「カーヴさん! 大変です!」
A-22地区の荒れ地で、ブルーと鉄条網を敷設している最中、セーラが息を切らして駆け込んできた。金褐色の髪が砂塵に揺れ、ライトブラウンの瞳に焦りが滲む。
「どうしました、お嬢様?」
「そ、それが…フランツが誘拐されたの!」
「え!?」
ブルーと私が同時に声を上げる。
セーラの運転する車に飛び乗り、第一コロニーの館へと急ぐ。
館の地下室には、ライス伯爵領の臨時司令施設が設けられており、士官たちが緊張した面持ちで詰めていた。モニターには地図やデータが映し出され、ざわめきが響く。
「現状は!?」
私が情報士官らしき男に尋ねる。
「お嬢様、この方は……?」
士官は私を疑わしげに見つめ、答えを渋る。
当然の反応だ。
別次元から来たバイオロイドが、突然司令室に現れたのだから。
「この人たちは私の友達よ。頼りになるの。説明してあげて!」
セーラの声が鋭く響く。
「お友達」という言葉に、士官たちは一瞬戸惑うが、すぐに恭しく敬礼する。
友達というより、いつも明らかに部下扱いだ。私は苦笑しつつ、ブルーと目を合わせる。
「かしこまりました」
士官がモニターを指す。
「状況は逼迫しています。相手は惑星最大のテロ組織バーミアン。山岳地帯にアジトを構え、優れた対空レーダーと対空ミサイルを装備しています。空からの攻撃は絶望的です」
テロ組織が険しい地形に拠点を構えるのは戦術の常。対空兵器が揃っていれば、クリシュナのような大型艦での接近は自殺行為かもしれない。
「相手の要求は?」
私が問う。
「はっ! 新たな水利権の引き渡しを求めています!」
「……あ」
ブルーと顔を見合わせる。
きっと、クリシュナの海水淡水化装置が生み出す真水のことだ。アーバレストの砂漠地帯では、飲料水は金やダイヤモンド以上の価値を持つ。この水を巡る争いが、フランツの誘拐に繋がったのだった。
「で、どうしたものか……?」
士官がセーラの顔色を窺う。
貴族家の家宰が囚われたとはいえ、テロリストの要求に安易に応じるのは悪手だ。
「カーヴ、どうしましょう?」
セーラが私を見つめる。彼女の声には、司令官としての責任と、フランツを想う少女の不安が混じる。
「とりあえず、私が偵察に行きます。それから作戦を立ててはどうでしょう?」
セーラと士官たちが顔を見合わせる。他に妙案もないようだ。やがて、セーラが頷いた。
「お願い、カーヴ。」
私は敬礼し、ブルーに目配せする。
「……準備しろ。クリシュナの出番だ。」
☆★☆★☆
「よし、運転は任すぞ!」
「あいよ、旦那!」
クリシュナの格納庫から、隠蔽型ステレス戦車を引っ張り出す。
私は車長兼照準手の席に座り、ブルーに操縦を託した。戦車のコックピットは、戦艦の艦橋とは異なる狭さだが、戦場特有の緊張感が体を駆け巡る。
『戦術コンピューターとの連動率99.9986%、オールグリーン!』
副脳を戦車のシステムに同期させる。陸戦は私の専門外だが、地球連合軍での戦闘経験は数え切れない。
蓄積された戦術データを戦車に注入し、即席の戦闘マシンに変える。ブルーのブタ鼻がヒクヒクと鳴り、気合が入っているのが分かった。
士官から渡された地図を頼りに、戦車はアーバレストの荒野と砂漠を疾走する。
戦術コンピューターが周囲の風景に合わせて映像偽装を施し、戦車を砂塵に溶け込ませる。
だが、足回りが巻き上げる土煙だけは隠せない。まるで私の存在そのものが、この星に刻まれる痕跡のようだった。
「そろそろ敵のアジトだ。速度を落とせ!」
「あいよ、旦那!」
ブルーがエンジン出力を絞り、戦車の唸りを抑える。音と赤外線の露出を最小限にし、山岳地帯に潜り込む。
『3時の方角、非生命体の赤外線反応!』
副脳が戦車のセンサーと連動し、敵を捕捉。
私は視界を地上望遠モードに切り替え、倍率を上げる。
岩陰に隠れた地対空ビームバルカンの銃座が姿を現す。テロリストの偽装は甘い。正規軍ならこんなミスはしない。バーミアンの限界が、そこにあった。
「徹甲弾を解除、無音榴弾を装填!」
「了解!」
ブルーが装填手を兼ね、1秒足らずで無音榴弾をセット。消音機付きの120mmレールガンが、くぐもった音を響かせる。
――ドフゥ!
榴弾が銃座を粉砕。敵には反応する暇すら与えなかった。静かな死が、山岳に響く。
『11時方向、装甲車2両!』
隠蔽速度を維持しつつ、次々と敵を捕捉。徹甲弾を2発放ち、装甲車の装甲を貫く。爆炎が砂漠に舞い、敵の息の根を止めた。
「よし、速度を上げろ!」
「了解!」
敵はすでに警戒態勢に入っているはずだ。隠蔽より速度を優先し、戦車を疾走させる。
『2時方向、対空レーダー施設!』
巨大なアンテナが空を睨む。本命だ。私は硬芯榴弾を立て続けに発射。レーダー施設と対空砲陣地が、爆音と共に吹き飛ぶ。
――ゴン!
突然、戦車が激しく揺れる。敵弾の直撃だ。
『車内ダメージ皆無! 射撃装置正常!』
戦術コンピューターの報告に安堵する。多層圧縮セラミック装甲の堅牢さに感謝だ。
私は荒れ地の窪みに戦車を滑り込ませ、砲塔正面だけを敵に晒す。
そして、接近する敵戦車を次々に撃破。戦場を縦横に駆け抜ける感覚が、戦士の血を再び熱くする。
「偵察ってレベルじゃねえな……」
私はつぶやきつつ、敵の対空施設を蹂躙していく。
『こちら偵察隊のカーヴ。敵ミサイル基地を破壊。空からの攻撃を要請する!』
『こちら司令部、了解!』
副脳を通じて、敵情データをリアルタイムで司令部に転送。戦車は砂塵を切り裂き、山岳を疾走する。
二時間後。
コロニーから航空機部隊が出撃。バーミアンのアジトに爆弾の雨を降らせ、空挺部隊が降下した。
地上戦が次々に展開され、アジトは一気に制圧された。フランツの救出も成功。司令部からの通信が、勝利を告げる。
私は戦車を停め、ブルーとハイタッチを交わす。
「やるじゃねえか、旦那!」
「お前もな、ブルー!」
セーラの笑顔とフランツの無事を思い浮かべながら、私はクリシュナの格納庫へ戦車を戻した。
惑星アーバレストの夜空に、勝利の余韻が静かに響いていた。