目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

52 裁き遊び

※前回の最終段落を読み飛ばした人向けまとめ「巳宝堂 茴香がグロい死体として展示されちゃった!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




『あ、これ映ってる〜? てすてす、もしもしぃ! 『暁火隊』のみんなたちこんばんはぁ。ボクはバル=ケリム、『カージャー』の新進気鋭の幹部さ、これからよろしくぅ! ところでボクの作品は見てくれたかな? 適性Aの美人をあんな贅沢に使える機会なんか中々ないからさ、張り切っちゃった〜! 真ん中を強化ガラスコルセットに置き換えたの、ナイスアイデアだったと思わない? あ、そんなことよりこれ挑戦状なんだった! ボク、バル=ケリムは身の程知らずにも『カージャー』ひいてはケージャ様に楯突くお前ら『暁火隊』に挑戦状を送ることにしましたぁ、っていうかこの映像がそれね。これからたくさんボクの作品を一般大衆に見せてやろうと思うからさ、止められるもんなら止めてみなさいよってことで! それじゃまったね~!』



そのメッセージを流し終えると、タブレットのホログラム映像は消える。


『暁火隊』本部ビル地下情報部では、少しの間沈黙が場を支配していた。


映像に映っていたのはケミカルグリーンの髪を鳥の巣のごとくボサボサにして、顔の形に合っていない大きな眼鏡の下で赤紫の瞳をギラギラとさせている、目のぎょろっとした不気味な雰囲気の若い男である。


襟元がだらしなく伸びた黒いTシャツの上から薬品で汚れた白衣を着ており、白衣の胸元には檻に囲われた六角形、「カージャー」のマークがある。


わざと調子を外したような聞き苦しさのあるふざけた喋り方ではあるが、少なくとも「カージャー」の幹部バル=ケリムだという自称は騙りではないだろう。


そこで珍しく本部に来ている茂部が、警察との協力の下行われた巳宝堂 茴香の検死結果について書かれてある手元の書類を淡々と読み上げる。



「巳宝堂 茴香の死体にはダンジョンコア特有の魔法的波長の痕跡が見られた。おそらく、以前普たん♡と遠川少年が対峙したという苺木氏のように無限再生効果を狙ってのことだと思われる。ガラス製のコルセットの下に飾りとして使われていた人間の皮は、明らかに人1人から採れる量を超えていたからね。ダンジョンコアを埋め込み、生きたまま皮膚を剥いで再生させるという行為を繰り返したものと思われる。どこまで巳宝堂 茴香が生かされていたかは不明だが、少なくとも『カージャー』のバル=ケリムはダンジョンコアで人間を再生させる技術、またそれを取り除く技術を持つと考えられる。これは非常に危険な話だ」


「危険?」



疑問の声を上げた或斗へ、茂部がやはり抑揚のない声で答える。



「人間を無限再生できるということは、ポーションで治らない傷――心臓部の破壊等だな、を負った人間をも治療しうる上、低適性者の不治の病や大怪我が原因で引退せざるを得なくなったダンジョン攻略者をも治し得るということだ。権力者がその技術を手に入れたがらないはずもない」


「バル=ケリムはそれを見越してアピールとしてこんな事件を起こしたってことですか?」


「さあ。プロファイリングは栞羽くんの方が得意だろう。ただ、ホログラム映像で見た馬鹿っぽさを真に受けるのは愚策だと思うね」



或斗は今回の事件がただの猟奇殺人ではない、という予想を聞き、眉を寄せて考えこんだ。


「カージャー」であるバル=ケリムの技術に需要が出るということは、「カージャー」を支持する権力者が現れかねないということだ。


今回の情報が危険というのはそういった意味もあるのだろう。


日明は重々しく口を開いた。



「このホログラム映像は、警視庁の捜査一課にいつの間にか置いてあったタブレットに保存されていたもののコピーだ。タブレットがどこから紛れ込んだのかは一課の方でも不明らしく、捜査中と聞いている」



栞羽がいつもより少し固い口調で捕捉を入れる。



「一応、オリジナルのデータも貸してもらって解析しましたが、何らかの符牒や暗号の類が仕込まれている様子はありませんでした。本気でただの挑戦状あるいは予告状、その目的であるようです」



