目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

45 黒で黒を制したり


『【此結 普ファンクラブ デジタル会報 #829】

#829増刊号のテーマは「Stand Up!」

今号では、此結 普ファンクラブみんなで普たん♡を応援していく企画をご用意しました!!

ゲームを遊んで課金で応援!? 新感覚のファン活!


「AS-Dungeon&clearing!」


↑上のリンクからアプリをダウンロード(※ブラウザ版でも遊べるよ!)して、普たん♡応援用ゲームを遊んじゃおう!

ゲームの中には普たん♡の新情報もあるかも!? 見逃せな~い!

無課金でも楽しく遊べちゃう! お友達も誘って協力プレイも!

こんなトキだからこそ、ファンが立ち上がって楽しい気持ちで団結したいよね! そんな気持ちで楽しんじゃおう!


              此結 普ファンクラブ会長 茂部 尾次郎』



「あれ? ファンクラブ会報、増刊号だ。会長から」



東京都内、安全区域近くのオフィスビルに勤める佐藤 美奈子は帰宅ラッシュの電車を避けてカフェでタブレットを開き、新着メールに届いていた此結 普ファンクラブの会報を読んで、目を瞬かせた。


美奈子はおよそ10年弱前、新聞の一面にフロストドラゴン討伐の件で普の写真が載ったときから普の大ファンであり、6年前にファンクラブが結成されて比較的すぐに入会した古参かつガチ勢オタクである。


現在58979人が在籍しているファンクラブの中では3桁以下のナンバーを持つ者は一定の敬意を集めるが、美奈子はギリギリ2桁メンバーであり、自分でも古参オタを自負している。


美奈子はここ数日の世間の普批判の風潮と『暁火隊』の風評に常にブチギレており、今日も職場のお洒落ランチで同僚の別オタクに憤りをぶちまけ、ドン引きさせてきた。



「へえ~、ろーぐらいく? 風のダンジョン攻略ゲーム。ダンジョン攻略者目線になって普様のいつもの活動を知れちゃう、と」



アプリをダウンロードしている間、会報に書かれているゲームの解説に目を通していく。


ゲームを遊ぶことがどうして普への応援になるのか、その辺りの論理はよく分からなかったが、他ならぬ会長茂部の言うことだ。


普へ良い影響があることは間違いない。



「課金分が普様の活動資金になったりするのかな? お、リリース3日限定のお得課金パックもあるんだ、買っちゃおう」



美奈子は普段あまりお金を使わない生活をしている。


25歳で実家住まい、最低限美容院にネイル、服周りや同僚友人とのランチにお金を使って、後は家にお金を入れつつ貯金。


ごく稀に行われる普様ファンイベントに複数名義で応募し、賭けに勝ったら全力で身綺麗にしてイベントに臨むとか、出費としてはそのくらいである。


なので此結 普ファンクラブにしては珍しい集金の気配には大いに興味を持った。


美奈子には会員番号ギリ2桁の古参オタとしての矜持がある。


どんなにつまらないゲームであったとて、これは遊ばねばなるまい、そして廃課金者として環境トップに躍り出ねばなるまい。


そのように意気込んで始めたゲーム「AS-Dungeon&clearing!」は美奈子に翌日から3日間の有給申請を出させるほどの面白さであった。


潜る度構造の変わるダンジョン、無料ガシャからも出てくる高ランク攻略者の配置、拾った装備と課金で入手した装備を誰に持たせるか、敵モンスターとの相性、自分だけの技構成でどんな最強のダンジョン攻略者を組みあげるか……やりこみ要素は山のようにあり、無課金でも遊べる配慮と課金者への優遇のバランスも良い。


カフェの閉店時間まで遊んでいてもまったく飽きない。


攻略情報を求めてネットを検索すれば、もう攻略情報ファンサイトが出来ていた。


会報を見直せば、ファンクラブ会員以外でも自由に遊べるようになっているようだ。


美奈子はゲームが好きな友人何人かの顔を思い浮かべ、「AS-Dungeon&clearing!」略称アスダンをプレイしないかというメッセージを送った。


アスダンはその出来の良さ、ダンジョンという身近ながらも一般人とは縁遠い場所をリアルに描く本格志向のゲーム性が人目をひき、ゲーム配信も自由なことからネット上で瞬く間に拡散され、1日2日のうちに爆発的に流行ることとなった。


出どころが此結 普ファンクラブであることを知っている人間は、ファンクラブ会員以外ではほとんど居ないまま……。








「ゲームを通して一般人のIPアドレスを利用してるぅ!?」



『暁火隊』本部ビル地下情報部にて、栞羽にしては珍しい動揺した声が上がった。


その声を受ける側、小太りで白衣を着た壮年男性、分析班の要であり、此結 普ファンクラブ会長である茂部は頬に滲んだ汗をハンカチで拭きながらおざなりに頷き、解説を始めた。



