目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第9話……砂嵐の翼

「カーヴ殿! 次の用件だ!」


「はっ!」


 ライス伯爵の館の応接室で、フランツが重厚な声で切り出す。彼の手には、バーミアンのテロ活動に関する資料が握られていた。


「我々はテロ組織バーミアンに悩まされている。空から彼らのアジトを偵察し、味方に情報を伝えてほしい。」


 フランツが資料をめくりながら続ける。


「気象担当士官によると、今だけ敵地上空が晴れている。この好機を逃したくないが……、できるか?」


 彼の声には、珍しく申し訳なさそうな響きがあった。

 アーバレストの居住コロニー外は、赤い砂嵐が吹き荒れる過酷な世界だ。視界はほぼゼロ、飛行は命懸け。敵の対空レーダーやミサイルが待ち受ける中、航空機での偵察は自殺行為に近いのだ。


 私は一瞬、クリシュナの艦橋で戦友たちと交わした無数の戦闘を思い出す。危険は私の日常だ。だが、この星の砂嵐は、地球連合の戦場とは異なる試練だった。


【システム通知】『大気圏飛行のリスク評価:視界不良による事故率78%、敵対空兵器の脅威度92%。生存確率:推定19%。』


 副脳の冷徹な分析が響く。だが、私は笑みを浮かべる。


「とりあえず、試してみます!」


「ありがたい、頼むよ!」


 フランツの目が一瞬、希望に光る。

 危険だからと断る選択もあった。だが、私は戦士だ、そして軍師だ。危険を冒し、成果を掴む瞬間が、私の血を熱くするのであった。


 セーラの笑顔、ブルーの鼻息、ポコリンの「ぽこぽこ」が、胸の奥で私を後押しする。ライス伯爵領のため、そして自分の誇りのため、飛ぶしかないでのある。




☆★☆★☆


「旦那、出撃ですかい!?」


「ああ、偵察型機の【アイアース】は出せるか?」


「見てまいります!」


 私はブルーにクリシュナの格納庫を点検させ、自身はアイアースのコックピットに滑り込む。

 クリシュナの生体認証セキュリティは厳格だ。私とブルー、そしてポコリン以外は「異物」と見なされ、主要エリアへの立ち入りは不可能。格納庫の薄暗い光の中、アイアースの銀翼が静かに待つ。


「どうやら動けそうですよ! ただ、燃料が若干怪しいですが…」


 ブルーが戻り、ブタ鼻をヒクヒクさせる。


「ふむ……、混ぜて使うか?」


「それがいいかと!」


 クリシュナの艦載機は高純度液体燃料を主に使用するが、汎用性の高い機関を搭載しており、緊急時には現地の燃料でも対応可能。

 私はアーバレストで精製された石油燃料を混ぜ、アイアースを起動させた。


『機体状態グリーン、燃料成分解析完了!』

『視界イエロー! 発艦は推奨できません!』


 クリシュナの自動管制システムが警告を発する。

 外は激しい砂嵐だ。視界はほぼゼロ、敵の対空レーダーの脅威が迫る。だが、フランツの信頼とセーラの期待が、私の背中を押す。


「緊急発艦を要請!」

『了解!』


 副脳を通じて暗号コードを入力。大気圏用の電磁カタパルトが轟音を上げ、アイアースを砂嵐の空へ撃ち出す。

 畳まれた主翼を瞬時に展開し、荒れ狂う大気の流れに身を任せた。


「発艦成功! 位置データ送れ!」


『了解!』


 ブルーから送られてきた三次元地図と位置データを副脳で展開。

 砂嵐で前はほとんど見えない。


 高度を上げればバーミアンの対空レーダーに捕捉される。フライ・バイ・ワイヤを駆使し、地表すれすれの超低空飛行に切り替える。山肌や岩場が、窓のすぐ外をかすめる。


 ……怖え!


 地表から50センチを目隠しで飛んでいるような感覚だ。峡谷を縫い、谷間を滑るように進む。副脳の計算と戦士の直感だけ頼りだった。


 やがて、気象士官の予測通り、敵地上空だけが奇跡的に晴れ渡る。バーミアンのアジトが、くっきりと姿を現したのだ。


「こちらアイアース! 敵情データを送信!」


『了解!』


 低空飛行のおかげで、対空弾幕は薄い。撮影した画像データをクリシュナ経由で司令部に転送。

 岩陰に隠れた対空砲や装甲車が、モニターに次々に映し出された。


『こちら司令部。アイアース、直ちに帰投せよ!』


「了解!」


 私は反転し、別のルートで砂嵐へ突入。

 同じ航路を辿れば、敵に予測され撃墜されるリスクがある。帰路は高度を上げ、墜落の危険を軽減させていく。


「腹減ったな…」


『旦那、余裕だな!』


 ……しまった、マイクを切り忘れた!


 ブルーに独り言を聞かれ、顔が熱くなる。慌ててサンドイッチを取り出す。操縦中は片手しか使えない。だからこそ、サンドイッチは私の戦友だ。マスタードの辛みが、緊張をほぐす。


 ふと、窓の外に蒼い輝きが映る。目を凝らすと、砂漠の中に水の色。カゲロウのように揺れる水蒸気と、動物たちが集う光景。


「やったぞ、オアシスだ!」


 マイクを切り替え、ブルーに叫ぶ。


『やりましたね、旦那!』


 彼の興奮した声が、祝福と共に響く。地図にない水源の発見。砂漠の民にとって、水は黄金以上の宝だ。バーミアンの偵察を超える戦果を、私は掴んだのだ。



 三時間後。


 砂嵐を抜け、アイアースが第一コロニーの飛行場に着陸。歓喜の渦が私を包む。セーラの笑顔、フランツの頷き、ブルーの鼻息。ポコリンが「ぽこぽこ」と駆け寄る。


 後日、居住コロニーの水道料金が下がった功績で、私は「庶民の英雄」として民放ラジオに出演。砂嵐での操縦より緊張したのは、言うまでもない。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?