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37 視魂 -Psyche-



地下通路は横幅2mほど、縦幅5mほどと戦うには狭く、光魔法の光源が無ければ上と下さえ分からなくなるほど暗い。


通路中に腐敗臭がどこからともなく漂ってきていて、造りは迷路のように入り組んでいる。


一応、元の都市構造図の下水道の地図を参照すれば現在地は大まかに予測出来るのだが、目的地がどこになるのか分からない中迷路を進むのは当てのない旅路であり、少しずつ精神を摩耗させる。


そんな薄暗く腐臭のする通路に、剣激と発砲音が鳴り響いていた。


通路の構造上、道中にうようよ彷徨うアンデッドモンスターとの交戦は避けられないものとなっていた。


アンデッドモンスターといっても種類は様々で、スケルトン型・ゾンビ型・リビングメイル型などに分かれ、その中でも武器を持っているもの持っていないもの、魔法を使ってくるもの、と取るべき戦略はその時々で変わってくる。


ゾンビ型は手足を失えば一旦は動けなくなるので、或斗が虹眼で動きを止め、普が四肢を切断し放置して次へ。


狭い通路の中ではどうしても動きが制限され、剣を振り回すには向いていないと思われる(というか普通はそう)のだが、普は壁と天井を足場に人間離れした立体機動を行っており、通路の幅などものともせずすぐにモンスターを無力化してしまう。


面倒なのがスケルトン型・リビングメイル型で、これらは骨組みや装備の接続を破壊してもすぐに元通りに再生してくるため、戸ヶ森の聖属性魔法を当て、動きを止めている間に先へ進むしかない。


戸ヶ森は今回魔法を使うにあたって魔法銃を使用している。


魔法銃とは、魔法属性を込めるための弾を使うことを前提に作られている魔法銃士用の銃である。


魔法属性を宿しやすい金属である蒼銀、ミスリルを混ぜた合金弾を装填し、撃ち手が魔法属性を付与して発射することで、銃の威力と速さを持ち合わせた魔法属性攻撃が可能な武器だ。


メリットとしては魔法属性にプラスして物理攻撃力も持つ点、また魔法の素養がさほど高くない人間にとっては補助具になり、より速く正確な場所に魔法を撃ち込めるという点だろう。


デメリットとしては今回のように狭い場所で使う場合は跳弾に気をつけなければならない点、また魔法属性のチャージ時間と威力は結局撃ち手の魔法の素養で決まるので、補助具として完璧ではない点、くらいだろうか。


先頭の普がいつも通り暴れ、真ん中の或斗が虹眼で補助と攻撃を両立、最後尾の戸ヶ森が聖属性銃弾で動きを止める。


そんな役割分担を行い、ダンジョンコアを探しながら30戦ほどは戦闘を繰り返しただろうか。


大きな問題が1つ浮上していた。


或斗から見ても、戸ヶ森の動きが精彩を欠いている。


今回は銃を使うにはいささか状況が良くない、と或斗は思う。


跳弾が起こり得る環境もそうだが、狙いを定めるにあたって視界が悪く、スケルトン型などは銃弾という小さな物を当てるには的が細く小さい。


しかも戸ヶ森は普段魔法剣士としてやっているわけで、戦型として銃が手に馴染んでいないのではないか、と途中まで或斗は思っていたのだが、そもそものスピードや状況判断という環境や武器種に関わらない部分で、以前共にダンジョン調査を行ったときよりずっと動きが悪いのだ。


戸ヶ森は戦闘で微妙な動きの悪さを見せてしまう度、チラリと普の方を見て落ち込んでいる。


精神的な問題だな、と或斗にも分かった。


そうはいっても道中と同様、或斗に出来ることは何もない。


何を言っても戸ヶ森と普双方の機嫌を損ねて終わるだろうことが容易に想像できた。


余計な気は回さず、或斗は或斗で出来ることを精いっぱいやるしかないのだ。


一応、戸ヶ森が負傷しそうな場面や戸ヶ森が弾を外したために或斗へ攻撃が向かってくる場面などでは、或斗が虹眼を使ってフォローを入れ、自衛をしている。


よって30戦もの戦いを越えてもまだ3人共に負傷は無かった……が、戸ヶ森の動きの悪さに、明らかに普がイライラしている。


弾を外す度に舌打ちをするのは、パワーハラスメントだからやめましょう! と或斗は強く思ったが、口に出すともっと悲惨なことになるのは間違いないので、或斗はただ口をつぐみ、戦闘の補助に徹する。


