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48 崩れるもの、繋がるもの



「ガアァァァ!」



咆哮と共に振り下ろされる前足を普が斜め上に跳んで避ける。


振り回される尾を逆に足場として衝撃を殺しながら弾き返し、一定の距離を保ちつつドラゴンのブレスの射程外へ着地。


普は上下左右、無軌道に動き回りながら赤いドラゴンの攻撃をただひたすらに回避し続けている。


或斗を小脇に抱えていてもバランスを崩すことはなく、同時に或斗の視界に赤いドラゴンが映り続けるよう位置取りと体勢を考えて避けていることが、抱えられている或斗にも分かる。


だから或斗は、方向転換した赤いドラゴンが目の前で熱風のブレスを吐きだそうとしていても目を閉じたりしない。


視魂でドラゴンの赤く強い色の巡りを見つめ続ける。


普なら、必ず避けてくれると信じて。


或斗はただ前を見据えているだけで良いのだ。


ただし、それは決して楽な作業であることを意味しない。


視魂で視える暗黒色と虹色の六角形はドラゴンと化した苺木の魂にベッタリと根を生やすように癒着しており、魂に食い込むその根を1つ1つ切断していくイメージで視魂を使う、繊細でかなりの集中力を要される行為であった。


それを、縦横無尽に切り替わる視界の中行わなければならないのだ。


或斗は三半規管が狂い、脳が揺れている感覚に陥る。


また視魂の能力の代償で四肢の力が抜けグッタリとする疲労感、全身が軋む筋肉痛を激しくしたような痛み、張り付くような喉の渇きが或斗を襲う。


それでも或斗は決してドラゴンから目を離さない、瞬きの数も少なく、前を見据え続ける。


普と共に戦う覚悟はあの夜、いやあの夏の日に、とうに決めているのだから。


全身の痛みに耐えながら、どのくらい時間が経っただろうか。


太いものから細いものまで、魂に食い込む暗黒色と虹色の光の根を切り落とし続けて、ようやく最後の1本を断ち切る。



「普さん、やれました!」



と舌を噛まないよう報告した瞬間に、赤いドラゴンが狂ったように咆哮を上げ、狙いも威力も無茶苦茶な攻撃を繰り出し始めた。


ドラゴンの四肢がアスファルトの舗装を剥がし、熱風のブレスが遠くの木々を炭に変える。



「まさか、ダンジョンコアと切り離した影響でモンスターの体が制御出来なくなったのか……!?」



茂部が言うにはあの暗黒色の物質Xはモンスターを操るために必要なものであるとのことだ、それとの繋がりを失うことで苺木が体のコントロールを失ったというのは充分に考えられる。


