玉座から響き来る怒りの雄叫びは延々と続いてはいたものの、流石にトーンダウンしてきた。
そして徐々に呪詛の如き呟きへと変わりつつあった。
「あ~、このクソったれ勇者!
コイツもう絶対に調子乗ってるよな!
戦いはアホみたいに強いし滅法イケメンだし、背は程良く高いし金髪だし、それに加えて碧眼だし!
おまけにだ!
おまけにコミュ強の超絶陽キャラなんだぜ?
自分がこの世の中心だくらいに思ってるぜ絶対よぉ!」
一呼吸置いてから、魔王様は叫ぶようにしてこう告げる。
「あとあれだ!
この腐れ勇者な、絶対に女神官とデキてるぜ!」
淀みなく繰り出される詠唱のような呟きに促され、私も魔王様の前に浮かぶ万眼鏡へと視線を遣る。
鏡の中には天に剣を翳して勝利を神々へと奉じる忌々しき勇者の姿と、頬を染めながら勇者の下にいそいそと駆け寄る可憐な女神官の姿があった。
私は思わず「フン!」と荒々しく鼻息を噴き出してしまう。
何とも言えぬ不愉快な思いが胸に込み上げたのだ。
「おぅ、知ってるか?
この女神官サマの素性をよ?」と、魔王様が無作法な口調にて私に問い掛けて来る。
「いえ……、恥ずかしながら存じ申し上げませぬ。
果たして何者なのでしょうか?」
目を伏せつつ、いかにも戸惑った様にて答えを返す。
私はこれでも魔王軍の重臣だ。
軍の司令官として魔王様を補佐する立場に在る。
そんな私が怨敵たる勇者一味の氏素性を知らぬ訳など無い。
けれども、ここは調子を合わせるに限るのだ。
私の答えを耳にした魔王様はしたり顔でニヤリと笑い、それからこう口にする。
「驚くなよ!
この女神官サマはな……、アウグスタ皇国の第三皇女サマなんだぜ!
お姫様な上に類い希なる美少女、そして稀有なる魔力も持ち合わせてるんだ。
人間の神サマとやらは随分とまた不公平なもんだよな!」と。
大袈裟に驚いて見せた私の様に気を良くしたのか、魔王様はドヤっとした笑みをその顔に浮かべる。
そうなのだ。
勇者にひたっとその身を寄せて、頬を赤らめつつ勝利を言祝いでいる美しくも可憐なる女神官は、人間界屈指の大国のひとつであるアウグスタ皇国の『お姫さま』なのだ。
アウグスタ皇国は祭政一致の政体であり、元首である女皇は国教の最高神官でもあるとのこと。
女皇の家系は代々高い魔力を持っており、件のお姫様神官は、歴代の家系の中でも抜きん出た力を持っているとのことだ。
「あ~ぁ、なんかムカつくよな…。
この勇者よぉ、絶対にこう思ってるぜ!
『憎っくき魔王を倒した暁には、女皇サマの許しを得、ご褒美として可愛い可愛いこの姫神官ちゃんと結婚しよう!』ってな!
なんかよぉ、ガッツンと痛い目に遭わしてやりたいよな……」
魔王様は相も変わらずブツブツと呪詛めいた言葉を零し続けている。
しかし、それは唐突に途絶えた。
訝しく思って魔王様のほうを見遣ると、我が主は玉座の上に仁王立ちとなっていた。
その目をギラギラを輝かせ、凶悪な笑みをその顔に浮かべながら。
そして、右腕をスッと上に挙げ、天井を指差しながらこう叫んだ。
「よし、決めた!
俺様は決めたぞ!!!
勇者も賢者も戦士も皆殺しだ!
ブッ殺してやる!
ギタギタに八つ裂きにして、城の地下で飼ってるピペル豚の餌にしてくれるわ!
そして、あの姫神官ちゃんは……!
生け捕りにして、我が慰み者にしてくれよう!!!
我が眼前にて戦慄的な触手責めの辱めを与えてやるのだ!
愚かなる人間共に、比類無き絶望と悲しみ、そして無力感とを味あわせてくれようぞ!」
あぁ、また触手か……、と内心にてボヤく私。
ここ最近、魔王様は随分と触手にご執心であらせられる。
邪法にて造り出した触手に
如何に主であるとは言え、正視し難い有様なのだ。
身内である淫魔ですら嬲りものにするというのに、怨敵なるお姫様神官を囚えたならば、随分と気の毒なことになってしまうのだろう。