目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第10話……砂塵の虜囚

「お代は1,600クレジットです!」

「ご来店ありがとうございました!」


 私はブルーと二人分の昼食代を払い、第一コロニーの定食屋を後にした。オムライスのふわっとした卵の香りが、機械油の似合う戦場育ちの私にも心地よい。


「旦那、この店の卵料理、めっちゃ美味かったですね!」


「オムライスってやつだな。また来ようぜ!」


「ブヒ!」


 ブルーのブタ鼻がヒクヒクと鳴る。

 装輪式装甲車に乗り込み、A-22地区へ戻る。


 最近、この装甲車が愛車だ。アーバレストの砂塵が容赦なく降り注ぎ、洗車したばかりの車体はあっという間に土色に染まる。だが、ブルーのブウブウ言う声と、窓の外の赤い地平線が、妙に心を軽くする。


「カーヴ軍師殿! 外周の壁がほぼ完成しました!」


「了解! できるだけ急いでくれ!」


 A-22地区の基地は、着実に形を成しつつある。

 外周の壁、整備ドック、訓練場――ライス伯爵家の私兵としての戦力を整える主任務は、テロ組織バーミアンの壊滅を支援することだ。

 砂漠の灼熱の中、辺境の民の協力で、基地は日々進化している。


「やっとるようだね?」


「はい、おかげさまで!」


 声をかけてきたのは、ライス伯爵領の正規軍司令官、ネメシス将軍だ。髭が似合う、がっしりとした体躯の壮年男性。威厳と親しみやすさを兼ね備えた人物だった。


「新規の飛行場建設計画がある。是非、君にも視察に同行してほしい。」


「了解しました!」


 新しい飛行場は、砂嵐の少ない地形に建設予定だという。

 翌日の夕刻、私はネメシス将軍と共に、6人乗りの偵察機で飛び立った。クリシュナのアイアースとは異なる、簡素な機体。だが、アーバレストの空を飛ぶ感覚は、どこか懐かしかった。


「左前方に敵機!」


「何!?」


 上空での敵襲は、まさに青天の霹靂だった。ここはバーミアンの支配地から遠いはず。

 だが、モニターに映る敵機は、旧式ながら制空戦闘機。鈍重な偵察機では、まるで勝負にならなかった。


「退避しろ!」


「逃げきれません!」


 操縦士の悲鳴が響く。敵の銃撃が機体を捉え、左翼エンジンが火を噴く。


「不時着します! 総員、衝撃用意!」


 操縦士の腕が冴え、砂漠に機体を滑らせ着陸に成功。人間の乗員は負傷したが、命に別状はない。バイオロイドの私は無傷だ。だが――


「手を挙げろ!」


 地上では、バーミアンの地上部隊が待ち構えていた。黒光りする銃口が我々を囲む。抵抗は無意味だ。全員、両手を上げた。


「きびきび歩け!」


 目隠しをされ、縛り上げられ、灼熱の砂漠を長時間連行される。

 汗は流れないが、強化繊維のボディが熱に軋む。ネメシス将軍の凛とした声が響く。


「テロリストには屈せんぞ!」


「うるさい!我々は反政府組織だ! テロリストではない!」


 敵兵が苛立つ。頼むから、将軍、刺激しないでくれ…。


 私とネメシスは別々の部屋に収監された。

 私のバイオロイドの外見が、彼らに異なる扱いをさせたのだろう。独房の窓から見える星空は、奇しくも晴れ渡り、眩いほどに美しい。


 だが、囚われの身の私は、不安に苛まれながら夜を過ごした。セーラの笑顔、ブルーの鼻息、ポコリンの「ぽこぽこ」。彼らを思い出しながら、私は次の行動を模索し始めた。




☆★☆★☆


翌朝。


 薄暗い収監施設の独房で、鉄の扉が軋む音が響く。


「そこの貴様、出ろ!」


 バーミアンの兵士に促され、私は狭い廊下を進む。

 連れられた先は、岩壁に囲まれた簡素な部屋。そこに、敵の司令官らしき人物が立っていた。

 長い赤い髪が星明かりに輝き、長身でグラマラスな姿は、戦場とは不釣り合いなほどの威厳を放つ女性だった。


「貴様、名は?」


「カーヴです。」


 私は冷静に答える。彼女の鋭い視線が、私のバイオロイドの外見を値踏みする。


「貴様たちは、なぜこの上空を飛んでいた?」


「……」


 容易く情報を吐くわけにはいかない。

 だが、拷問されれば、バイオロイドとはいえ限界がある。副脳が警告を発する。


【システム通知】『尋問リスク評価:情報漏洩の可能性73%。耐久限界まで4時間と推定。』


 彼女は私の沈黙を見透かすように笑う。


「貴様の情報がない。さては新入りの士官だな?」


「……」


 確かに私はライス伯爵領の新参者だ。だが、それが何だというのか? 彼女はフォルダされた書類を、机の上に放り投げる。


「まぁ、読め!」


 私は書類を受け取り、慎重にページをめくる。そこに記されていたのは、衝撃的な事実だった。


「……!?」


 ネメシス将軍を始めとする正規軍高官の不正。水、食料、資源の横領。写真や取引記録が、詳細に綴られている。

 コロニーの民が渇きに苦しむ中、高官たちが私腹を肥やしていたのだった。


「やはり、知らなかったか?」


 彼女の声には、ほのかな同情が混じる。


【システム通知】『資料のデータ照合完了。記載内容の真実性98.64%。』


 副脳の分析が、冷徹に事実を裏付ける。思えば、フランツが正規軍と別枠でA-22地区の戦力を私に任せたのも、腑に落ちなかった。

 軍は一つにまとまるべきなのに、なぜ分離するのか。フランツは、薄々この不正露出を察していたのだろう。

 A-22地区は、彼の保険だったのだ。


「……で、どうしろと?」


 私は低く呟く。彼女は私の表情を読み、満足げに頷いた。


「やっと口を開いたな。では、条件だ。貴様はこの資料が欲しい…違うか?」


「……イエス、欲しい。」


 一呼吸置いて、彼女は続ける。


「我々が望むのは、支配地域の自治独立だ。これを読め」


 差し出された要求書は、為政者向けの内容だ。だが、私はただの軍師。こんな決定権はない。


「帰って、主人に見せます」


「良かろう。貴様だけ解放する。他の者は人質だ。良い回答を期待しているぞ。」


 夜半。

 私は再び目隠しをされ、電子手錠の締め付ける痛みに耐えながら、コロニー近くの荒れ地に解放された。

 手首の痕が疼く。預かった資料を握りしめ、星空の下をフランツの館へ急いだ。

 セーラの笑顔、ブルーの鼻息、ポコリンの「ぽこぽこ」が頭をよぎる。


 だが、今、私の胸を占めるのは、正規軍の裏切りと、バーミアンの要求の重みだ。

 フランツにこの真実を突きつけ、ライス伯爵領の未来をどう導くのか。戦士の直感が、嵐の予感を告げていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?