「このゲームで特定のコマンドを実行するごとに、プレイヤーのIPアドレスを使って私作の特殊AIが様々なSNSと匿名掲示板の関連スレッドに、ランダムに普たん♡ついでに『暁火隊』の擁護意見を作成のち投稿するプログラムを組み上げた。課金で集めた金はゲームとAIの動作向上・維持のためのサーバー強化へ使われる。ゲームに人々が熱中すればするほど、世論は不思議と普たん♡ついでに『暁火隊』擁護へと傾いていく寸法だ」



栞羽は茂部から渡された仕様書を胡散臭そうに読みつつ、ストレートに呆れている。


このレベルのゲームの開発からデバックまでを1人で、ほんの数日で終わらせる茂部の無駄な能力の高さにも唖然とする他ない。



「どうせ世間なんて、ろくろく自分の頭でものを考えていない付和雷同の輩ばかりだ、この方法は有効であると考えたのだよ」



ナチュラルに世の中を下に見ている発言に栞羽は顔を引き攣らせる。


このオッサンってこういうところがヤバいんですよね……と思いながら自身のパソコンを操作して、各種SNSや掲示板、まとめサイトなどを見て行く。



「完全に真っ黒クロの違法行為ですけど……実際効果を上げてる以上何も言えませんね〜……」



栞羽が見て行くネット世界は、もはや『暁火隊』の不祥事など過去の話とばかりに、アスダンの攻略情報にガシャ結果画面で溢れかえっていた。


話題を風化させたことは大きいが、きちんと世論をコントロールする効果もあるようで、AIの投稿に触発されたらしき、AI製では無さそうなユーザーからの『暁火隊』や普への好意的意見が散見される。



『アスダンやってて思ったけど、政府の依頼のコスパ悪くね? 名声しか上がらないじゃん。『暁火隊』って苦労してたんだな』


『先日の件が〇国の陰謀であることは確定的に明らか。日本の武力を失墜させようとしてるだけ』


『ちゃんと事件の詳細見たんだけど、飲み屋街と巳宝堂の屋敷って離れてね? 此結普がわざわざ高級住宅街の巳宝堂の屋敷に行って暴れた理由が分からん』



茂部は仕様書の後半ページを捲りつつ解説を続けた。



「ゲームの中にサブリミナル効果で普たん♡ついでに『暁火隊』への印象を良くする文面や画像、ミニストーリーを入れこんであるのだよ」



栞羽は投稿されているAI製らしき投稿――といっても栞羽だからこそ見抜けるもので、一般人が見れば普通のユーザーの投稿にしか見えないだろう出来のもの――を見て、眉を寄せる。



「あの~、この"此結 普は下戸で、暴れるほど酒が飲めない"って話は一体どこから……?」



茂部は愛想の無い顔にどこか得意げな空気を纏わせて腹だか胸だかをそらして言い切った。



「無論、私の普たん♡データベースから」


「本人からの了承とかは……?」


「?」



栞羽の良識あるツッコミに、茂部は心底不思議そうに首を傾げた。


栞羽は思った、やはり此結 普ファンクラブは闇、触らないのが一番良い。


全国に下戸であることが暴露されている日本最強の気の毒さを無視して、栞羽は茂部との話を切り上げることにした。



「方法はともかくとして、これでこちらもやりやすくなりましたよ~!」



腕まくりをしてパソコンと向き合った栞羽、そして栞羽率いるスペード班は世論形成のために割かねばならなかった時間を全て巳宝堂の調査に回して、1日かけて巳宝堂の急所を突くための方法をまとめ上げた。


アスダンのリリースから3日後、或斗と普は情報部に呼ばれ、その内容について共有される。


栞羽はもう少しで死神の鎌とかが背後に見えてきそうな顔色で、或斗たちへスクリーンを見せつつ説明する。


或斗は栞羽を医務室送りにすべきか迷いつつも、話だけ先に聞いておくことにした。



「ご存じの通り、cor・telaプランは6月1日から開始されてしまいますぅ。政府の悠長な時間感覚を鑑みて、31日に何とかしようと情報を発信したところで間に合わないでしょう。よって最終期限は5月30日、その夜までに私たち情報部が世間に発信できる巳宝堂の悪事の証拠一覧、cor・telaプランの真の目的を客観的に示すデータなどを手にしなければなりません」



