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36 廃都市


『暁火隊』本部地下、情報部にて。


今日ブリーフィングに呼び出されたのは或斗と普、そして何故か戸ヶ森。


戸ヶ森は地下情報部へ来たのが初めてであるようで、いつものように或斗へ突っかかるのをスッカリ忘れて周囲をキョロキョロと見まわしている。


機密保持のため、情報部で行われるブリーフィングは大抵「カージャー」の話である。


未零に繋がる新たな手がかりが見つかったのかと思うとソワソワしてしまう或斗だが、主催側の栞羽はカタカタとパソコンを弄っていたかと思うと、クルリと椅子ごと振り返って謎に満面の笑みでこのように言った。



「ジャジャ~ン! 虹眼くんパワーアップのお時間です! はい拍手!」



栞羽の背後の大きなスクリーンが無駄にピカピカ光っている。


拍手は当然どこからも起こらず、スクリーン近くに座っていた日明が真顔で「本題に入ろうな」と進行を促す。


栞羽の珍奇言動を初めて見たらしい戸ヶ森は、目を丸くして「ええ……?」と呟いている。


或斗は非常によくわかる、と勝手に頷いていた。


栞羽は普通にしていたら情報部統括という地位を持った、仕事の出来る社畜ウーマンなのだ。


戸ヶ森は栞羽に憧れているタイプではなさそうだったのが幸いである。


『暁火隊』加入直後は、そのかわいらしい外見と仕事熱心な姿に惹かれて栞羽に憧れる男性というのもそれなりにいるらしいのだが、思い出したように行われる珍奇珍妙言動を前にすると大抵は引く。


例外は女に見境のなさすぎる高楽か、ちょっと女性の趣味が独特だった英くらいのものである。


栞羽がちぇ~と言いながらパソコンの操作に戻り、スクリーンに映し出したのは東ヨーロッパの地図である。



「ええ~、ゆにちゃん以外はご存じのことですが、去年の11月末に行われた『カージャー』幹部アルコーンの拠点制圧の際に出てきたデータ群のうち1つに、『カージャー』の捜索しているらしい仮称特殊ダンジョン"遺跡"の調査データがありましたね。このデータを参照して各地へ調査班を送り、『カージャー』が調べ終えているだろう場所を排除、残ったうちで特に謎に包まれている場所を色々と当たってみた結果、最も"遺跡"がある可能性の高い場所を特定しましたぁ」



栞羽は解説しながら、地図上に赤い点を表示させる。



「今回の目的地は東ヨーロッパの亡国、メサイラーシの首都だった場所、廃都市サルストですね」



普からの課題図書などを通して世界史にも若干明るくなった或斗はメサイラーシの名前をほんのり知っていた。


旧時代、大国の分裂に伴って独立した東ヨーロッパの小国で、かつ26年前のダンジョン発生に伴って滅んでいる。


実際のところとしては首都サルスト以外の旧領土内には元の国民の住んでいる場所もあるらしいが、既にメサイラーシ国民という自認はなく、最も近い国に所属して税などを納めているそうだ。


メサイラーシが何故滅んだか、それは首都サルストがアンデッドモンスターに呑まれて復興できず、そのままダンジョン混乱期で国の運営自体がまとまらず、空中分解を起こしたためである。


アンデッドモンスターの特異性については一旦措くが、ともかくアンデッドモンスターが延々と排出されるタイプのダンジョンが首都内のどこかに出来たはずであるのに、そのダンジョンがどこにあるのか、誰も特定出来なかったのである。


もっと正確に言うと、調査のための人員を旧メサイラーシ政府も周辺各国の政府も送り込んだが、時間をとって調査が出来る状態でないほどアンデッドモンスターがうろついており、小国の首都だけの被害かつアンデッドモンスターのダンジョン資源としての旨味の無さからダンジョン攻略は諦められ、都市ごと放棄された、というところらしい。



