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第6話……再会の冷凍庫

「ありがとうございます!」

「本当に助かりました!」


「いえ、少ないですが…」


 惑星アーバレストの人口1200万のうち、85%は8つの居住コロニーのドームに暮らし、残り15%は砂漠に点在する小さな集落に住んでいる。

 私はクリシュナを操艦し、これらの集落に飲料水を配給して回った。タンクに満ちた淡水は、クリシュナの海水淡水化装置が生み出した命の源だ。


「ありがたい、ありがたい!」

「お兄さん、ありがとう!」


 集落の人々の熱烈な感謝が、私の胸を熱くする。

 惑星アーバレストの水不足は深刻で、笑顔と涙で迎えられるたび、その重みを痛感した。


 戦場で敵を屠ってきた私は、一般人から疎まれ、恐れられる存在だった。

 だが、ここでは違う。給料以上の報酬――人々の笑顔が、私の心に深く刻まれるのだ。


 私はクリシュナを操り、水だけでなく食料や医療品も配給する。

 どの集落でも歓迎され、戦士としてではなく、希望の使者として見られる感覚は、バイオロイドの私にすら新鮮だった。



 夕刻。赤い砂漠に陽が沈む。


『着陸予定地点の変更を確認! 速度減速、微速0.02%。』

『こちら管制塔、クリシュナの入港を許可!』

「了解!」


 初めて、クリシュナは荒野ではなく、ライス伯爵の館がある第一コロニーの空港に降り立つ。

 誘導灯が規則正しく点滅し、まるで私を歓迎する光の道のようだ。

 艦橋の窓から見えるコロニーの夜景は、星々の輝きと溶け合い、息をのむほど美しい。


『C-7番区画へ移動してください!』


「了解!」


 クリシュナは牽引車に導かれ、空港の片隅に静かに収まる。私は艦橋から降り、フランツに出迎えられた。


「カーヴ殿、ご苦労様」


 彼の声には、いつもの厳しさの中に温かみが滲む。


「ありがとうございます」


 私は軽く敬礼した。この日、私はまるで英雄のような気分だった。


 簡易寝台に転がり、安物の葡萄酒を傾ける。酸っぱい味が、疲れた体に染みる。明日が休みだ。何をしようか。セーラの笑顔、ポコリンの「ぽこぽこ」、そしてクリシュナの鼓動を思い出しながら、瞼が重くなる。



