篤也と刑事は公園の真ん中で、ご近所迷惑な言い争いを続けていた。
「そもそも、私を疑う根拠はなんだ? なんか怪しいとかでは、まったく理由にならんぞ!」
「なんかどころか、振る舞いが犯人そのものだったじゃないか!」
「バカめ。どこの世界に放火したマンションの前で高笑いをあげる犯人がいるというのだ? テレビや漫画の見過ぎだ!」
ビシッと指を突きつける篤也。その肩でコカトリスが「コケー」っとバカにしたような声をあげた。
すっかりヒートアップしているらしく刑事も拳を握りしめて言い返す。
「それだけじゃない! 調べたところ、火元もあんたの部屋辺りだったんだ!」
これは初耳だった。
なんとなく眺めていた希美は、やはりなんとなく眺めていたエイダと顔を見合わせる。
一方の篤也は動揺するどころか、さらにバカにしきった笑みを浮かべた。
「だからどうしたというのだ。普通に考えろ、普通に。いったい何が悲しくて自分の部屋に火などつけねばならんのだ! 私はあの火事のせいで大切なお宝をすべて失ってしまったのだぞ!」
「お宝だって?」
「そうだ。これまでの教員生活で、密かに撮りためていた女子高生お宝生写真の数々だ!」
「なんだそりゃ!? それこそ犯罪っぽいじゃないか!」
「フッ……。今さら問題にしようとしても無駄だ。証拠はすべて灰になってしまったのだからな」
「くそっ……って、いや待て! それが動機なんじゃないのか!?」
「ハハハハハッ! バカめ、今さら気づいてももう遅い!」
「その発言、思いっきり、自分が犯人だって認めているじゃないか!」
「だからお前はアホなのだ。私がいくらボロを出そうと、そのすべては
「くそぅぅぅっ!」
涙目で地団駄を踏む刑事。
最初は止めるつもりでいた希美だが、いざその場に来てみると、なんだかバカらしくなってきた。
それでもひとつだけ聞き逃せない点があったので、念のために訊ねておく。
「なあ、先生。今、火元の話が出たけど……」
「バカバカしい話だ。私は自室で焚き火をすることなど滅多にない」
「たまにはあるのか!? 自室で焚き火とかおかしすぎるだろ!?」
刑事は目を剥いて喚き散らすが、希美もエイダも今さら、こんな冗談を真に受けはしない。
「火元は先生の部屋辺りって話だったけど、確かその刑事さんって先生のお隣さんだよな?」
今朝の話を思い返しながら希美が訊ねると、篤也は明答を得たように目を光らせた。
「なるほど! そういうことか、真犯人よ!」
探偵ドラマの主人公のように、大見得を切って指先を突きつける。もちろん相手は自分につきまとっている刑事だ。
「どうにもしつこいから変だとは思ったが、ようするに貴様は自分の罪を私に被せるつもりだったのだな!」
「ち、違う! お、俺は刑事だぞ! 刑事がそんなことするはずがないだろ!」
「バカめ、刑事が犯人だなどというのは、テレビや漫画では使い古されたお決まりのパターンだ!」
「どっちが、テレビの見過ぎだよ!?」
諍いを再会したふたりを眺めながらエイダが小首を傾げる。
「なんか、あの刑事さん、妙に動揺してませんか?」
「そうだな。難癖をつけられてキレたにしては、どうにも反応が引っかかる」
この会話が聞こえたらしく、篤也は勝ち誇った顔を刑事に向けた。
「聞いてのとおりだ、放火魔
希美もエイダもそんな学園に通った覚えはないのだが、いちいちツッコミを入れるのも面倒なので黙っていた。
一方の刑事は焦りを隠すことさえできないらしく、必死の形相を浮かべる。
「ち、違うんだ君たち! 僕は刑事だ! 放火犯なんかじゃない!」
「なぜ女子高生相手に、そこまで必死に弁明する? そもそも貴様の一人称は俺ではなかったか?」
意地悪く指摘する篤也。その肩ではコカトリスが「クックックッ」と含み笑いを漏らすように鳴き、エイダは肩をすくめながら、分かりきったことを口にした。
「悲しい男のさがですね。カワイイ娘には悪く思われたくないのでしょう」
「だったら、放火なんかしなければいいのに」
つぶやく希美。それは小さな声だったが、刑事は聞き取ったらしく、意を決したように顔をあげた。
「分かったよ、信じてもらえないかもしれないけど本当のことを話す!」
「けしからんな。今まで嘘を吐いていたのか」
「黙れ!」
篤也のつぶやきに怒りの形相を向けると、刑事は先ほどのお返しでもするかのように篤也に指を突きつけた。そして糾弾するかのように叫ぶ。
「この男は普通の人間じゃない! 怪しげな超能力を使う妖術師なんだ!」
希美とエイダはもう一度顔を見合わせる。
正確には魔術を操る魔術師だが、裏社会についての知識がない人間が、正式な名称を知らないのは無理のない話だ。
ただ、篤也がその事実を一般人に気取られたことは正直驚きだった。
とある理由から変人を装ってはいるが、元々篤也は裏社会で名を馳せた凄腕のエージェントだ。超常の力の秘匿には仲間内の誰よりも慎重なはずである。
だが、それでもその力を人助けに使っている以上、どこかで見られたとしても不思議ではないのかもしれない。そう考え直す希美だが、どちらにせよ篤也は動揺することすらなく、平然と告げた。
「いよいよボロが出たな。超能力や妖術など、そんな非科学的なものが、この世に存在するものか。やはり貴様はテレビや漫画の見過ぎだ」
魔術師でありながら、常識的な返答をするが、これは裏社会の人間としてはマニュアル通りの対応だ。相手がカマをかけている可能性がある以上、わざわざ自分から真相を暴露するのは愚策でしかない。
だが、相手は確信があるらしく、強気な顔をしたままポケットからライターを取り出した。
「とぼけたって無駄だ! お前が放火魔である証拠を見せてやる!」
台詞と行動がむしろ正反対な気がしたのだが、希美たちがツッコミを入れる間もなく、彼は回転式やすりを親指でこするようにして火をつける。
ごく当たり前に小さな火が灯るが、その瞬間、コカトリスがいつになく鋭い声を発した。
反射的に身構えた希美は、刑事が手にしたライターに異様な魔力が集まるのを感じて声をあげる。
「危ない!」
次の瞬間、ライターの火は爆発的に膨れあがり、そこからいくつもの火の玉が飛び出して踊り狂うように宙を舞った。