「場所が不明のダンジョン……」



今まで或斗が訪れた入口に「カージャー」のマークが刻まれている特殊ダンジョンはどちらも、入るための条件が特殊であった。


確かに、条件を考えれば怪しい気がする。


それはそれとして、或斗は1点疑問を口にする。



「ところで、どうして戸ヶ森さんが?」



"遺跡"絡みとなれば、「カージャー」との交戦も予想される危険な調査行となる。


同行するならまた高楽あたりだと思うのだが、情報部の地下へも今日初めて入ったくらいの戸ヶ森が同行メンバーにいるのは不思議であった。


流石に今回ばかりは親睦を深めようなんて理由ではないはずである。


或斗の疑問には、日明が答えた。



「ゆにくんは聖属性魔法の素養を持つんだ」


「聖属性? それはすごいですね……」



聖属性魔法というのは旧時代の娯楽で描かれていたイメージとは違い、光属性魔法とは全く関係がない。


魔法の素養を持つ者の中にごく稀に素養を持つ者が現れる、具体的に言えば適性Aの人間よりも珍しいくらいの確率でしか存在しない超希少属性である。


だが希少性に比して需要はそこまで高くない。


聖属性魔法で出来ることはアンデッドモンスターの足止め程度だからだ。


名前的にアンデッドモンスターの消滅くらい悠々とさせられそうなものであるが、出来ない。


一応アンデッドモンスターの苦手属性ではあるらしく、魔法の威力によって、数秒~何時間かアンデッドモンスターの動きを止めることは出来る。


無論、何時間もの間足止めが出来る威力の魔法を放てる者で聖属性を併せ持つ人間はこの26年間存在していないとのことで、理論上の話となる。


アンデッドモンスターの特異さと聖属性魔法の希少性から、そのあたりはまだあまり研究が進んでいない分野であるそうな。



「ゆにちゃんは普段魔法剣士として戦ってもらっていますがぁ、今回については本来の適性通り、中距離からの聖属性魔法を使った支援に徹してもらう形になります~。そこのところは呑み込んでくださいね」


「本来の適性?」



そこにも或斗が首を傾げると、戸ヶ森は心底嫌そうな顔をして或斗を睨んだ。


触れてはいけない話だったらしい。


ただ、それについては日明から説明が入る。



「ゆにくんは本来、魔法と剣の素養は最高値ではない。入隊時は最高値を記録した動体視力の高さから、中距離での魔法銃士などを勧めたんだが、魔法剣士でやっていきたいということで、普段の戦型は希望通りにしてもらっている。最高値ではないだけで、十分魔法剣士としてやっていけるだけの素質はあるからね」



なるほど、或斗はチラリと普を見た。


戸ヶ森が普に憧れて『暁火隊』に加入したという経緯は先日聞いた通りである、魔法剣士にこだわった理由もよくわかる。


指示には頷いたものの、不満げな戸ヶ森は割と根本的な疑問を発した。



「ゆにのことはともかく、そもそも虹眼のパワーアップって何ですか? というか虹眼って何なんですか?」



或斗の能力については、『暁火隊』の主要メンバーにしか明かされておらず、知らないメンバーの方が多い。


戸ヶ森のように或斗の目が変化する様子を見たことがある者もいるにはいるが、詳細は聞かされていない。


大半のメンバーには何故か適性無しなのに戦闘メンバーとして加入した奇妙な存在だと思われているそうだ。


これは『暁火隊』内からの「カージャー」や他国のスパイへの情報流出を懸念した措置であり、そのことで嫌味などを言われることがあっても気に留めないと或斗は納得して受け入れている。