アンデッドモンスターとの戦闘での負傷はそこそこ致死率が高い。


傷口から未知のウイルスが入り、謎の病気を発症して死ぬ、という事例がいくつも確認されているのだ。


幸いにもこの26年間でダンジョン由来の感染症というものは確認されていないが、地球上に存在していなかった毒や病原体はいくつも確認されている。


適性AやBともなってくれば体の強靭さから、ポーションで何とかなるらしいのだが、C以下、この場ではダンジョン適性無しの或斗だけであるけれども、ゾンビの爪先が掠っただけで命の危険がある。


そういった理由でも、或斗は戸ヶ森の精神的不調は気がかりであれど、口を出せる余裕がないというところだった。


また1戦、今度はリビングメイル型との交戦である、戸ヶ森が初めに銃弾を外し、普が舌打ちしながらリビングメイルを壁に叩きつけ、或斗がそのタイミングで虹眼を使って敵の動きを完全に止め、戸ヶ森へ合図をする。


次弾は外れず、リビングメイルに着弾し、リビングメイルがただの鎧へ変わって通路に転がる。


普はじわじわとにじみ出ている怒気を噴出させないように黙って通路奥へと進んでいく、それを追う或斗へ、戸ヶ森が早足で近づいてきて、少し下から涙で潤んだ目で或斗を睨み上げた。



「安い同情すんな!」



或斗は一拍ほどの時間、何を言われているのか分からず、思わず首を傾げそうになったが、多分そういう動作もここではとってはいけない行動の1つだろう。


或斗は目を瞬かせて少し考えた。


戸ヶ森はプライドが高い、それはもうヒマラヤ山脈もかくやとばかりに高い。


以前或斗へ「アンタはゆにの格下!」と言い放ったこともあった、要するに格下である或斗に戦闘のフォローをされているのが気に食わないのだろう。


しかも或斗の手助けの理由を普に怒られた自分への同情だと思っている、同情とは上の者が下の者に対してすることだ、戸ヶ森には我慢ならない現象であろう。


しかし或斗には或斗で言い分がある。


フォローを無下にされたことについて怒るでも傷つくでもなく、或斗は戸ヶ森の蛍光ピンクの目を真っ直ぐに見つめ、キッパリと言い切った。



「同情じゃない。戸ヶ森さんは大事な『暁火隊』の仲間だ、だから助ける。俺にはその力があって、仲間を助けられるのであれば俺の力はズルでも何でも良い」



或斗の黒い瞳は薄暗い通路の中でもしっかりと意志の光を宿していた。


或斗の毅然とした態度とまっすぐに見つめられた目の力強さに、戸ヶ森は思わず黙る。


睨み合うというほど険悪でもなく、しかし会話が途絶えてしまった二人へ、先を行っていた普から不機嫌な声がかかる。



「くっちゃべってる場合か馬鹿ガキども。さっさと行くぞ」



発言と同時にガンと壁を蹴る仕草はあまりにもチンピラめいていたが、確かにあまりここに長居しては先ほどのリビングメイルが起き出して襲ってくるだろう。


或斗と戸ヶ森は普へついて通路の先へ走った。


不思議と、それからの戦闘では戸ヶ森の調子が少しずつ戻っていった。


戦闘の呼吸、動きのキレがいつも通りになり、跳弾を利用した直線状に居ない敵への攻撃なども加えるようになった。


何なら魔法剣士としてやっているときより戦いやすそうでもある、やはり適性の高さというのは馬鹿に出来ない要素なのだな、と或斗ははたから見て思った。


普の方を気にすることも少なくなり、遠慮なくのびのびと戦えている今の方が本来の戸ヶ森らしい。


或斗は内心ホッとした、普は何故か不機嫌なままであったが。


それからまた1時間ほど戦闘を挟みつつ地下通路を進んでいくと、通路の床や壁に魔結晶が生えているのを見つける。



「ダンジョンコア、近いみたいですね」



或斗は少し疲労の滲んだ声で息をついた。


環境の悪さもあるが、やはり何時間も戦闘続きだと気が休まらない。


1人で旧新宿ダンジョンの深層に潜らされたときよりは断然マシではあったが、同じ景色の連続と空気の悪さ、途中まで戸ヶ森の調子を気にしていたこともあり、気疲れは強かった。


