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54 次の遊び

前回の最後付近を飛ばした人向けまとめ「キメラ化改造されたクローン人間がいっぱい襲ってきた!」

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陰惨な容貌のキメラ人間たちの攻撃、あるいは目的の無い特攻、救いを求める行進は、1時間ほどで終わった。


"1度目"は、である。


『暁火隊』メンバーらがキメラ人間たちの死体の回収、分析班への輸送、視覚的にも嗅覚的にも散々な様相に変わった本部ビル1階受付の掃除に手をつけ始めたところで、2度目の襲撃が発生し、ほとんど休む間もなく応戦せざるを得なくなった。


2度目の襲撃は夜も遅くのことであり、またキメラ人間の異様な風体に、対人戦闘慣れとグロ耐性の無いメンバーは戦線から下げなければならなかったため、対応できる人数は必然少なくなる。


少人数でキメラ人間の波をさばいていかねばならず、2回目の戦闘では怪我人も出た。


幸いというべきか、キメラ人間の攻撃には毒などは仕込まれておらず、怪我人もポーションだけで戦線復帰可能であった。


バル=ケリムが悪辣なだけの人間であれば、おそらくキメラ人間の攻撃はもっと凶悪なものになっていただろう。


やはりバル=ケリムにとっては「ゲーム」に過ぎないのだ、と知らしめられる。


このキメラ人間の襲撃は時間帯を問わず、朝昼晩といつでも起こる。


また本部ビル外の人々へ被害を出さないために、警戒範囲を広くとる必要もあり、襲撃への対処は難を極めた。


キメラ人間たちは死体展示と同様、ワープトラップで送り込まれている。


それならばと展示事件の阻止と同じ方法で魔法陣破壊器具を使う案もあり、実行もされたのだが、地上のワープトラップを破壊してみれば、ペナルティとばかりにビルの屋上などからキメラ人間が湧いては降ってくる地獄の光景が繰り広げられる。


死体展示会を1度の魔法陣破壊で取りやめたのは飽くまでバル=ケリムの気まぐれの結果であって、どこにでも出せるらしいワープトラップをどうこうして襲撃を防ぐ、というのは不可能に近いようだと分かった。



「タワーディフェンス、とはよくも言ったものだ。ゲームマスターでもやっているつもりか」



日明が険しい顔で唸る。


魔法陣破壊が有効でない時点で、『暁火隊』は常に後手に回らざるを得ない状況になる。


また、キメラ人間たちはBランクダンジョン攻略者たちが元になっているだけあって、異様な見た目に引けを取らずある程度以上には強い。


『暁火隊』は通常任務や巳宝堂関係への対処を後回しにしてでも、本部ビルの防衛に手を割かねばならなかった。


何せ『暁火隊』本部ビルがあるのはオフィス街の中心区域である、もし『暁火隊』が本部を放棄せねばならなくなった場合、隣ないし周囲のビルへキメラ人間たちが押し寄せないとも限らない。


ある程度近くの企業やパーティは既に避難をしているが、キメラ人間たち、そしてバル=ケリムの行動が読めない以上はどこまで被害が広がるかわからない。


『暁火隊』が引きつけ、始末をつけるより他はないのだ。


だが、人手の不足はかなりの問題でもあった。


先に述べた通り、キメラ人間たちの有様から対峙出来る戦闘メンバーは限られていたし、その中でも何度も続く襲撃によって、人間の形を残した化け物を殺す経験の連続に精神が参ってしまう戦闘メンバーも何人か居た。