戸ヶ森の疑問については、日明から説明がある。


或斗の虹眼の能力について、その進化の条件などについて。



「何それ、ズルじゃない」



説明を受けた戸ヶ森は顔をしかめて、或斗へそのような軽蔑の視線と言葉を向けた。


言われた側の或斗は目を瞬かせ、「ズル、その発想はなかったな」と呑気に考えていた。


ダンジョン社会においてダンジョン適性というものは絶対的な基準であり、或斗はその適性というものが無しという底辺にいるはずの人間だ。


そこを横紙破りで神の力とまで言われる能力を行使する或斗の存在は、普通の感覚では卑怯に思われるのかもしれない。


或斗が今までに無かった視点に1人で納得していたところ、情報部の室内に、非常に低く苛立ちも明らかな声が響いた。



「ズル、ね」



普である。


或斗は思った、急に機嫌を悪くするのはやめてほしい、フォローと心の準備が出来ないから、と。


しかし今回の苛立ちは珍しく、或斗へ向けられているものではないようだ。



「戸ヶ森、じゃあお前のダンジョン適性は100%お前の努力で手に入れたものなのか?」


「えっ……」



戸ヶ森の声には、普から直接名指しで声をかけられたことに対する驚きと、それが非常に刺々しいものであることに対する怯えが滲んでいた。


普は白けた、久しく見ていない見下しの目を戸ヶ森へ向けて続ける。



「遺伝子ルーレットでたまたま手に入れたダンジョン適性の高さを誇るのは良いが、自分に適した戦型にもせず万全を期していないような人間がよくもまあ他人の能力の出どころなんかあげつらえるもんだな。プライドが高いのは結構。ただし、無駄な鼻っ柱の高さで作戦に挑む前から協調性をかなぐり捨てて任務の障りになる人間なら聖属性持ちだろうと居ない方がマシだ。俺一人で何とでもなる」



普はそう一息に言い切って、興味を失ったように戸ヶ森から視線を外す。


戸ヶ森は顔を白くして、目を潤ませ、俯いて今にも泣きだしそうだ。


或斗は胃がキリキリするのを感じた。


先日戸ヶ森の純粋な尊敬と憧れの話を聞いた後である。


その対象からここまでの罵声を浴びせられて平気な人間が居るわけはない、どう考えても戸ヶ森が気の毒であった。


だがここで或斗が何を言っても戸ヶ森を惨めにさせるだけだ、ここは日明からのフォローを、と助けを求める顔で日明を見れば、日明は日明で別の感動を覚えているようだった。



「あの普が協調性を後輩に説く日が来るとは……」



何かホロリとしているが、そんな場合ではない。


パソコンの駆動音だけが響く情報部室内の沈黙に、或斗は吐きそうな緊張感を覚えていた。


数秒の後、栞羽がパンと手を叩く。



「じゃあそういうことなのでぇ、プライベートジェットは手配してあります! いってらっしゃ〜い」



わざと空気を読まない明るい声を出した栞羽の見送りによって、ブリーフィングは解散、或斗は一旦胃潰瘍の危機を免れた。






旧メサイラーシ国内、サルストに入るためには隣国の空港で降りて列車と車で移動しなければならない。


移動時間はおよそ20時間ほど、その道中、主に戸ヶ森から凄まじく重い空気が出ていた。


原因である普は平然としている。


何を言っても戸ヶ森の神経を逆撫でするだろう或斗は何も言えないまま、気まずさに窒息死しそうであった。


普にそんな意識は全く無いだろうが、状況だけ見れば普が或斗を庇った形にならなくもないため、今回ばかりは或斗も普へ理不尽だと抗議することは出来ない。


移動の間、或斗は普からの課題図書にも集中出来ず、スマホで「胃潰瘍 ポーション」などと検索してしまう悲惨さであった。


去年の夏の山登りとはまた違った新手の拷問のごとき移動を終え、旧メサイラーシ首都サルスト近郊へ到着する。


サルスト手前の小高い丘から見下ろしたサルストという都市は、まさに廃墟と呼ぶにふさわしい異様さと不気味さを醸し出していた。


小国とはいえ首都であっただけあり、背の高いビルが立ち並ぶも、風化で割れた上階の窓が悪目立ちしている。


地割れの目立つ幹線道路に乗り捨てられた錆びた車の数々、住居や公園だったのだろう土地は雑草やツタに呑まれかけている。


首都の顔だったのだろう噴水のある広場では、枯れた噴水の周りをスケルトン型やゾンビ型のモンスターが徘徊している。


ゾンビ型の影響だろうか、サルストへ近づくにつれて僅かな腐敗臭が漂ってきて、或斗は少し眉を寄せた。



「サルスト内へ入る前に確認だ、今回の目的は"遺跡"ダンジョンの有無の調査、あればそのダンジョンコアにドブネズミを接触させ、神の欠片とやらを回収することにある」



普の確認へ、戸ヶ森は俯きつつ小さく、或斗は戸ヶ森を気にかけつつも真面目に頷く。



「アンデッドモンスターの相手なんぞいちいちしていられねえ、基本はドブネズミの虹眼を駆使しつつ遭遇を避け、交戦が避けられないようなら戸ヶ森の魔法銃で足止めののち迂回して進む。デカい口叩いたんだ、ズルじゃねえ実力を見せろ、弾は1発も外すな」



