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第8話……辺境の希望と重圧

「すごいわ! カーヴ、貴方は戦闘の天才ね!」


 セーラのライトブラウンの瞳が、興奮で輝いている。

 フランツをわずか一日で救出したことに、ライス伯爵家の当主は大満足の様子だ。


「いや、天才ってほどじゃ……」


 私は照れ笑いで誤魔化す。戦場での経験は豊富だが、英雄扱いは慣れない。


「いやはや、助かりました! カーヴ殿のおかげです!」


 フランツが深々と頭を下げる。「お見事でした!」他の士官たちも口々に称賛する。


 フランツはアーバレストの実質ナンバー2。ライス伯爵家の家宰として、コロニーの運営を支える重鎮だ。そんな彼を救ったことで、私の評価はうなぎ登り。

 この日の晩、私はまるで救国の英雄のような気分だった。コロニーの夜景が、館の窓からきらめき、まるで私の功績を祝福しているようだ。


「ブルー、飲みに行くぞ!」


「了解、旦那!」


 ブルーのブタ鼻がヒクヒクと鳴る。

 その夜、フランツからもらった臨時ボーナスを握りしめ、私はブルーを連れてコロニーの酒場へ繰り出した。


 薄暗い店内に、果実酒の甘い香りとざわめきが満ちる。戦場を駆け抜けたバイオロイドが、こんな人間らしいひとときに溶け込むなんて。

 葡萄酒を傾け、ブルーと笑い合う。セーラの笑顔、ポコリンの「ぽこぽこ」、そしてフランツの信頼が、胸の奥を温めた。



数日後。

 A-22地区の整地作業中に、フランツから呼び出しを受けた。


「カーヴ殿!」


「何でしょうか?」


 灼熱の砂漠で鉄条網を設置していた私は、急いでライス伯爵の館へ向かう。応接室で待つフランツは、いつもの威厳ある表情に、どこか期待の色を浮かべていた。


「君の能力を見込んで、ライス伯爵家の軍事顧問になってほしい」


 彼は天井を見上げ、考え込む。


「それと、昇給も約束する。肩書はどうだ? ……お嬢様付きの軍師なんて、どうかな?」


「ええ、やらせていただきます!」


 私の即答に、フランツは満面の笑みを浮かべる。


「良かった!」


 どうやら正規の参謀はすでにいるらしく、私はセーラ個人に仕える「軍師」という曖昧な役職を授かった。

 だが、肩書きなどどうでもいい。給料が日額75,000クレジットに跳ね上がったのだ! これでブルーとたっぷり酒が飲める。


「さらに、A-22地区を正式に君に授与する。自治区のようなものだ。防衛設備以外の用地は、自由に使って構わないぞ。」


「ありがとうございます!」


 A-22地区は、アーバレストの防衛施設建設用地だ。だが、余剰部分は私の自由にできるという。

 館を出る私の足取りは軽い。何を建てようか? 訓練場か、居住区か、それとも…クリシュナの整備場か?


 赤い砂漠の地平線を眺めながら、未来への夢が胸を膨らませる。マーダ連邦との戦いは遠くない。だが今、この星での新たな役割が、私の血を熱くしていた。




☆★☆★☆


 数日後。

 A-22地区にセーラが視察に訪れた。

 赤い砂漠に囲まれたこの荒れ地は、ライス伯爵領の新たな防衛拠点となる予定なのだ。


「カーヴさん、これは何を掘ってるの?」


「整備ドック用の用地です。宇宙船だけでなく、一般の海上船舶も収納・整備できる施設を建設します。造船能力も拡張予定です!」


「ここで宇宙船も作れるようにするのね?」


「はい、その通りです!」


 ライス伯爵家にはすでに宇宙船用のドックがあるが、老朽化が進み、マーダ連邦の侵攻に備えるには不足している。

 フランツの提案で、A-22地区に新たな拠点を構築中だ。海と小さな川に面したこの地は、運河や港湾施設の建設にも適している。

 未来のライス伯爵領の要塞となるビジョンが、私の胸を熱くしているのだ。


「はい、どうぞ!」


 セーラが差し出す籠を受け取る。

 陣中見舞いのサンドイッチだ。マスタードの効いた卵サンドの香りが、灼熱の砂漠に一瞬の安らぎをもたらす。


「お昼、一緒にどうですか?」


「ごめんなさい、これから経済界の方々と昼食会なの。」


「いえ、お気遣いなく!」


 セーラは惑星を治める伯爵だ。コロニーの運営から外交まで、彼女の予定は過密だ。

 秘書兼運転手が「お時間です!」と呼びに来ると、セーラは軽やかに車に乗り込み、コロニーへ戻っていった。去り際の彼女の笑顔が、砂漠の陽光にきらめく。


 ……サンドイッチは、今日も絶品だった。

 マスタードの辛みが、クリシュナのシェフの記憶を呼び起こす。過去と今が、ほのかな味わいで繋がっている。



 惑星アーバレスト。

 ライス伯爵領は、解放同盟に属する辺境の星だ。

 兵力は約5万人、大気圏戦闘機200機、戦闘車両1,500台、軍用宇宙船100隻。


 マーダ連邦に対抗するには心許ない戦力だが、A-22地区の開発がそれを補う。 

 私はこの地区の戦力を、ライス伯爵家の私兵として管理する。非正規の予備部隊扱いだが、既存の部隊との軋轢を避けるための措置だった。


「応募はこちらです!」

「どうぞ!」


 各コロニーを回り、A-22地区の部隊要員を募集する。だが、経済が安定しているコロニーでは、応募者は少ない。


「旦那、集まりませんねぇ…」


 ブルーがブタ鼻をヒクヒクさせる。


「だな……、どうしたものか。」


「ぽこぽこぽん!」


 足元でポコリンがパイプの水を舐めている。

 その仕草に、ふと閃く。


「……そうだ! コロニー外の辺境ならどうだ?」


 以前、水配給で訪れた集落へ向かう。

 辺境の住人は、過酷な環境で生きる人々だ。彼らに募集をかけると――


「俺も参加する!」

「私もお願いします!」


 次々と手が挙がった。非正規とはいえ、伯爵家に仕える公務で、給料も悪くない。

 辺境の民たちには魅力的な条件だったのだ。

 私は笑顔で応募者を整理し、ブルーとハイタッチを交わす。


 ライス伯爵の館で、フランツに近況を報告する。


「人員は集まったようだな!」


「ええ、なんとか!」


 辺境での募集が功を奏した。だが、フランツの次の質問に、私は言葉に詰まる。


「新規の飛行場はどうなっている?」


「…整地がまだ終わっていません。」


 私の事務能力と運営能力の低さが露呈する。戦場では無類の強さを発揮するが、組織管理は苦手だ。フランツの眉が寄る。


「カーヴ殿、しっかりしてくれよ!」


「はぁ、すみません……」


 叱責に肩を落とす。A-22地区の軍備増強計画は、まだ道半ば。マーダ連邦との戦いが迫る中、明らかに私の未熟さが足枷になっていた。



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