戸ヶ森などは途中までは懸命に感情を殺してキメラ人間たちを処理していたが、堰をきったように涙が止まらなくなる症状が現れて、田村医師の診察のち自宅療養となった。


対処出来ないメンバーは外の依頼を出来る限りこなすことでパーティに貢献していたが、本部に帰投出来ず、業務には様々な支障が生じていた。


かつ、キメラ人間たちへ対応可能なごく少数の戦闘メンバーたち、或斗と普もこの中に入っているが、全員本部ビルに泊まり込んで常に襲撃に備えていなければならなかった。


食事と睡眠はごく短い時間、ローテーションでとり、風呂には入れず清拭で済ます。


キメラ人間の襲撃に備える戦闘メンバーたちは今までにないほどの緊張感をもって、本部防衛の任にあたっていた。







或斗は、気づけば闇の中にあった。


何も見えない、自分の指先すら感じられない暗闇の中で、知らぬ人々の悲鳴と、呻きと、嘆きとがずっと或斗の意識を削るように響いていた。


ふと、或斗の足元を掴む真白い手があった。


見下ろせば、或斗の殺したキメラ人間たちが闇の中から這いずり出て来て、或斗の体に取りつき、口々に懇願する。



「いたい」


「くるしい」


「助けて」


「殺さないで」



そのキメラ人間たちの顔がぐんにゃりと歪んだかと思えば、未零クローンの容貌かたちに変わる。


たくさんの未零クローンたちが、背筋の寒くなるような苦悶の顔を浮かべて、或斗の瞳へ真白い手を伸ばす――


そこで、或斗は目を開き、バッと上体を起こした。


夜の暗がりの中、寝息と誰かのいびきが聞こえてくる……ここは『暁火隊』本部ビル4階、仮眠室である。


悪夢を見ていたのだ、と気づくまで詰めていた息を、或斗はゆっくりと吐き出した。


見回せば、或斗以外に数名、キメラ人間に対応する戦闘メンバーたちが仮眠をとっていたが、誰もが眉間に皺を寄せて眠っていた。


或斗はふと、隣のソファで同時刻から仮眠をとっていたはずの普が居ないことに気が付いた。


先ほどの悪夢のせいだろうか、足下が揺れて崩れるかのごとき不安を感じていた或斗は、フラフラと仮眠室を出て、普の姿を探す。


普は同じ階、すぐ行ったところの休憩室にいた。


休憩室の自動販売機で無糖の紅茶と温かい緑茶を買っている。


流石、普は適性A、肉体だけでなく精神的にも強い人だ、顔に疲れの1つも浮かべてはいなかった。


或斗は……或斗は今の自分は、随分と酷い形相になっているだろうと自覚がある。


普ほどではなくとも、もう少し気を強く持たなければならないと、少し未熟を恥じた。


或斗が休憩室に来たのにすぐに気づいた普は或斗の方へ向かって歩いてきて、温かい緑茶のペットボトルを或斗の頬にペシペシと当てた。



「……俺の、ですか?」


「俺が1人で2本も飲むわけないだろうが、馬鹿か」



或斗が不思議そうに尋ねれば、普は呆れ顔で緑茶を或斗に押し付ける。


もしかすると、或斗が悪夢でうなされていたのに気づいて、わざわざ買いに来てくれていたのかもしれない。


或斗は手元の緑茶のあたたかさと普の珍しい気遣いに心が静められるように感じて、ほっと息をついた。



「ありがとうございます……」


「飲んだら仮眠に戻れよ」



そう言いつつも、普は或斗が緑茶を飲み終わるまで待ってくれるようであった。


近い場所のテーブルに座って足を組み、紅茶を飲んでいる。


普段ではありえない気遣いレベルの高さに、何だか後が怖い気もしたけれども、おそらくはそれだけ或斗が酷い顔をしていたということなのだろう。


或斗も大人しく普の向かいに座り、緑茶を少しずつ飲んだ。



「襲撃は……3時間前ので10回目、でしたよね」



気持ちを落ち着けるため話を振るも、話題が襲撃の件になってしまうのは避けられない。


本部に泊まり込みはじめて1週間経つ、他に明るい話も思いつかなかった。



「よくもあれだけキショいバリエーションを思いつくもんだ、頭のイカレぶりは前任者を遥かに超えてるな」



普の言うものがキメラ人間の構造のことであると分かり、或斗は眉を寄せて頷く。


そも、「カージャー」は仮称物質Xを使って飛竜レベルのモンスターすら操る術を持っているのだ、襲撃するにしても、わざわざキメラ人間など使わず相応に強いモンスターを送り込めば済む話である。


それを敢えてキメラ人間にしているのは、やはりバル=ケリムの趣味、悪癖によるのだろう。


その思考も、嗜好も、或斗には到底理解出来なかった。



「ついでに世間のクソどもは好き放題言ってやがる、情報部が火消ししてこれか」



普が紅茶を飲みながら見ていたスマホをテーブルにポイと投げ置く。


その画面には、「『暁火隊』を襲う化け物集団! 惨状に嘔吐するメンバーも」などとタイトルのあるネット記事が表示されており、今回の『暁火隊』本部ビル襲撃事件について書き立てているようだった。


記事のコメント欄には、周囲から見た事実以外にも、『暁火隊』が狙われたせいで周辺のオフィス区画は仕事にならない状況が続いているとか、『暁火隊』に所属しているくせに化け物と闘えないメンバーが居て不甲斐ない、そのせいで対処が遅れているのだとか、批判の声も多く書き込まれていた。