普は魔結晶の多い方へ進みながら、壁と天井を漏れなく光魔法で照らしていく。


ある場所の壁の前で止まると、或斗と戸ヶ森を見やって同じ壁を見るよう指示する。



「これって、ダンジョン語……? 初めて見た……」



戸ヶ森は驚きと共に壁の紋様を眺め、読み取れた意味を呟く。



「ええと……ここは死の、市? 神の何かを、囲う檻、番人がいる、とても強い……?」



まじまじと紋様を見つめ、翻訳をかける戸ヶ森だが、普が首を横に振ってより正確な訳を読み上げた。



「『これなるは死の都。神の欠片を封じし牢。番人不死にして永遠にあらず。封じられし力、本質見通す眼、魂見通す眼。器満つる刻を赦すな』、こうだな」



普が或斗へ向けて、分かったかとばかりに視線を送る。


ダンジョン適性によって読み取れる内容の違いを実際に見せてくれたのだろう、或斗は納得した。


学習材料にされた戸ヶ森は全く気付かず、普に対してキラキラとした目を向け、「さすが普様……!」と呟いている。


すっかり元の調子に戻ったようである。


ダンジョン語のあった壁からまた少し進んでいくと、魔結晶の数が増え、光魔法でない光源が見えてくる。


光源を目指せば、そこにはやはり宙に浮いている虹色に光る六角形、ダンジョンコアが存在した。


ダンジョンコアのある部屋は、去年の秋の塔よりも広く、大体去年の夏の洞窟ダンジョンと同じくらいの広さをしていた。


番人、という言葉を意識して、或斗は普と戸ヶ森と共に部屋に踏み入る。


その瞬間、ダンジョンコアへの道を塞ぐように、18体のスケルトン型モンスター、それも強化種だと見た目で分かるものが地中から這い出てくるように出現する。


スケルトンたちは全て、紅金合金製と思われる武器を持ち、鎧を纏っている。


これはかなり強いスケルトン型モンスターの特徴である。



「18体、洞窟ダンジョンの時と同数か」



普はものの数秒で状況判断を終え、或斗と戸ヶ森へ一旦下がるよう指示してから魔法を練る。


普が魔法を練り始めて5秒後には、普たちへ襲いかかろうとしてきていた18体のスケルトンの下半身が凍り付く。



「普様の氷魔法……! なんて威力と正確さ……!」



よだれを垂らさんばかりに口元を緩ませ、目を輝かせた戸ヶ森であるが、スケルトンたちは普の思惑通りには動いてくれない。


複数体のスケルトンたちが瞬時に炎魔法を放ち、動きを阻害していた氷を溶かし切ってしまう。



「スケルトンのメイジ種がいるのか、厄介だな」



普は舌打ちと共に、再び襲いかかってくるスケルトンの剣を弾きつつ考える。


先ほど氷魔法を使ったのは、18体と数が多く、戸ヶ森の聖属性魔法の素養ではすぐに全てのスケルトンの動きを止めるのは不可能だと判断したからだ。


メイジ種の動きだけ止めさせて普が残りを受け持つという案もなくはないが、どちらにせよ時間はかかるし、戸ヶ森の魔法のコントロールに賭ける作戦となる。


戸ヶ森の実力を信じ切っていないこともあるが、メンタル的に脆い戸ヶ森にかけるべき負荷ではない、と普はその案を捨てる。


スケルトンたちはこちらへ襲いかかってきながらも、確実にダンジョンコアを守ろうとする動きを見せている。


或斗をダンジョンコアへ接触させるには何らかの方法でスケルトンたちすべての動きを止めるべきで、安全性を考えるならそれは確実に数秒以上はスケルトンたちを無力化出来る聖属性魔法が望ましい。


流石の普も、18体のスケルトン型強化種モンスターを同時に足止めし、確実に或斗を守るための手札は持っていなかった。


これらの思考をスケルトンたちの攻撃を受け流しながらすぐに組み立てて、普は結論を出す。



「戸ヶ森、俺が時間を稼ぐ。18体全ての動きを同時に止められる程度の威力の聖属性魔法を練って放て」


「えっ! はい、あの、でも時間が……!」


「俺が時間稼ぎに回るんだ、1時間かかろうが問題ねえ。ドブネズミ、お前はその間戸ヶ森を守れ」


「はい!」



或斗は戸ヶ森の前に立ち、虹眼を発動させる。


普は通路での戦い方を更に派手にした風に壁や天井を足場にしながら、18体すべてのスケルトンの攻撃を弾き、躱し、巻き取るように複数体を吹き飛ばして暴れ回る。


考えなしに暴れているのではなく、或斗と戸ヶ森の方向へスケルトンたちを近づけさせないよう考えた上の動きだというのが或斗にも、或斗越しに戦いを見ている戸ヶ森にも分かる。