日明は頷き、机の上で両手を組んで強く握り、険しい顔で今後の方針を告げる。



「この"挑戦状"とやらを受けて、政府は私たち『暁火隊』にバル=ケリム捕縛の要請を出した。なるべく生かして、というのが考えどころの依頼内容ではあるが……。政府はともかく、バル=ケリムから『暁火隊』全体が名指しされたということは、メンバー1人1人に『カージャー』の危険が迫る可能性があるということでもある。知らないことが安全に繋がる時期はもう終わってしまった、もはやメンバー全員が危機感と当事者意識を持たねばならない。明日、大会議室で『カージャー』およびバル=ケリムについての情報共有を行う」



何度かに分けて説明会が開かれること、人体の再生技術についてはまだ伏せておくこと、を付け加え、日明は或斗と普へ指示を出す。



「普と或斗くんは説明会に出る必要はない。まだ巳宝堂の件が片付ききっていない中申し訳ないが、何か手がかりに繋がる事柄があれば報告してほしい」



或斗は緊張した面持ちで、普は思案の伏し目で、それぞれ頷いた。


現在の『暁火隊』は過去一と言って過言でないほど多忙な時期である、情報部での情報共有が終わった後も引き続き任務はある。


或斗と普が次の任務のため、本部ビルから出ると、ビルの前に何十人もの人々が詰めかけていた。


それらの人々は或斗と普の姿を見ると、縋るように、涙ながらに叫ぶ。



「どうか、茴香様の仇をとってください……!」


「私たちは確かに彼女に救われたんです!」



震える声で訴えかけてくる人々の声に、或斗は茴香との邂逅を思い出す。


彼女は狂っていたが、人を救いたいという感情は本物であったように思えた。


実際、巳宝堂財団が瓦解してからいくつもの歯車が抜け落ちたような現在の社会の状態は、茴香の救済者としての一面を表してもいる。


狂気によって結果的に悪に走ったとはいえ、その人があのような殺され方――玩具のようにバル=ケリムに踏みにじられたことは、或斗にとっても納得のいかないことだ。


バル=ケリムを野放しにしておいてはいけない、そう使命感を覚えるも、「カージャー」やバル=ケリムの話は軽々に広められない話である。


取りすがってくる人々を適当にあしらう普の後ろについて、或斗は何も言えずに移動した。







その日の任務を全て終えて、『暁火隊』本部ビルへ帰る前に、普は進路の変更を告げた。



「足立区の安全区域に行く」


「安全区域、ですか?」



或斗が首を傾げると、普はいつもの「少しは自分で物を考えろ」という一睨みを或斗へ向けてから、「巳宝堂本家の屋敷がある」とだけ付け加えた。


無人タクシーは足立区の安全区域の1kmほど前で止められ、そこで或斗はダンジョン適性の高そうな警備員らに身体検査を受ける。


普は顔パスのようである、或斗の検査が終わってから丁重に安全区域へ通された。


安全区域に入るまでには、分厚く堅牢な壁があり、門には戦争にでも備えているのかと思わせるほどしっかりとした武装がつけてある。


中に入ってみれば、繁華街のように人が多く、建物は隙間なくぎゅうぎゅうに、背も高く建てられている。


密集した住宅街、と聞いていたが、安全区域は1つの街に都市の機能を凝縮させたようであった。


歩いていく途中に見かける建物は、ホテルがあり図書館があり、病院、消防署、コンビニ、大型百貨店、或斗の知っている施設のほとんどを街の中に押し込めたという印象を受ける。