あ~~~最後の一言が余計です~~~と或斗は頭を抱えたくなった。


もう戸ヶ森がいつ泣き出すか気が気でない、ギリギリまだ大丈夫だったらしい戸ヶ森が小さく「はい……」と返事をするのを耳だけで聞いた。


いつも元気な小型犬が飼い主にこっぴどく叱られ、尻尾を垂らして項垂れている姿を見ているのは中々心に刺さるものがある。


或斗はダンジョンネズミを主食にしていた過去から動物にさほど愛護精神を抱いていなかったが、生類憐みの令を普に読ませたいくらいの気持ちにはなった。


とはいえ、或斗も戸ヶ森の心配ばかりしていられる身分ではない。


気を散らしてアンデッドモンスターとの交戦を招くなどしたら、情け容赦ない普の暴力の雨が降ってくる。


サルストへ潜入するにあたって、或斗は透視の虹眼を発動させる。


日本最強、邪魔する者はぶち殺して通る、を地で行く普がアンデッドモンスターとの交戦を避ける方針で動いているのは、アンデッドモンスターの持つ厄介な特性のためだ。


ダンジョン社会となってから26年、未だアンデッドモンスターの倒し方は確立されていない。


倒すということが事実上不可能なのだ。


アンデッドモンスターは体が残っている限り延々と襲いかかってくる。


一応、動くために必要な部位を全て破壊する、灰になるまで焼き尽くすなどすればその場では難を逃れることが出来る。


しかし消滅するわけではないため、ダンジョンコアの影響の及ぶ範囲であればそのうちダンジョンコアの魔力によって元の体を取り戻し、再び襲いかかってくる。


サルストに蔓延るアンデッドモンスターは特にその再生速度が速く、そのため都市ごと放棄されたという面もある。


例外としては、ダンジョンコアを掌握した場合がある。


ダンジョンコアの能力があれば、アンデッドモンスターを消滅させること、動きを永久的に止めることが可能であるらしい。


以前或斗と普が旧名古屋ダンジョンで戦った、ゾエーの操っていたゾンビモンスターたちは全て或斗と普で四肢を落とすなどして動けない状態にしたのだが、その後とあるタイミングで完全に動きが止まり、ただの死体へと変わった。


この事実とアンデッドモンスターの研究学説などを踏まえ、分析班の茂部はゾエーの能力はモンスターというよりダンジョンコアに近いものなのではないか、という仮説を立てている。


ゾンビモンスターたちの動きが止まったのは、ゾエーが影響範囲から消えたタイミングだったのだろうということだ。


モンスターではなく、無機物だろうダンジョンコアの能力を獲得する人間、というのが或斗にはいまいちイメージが付かない。


茂部はゾエーについて、絶対に五体満足で出来れば生きたまま研究させてほしいなどとのたまっていたが、或斗は聞かなかったことにしている、味方側に悪の組織と似たような倫理観の人間がいることを直視したくないため。