思考によって制御された動きでない暴れ方は、予測不能な攻撃を生む。


回避難度は格段に上がったはずだが、普は不敵に笑ってみせた。



「逆に避けにくくはなったが、まあモードがイージーからノーマルに切り替わった程度だな」



普は先ほどより一層キレを増した動きでドラゴンの攻撃を避け、剣と魔法を併用しながらドラゴンの攻撃をさばき、接近していく。



「さっさとくたばれ爬虫類モドキ!」



暴言と共に普が斬り裂いたドラゴンの首の傷は癒えることなく、真っ赤な熱い血潮を噴き出して、ドラゴンの暴れようを更に激しくした。


或斗は虹眼を使い、暴走しているドラゴンのブレスを捻じ曲げ、否定して消し、普を襲う鋭いかぎ爪を破壊する。


ドラゴンの傷が再生しなくなってからは、ものの3分ほどで決着がついた。


或斗が動きを止め、武器となる部位を破壊し、普が急所に鋭い一閃を入れて赤いドラゴンに致命傷を負わせていく。


血を致命的な量失い、前後の足の腱を斬り裂かれた赤いドラゴンは、巨躯を揺らして、ズシンとその場に倒れた。


転倒に合わせて心臓部にはまっていた暗黒色に囲われているダンジョンコアが転がり落ちると、赤いドラゴンは急速にミイラ化し、萎びて朽ちていく。


最期に赤いドラゴンが上げた「ガアァァ……」というどこか悲し気な、掠れた声は、子が親を呼ぶようにも、恋い慕うものを呼ぶようにも聞こえた。


もはや末期の言葉を人の言語で残せない事実が、或斗にはいっそう憐れに感じられた。


そこで、ドラゴンから零れ落ちたダンジョンコアがそのまま或斗と普の元へ向かってくるように転がってくる。


普が警戒して遠ざけようと風魔法を向けるも、ダンジョンコアは止まらず引き寄せられるように或斗へぶつかった。


或斗に接触した瞬間、暗黒色の囲いと虹色の六角形は弾けて砕け、消える。


その消えたダンジョンコアから何らかの力、どこかで感じた覚えのある温かさが或斗の体に流れ込む。


どこで感じたのだったか……そう考えている間に、或斗は視魂の酷使による全身を蝕む痛みがふっと消えたのを自覚する。



「今、ダンジョンコアから……何かが……」


「何か?」



普が怪訝な顔で問うも、或斗は分からないと首を横に振った。


普は考え事に気をとられていたからか、珍しく或斗を放り捨てるのではなく普通に下ろしてくれた。


目の前には鱗が艶を失い、アスファルト上で死んでいるミミズのように汚らしく萎びて朽ちたドラゴンの死体がある。


このドラゴンは確かに、あの日或斗が預けた迷子を優しく抱きかかえた女性だったのだと、そう言って信じる者が他にあるだろうか。


激戦を勝ち生き残ったというのに、或斗の胸には一抹の虚無感が残っていた。


悲しげに目を伏せる或斗の頭を拳が降り、視界に星が飛ぶ、当然普の所業である。



「コイツが居たってことはここが当たりなのは確実だ。サーバーを探すぞ」



普は乱暴に或斗を促す。


頭がジンと痛んだが、心の痛みから目を背けるには必要なものでもあった。


或斗は普について、遠くに見える研究施設へ駆けていく。


2人は戦闘中外していたイヤホンを再度装着し。警備システムをダウンさせていく栞羽の案内に従って施設の中を進んでいく。


サーバールームは、施設の最奥に存在していた。


栞羽のロック解除の報告に合わせて部屋へ入ると、コンピューターらしき細長い何かが書架のように連なり、ピコピコと光っている。


見たことのない光景に、パソコンに対して苦手意識を拭えないままでいる或斗は若干の恐怖心を覚えた。



「……これ、もし挿し間違えたら全部おしまいとかないですよね?」



恐る恐る普を見上げると、普は手に持ったUSBを或斗へ見せつけるように振ってアホらしい、と言わんばかりの口調で言った。



「誰が肝心な作業をドブネズミに任せるか。そもそもあんなデカブツと戦っといて今更機械ごときにビビんなカス」



罵倒と共に呆れの目を向けられ、言い返せない或斗は大人しく口をつぐんだ。


栞羽の指示でサーバールーム内を歩き回り、普が該当の箇所に指示通り侵入用USBを挿しこむ。


イヤホンから少し柔らかくなった栞羽の声が聞こえる。



「……侵入完了、巳宝堂の心臓サーバーに間違いありません。あとはこちらの仕事です。虹眼くんと普ちゃんは、警戒を解かず待機をお願いします」



警戒を解かず、と言われたのに思わず息をついてしまった或斗の気の緩みを見逃さなかった普の手によって、或斗の額がデコピンで弾かれた。







翌日のニュースは、明らかにされた巳宝堂 茴香の陰謀、巳宝堂財団の違法薬物取り扱い、巳宝堂財団の行ってきた適性検査データの密売について、など、巳宝堂財団の不祥事一色であった。


どこのチャンネルでも緊急ニュースと謳って巳宝堂財団の話を取り扱っている。


街頭ビジョンに映るニュースキャスターは今日何度目か分からない内容のニュースを読み上げている。



「5月31日未明に、ネット上で『暁火隊』から全国へ公開されたデータは巳宝堂の内部文書と思われ、cor・tela技術の電波装置に魔法的技術による洗脳波を乗せ全国へ発信し、日本国民を洗脳するという大掛かりな洗脳計画について、また覚せい剤を含む違法薬物の開発や人体実験の記録、幼児の適性検査データの密売取引の議事録などが明らかにされました。巳宝堂財団からは、この件について、未だ何の発表もありません。政府はこれらの証拠文面について、巳宝堂財団へ強く遺憾の意を表明するとともに、巳宝堂財団への支援の取りやめ、巳宝堂財団に関連する法案の見直しを検討しているとのことです」