普は道中、安全区域の空気を吸うのも嫌、という風な不機嫌を見せていた。


何故そんなにこの便利そうな街を嫌がるのかと或斗が尋ねると、「古臭くてボケた、無責任の塊みたいなクソだまりの巣窟だから」との答えが返ってきた。


不敬罪とかで捕まらないか、或斗は思わず周囲の様子を伺った。


とりあえず何かが普の気に障るらしい、或斗にはよく分からなかったが。


巳宝堂本家の屋敷は安全区域内の奥まった場所にあった。


或斗はあまり見たことのない、和風の立派な門構えをしている。



「既に警察も来てるだろうが、巳宝堂 茴香の消息について何らかは知ってるだろ」



政府に影響力を持つほどの旧家といっても、流石に褒章授与を2回受けた日本最強の男を門前払いは出来なかったようで、急な来訪にもかかわらず屋敷の中へ通してもらえた。


普の課題図書に載っていたような和風の日本庭園、わさび、じゃなくてわびさびというのだったか、或斗にはちょっと良さの分からない苔むした石などを横目に、客間へ案内される。


砂糖でない甘さのある不思議な緑茶を飲んで待つこと30分、恭しく襖を開けた使用人の向こうから、白髪交じりの黒髪の老人が入ってくる。



「巳宝堂本家当主、巳宝堂 隆興みほうどう たかおきである」



見かけの年齢に反して明朗な、力強さのある声に或斗は気おくれしたが、気おくれのきの字とも縁のない普は胡坐をかいて片膝を立て、立ち上がりもしないでえらそうに名乗り返した。



「此結 普だ、お宅のご息女には大変な迷惑をかけられたんだが、まさか30分も待たされるとはな。安全区域内の時計はみんな壊れてんのか?」


「普さん、礼儀、礼儀」


「向こうに合わせてやってるだけだ、お前は黙ってろドブネズミ」



或斗は普の一睨みで一旦口を閉じる、ついでに隆興にも睨まれた気がする。


確かに或斗はこの場において最も肝が小さく、場違い感が半端でない、黙っておいた方が良いのかもしれない。



「当家に娘などいない」



だが、続いた隆興の言葉には目をみはった。


巳宝堂 茴香が巳宝堂本家の長女であることは或斗のような世間知らず以外誰もが知っている事実である。



「はっ、犯罪者とは関わりありません、見逃してください~ってか」


「事実、巳宝堂の名を名乗る権利だけは残してやっていただけで、あの女と本家とはもはや関係ない。巳宝堂から、犯罪者など出てはいない」



あの女、という自身の娘に対するものとはとても思えない言い様に、流石に或斗も眉を寄せる。


先ほどの普の言、「古臭くてボケた、無責任の塊」という言葉が思い浮かぶ、少しだけ理解出来る気がした。


普は話にならないと判断したのか、モンスターを相手にするかのような威圧感、殺気に近いものを隆興に向ける。


周囲の使用人が気色ばんだが、普の与えるプレッシャーは彼らが動くことすら許さなかった。



「警察の連中はそれで引いただろうが、俺にはお前らの下らねえ世間体を立ててやる義理はない。巳宝堂 茴香はどこで、いつまでお前らの監視下にいた? 誰が連れ去った」



あの重厚なオーラを放っていた隆興さえ普の睨みからは目を逸らし、歯ぎしりしてから小さく答える。



「……都内の、郊外にある屋敷の離れに住まわせていた。一月ほど前にあの女の関係者を名乗る者が連れて行ったと聞いている」


「チッ、クソの役にも立たねえな。その屋敷の住所だけ寄越せ、それで引いてやる」



隆興は忌々し気に普を見やるも、大人しく使用人に目配せして住所の書かれた書類を用意させる。


それを受け取ると、普は挨拶もなしに客間を後にする。


或斗はおっかなびっくり、ひとまず「お世話になりました」とだけ言ってお辞儀をし、慌てて普へついていく。


不機嫌な普をわざとつつくマゾヒズムを持ちあわせていない或斗は、嫌悪感を丸出しに安全区域内を歩いて出口へ向かう普に黙ってついていく。


先ほどの隆興の態度を受けてこの安全区域という街を見ていると、何となく違和感があることに気付く。


誰もが無防備過ぎる、そんな印象を受けた。


ダンジョン社会においてはいつモンスター氾濫が起こるか、いつ強大なモンスターやダンジョンが出現して住処を追われるか、いつ行く道でばったりとモンスターに出くわすか分からない。