そんなわけで、或斗は透視の虹眼を頻繁に使用しつつ、情報部からの報告資料を確認しながら廃都市内を探索する。


アンデッドモンスターとの交戦を避けながら、6時間ほどは歩き回っただろうか、報告通り、地表にはアンデッドモンスターの出てくる源のような場所は見当たらない。


ダンジョンの入口によく見られる空間変異の起こっている場所も無かった。


乗り捨てられた大型トラックの陰に隠れてモンスターをやり過ごしつつ、或斗は考えを巡らせる。



「このアンデッドたちは一体どこから湧いてるんでしょう……?」



普は黙って自分の手持ちのサルスト都市内部構造資料を見ていたが、しばらく上方の高層ビル廃墟を確認した後、下へ目を向ける。



「地上に無いなら上か下か、だ。ドブネズミ、下を視ろ」


「下、ですか?」



言われるままに下へ透視の虹眼を向ける。


すると、レンガ造りの地下通路のようなものが地下10mほどの場所にあるのが見えた。


或斗は視たものをそのまま説明するが、自分の手元の都市資料を見て気づく。



「あ、でも普さん。地下には元々下水施設が通ってます」



視えたのはそれでは? と続けようとする或斗の頭を普は容赦なく引っ叩く。



「いい加減文明という言葉を理解しろボケ。旧時代とはいえ26年前の国の首都の下水道がレンガ造りなわけがあるか」


「あっ」



言われてみればそれはそうだ、さすがにコンクリートで舗装されているものだろう。



「ただ、空間変異の際にダンジョンが下水道の造りをそのまま乗っ取った可能性はある。旧政府や各国の調査団が見つけられなかった理由だろうな」


「なるほど……」



ダンジョン発生時の空間創出の原理や法則は未だ解き明かされていない。


全く別の空間をその場に作り出す型のものが一般的であるが、古い迷宮などで、元の構造に合わせてダンジョンとして置き換わったものも存在する。



「地下だと面倒だな、破壊して入ると崩落の危険がある」


「確かに」



普の万能破壊キックが通用しないときもあるのだな、と或斗は感心したのだが、ナメられる気配に敏な普はその空気を読み取り、或斗のすねを蹴る。


うずくまってすねを押さえている或斗と都市構造図を見ている普へ、今まで黙っていた戸ヶ森がおずおずと声をかける。



「あの……下水道と置き換わったなら、どこかのマンホールから出入り出来るんじゃ?」



普が顔をしかめ、戸ヶ森がぴゃっと涙目になる。


普は綺麗好きである、マンホールに入っていく必要があることに顔をしかめたのだろうと或斗には分かったが、今の戸ヶ森に察しろというのは酷であった。


或斗はこれ以上普の機嫌を損ねないよう、よく考えてから発言した。



「都市構造図でマンホールの位置を確認しながら、下を虹眼で視てみます。ええと、それで入口っぽいところが見つかったら、俺が先行しまぶっ」


「一番の雑魚が先行してどうする間抜け」


「はい……」



普は真面目である、綺麗好きだろうが或斗の身の安全には手を抜かない、残念ながら或斗の発言は考え足らずであった。


だからといっていちいち頬を張らなくても良いとは思うが。


或斗たちは再びアンデッドモンスターとの遭遇を避けながら、都市の主にマンホール周辺を周る。


周囲が暗くなり、普が中程度の大きさの光魔法で周囲を照らしてくれるようになった頃、ようやくそのマンホールは見つかった。


都市の中央付近にある、見かけはごく普通のマンホールで、しかし透視の虹眼で視てみれば内部にはレンガ造りの階段があった。


たまにアンデッドモンスターがその階段から這い上がってきて、マンホールの蓋などないかのようにすり抜けて外へ出てきている。



「あそこみたいです。アンデッドが上ってきた直後を狙って入らないと、交戦は避けられないくらい階段は狭いです」


「周期を確認するのも手間だ。出てきたときは蹴り落す、上に居る方が有利だ」



普はそう言ってさっさとマンホールへ向かうと、マンホールの蓋のある位置を足で確認して怪訝な顔をしている。


或斗と戸ヶ森が追いつくと、普はマンホールの蓋を指し、「空間異常の一種だ」と言って足をマンホールの蓋にかける。


その足先は蓋をすり抜けて、中の階段を踏みしめている。



「降りるぞ、俺が先頭、ドブネズミは真ん中、戸ヶ森は殿しんがり


「はい」


「はい……!」



幸運にも、階段を降りていく間に上ってくるアンデッドモンスターと遭遇することはなく、或斗たちは地下空間へと降り立つ。


元は下水道と聞いて覚悟していたのだが、地下通路はサルストの都市内に漂っていた腐敗臭を少し濃くした程度で、嘔吐くほど酷い臭気はなかった。


暗い地下通路を普が光魔法で照らす。


降りて初めの小さな空間には、真ん中に壁を挟んで2本の通路が先へ伸びており、その壁にはやはり古びた檻で囲われた六角形のマークがあった。



「当たりだな」


「そうですね……ただ……」



或斗は暗い中、通路の先に蠢くモンスターの気配を感じ取っていた。


或斗にすら感じ取れるということは、それだけの数が居るということだ。


狭く暗い通路、ダンジョンコアまでの道は分からず、道にはアンデッドモンスターだらけ。


簡単には目的地へ辿り着けなさそうだ、或斗は苦戦の予感を感じ、息を呑んだ。


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