普の暴風のような攻撃のお陰で物理的な攻撃は或斗たちへ向かってこないが、メイジ種の放った魔法の流れ弾が時折飛んでくる。


戸ヶ森はビクリと体を強張らせるも、或斗の虹眼がそれらを掻き消し、捻じ曲げ、確実に戸ヶ森を守っている。


集中を欠かないよう意識して聖属性魔法を練り上げる戸ヶ森の目の前には、自分より少し背の高い少年の背中がある。


今は見えない虹色の眼で、間違いなく戸ヶ森を守るその背に背丈だけではない大きさと安心感を覚えた戸ヶ森は、いつもより一層集中して魔法を練り上げられた。


或斗の背中からじんわりとした温かさ、勇気と呼べる感情を受けた戸ヶ森は恐れることなく練り上げた聖属性魔法を解き放つ段階へ移行させる。



「いけます、普様!」



その言葉を聞いて瞬時にスケルトンたちから距離をとった普が「やれ戸ヶ森!」と返す。


戸ヶ森の体から発された聖属性魔法の純粋な銀の輝きが部屋を包み、スケルトン18体の動きがガクンと止まる。


普が或斗を見る、と同時に或斗はダンジョンコアへ向けて駆けだした。


無防備になったその虹色の六角形へ、或斗の手が触れる。


バチバチと破裂音に似た音と衝撃が或斗の虹眼と、ダンジョンコアを繋げる。


強い光に思わず閉じた瞼の裏にも、虹色の爆ぜる光が点滅する。


ずっとずっと遠いところから、同時に或斗の内側から、声が、情報がなだれ込む。



『器よ』


『私を牢より解放せし者よ』


『汝、満ちるほどに近づく』


『さあ、満たし、満ちよ』



前の2回と同様に、或斗はどこかの闇の中、中空に浮かんでいる感覚を味わう。


闇の中に浮かぶ或斗の意識は、虹色に光る六芒星の中心にあるのだが、今回は少し違う感覚を得る。


中心にあるのは或斗自身であると同時に、或斗ではない何かの力の塊であることを感覚で理解した。


意識が収束する。


瞼を開けた或斗の、六芒星の浮かぶ虹眼には、先ほどまでと全く違う光景が映っていた。


こちらを強い視線で見ている普は、澄んだ藍色にそれを燃やす陽のごとき赤、彼の瞳のような色合いのオーラをごうごうと燃える炎のように力強く纏っている。


心配げに眉を寄せて或斗を見ている戸ヶ森の周囲では、彼女の髪の色を少し薄めたような澄んだ蛍光ピンクのオーラが不安げに揺れている。


そして聖属性魔法の効果が切れ、動き出しつつあるスケルトンたちの纏うオーラは濁った灰色。


或斗は先ほどのダンジョン語を思い出す、『本質見通す眼、魂見通す眼』……今視えているものはその存在の本質、魂の状態であるのだと本能的に分かる。


スケルトンたちを覆っている濁った灰色のオーラは、粘着質に彼らの体に貼り付き、何かをその場に留めようとしている風に視えた。


この灰色を引きはがし、澄んだ白に変えるイメージで、或斗は多視と併用して18体のスケルトンたちへ同時に魂を視る"視魂しこん"を行使し、魂への干渉を行う。


貼り付いた灰色を引きはがすのに、いくらかの抵抗がある。


自身の魂は見えないが、或斗自身の存在の根源、おそらく魂なのだろうそれに負担がかかっていると感じる。


しかしその負担は或斗が意志を強く持つほどに軽くなり、スケルトンたちの灰色の抵抗は弱まっていく。


何秒ほどのことだったのか、或斗にはわからないものの、やがてスケルトンたちの周囲に貼り付いていた濁った灰色の靄は消え失せ、白だけが残る。


その瞬間、18体のスケルトンたちは武器や鎧ごと崩壊し、まるで初めからそこには何もなかったかのごとく、塵の1つも残さずに消滅した。


カシャン、と錠前の開くような音がして、ダンジョンコアが消滅する。


ゴゴゴ、と音を立てながら、床のレンガが軋み、天井からパラパラとつぶてが降ってくる。



「崩れる……!?」



戸ヶ森が焦った声で言うも、その時には既に或斗の体は普にいつもの荷物担ぎで回収されていた。


そして普は天井に向かって強力な風魔法をぶつけ、地上へ続く穴をぶち開けると、瓦解するレンガを足場に跳び上がっていく。