普通の人々はそういった事態に対する危機感を常に頭の隅には置いて暮らしている、緊張感というのだろうか。


この安全区域内の人々はそういうものとは全く無縁に、まるでダンジョンもモンスターも存在しないかのように振舞っている。


これが自然体だというのなら、確かにこの街は普の気質には合わないだろうな、と感じた。


翌日、或斗と普は通常任務を後回しにして茴香が匿われていたという郊外の巳宝堂の屋敷に向かった。


こちらの屋敷は安全区域の屋敷より質素ではあったが、使用人たちは皆或斗の知る人たちと同じようにある程度の危機感を持って生活しているようで、あの違和感は家というより場所の問題なのだなと或斗は1人納得する。


主人とする者の居ない屋敷は突然の日本最強の来訪に慌てて、使用人の筆頭らしい初老の男性を応対に出した。



「巳宝堂 茴香がこの屋敷に匿われていたと当主のジジイから聞いている。関係者を名乗る人間が迎えに来たと聞いたが、どんな奴だったか、特徴を述べろ」



来るなりアポなし訪問を詫びる言葉も挨拶もなく本題に入る普の威圧的な態度には、或斗も初老の使用人を気の毒に思った。


これは或斗が代わりに謝っておくべきだろうか、と考えていた或斗であったが、普の放つプレッシャーの中恐る恐る口を開いた使用人の言葉には首を傾げる。



「それが……どなたか、茴香様を迎えに来たという方があって応対したことは確かなのですが、その詳しい容姿ですとか、お名前は憶えていないのです」


「憶えていない?」


「は、はい……誠に申し訳なく……奇妙に思って、お客様をご案内した者、その日屋敷に居た者全員に訊いて回ったのですが、誰1人……その、思い出せないと……」



普がチラリと或斗に目線を向ける。


或斗は頷き、初老の使用人の魂を視魂の虹眼で視たが、その魂は古い木材のような色合いが怯えで揺らいでいるだけで、ここ2ヶ月ですっかり見慣れた、何らかの洗脳の形跡などはなかった。


或斗が困り顔で首を横に振ると、普は顔をしかめて「一応屋敷の使用人全員に会わせろ」と命じ、或斗に使用人全員の魂を視せる。


しかし誰の魂にも濁りはなく、手がかりとなりそうな異変は何も見つけられなかった。


屋敷を出て、車に乗り込んだ普は「クソが」と顔を歪める。



「忘却魔法だろう、めんどくせえ」


「忘却魔法というと……国際法上禁止されている?」



厳密に言えば茴香の使っていた洗脳魔法も国際法上禁止されている類の魔法ではあるのだが、洗脳魔法しかり、忘却魔法、人の心や記憶に作用する魔法は使える素養のある者が少なく、26年間で僅かに見つかった素養を持つ者の例によって一応使用を禁止されているだけ、形ばかりの法である。


茴香が洗脳魔法を自由に使えたのは「カージャー」からの技術提供によって機械と物質Xを通して使えるようにしたからであって、茴香自身に洗脳魔法の素養はなかっただろうと6月初旬にも、先日の検死結果においても結論付けられている。



「たまたま忘却魔法を使える犯罪者があのクソ女を連れ去って『カージャー』に売り払ったと考えるより、迎えに来た人間が『カージャー』の者で、『カージャー』は忘却魔法も自在に使える技術を有している、と考える方が筋は通る。カスみてえな収穫だが、何もないよりはマシだな」



腕を組み、苛立ちに指をトントンと動かす普は今回の結果についてしばらく考えていたかと思うと、一言思索の欠片を呟く。



「忘却魔法を、"使う必要"があった……」



普の考えていることについていけない或斗は、続く言葉を待ったが、普は車内でそれ以上を話すことはなかった。


その後或斗と普に出来る調査は無く、押し寄せる任務をさばいて日を過ごした。


そして、次の日曜が来る。


2度目は2箇所であった。


離れた位置にある2つの繁華街の中心、人通りの最も多い時間に、モンスターの体の一部や被害者自身の体の一部で装飾された猟奇的な死体が展示されてしまい、繁華街は一時混乱に陥った。


