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53 彼の力

※今話も後半が一部グロいかもしれません。苦手な方は「その直後、『暁火隊』本部ビルのすぐ外から多くの悲鳴が聞こえてくる」以降を読まないことをおすすめします。

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何ですか? とばかりに首を傾げた或斗の頭をベシリと叩いた普は「虹眼で現場検証すんの3回目だろうが」と呆れた声を出した。


最近色々と能力が増えたものだからつい失念しがちだが、六芒星の浮かばない状態でも或斗の虹眼は充分に強力である。


普の言わんとすることは死体展示現場に行って当時の様子を虹眼で視ろ、ということだ。


遅れて頷いた或斗の襟首を掴んだ普に引きずられながら、或斗は2回目の事件現場の繁華街へ向かう。


歩行者天国は既に捜査のための封鎖も解除され、車が走っていて長居できないためだ。


事件現場の2箇所のうち、近いのは或斗がいつも利用している『暁火隊』本部ビルのあるオフィス街から電車で7駅分ほど離れた場所である。


到着すれば、既に死体は回収され解剖に回されているというのに、事件現場周辺は物見遊山の通行人が多く集っていた。


凶悪指名手配犯だったとはいえ、人死にのあった場所を観光気分で見に来るのはいかがなものだろうか、或斗はやや暗い気持ちになる。


或斗を連れた普が現場に近づくと、「此結 普だ」「遠川? だったっけ、授与式の」「捜査かな?」と野次馬はガヤガヤするものの、中々避けてはくれない。


普が苛立ちをあらわに「邪魔だ、散れ」と言えば、好奇心でうろついていた通行人たちはサッと避けていく。


この人普段からこんな態度でよくファンクラブなんかあるな、と思う或斗であったが、ファンクラブに関してはもう他人事と思えない身になってしまったので、そこで思考を止めておいた。


野次馬が程々に散って空いたスペースには、「KEEP OUT」の黄色いテープを張るためのポールが立てられており、その中心が死体展示場所だったのだろうと察せられる。


普が或斗への周囲からの視線を遮るように立ち、「やれ」と言った。


或斗は展示事件の起こった日時を意識して虹眼で黄色いテープの内側を視る。


現在の黄色いテープの張られた景色と重なるように、半透明の過去の風景が見えてくる。


過去の視界では、大勢の人々が避け合いながらこの場所を行き来している。


その足元に、特徴的な紋様が広がったのを或斗は視た。



「ワープトラップ……!?」



人々の足元に広がった紋様は小さく収束すると、人2人分ほどのスペースの中で回転し、その場にグロテスクな死体を発生させた。


瞬間、死臭とその存在感に気づいた周囲の人々が悲鳴を上げて避けていく――そこで過去視を終える。


隣で或斗の様子を見ていた普が、説明しろの視線を向けた。



「死体が出てくる直前、ダンジョントラップの1つ、ワープトラップの紋様が広がって、それによって死体が出てきた、ように視えました……」


「この周辺には規模問わずダンジョンは無いはずだ。ダンジョンの外でワープトラップを使う……?」



怪訝な顔をした普であったが、自分では判断がつかないと考えたのだろう、思考を打ち切って「次へ向かうぞ」と或斗に告げる。


もう1つの現場も見に行って、持ち帰りだな、と零す普の顔は無に近かった。


この情報の持ち帰り先が誰なのか、頭に浮かんでしまったのだろう。


一体、支部 分析所の分析班の何部さんなんだろうか、気の毒に。


或斗の雑な同情を敏に察知した普は或斗のすねを蹴って憂さ晴らしをしてきたが、これから普本人に降りかかるストレスを思えば軽いものかもしれない、或斗は抗議しないでおいた。


もう1つの事件現場でも同じワープトラップの発動を確認した2人は『暁火隊』支部 分析所へ行き、事の経緯を分析所の所長にあたる茂部に説明したのだが、普はその間にいちいち差し挟まれる壮年男性からのセクハラに耐えなければならなかった。