或斗はカレンダーを思い浮かべる、今日は5月20日であり、30日までとなるとかなり時間がない。


普も同様のことを考えたらしく、眉を寄せた。



「まずは巳宝堂2重3重にかけられているデジタルセキュリティ・魔法的セキュリティを突破します。これは私たち情報部の仕事ですね。これをクリアすることで初めて次の段階が上手くいきます」


「次の段階?」


「はい、最終的には物理的な行動が必要になります。どこかにある巳宝堂の情報を統括している大元サーバーへアクセスするため、USBをサーバーに挿してきてもらわなければなりません。これが虹眼くんと普ちゃんにお願いしたいところですね、大元サーバーは絶対に最高の武力で守られているはずですから」



栞羽はそこまで言い切って、ずるずると椅子の背にもたれかかり、辟易という文字が読み取れるくらいの大きなため息をついた。



「でもその大元サーバーのある場所が分からないんですよね~!」



もはや投げやりさすら感じられる声音で栞羽が両手を上げる。


お手上げポーズというところだろうか、やはり随分疲れているようだ。


しかし普は容赦なくいつも通り栞羽へ喧嘩を売っていく。



「分からないものを調べるのがお前らの役割だろうが、肋骨の1本も折れてねえ分際で音を上げてんじゃねえぞ」


「下戸の普ちゃん知ってますか? 人の心って折れるものなんですよ」


「おい何だその情報、どっから出てきた」


「闇を覗く時、人は闇から覗かれているやつですよ……拡ちゃんはぁ、綺麗なお姉さんに膝枕されてヨシヨシされたいですねもう」


「意味わかんねえよ、壊れてる場合か、正気に戻るまでその蛆の湧いた脳みそ熱湯消毒するぞ」



大人げない大人のズレたやりとりを放っておいて、或斗はじっと考える。


或斗は巳宝堂のやり方が許せない、或斗のみならず『暁火隊』を陥れようとし、あまつさえ『暁火隊』の仲間たちへ洗脳をかけて利用した。


軽いながらも洗脳をかけられた後方支援部隊の人たちは支部 分析所に入院という形となり、洗脳を安全に解くための方法の研究、検査が行われている。


後方支援部隊の人たちにかけられていた軽い洗脳、あの薄っすらとした黒い靄……そういえば、巳宝堂の屋敷を警備していた黒服の護衛たちの魂にも、もう少し重いながらも黒い靄がかけられていた。


苺木以外の全員に、だ。


徹底している……徹底しているといえば、巳宝堂の不祥事の無さはおかしいと以前栞羽が言っていた。


徹底して不祥事が起こっていないのは、巳宝堂では下の人間まで全員軽い洗脳状態にあるからなのではないだろうか。


しかし情報を抜くために視魂で洗脳を解いてしまうと記憶喪失になる魔法的細工があって……であればどうすれば良いだろうか。


苺木だけ例外とはいっても、あの狂信的な女性から情報を聞き出すなど出来そうにない。


苺木だけ例外?


しかしあの夜、或斗は苺木の魂に干渉して彼女に膝をつかせることが出来た。


視魂の力は魂を視て、それに干渉する能力だ……「魂への干渉」で出来ることは、或斗が思っているよりもっと幅広いのではないだろうか。


倫理的にはあまりやりたくないことではあるが、洗脳を解くことが出来るのであれば、逆に洗脳をかけること、洗脳を上書きして魂の主の意識の主導権をこちら側に持ってくることも可能なのではないだろうか。