戸ヶ森は凄まじい普の行動の突飛さに驚くのも僅かにして、置いて行かれないよう、また瓦礫で負傷しないよう必死について上がる。


普は無事に地上へ上がると、既に頭に入れてある都市構造図から、地下通路の崩落の影響を受けない地点を割り出し、或斗を抱えたままそちらへ駆ける。


3人(2人と荷物1つと言っても間違いではない)は、無事に安全地帯へ避難する。


周囲を見回して問題が無さそうなことを確認した普は、やはりいつも通り或斗をその辺の地面にポイと放った。


あいたたた……と心の中でだけ言いながら立ち上がった或斗は、都市サルストからアンデッドモンスターの姿が消えているのに気づく。


ダンジョンコアが消滅した影響で、アンデッドモンスターも全て消滅したのだろう。


旧メサイラーシが元の国の形に戻るか否かは分からないが、このサルストという都市がいつの日か復興することはあるのかもしれない。


そのように考えていた或斗へ、戸ヶ森が険しい顔で近づいてくる。


普に荷物担ぎされるのは或斗にとってはいつものことだが、戸ヶ森的にはやはり気に食わないことだったのかもしれない。


まあ元気に罵倒文句が出てくるならそれはそれで安心だけれど……と思っている或斗へ向けられたのは、思いがけない言葉であった。



「……ズルって言ったのは訂正する。ごめん……助かった」



戸ヶ森は眉を寄せ、子供のするばつの悪そうな顔で、だが嫌々という様子でもない小さな声で、或斗へ謝罪した。


或斗は戸ヶ森の素直な一面に少しだけ驚いて口をぽかんと開けていたが、何だかくすぐったい気持ちになり、笑って答えた。



「元々俺の力の強化のためだから。俺こそ戸ヶ森さんに助けられた、ありがとう」



或斗を見上げる戸ヶ森の目元は少し赤く、或斗は普に認められたことが嬉しくて少し泣いたのかなと思ったけれど、突っ込まない方が或斗の身の安全のためには良いだろうと思い、そこには言及しないことにした。


ともかく虹眼は強化出来たし、戸ヶ森との親交は若干温まった気がするし、良いことだ。


ただ、今回のこの廃都市サルストは「カージャー」のデータに存在していた場所であるというのに、道中「カージャー」からの妨害は全くなかった。



「……今回は、『カージャー』は出てきませんでしたね」



或斗は普へ向かって、安堵半分残念半分くらいの気持ちで言う。


安全面ではもちろん「カージャー」からの妨害は受けない方が良いのだが、「カージャー」との接触は未零への手がかりに繋がるものでもある。


「カージャー」と接触出来れば、新しい虹眼の力を役立てることも出来るかもしれないのに……そんなことを考えていた或斗は、普が剣を抜いて周囲を強く警戒していることに気付くのが遅れた。


戸ヶ森もいつの間にか銃を強く握り、周囲を見回している。


アンデッドモンスターは消えているはずでは? と或斗だけが物々しい雰囲気についていけないでいると、周囲の建物の陰、乗り捨てられた車の陰から、或斗たちを囲むように黄土色のマントとフードで身を包んだ集団が現れる。


その集団は皆もれなく武器を手に持ち、明らかに或斗たち、否或斗へ向けて害意を向けている。



「『カージャー』か……!?」



或斗は武装集団の身に纏っている黄土色のマントとフードをよくよく確認するも、そのどこにもあの檻に囲われた六角形のマークは刻まれていない。


武装集団はフラフラと、それこそアンデッドモンスターのような足取りで或斗へ向かって近づいてくる。


普が或斗の前へ立ち、指示を受けた戸ヶ森が或斗の後ろを押さえる。



「『カージャー』じゃ、ない……?」



ならば一体この武装集団は何者なのだろう。


或斗が戸惑っている間に、武装集団は一気に或斗へ向けて距離を詰め、武器を振り上げた。


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