との関係性を若干でも良いものに出来ればと考えてのことだ。
「なんていうか、でもそれなら普さんが『暁火隊』に戻ってきたのは良かったね」
そう或斗が何気なく言うと、戸ヶ森は苦虫を嚙み潰したような顔になって或斗を再び睨んだ。
「何それ自慢?」
或斗はサッパリ意味が分からず、首を傾げる。
戸ヶ森は地団太を踏んで怒りを顕わにする。
「普様が戻ってきてくれたのはアンタがうちに加入するって決めたからでしょ! 自分が特別扱いされてるからって調子に乗って!」
そんなことはない、とは言い切れなかった或斗は、困って言葉に詰まった。
普本人に自覚はなくとも、或斗には他覚がある、良いか悪いかはおくとしても、特別扱いはされていると思う。
否定しない或斗へ、我慢ならない、とばかりに戸ヶ森は声を荒げて、更に言い募る。
「そもそもダンジョン適性無しとかいうゴミカスの分際で普様にくっついて回って、ホント許せない!」
「普様は孤高で、誰より強くて、だからそれに見合った仕事がたくさん出来るの! アンタが一緒じゃなかったら!」
「アンタみたいな雑魚が普様と一緒に行動しようだなんてホントにおこがましい!」
おお、いつもの戸ヶ森だ、郵便配達にも宅配便へも吠える犬のように威勢が良く甲高い声である。
戸ヶ森の罵倒を聞き流すのにも慣れた或斗は、暗いの怖くなくなったのかな、良かったなと呑気に聞いていた。
その後も声が枯れないか心配になるくらいに或斗への文句を並べ立てていた戸ヶ森であったが、ふと勢いを落として、小さな声で「……それに」と続けた。
戸ヶ森は女子の中では小柄な方である、それによってより小型犬のイメージが強くなるのだが。
最近も背が伸び続けている或斗より少し下から、戸ヶ森は或斗を睨むような、探るような目つきで見上げた。
「アンタ、冬は何か落ち込んでたし、よく怪我してるし……やっぱりダンジョン適性無しなんかが普様についてまわるのは無理があるんじゃないの。後方支援に回ったら?」
或斗は決して鈍くない、もしかしてこれは心配されているのか? と気づく。
でも多分そう言ったらそんなわけがあるか! とエレベーターの復旧が遅れそうなほど暴れられる気がしたので、怪我の原因についてのフォローを入れるに留めた。
「よく怪我してるのは当の普さんが原因だよ、大体」
「また自慢!?」
戸ヶ森は或斗には全く理解出来ない理屈で生きているらしい。
よく殴られて医務室送りにされていることが自慢になる世界って何なんだ……? やはり此結 普ファンクラブは闇の煮凝りである。
それはそれとして、心配してもらったからには返すべき言葉もあるだろう、或斗は少しだけ考えて、戸ヶ森の分かりづらい気遣いへ答えた。
「ええと……色々、危険なのは分かってる。俺が弱いことも……でも俺は、普さんが孤高であるべきだとは思わない。俺はあの人の隣に立つって決めてるし、何より助け出したい人がいる。だから、後方支援には行かない」
戸ヶ森は、決意をもってキッパリと言い切った或斗の顔を少し目をみはって眺めていたかと思うと、ハッとして拳を握って震わせ、前のめりに或斗へ詰め寄る。
「だからそれがおこがましいって言ってんのよ!」
それを皮切りに、戸ヶ森はまたキャンキャンと吠えたて始めた。
元気なのは良いことなのだが、甲高い声が狭いエレベーター内で反響して、若干耳に厳しい。
この怒られ、復旧するまで続くのかな……と或斗が遠い目をし始めたあたりで、パッとエレベーターの電気が付き、ゆっくりとエレベーターが動き出す。
「あ、復旧した」
スマホの時間を見れば、17時過ぎ。
思っていたより早く復旧させてくれたようだ。
戸ヶ森はまだ隣で無視するな! と騒いでいるが、何と答えても戸ヶ森を怒らせることに繋がるらしいことを或斗はこの2ヶ月で学んだ。
聞き流すくらいがちょうど良いのだ。
ティン、と音がして、2階につく。
エレベーターの扉が開くと、腕を組んだ姿勢でエレベーター前の壁に寄りかかり、不機嫌を身体中から発信している普がいた。
「お待たせしてすみません」
或斗はエレベーターを出て、ごく自然な動作で普の隣に立つ。
一応別れの挨拶くらいはしておくか、とエレベーター側へ振り返ると、戸ヶ森は全身を震わせてギリギリと歯ぎしりしていた。
「やっぱりホンット気に入らない!」
或斗を強く睨み、「普様の足を引っ張ったら許さないんだから!」と捨て台詞めいた発言を残して、戸ヶ森はエレベーターを降り、去って行った。
当の普を見上げれば、事情を知らない渦中の人は「何だ?」と言わんばかりの顔をしていて、或斗は少し笑った。
「いひゃい」
「何笑ってんだ抜け作。お前のせいで夕飯の時間がズレる。さっさと帰るぞ」
普は或斗の頬をつねりあげてから、ひょいと或斗の持っていたポーションの箱を取り上げ、医務室へ向かう。
珍しい親切、まあ本人に言わせれば非力鈍重の腐れドブネズミに持たせるより俺が持っていった方が早い、ということなのだろうが、待たせた代償が頬ひとつねりなのも軽い仕置きではある。
明日は槍でも振るのかな、その場合このビルって大丈夫なのかな、などと思っても口には出さず、或斗は先を行く普の隣へ並んだ。