一応『暁火隊』の身内にあたる人物なのだから、或斗1人に説明を任せて外で待っていても良いのに……或斗の説明能力を信用していないというのもあるだろうが、万一にも或斗がセクハラを受けないよう見張っている部分もある気がする、と最近或斗は考えている。


何事につけても発揮される普の責任感は尊敬すべきところでもあるが、こうして本人が損をしている場面も多いのではなかろうか。


栞羽の言う「普ちゃんはもっと肩の力を抜いて生きるべきなんですよね~」というのはこういうところなのだろう。


そんな普の不器用さはともかくとして、分析所での経緯説明の翌日、茂部が本部の情報部へやってきて、日明たちを含めた主要メンバーに情報共有を行った。


初手から始まりそうだった普へのセクハラは或斗が無理やり止めた。


茂部は情報部の部屋奥のスクリーンに持ち込んできた学術論文を映しながら、淡々と説明を始める。



「まず、ワープトラップを含め、ダンジョン特有の魔法は未だに解明、再現された事例は無い」



そのことについてはダンジョン攻略者であれば誰でも知っているような話である、室内の全員が頷いた。



「人間やモンスターの使う魔法ではダンジョンで発生する魔法現象と違い、魔法陣が出ない。人間とモンスターの魔法と、ダンジョン内での魔法現象の大きな違いはそこだな。魔法陣の解析なども行われているものの、何故か同じ紋様をダンジョン外で再現して魔力を込めてもダンジョン魔法現象は発動しない。ダンジョン内で魔法陣を描いた実験はあるのだが、完成形を描いた瞬間から魔法陣は術者の手を離れ、ダンジョン側の装置として機能するようになってしまった、という結果に終わっている」


「人間に魔法陣は扱えないってこと、でしょうか」


「正確に言うならば、ダンジョンで発生する魔法現象を起こすための魔法陣にはダンジョンコアの魔力の波長が必要なのだ、と考えられている、ということだな」


「ダンジョンコア……」



或斗が呟くと、茂部は愛想の無い顔で頷いた。


人間に扱えないのではなく、ダンジョンコアが必要、と言い換えた茂部の意図は明白である。



「『カージャー』の、そしてバル=ケリムのダンジョンコアに関する技術力を鑑みれば、魔法陣を人間の手で、ダンジョン外で利用できるよう解明し再現まで出来ていてもおかしくはない。既に、ゾエーというダンジョンコアに近い能力を持つ幹部の存在も判明しているのだから」



ゾエーのアンデッドモンスター、ゾンビを操る能力はダンジョンコアの働きに近いものである、という話は以前聞いた通りだ。


バル=ケリムが同じ系統の能力を持っていても不思議はない。



「ううん……ダンジョン外でワープトラップが使えることについては説明がつくということは分かりましたけど、ワープで出されるということは、結局止めようがないのでは……?」



或斗が不安げに頭を悩ませていると、栞羽が「そうでもありません」と真面目モードの声で言った。



「系統が違うとはいえ、ワープトラップも魔法的技術の1つです、発動の際には必ず魔法探知に引っかかります。あちらがワープトラップという魔法的手段を使っていることが確定したのは大きな成果です」



そして続けてバル=ケリムのプロファイリングについて共有する。



「バル=ケリムは劇場型犯罪、つまり大衆の注目を集める形の犯行を好んで行っています。ホログラム映像での彼の言動は、計算高くもありながら、結局は合理性より愉悦を取る傾向が強いように見受けられます。その辺りを加味すると、バル=ケリムは同じ状況・場所での展示を繰り返すような"面白くない"ことはしないだろうという予測が立てられます。となれば、次の日曜で最も人の集まることが予測出来る場所――歩行者天国と繁華街を除いた――イベント会場、人気の芸術展などを次の展示場所に狙う可能性が高いかと。絞り込んで、網を張りましょう」