画面が切り替わり、大勢の人々が詰めかける巳宝堂財団のマークを掲げた建物をカメラが映す。


巳宝堂財団本部の建物であり、別のキャスターがマイクを持って集まった人々の様子を手で指している。



「巳宝堂財団本部前からの中継です。ネット上で拡散された巳宝堂財団の行為への抗議活動が始まっています。特に、cor・telaプランの中止を叫ぶ人々が多く、プラカードを持っている人も居ますね」



巳宝堂財団本部前ではcor・telaという文字や巳宝堂茴香の顔写真に赤いバツをつけた看板を持つ人々が大声を上げている。


巳宝堂の警備員は建物の門を固く閉ざし、その内側でどこかぼんやりとした表情をしていた。


一方、『暁火隊』本部ビル、応接室では、日明に呼び出された或斗と普がソファに座っている。


向かいに座る日明が、先ほどまで行われていた政府高官との協議で共有された内容について話をする。



「警察が巳宝堂 茴香に対して逮捕状をとるとのことだ。既に本人は身を隠しているようだが、二度と表舞台に立つことは出来ないだろう」



そして「cor・tela技術の即時停止について」と題された書類の束を見せ、最も重要なことを知らせた。


「cor・telaプランについては、内閣が確実な凍結を行わせること、巳宝堂財団に全ての電波局の1ヶ月以内の建て壊しを求めることを今日の夕方に発表すると聞いた。電波を取り扱う業者全てへ、cor・telaプランで新規に取り扱う予定だった周波数帯の電波を端末側で受信させないアップデートを配信するよう指示を出してもいるそうだ。これでひとまずは安心だろう」