 翌日。


 休日とはいえ、することがない。

 私はクリシュナの整備に向かった。この艦の技術はアーバレストの文明を遥かに超えている。

 空港の整備員に一部を任せるが、根本的な作業は私一人でこなすしかない。


「何か食い物でも残ってないかな…」


 艦の食料冷凍庫を開ける。そこには、地球連合の保存食やスペース・バイソンの肉が眠っている。だが、ふと視界の端に異様なものが映った。


「…!?」


 二足歩行のブタ型バイオロイド。冷凍庫の中で、氷に閉ざされたまま眠っている。

 見覚えのある姿――クリシュナの料理担当、ブルー2等宙曹だ。


『蘇生工程を開始します!』


 私は急いで彼を自動医療システムに運び、解凍と蘇生を試みる。

 急速冷凍が適切なら、生き返る可能性は高い。システムが稼働し、モニターに生命反応が戻った。


「……ブヒ!? ここはどこだ?」


「おはよう、ブルー。よく眠れたか?」


 ブルーはビア樽のような体を起こし、柔らかなブタの肌を震わせる。得意料理はカツサンド。だが、たまにマスタードを忘れるのが玉に瑕だ。


「あっ、カーヴ准尉!」


 彼は私を見て敬礼する。私は敬礼を返し、この別次元での状況を説明した。

 アーバレスト、ライス伯爵領、クリシュナの漂着。そして、生存者が私とポコリンだけだったこと。


「……つまり、ここは遠い星か、次元が違う世界ってことですかい?」


「たぶん、な……」


 ブルーは物質サンプルのデータを見て目を丸くする。未知の物質、異なる物理法則。この星が地球連合の宇宙と隔絶している事実に、彼も私と同じく衝撃を受けたようだった。


「他の乗組員は…?」


「分からない。今のところ、お前と私だけだ。」


 ブルーは寝ぼけたような目をこすり、窓の外のアーバレストの空を見つめる。

 その視線には、故郷を失った寂しさが滲んでいた。




☆★☆★☆


 翌日。

 第一コロニーの館で、フランツにブルーを紹介した。


「ようこそ、ブルー君。カーヴ殿の手伝いを頼む!」


「はい、了解しました!」


 ブルーがビア樽のような体を揺らし、敬礼する。

 途中、セーラとも顔を合わせた。


「ブルーさん、よろしくね!」


「はい、お嬢様!」


 ブルーは少し緊張した様子で、ブタの鼻をヒクヒクさせながら挨拶を返す。セーラの無垢な笑顔が、館の応接室を明るくした。


「……で、旦那、仕事って何ですかい?」


 ブルーが私に尋ねる。彼の「旦那」は、地球連合軍での階級差からくる呼び方だ。准尉の私が、2等宙曹の彼より上だからだ。


「今日の仕事はこれだ!」


 私はコロニーの倉庫に積み上げられた、ドラム缶の山を指す。真水を満載した無数のドラム缶を、待機するトラックに積み込む任務だ。


「げげげ! すげえ数! 文明的な仕事じゃねえですぜ!」


 ブルーが目を丸くする。


「はは、そもそも俺たちは人間様じゃない。まぁ、頑張ろうぜ!」


「ブヒ!」


 ブルーが気合を入れる。

 灼熱のアーバレストの陽光の下、汗は流れないが強化繊維のボディが軋む。私とブルーは、ドラム缶を一つ一つトラックに積み上げた。午前中だというのに、コロニーの外はまるで溶鉱炉のようだった。


「ありがとう!」

「おかげで助かります!」


 集落での水配給は、いつも通り熱烈な感謝で迎えられる。ブルーは最初こそ戸惑っていたが、笑顔と涙に迎えられるたび、ブタの鼻を誇らしげに鳴らす。


「旦那、意外とこの仕事、悪くねえですね!」


「だろ? 暑さが玉に瑕だがな。」


「違ぇねえ!」


 陽が沈むまで、私たちは笑い合いながら水を配った。給水所のトラックに群がる人々の列は、果てしなく長かった。だが、その笑顔が、私たちの胸に温かな達成感を刻む。



 数日後。

 フランツが新たな任務を携えて現れた。


「カーヴ殿。お嬢様と決めたことだが、君にA-22地区の開発を任せたい。」


 彼が広げた地図は、第一コロニーの近くの荒れ地を示していた。


「具体的に何をすれば?」


「詳細は君に任せるが、練兵場を整備してほしい。いずれ、マーダ連邦を倒さねばならん」


 フランツの声には、静かな決意が宿る。

 ライス伯爵家が属する解放同盟軍の歴史を、彼は語った。


 元は王家を中心とした勢力だったが、首都星系がマーダ連邦の奇襲で占領され、王家は行方不明。各星系の貴族たちが立ち上がり、自由解放同盟を結成し、抵抗を続けているという。


「でもよ、旦那、マーダ連邦ってどんな奴らです? ひょっとしたら良いヤツじゃねえですかい?」


 ブルーがフランツに尋ねる。

 フランツは無言でモニターのスイッチを入れる。映し出されたのは、紫色の皮膚と黄色い眼球を持つ異形の兵士たちだった。


「げげ!?」


 ブルーが後ずさる。


「ちなみに、彼らは我々を喰う…」


 フランツの声は冷ややかだ。


「……戦うしかねえですな!」


 ブルーの鼻が震える。

 食うか食われるか。戦場を知る私には、聞き慣れた言葉だ。

 だが、この異世界での戦いは、地球連合のそれとは異なる何かを感じさせた。


 セーラの笑顔、ブルーの鼻息、ポコリンの「ぽこぽこ」。この星での絆を胸に、私は新たな任地への覚悟を固めたのであった。


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