栞羽が日明へ目配せすると、日明は頷いて続きを引き取る。



「警察と私たち『暁火隊』で、情報部の絞り込んだ予測地点を張り、魔法探知が反応した瞬間、魔法陣破壊器具を使う」



魔法陣破壊器具、普の課題図書のうち、早めに履修させられたダンジョン系の本に載っていた道具である。


ダンジョン攻略者向けに、ダンジョントラップを発動途中で破壊して止めるために作られたアイテムなのだが、実際に役立つことはあまりない。


始めは大きな杖型であり、日本がお家芸である小型化を進めに進めて鉛筆程度の大きさまで縮小出来はしたのだが、使い勝手としては微妙であった。


魔法陣破壊器具はダンジョントラップ発動中に魔法陣の紋様に刺すという動作が必要なのである。


だが、ダンジョン攻略中に武器以外のものを手に持っておくのはあまりに舐めプであるし、ダンジョントラップが発動してから取り出して使おうとすると既に遅く、ダンジョントラップは発動し終わっている、という中途半端な結果をもたらす道具なのだ。


一応熟練の攻略者となれば取り出しやすいところに装備しておいて、瞬発的に使うということも可能だそうなのだが、そこまでの実力者となるとそもそもダンジョントラップに引っかかるような間抜けはやらかさないし、ダンジョントラップが発動したとしても大抵は自力で対処可能である。


発明としては素晴らしいものなのだが、床全面が火に包まれるフロアであるとか、そういう使いどころが限定される、ちょっと哀愁漂う道具なのだった。


今もニッチな需要に応えて細々と生産されてはいるようであるから、次の日曜までに数を揃えるのは可能だろう、と日明は頷く。



「絞り込みの精度と、咄嗟に動く現場の人間の反応速度が物を言う作戦だ。次の犯行は必ず阻止するぞ」



果たして次の日曜、人混みの中紛れるようにして、一般人に扮した警察と『暁火隊』のメンバーらが緊張感を抑え込んで朝早くから張り込みを続けていた。


一般人たちは呑気なもので、「今日死体展示起きたらどうする~?」などと言い合い、クスクスと笑っている。


ダンジョン社会になってから、人が死ぬことの重さが旧時代と大きく変わってしまった。


常に死と隣り合わせのダンジョン攻略者や犯罪者まがいのモグリでもない者たち以外にとっては、今回の事件も少し過激なエンターテイメントに過ぎないのだろう。


張り込んでいる『暁火隊』のメンバーらは腹立たしさや虚しさを覚えるも、堪えて張り込みを続けた。


午前11時半頃、最もイベント会場と芸術展の人混みが多くなった時間、警察と『暁火隊』メンバーらが張り込んでいた場所のうち3箇所で同時に魔法探知術式が魔法の発動魔力を検知した。


即座に検知された場所をイヤホンで共有された『暁火隊』メンバーらが動き、発動しかかっている魔法陣に鉛筆ほどの大きさの魔法陣破壊器具を刺す。


魔法陣は3箇所とも、発動しきる前に割れて壊れた。


死体展示事件は事前に防がれたのだ。







事件阻止の報告を受けて、スペード班のK~Jまで詰めていた情報部内はひと時安堵の弛緩した空気に包まれる。


しかし、数十秒後に日明のスマホに急報が入った。


本部ビル受付の似鳥からである。



『日明さん……! 今、本部の入口からバル=ケリムらしき男が入ってきました……!』



目をみはった日明はその場で待機していた或斗と普を連れ、受付へと駆けつける。


ホログラム映像に映っていた通りのケミカルグリーンのボサボサの髪、赤紫の目をぎょろりとさせた眼鏡の青年バル=ケリムは、やはり映像通りのだらしない恰好で呑気に『暁火隊』本部の受付の中を物珍し気に見回していた。


その手には『カージャー』幹部の証である蒼銀の杖を持っている。


バル=ケリムは駆けつけた日明たちへ、ヘラヘラと笑いかける。



「いやぁ、展示ごっこはもうおしまいみたいだねぇ。思ってたよりは早かったかな~さすがは『暁火隊』? それとも"神の器"くん? って感じ~。だからさ、次の遊びを考えてきたよぉ」