ただ、これは干渉した相手にどんな影響があるか分からない使い方だ、仲間には軽々しく試せない。


栞羽へ「脳にポーション入れてもらえこの不眠女!」と怒鳴りつけている普を見て、或斗は相談相手を日明に決めた。


まあどうせ普も一緒に聞くことにはなるのだが、大人げない大人の怒鳴り合いに割って入りたくなかったので。



「日明さん、すみません」


「うん? どうした或斗くん」



情報部に仕事を持ち込んで処理している日明の顔には珍しく疲れが滲んでいる。


栞羽同様、しばらく寝ていないのかもしれない。


日明の心労と体調が心配であったが、それは田村医師の職分であり、或斗に出来ることはない。


ひとまず日明、ついでに栞羽との口喧嘩をやめた普へ、或斗は今考えた視魂の使い方について相談してみた。



「干渉される相手の魂への影響か……それもいくらか心配ではあるが、私は或斗くんに何らかの害が無いか心配だな……」



難しい顔で考え込んだ日明とは真逆に、普は「じゃあちょっと行ってきます」とだけ言いおいて外へ出て行った。


ん? まさか……と思っている或斗と日明の前に、簀巻きにされた壮年の男性が放り出されたのはそれから1時間後のことである。



「手っ取り早くこの辺の区域で一番立場の高い巳宝堂財団の支部長を連れてきました」



平然と言う普、頭痛を押さえる日明、遠い目をする或斗。


連れてきた、ではなく誘拐してきた、だ。


黒い、真っ黒である、やり口が。


巳宝堂のことを堂々と非難できる立場でなくなってしまう。


しかし実際これが最も早い解決法なのも確かであった、こういうときの普は判断を間違えない。


正直ドン引きの或斗ではあったが、これも全人類を洗脳から守るため必要なことである。


六芒星の虹眼を発動させ、支部長の魂を視る。


支部長クラスともあって、魂は元の色が見えないくらい黒い靄に纏わりつかれていた。



(この黒は巳宝堂 茴香の黒……これを自分の色に寄せるイメージ、だろうか)



自分の魂の色は見えない或斗であるため、しばし試行錯誤を続ける羽目になった。


魂への干渉は全身のダルさと痛み、眩暈やのどの渇きを引き起こす。


長時間の試行錯誤で倒れそうになった或斗は普からしばかれつつ、なんとか黒い靄の形と色を変化させることに成功した。


混沌を煮詰めたような闇の色から、夜空のような深い黒に変わっている、ように視える。


おそらく干渉された側も大きな疲労を覚えるのだろう、魂へしばらく干渉された支部長は意識を朦朧とさせていたが、普が頬を張るとビクンと痙攣し、中空を見つめながらも話の出来る状態になる。


支部長の知っていることについて、普が時々頬を張りながら尋問する。


cor・telaプランの真実についても知っており、また巳宝堂が子供の簡易適性検査の情報を関連企業や金銭的に支援してくれる富豪へ秘密裏に売り渡しているなどといった新たな情報も聞きだせた。


子供にとって必ずしも悪い結果になる取引ではないかもしれないが、情報が漏れないことを前提として巳宝堂で検査を受ける人が多いのだ、これを明るみに出すだけでも巳宝堂の信用は随分と落ちるだろう。


ただし、やはりこれにも客観的な証拠が必要なのである。


長い時間をかけて支部長から話を聞きだしたが、大元サーバーの場所はそもそも知らないとのことであった。


立場の問題ではなく、会長である茴香本人とその付き人的立ち位置にある苺木のたった2人しか知らない、入れない場所なのだという。



「クソ役に立たねえオッサンだな。記憶くらい消えても問題ないんじゃねえか?」


「普さん、倫理、倫理」



魂の疲労から気絶してしまった支部長をゴミを見る目で床に転がす普を宥める或斗であるが、茴香本人と苺木しか場所を知らないというのは困った状況だと焦る。



「こうなると、大元サーバーの場所は分からない、んでしょうか……」



どちらにせよ情報部の力に頼らねばならないとはいえ、手がかりの1つくらいは掴みたかった。


或斗が眉を下げて別の方法を考えこみ始める前に、栞羽が明るい声を上げる。



「いえ、今のは重要な情報です」


「え?」



栞羽はやはり顔色が悪いものの、明らかに希望を掴んだ眼差しでパソコンに向き直る。



「巳宝堂 茴香の性格を考えるに、大事なものはそう遠くには置かないでしょう。まず彼女のそういった傾向が、今の支部長の話から推測できます」



或斗にはサッパリ分からなかったが、栞羽は人物プロファイリングも得手としている。


栞羽が言うならばそうなのだろう、確かに或斗のことも手元に置きたがっていた気がする。



「であれば都内のどこかにある可能性は高いはずです。そして、この半月ちょっとで拡ちゃんたち超天才情報部は都内の巳宝堂の表と裏の拠点、計3054箇所を把握しました。これ以上隠されている拠点はないはずです。組織として大規模であることが災いしていますね、どうやっても出入りする人間の顔や情報全てを誤魔化すことは出来ませんから」



栞羽は情報部室内の奥、一番大きなスクリーンに東京都内の地図を映し出し、大量の巳宝堂マークを表示させる。



「3054箇所の中で、巳宝堂 茴香と苺木 初百合しか出入り出来ない、大元サーバーの置ける程度の広さがある場所」



条件から外れる小規模拠点なのだろう、いくつもの巳宝堂マークが地図上から消えていく。



黒い手段クラッキングはこちらもお手の物。黒には黒をってことですね。1週間もあれば特定してみせますよ~」



5月20日、昼。


蛇を捕えようとする鷹の目が都内全域に向けられる。


栞羽は先ほどまでの疲労も忘れて、アドレナリンを全開にモニターを睨み、ペロリと荒れた唇を舐めた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?