或斗は今度こそ、デコピンされない確信をもって安堵の息をつく。


或斗の隣の普はなるべく不満げな顔を出さないように努めつつ、僅かに眉を寄せた。



「あのクソ女をぶち殺し損ねたこと、『カージャー』との繋がりを聞き出せなかったことが腹立たしいですが……」



日明は苦笑し、「後者はともかく、前者はな」と言う。


首を傾げる或斗へ、日明が巳宝堂という家の由緒について説明を挟んだ。



「腐っても巳宝堂は旧時代の更に古くから続く名家だ。身内を逮捕させるようなことはしないだろう。そこまでは、私たちの政府への影響力では望めないな」



どこか疲れた表情の日明が小さなため息をついた。


やはり元官僚とはいえ、政治のやり取りというものは突かれるのだろう、或斗でもその難しさは想像がついた。



「『カージャー』との繋がりについては、政府から巳宝堂関連の研究施設などの捜査許可を分捕ってきた。そこから追っていけば、何か有力な情報は見つかるだろう」



そこまで真面目な顔をしていた日明は一転、明るい笑顔を浮かべて或斗と普の2人を見る。



「今回の件は或斗くん、そして普の力によって未然に防ぐことが出来た人災だ。私は何より2人のことが誇らしいよ」



2人を慈しむ日明の笑い皺に、或斗は口元を緩ませ、普は当然だとばかりの顔をしつつも「ありがとうございます」と言った。


まだ処理しなければならない案件が大量にあるという日明の時間を長くとるのもいけないと、情報共有を終えた或斗と普は早々に応接室を出て、休憩室へと降りていく。


そこにはギョッとするくらい大勢の『暁火隊』のメンバーが集まっていた。


「今回のMVP2人が来たぞ!」と戦闘メンバーの1人が声を上げれば、瞬く間に或斗と普を仲間たちが囲む。


普はめんどくせえという顔を隠さずにいるが、隣で或斗がビックリして固まり、動けずにいるので置き去りにして1人逃亡するわけにもいかない。


普の元にはいつものように普ファンの女性陣が、或斗の元へは戦闘メンバーが、馴染のある者ない者かかわらず集まってくる。


戦闘メンバーたちは或斗の肩や頭を軽く叩いたり、撫でまわしたりしながら口々に或斗へ声をかける。



「今回の作戦では国を守ったんだってな!」


「適性無しって聞いてたのに、よくやったよ!」


「あの普さんについていったんだろ? 根性すげえじゃん」



飛び交う温かい言葉1つ1つにどう返せば良いか分からず狼狽えている或斗の当惑を置き去りに、メンバーたちは胴上げでも始めそうな雰囲気で或斗と普を褒めちぎった。



「ど、どうも……」



何とかそれだけを返して、目を白黒させる或斗。


普がいつも人に囲まれているのを大変そうだなあと他人事に思っていたが、いざこうも囲まれてみると、普のあしらい方というのはやはり熟練のそれだったのだとよく分かる。


そのうちに、戦闘メンバーたちから押されるようにして、10人ほどのメンバーが或斗の前へ出される。



「あ……」



それは巳宝堂の洗脳によって或斗を襲撃しようとした後方支援部隊の面々だった。


1人の壮年の男性が代表して口を開く。



「巳宝堂から押収した洗脳装置をいち早く茂部さんが解析してくれて、俺たち……後遺症もなく戻ってこられたんだ」



そうポツポツと話す男性は、周囲の襲撃メンバーたちと視線を交わし合いながら、気まずげに言った。


事情を聞いた或斗は思わず笑みを浮かべた。



「良かった……」



サルストで心臓が潰れて死んでしまった人たちの光景がずっと頭に残っていて、軽いものとはいえ洗脳を受けたメンバーたちがどうなったのか、或斗も心配していたのだ。


ミクリから何も連絡がなかったということは、きっと分析所を退院(?)して真っ先にここへ来たのだろう。


人格はともかくとして茂部は中途半端な仕事をする人間ではない、彼らの命は助かったのだ。


或斗の浮かべた笑みに、襲撃メンバーの後方支援部隊の面々は険しい顔をして、一斉に頭を下げる。



「すまなかった!」



全員の謝罪のあと、代表して話していた男性以外からも次々と懺悔と謝意が伝えられる。



「洗脳されていたなんて言い訳にしかならない。俺たちの心の弱さが危機を招いた」


「君に怪我が無くて良かった。俺たちが助かったのも遠川くんのおかげだ」


「本当にすまなかった、ありがとう」



或斗は一斉に頭を提げられた瞬間にちょっとビクリと肩を強張らせたけれど、後方支援部隊の面々の本気の謝罪に眉を下げた。



「頭を上げてください」



顔を上げた後方支援部隊の面々、全員の顔を忘れまいと見回しながら、或斗は言うべきことを考えた。



「皆さんを助けられたのは俺だけの力じゃなくて……普さんや、ミクリや落合さん、情報部の皆が居てこそのことで……」



だから……ええと……、戸惑いながらも言葉を探した或斗は小さく頷いて、おずおずと片手を差し出した。



「これからも、よろしくお願いします」



涙ぐんだ後方支援部隊の面々から競うように手を握ってはブンブンと振られ、或斗は苦笑した。


改めて1人1人の名前を聞き直して、『暁火隊』に入った経緯だとか、憧れのパーティだとか、後方支援の業務についてだとか、たくさんのことを話した。


その間1人ファンクラブの相手をさせられていた普から後ほど八つ当たりを受けるのだが、それもまた日常。


帰宅するまでの間、無人タクシーの中で、或斗は改めて『暁火隊』の皆に受け入れられた喜びを早口で話して、普を辟易させた。







5月31日以降、しばらくはテレビで流れるCMの半分以上が公共広告機構のものに差し替えられていることに、夜のニュースを観ていた或斗は気づく。



「何かほんわかしたCMが多いですね」



ともごもご普へ話しかけると、「歯磨きしながら喋るな」と張り手をもらったが、一応「巳宝堂関連のCMは今流せないからな」と答えをくれる。


それにしても半分以上の提供会社に影響があるとは……或斗は赤くなった片方の頬を撫でつつ、巳宝堂財団という組織の影響力の大きさを再認識させられた。


街中では巳宝堂のマークのついた掲示物、のぼりは全て下げられ、あるところではガムテープで看板の巳宝堂マークを覆うなど杜撰なやり方で、まるで恥を隠すようにして巳宝堂財団との関わりを断つ店が目立っていた。


巳宝堂の名前は日を追うごとに悪名として定着していった。


巳宝堂財団は行方をくらませた巳宝堂 茴香を会長職から解任し、団体名を変えることを公表したが、次の代表者・団体名ともに中々決まらずにいた。


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