直に聞くと神経を逆撫でされるかのような聞き苦しい、調子はずれの喋り方である。


日明と或斗を背後に庇うよう進み出て、剣を構えた普が鋭い視線をバル=ケリムに向ける。



「ごっこ遊び自体、もうしまいだ。今ここでお前をぐちゃめちゃの生ゴミにしてやる」



すぐにでも飛び掛かれる戦闘姿勢に映った普の前でも、バル=ケリムは余裕の顔をしてケラケラと笑った。



「日本サイキョーさん、怖いこわいってぇ。ルール説明くらい聞いてくれても良いじゃない?」



明らかに普をナメ腐った態度に、普は問答を止めバル=ケリムの手足を両断するように剣を振るう。


だが、その瞬間バル=ケリムは普の背後、或斗の目の前にいた。



「新しい遊びはねぇ、タワーディフェンス! 頑張って"ここ"を守ってごらんよぉ、ぼくちゃん」



普が振り返りざまに、今度はバル=ケリムの首を狙って剣を振るうも、バル=ケリムの姿は一瞬で掻き消え、今度は本部ビル内から消えうせた。



「まさか……本人がテレポーテーション能力を持っているというのか……!?」



日明が驚愕の声をあげる。


その直後、『暁火隊』本部ビルのすぐ外から多くの悲鳴が聞こえてくる。


何事かと外へ向かおうとした日明、或斗、普の目の前に、本部ビルの入口の自動ドアのガラスをぶち破って、形容しがたい悍ましい怪物が現れた。


否、怪物と呼称するのはあまりにその存在に対して無情であろう。


それはまったく同じ顔をした5人の人間が、上半身は背中で貼り合わされて癒着しており、蜘蛛型のモンスターの胴体と継ぎ合わされた下半身からは10本の人間の足がわさわさと生えている、キメラ人間とでも言うべき姿かたちをしていた。


他に、オルトロスのように腹の辺りで1つの体にまとめられた4足歩行のキメラ人間、上半身で切断された体が次の上半身の首と繋げられているムカデのような形態のキメラ人間、ともかく一言にはまとめられない様々な悪意の発露が、外から『暁火隊』本部ビルの中へ飛び込んでくる。


それらについている人間の顔はみんなこの世の苦しみ全てを同時に飲み込まされたかのごとき苦悶の表情を浮かべており、まるで『暁火隊』ビルの中に飛び込むことが救いの蜘蛛糸だと言わんばかりの勢いで迫ってくるのだ。



「このキメラたち、まさか……!」



或斗の戦慄に、日明が苦渋を飲んだ顔で答えた。



「顔に見覚えがある、去年救出したBランクダンジョン攻略者たちのクローンだろう……」



普が抜いたままだった剣をキメラ人間たちへ向ける。



「だとしても、自意識を保っているように見えない以上、俺たちに切り捨てる以外の選択肢はない」



或斗は咄嗟に視魂の虹眼でキメラ人間たちを視る。


それは吐き気を催す前動作となってしまった、キメラ人間たちの魂は元の形が分からないほどごちゃごちゃに継ぎ接ぎされて、絶望に濁り切った色で救いを求めるようにうねり狂っているのが視えたのみである。


或斗は口元を押さえ、せり上がった吐き気をどうにか呑み込む。


クローン人間、或斗はあの冬の日を思い出した。


目の前の彼らも、こうして苦しむ魂を持った存在であることに間違いはないのだ、あの日の彼女のように。


先ほどのバル=ケリムの楽し気な声が思い起こされる。


――頑張って"ここ"を守ってごらんよぉ、ぼくちゃん。


或斗たちは今から、この哀れなだけの存在を殺さなくてはならない、『暁火隊』の拠点と、人々を守るために。


本部ビルのすぐ外にワープで出されているのだろう、次々と本部ビルの中へ押し寄せてくる人間の形を残したキメラたちへ、或斗は血が滲むほど唇を強く噛んで、虹眼を向けた。


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