警察と『暁火隊』が駆けつける頃には、2つの死体の詳細はSNSで拡散されきっていた。


本部ビル地下の情報部で、普が顔をしかめて頬杖をついている。


その前には前回同様、ホログラム映像を映すタブレットがあった。


映像では、ケミカルグリーンのボサボサ頭をかきながらヘラヘラと笑う青年が楽し気に手を振っている。



『やっほ~、『暁火隊』のみんなたちぃ! 今回もばっちりボクの展示会を行わせてくれてありがとねぇ~、マズいよ~? このままじゃ『無能隊』って世間様に言われちゃうよぉ? ボクはそれでも良いんだけどサ、やっぱ一緒に遊ぶ相手には張り合いがないとつまらないものじゃん? ホラ、日本最強? とかもいるんでしょ? よく知らないけど! 次は頑張ってね~期待してまぁす! じゃね~』



普のこめかみに青筋が浮かぶ。


或斗は衝撃に備え、そして残念ながら備えは無駄にならず、或斗の後頭部を普の八つ当たりの拳が襲った。


抗議の視線を向ける或斗を無視して、普は今回の被害者の身元について言及する。



「両方、連続殺人に加えて余罪まみれの手配犯か」



その言葉に、栞羽が頷いていかにも面倒そうにため息をついた。



「ええ、そのせいで、ネットの一部にバル=ケリムという人物は正義の代行者なのではないか、などという思想が発生しています」


「正義の代行者?」



或斗は意味が分からず声を上げるも、隣で普が吐き捨てるようにその心理を説く。



「世間的な悪党を見せしめのように殺してくれる、ついでに自分たちの退屈な日常にサプライズをくれるとなりゃ、頭の悪い無責任なクズどもは同調もする」


「権力者と大衆、双方の支持を得る。これもバル=ケリムの計算のうち、か……」



悔し気に日明が拳を握る。


確かに、今回の被害者の罪状を聞けばその死に同情の余地は無いように思われるし、巳宝堂 茴香は全国民を洗脳しようとしていた大悪党とも言える。


だが、犯罪者であれば、その罪が重ければ、あのような……人としての何もかもを踏みにじるような死体にしても、それを見世物にされても良いのだろうか。


人を殺す殺さないは綺麗ごとではない、或斗とてアルコーンという1人の人間を殺したことがある。


しかしバル=ケリムのやり口には何の信念もない、遊びで殺し、遊びで死体を弄ぶ、その精神の有り様は或斗にとってまったく理解の出来ないものだった。


日明は眉間の皺をそのままに、普と或斗、栞羽の顔を見て、「私たちのやることは変わらない」と言い切る。



「おそらく、次の"展示"は来週の日曜だろう。それまでに手がかりを掴み、バル=ケリムのこの悪趣味な遊びを阻止しなければならない」



敵が忘却魔法を自在に使えるとなれば、手がかりを追うのも一苦労だろうが……と言葉を濁す日明に、栞羽が意見を出す。



「いくら機械化していると仮定しても、忘却魔法ほどのものが無制限に使えるはずはありません。巳宝堂の洗脳に同意が必要になったように、何らかの制限はあると見るべきです。そうなると1つ奇妙なことがあります」


「奇妙なことなら山ほどあるだろ」



いつものつっかかる勢いではなく、続きを促す声音で普が言うと、栞羽は頷きつつも指を1本立てた。



「そのうち最も奇妙なことです。前回と今回、どちらも昼夜問わずある程度人通りのある場所に死体が置かれています。でも、死体を運んできて置くところは誰も見ていないんです。今回の件でSNSをざっと洗いましたが、死体は突然現れた、という記述しかありませんでした。あんな大きなものをあの環境で、発見まで隠す方法は少なくとも拡ちゃんには思いつきません」



旧時代の魔法もの映画のなんちゃらマントじゃあるまいし、と言う栞羽であるが、この場では日明以外にその元ネタを知っている者は居らず、日明の苦笑と共にスッパリと流される。


頬杖をついたまましばらく考えている様子の普が、不意に或斗を見る。



「逆にそれが手がかりになるかもしれねえな」



或斗はきょとんとその黒目を丸くした。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?