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第7話……砂塵の戦場

「カーヴさん! 大変です!」


 A-22地区の荒れ地で、ブルーと鉄条網を敷設している最中、セーラが息を切らして駆け込んできた。金褐色の髪が砂塵に揺れ、ライトブラウンの瞳に焦りが滲む。


「どうしました、お嬢様?」


「そ、それが…フランツが誘拐されたの!」


「え!?」


 ブルーと私が同時に声を上げる。

 セーラの運転する車に飛び乗り、第一コロニーの館へと急ぐ。


 館の地下室には、ライス伯爵領の臨時司令施設が設けられており、士官たちが緊張した面持ちで詰めていた。モニターには地図やデータが映し出され、ざわめきが響く。


「現状は!?」


 私が情報士官らしき男に尋ねる。


「お嬢様、この方は……?」


 士官は私を疑わしげに見つめ、答えを渋る。


 当然の反応だ。

 別次元から来たバイオロイドが、突然司令室に現れたのだから。


「この人たちは私の友達よ。頼りになるの。説明してあげて!」


 セーラの声が鋭く響く。

 「お友達」という言葉に、士官たちは一瞬戸惑うが、すぐに恭しく敬礼する。

 友達というより、いつも明らかに部下扱いだ。私は苦笑しつつ、ブルーと目を合わせる。


「かしこまりました」


 士官がモニターを指す。


「状況は逼迫しています。相手は惑星最大のテロ組織バーミアン。山岳地帯にアジトを構え、優れた対空レーダーと対空ミサイルを装備しています。空からの攻撃は絶望的です」


 テロ組織が険しい地形に拠点を構えるのは戦術の常。対空兵器が揃っていれば、クリシュナのような大型艦での接近は自殺行為かもしれない。


「相手の要求は?」


 私が問う。


「はっ! 新たな水利権の引き渡しを求めています!」


「……あ」


 ブルーと顔を見合わせる。

 きっと、クリシュナの海水淡水化装置が生み出す真水のことだ。アーバレストの砂漠地帯では、飲料水は金やダイヤモンド以上の価値を持つ。この水を巡る争いが、フランツの誘拐に繋がったのだった。


「で、どうしたものか……?」


 士官がセーラの顔色を窺う。

 貴族家の家宰が囚われたとはいえ、テロリストの要求に安易に応じるのは悪手だ。


「カーヴ、どうしましょう?」


 セーラが私を見つめる。彼女の声には、司令官としての責任と、フランツを想う少女の不安が混じる。


「とりあえず、私が偵察に行きます。それから作戦を立ててはどうでしょう?」


 セーラと士官たちが顔を見合わせる。他に妙案もないようだ。やがて、セーラが頷いた。


「お願い、カーヴ。」


 私は敬礼し、ブルーに目配せする。


「……準備しろ。クリシュナの出番だ。」




☆★☆★☆


「よし、運転は任すぞ!」


「あいよ、旦那!」


 クリシュナの格納庫から、隠蔽型ステレス戦車を引っ張り出す。

 私は車長兼照準手の席に座り、ブルーに操縦を託した。戦車のコックピットは、戦艦の艦橋とは異なる狭さだが、戦場特有の緊張感が体を駆け巡る。


『戦術コンピューターとの連動率99.9986%、オールグリーン!』

 副脳を戦車のシステムに同期させる。陸戦は私の専門外だが、地球連合軍での戦闘経験は数え切れない。

 蓄積された戦術データを戦車に注入し、即席の戦闘マシンに変える。ブルーのブタ鼻がヒクヒクと鳴り、気合が入っているのが分かった。


 士官から渡された地図を頼りに、戦車はアーバレストの荒野と砂漠を疾走する。

 戦術コンピューターが周囲の風景に合わせて映像偽装を施し、戦車を砂塵に溶け込ませる。

 だが、足回りが巻き上げる土煙だけは隠せない。まるで私の存在そのものが、この星に刻まれる痕跡のようだった。


「そろそろ敵のアジトだ。速度を落とせ!」


「あいよ、旦那!」


 ブルーがエンジン出力を絞り、戦車の唸りを抑える。音と赤外線の露出を最小限にし、山岳地帯に潜り込む。


『3時の方角、非生命体の赤外線反応!』


 副脳が戦車のセンサーと連動し、敵を捕捉。

 私は視界を地上望遠モードに切り替え、倍率を上げる。


 岩陰に隠れた地対空ビームバルカンの銃座が姿を現す。テロリストの偽装は甘い。正規軍ならこんなミスはしない。バーミアンの限界が、そこにあった。


「徹甲弾を解除、無音榴弾を装填!」


「了解!」


 ブルーが装填手を兼ね、1秒足らずで無音榴弾をセット。消音機付きの120mmレールガンが、くぐもった音を響かせる。


――ドフゥ!


 榴弾が銃座を粉砕。敵には反応する暇すら与えなかった。静かな死が、山岳に響く。


『11時方向、装甲車2両!』


 隠蔽速度を維持しつつ、次々と敵を捕捉。徹甲弾を2発放ち、装甲車の装甲を貫く。爆炎が砂漠に舞い、敵の息の根を止めた。


「よし、速度を上げろ!」


「了解!」


 敵はすでに警戒態勢に入っているはずだ。隠蔽より速度を優先し、戦車を疾走させる。


『2時方向、対空レーダー施設!』


 巨大なアンテナが空を睨む。本命だ。私は硬芯榴弾を立て続けに発射。レーダー施設と対空砲陣地が、爆音と共に吹き飛ぶ。


――ゴン!


 突然、戦車が激しく揺れる。敵弾の直撃だ。


『車内ダメージ皆無! 射撃装置正常!』


 戦術コンピューターの報告に安堵する。多層圧縮セラミック装甲の堅牢さに感謝だ。


 私は荒れ地の窪みに戦車を滑り込ませ、砲塔正面だけを敵に晒す。

 そして、接近する敵戦車を次々に撃破。戦場を縦横に駆け抜ける感覚が、戦士の血を再び熱くする。


「偵察ってレベルじゃねえな……」


 私はつぶやきつつ、敵の対空施設を蹂躙していく。


『こちら偵察隊のカーヴ。敵ミサイル基地を破壊。空からの攻撃を要請する!』


『こちら司令部、了解!』


 副脳を通じて、敵情データをリアルタイムで司令部に転送。戦車は砂塵を切り裂き、山岳を疾走する。



 二時間後。

 コロニーから航空機部隊が出撃。バーミアンのアジトに爆弾の雨を降らせ、空挺部隊が降下した。

 地上戦が次々に展開され、アジトは一気に制圧された。フランツの救出も成功。司令部からの通信が、勝利を告げる。


 私は戦車を停め、ブルーとハイタッチを交わす。


「やるじゃねえか、旦那!」


「お前もな、ブルー!」


 セーラの笑顔とフランツの無事を思い浮かべながら、私はクリシュナの格納庫へ戦車を戻した。

 惑星アーバレストの夜空に、勝利の余韻が静かに響いていた。



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