或斗は世間の放言に戸惑い、同時に腹が立った。


涙が止まらなくなるまでキメラ人間に立ち向かった戸ヶ森や、精神を擦り減らしながら戦っている他の戦闘メンバー、それを支えてくれる後方支援部隊の皆を侮辱された気がして、反感を吞み込めなかった。


そして、世間がこのように言い立てることさえ、バル=ケリムは面白がって観察しているのだろうと思うと、バル=ケリムという人間の異様さ、数段高いところから"ゲームマスター"としてこちらを見下ろしてきている視線のいやらしさを強く感じて、不快感が増した。


腹に溜まった様々に対する澱のような感情を、温くなってきた緑茶で流し込む。


そうしているうち、休憩室に日明がやってくる。


日明は『暁火隊』リーダーとしての仕事に加えて、キメラ人間の襲撃の際は戦闘に参加してもいるため、きっと誰より疲れているだろう。


それでもリーダーとして平気な顔をして前線に立ち続ける、『暁火隊』を率いる日明という人物の重みを今回或斗は再認識させられた気分であった。



「普、或斗くん、ここにいたか」



そんな日明は、手にタブレット端末を持っていた。








『10回目の拠点防衛おめでと~~~~~!! パパパパーン!! あ、これクラッカーの音ね、今日日どこにも売ってないから口で言っといた! ボクの作品たち、どうだったぁ? ムカデ状のやつとか、傑作だったでしょ! 旧時代のマイナー映画かよって! アレはボクなりにムカデ型に近づける工夫を凝らしたやつで、まあでもすぐ飽きちゃったんだけどね! いやさぁ、ホントはもっとこう、『暁火隊』のみんなたちが泣いてごめんなさいするくらいまで続けたかったんだけどサ、クローン人間のストック切れちゃった! てへ! だからこの遊びはおーしまい! 次の遊びはかくれんぼに決定しました~~~!! イェ~イ! ボクの研究所を探し当ててみてごらんよ~、出来たら褒めてあげる! 運の良い人には豪華賞品もあったりなかったり! てなわけでぇ、まったね~』



仮眠をとっていた他の戦闘メンバーも集められ、バル=ケリムの新しい挑戦状を観せられる。


日明の持っていた端末から流れるホログラム映像ではバル=ケリムがピエロのように楽しげで滑稽な動作を取りながら、このように言っていた。


無論、その言葉をすぐに信じるほど『暁火隊』は愚かでない、1週間ほどは今までと同じ厳戒態勢を敷いていたが、襲撃はその後一切起きなかった。


流石にこれ以上の警戒はメンバーらの精神的に厳しいと判断した日明が、本部ビルに詰めていた戦闘メンバーたちを解散させ、自宅へ帰すことを決定した。


或斗も無人タクシーの中でうたた寝しながら、普と共に普のマンションへと帰る。


この1年強ですっかり慣れた最高級マンション、その普の部屋へ2週間ぶりに立ち入ると、久しぶりの空気……においというのともまた少し違うのだが、不思議な感覚に包まれて、確かに普の家だという確信を得られた。


懐かしいような、どうにも力の抜けるような、これを安心感というのだろうか。


或斗は思わず、感じたことをそのまま口に出した。



「普さんがいる場所ならどこでも同じだと思ってましたけど、家って安心するものなんですね」



15歳まで過ごした孤児院はとても安心など出来る場所ではなかったし、その後住んでいた家は元他人の家であって、処々置いてある小物や元の持ち主の趣味だろうカーテンの柄、それらのどこからも受け入れられている感じがしなかった。


普の部屋は、その家よりずっと物が少なくシンプルであったが、確かに1年以上ここで過ごし、普と朝夕会話を交わした思い出がある。


いつか戸ヶ森の言っていた家への愛着というものは、こういう感覚のことだったのだろうか、今回帰れない状態が続いたからこそ理解出来た。


一方の普は、考えなしに発言した或斗を引っぱたくでもなく、お前はただの居候だろうがと怒るでもなく、或斗を胡乱な目で見てから、何故か眉を寄せて考え込む。


珍しいこともあるものだ。



「どうしたんですか?」



或斗も疲れと、家に帰り着いた安心感で頭がぼんやりとしていて、ただでさえ難しい普の内心の動きはよく分からなかった。


普は或斗の問いには答えず、1人で思索を終わらせるとジロリと或斗を睨んだ。



「風呂に入って一旦寝ろ。その後は出かける」



それだけ言って、普は着替えでも取りに行ったのだろうか、自室へと去る。


或斗はよく分からなかったが、とりあえず頷いておいた。


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