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第11話……正義の交渉

「おお! 無事だったか? 撃墜されたと聞いて心配していたぞ!」


 フランツの執務室に駆け込むと、彼の顔に安堵が広がる。だが、すぐに私の表情を読み取ったのか、彼の目が鋭くなった。


「実は、先ほどまで敵に捕まっていました……」


「なんと!?」


「それより、これを!」


 私はバーミアンの司令官から預かった書類をフランツに手渡す。彼がページをめくるたび、深い皺が額に刻まれた。

 ネメシス将軍を始めとする正規軍の高官による水、食料、資源の横領。証拠の写真と記録が、冷酷な真実を突きつける。


「カーヴ殿、お嬢様にも話に加わってもらうぞ!」


「はい」


 夜遅く、セーラが執務室に入ってくる。

 寝間着の上にローブを羽織った姿は、伯爵の威厳より少女の不安を漂わせる。フランツが書類を手渡すと、彼女のライトブラウンの瞳が大きく見開いた。


「こ、これは……? フランツ、叔父様たちが不正を……、本当なの!?」

「はい、おそらく…」


 フランツの声は重い。

 彼は説明を始めた。セーラの両親は、資源採掘現場の事故で亡くなり、幼い彼女を支えたのがフランツとネメシスだった。


 フランツは政策面、ネメシスは軍事面でライス伯爵領を支えたが、セーラの若さをいいことに、ネメシスの不正は拡大。

 フランツは長年、秘密裏に調査を続けてきたが、決定的な証拠がなく、手をこまねいていたのであった。


【システム通知】『資料の真実性98.64%。ネメシス将軍の横領規模:水資源の32%、食料の18%、鉱物資源の45%。』


 副脳の分析が、フランツの推測を裏付ける。A-22地区を私に任せたのも、彼の不正への警戒心だったのだ。

 軍を一つにまとめるべきなのに、なぜ分離したのか。その理由が、今、明らかになった。


「フランツ! 至急、叔父様たちを逮捕できないの?」


「難しいかと…。彼らは5万の兵員、100隻の宇宙船、1,500台の戦闘車両を掌握しています。我々の力では対抗できません。」


 セーラが私に目を向ける。


「カーヴさん、なんとかならない?」


「え? 私ですか?」


 突然の話に、思わず声が上ずる。


「お嬢様、それは無理でしょう。カーヴ殿のA-22地区は、兵員2,500名程度。流石に……」


 フランツが首を振る。

 確かに、ネメシスの軍事力は圧倒的だ。私の戦力は、その20分の1にも満たない。

 だが、ふと閃く。バーミアンの司令官の言葉――自治独立の要求。


「もし、軍の不正を正せるなら、バーミアンの自治独立を認めるのはどうですか?」


「…それは構わないと思っている」


 フランツが頷く。


「まずは我々が襟を正すことが先決ですわ!」


 セーラの声に、伯爵としての決意が宿る。


「では、いっそバーミアンの力を借りて、軍の不正を暴いてはどうでしょう?」


「なんだと!? それが巧くいくのか?」


 フランツが身を乗り出す。


「分かりません。だが、交渉次第では、彼らは乗ってくるかもしれません。」


 その夜、私たちは朝方まで議論を重ねた。

 バーミアンの要求、ネメシスの不正、ライス伯爵領の未来。


 会議の末、私はバーミアンとの交渉役を任された。戦士の直感が告げる――この選択は、アーバレストの運命を左右するかもしれない。




☆★☆★☆


「では、行ってきます!」


「気を付けて!」


 セーラのライトブラウンの瞳が心配そうに揺れる。フランツも静かに頷く。

 ライス伯爵の館を後にし、A-22地区へ向かう。

 装輪式装甲車が砂塵を巻き上げ、クリシュナの格納庫に滑り込む。


「あ、旦那、おはようございます!」


 ブルーがブタ鼻をヒクヒクさせて出迎える。彼にはまだ事情を話していない。


「至急、アイアースを準備してくれ!」


「はっ、了解!」


 私は彼に簡単に状況を説明し、戦闘服に身を包む。ブルーが格納庫から偵察型機【アイアース】を引っ張り出す。


「留守を頼む!」


『お任せを!』


 ブルーの声が管制塔から響いた。

 電磁カタパルトが轟音を上げ、アイアースをアーバレストの空へ撃ち出す。主翼を展開し、晴れ渡った空を滑る。今日は砂嵐がない。赤い砂漠が眼下に広がっていた。


【システム通知】『目的地点:約15km先。』


 副脳が、先日バーミアンの収監施設があった位置を割り出す。私はアイアースを目標地点手前に着陸させ、砂漠の地面に降り立つ。


「……さて、のんびり歩くか。」


 先日の収監地点を目指すが、バーミアンの施設は巧妙に隠蔽されている。正確な場所が分からないまま、灼熱の砂を踏みしめる。


「怪しい奴! 手を挙げろ!」


 突然、背後から声。

 振り返ると、バーミアンの兵士たちが銃口を向けていた。

 再び目隠しをされ、連行される。……都合がいい。こうでもしないと、レイに会えないからだ。


 岩壁の部屋に通される。そこには、赤い髪の司令官が立っていた。グラマラスな姿と鋭い視線は、以前と変わらない。


「ふふふ、回答は聞けるのだろうな?」


「ライス伯爵の正式な使者として参りました。」


 彼女は屈託のない笑顔を浮かべる。


「ならば名乗っておこう。私はバーミアンの指揮官、レイだ。よろしく!」


 その笑顔とは裏腹に、彼女の目は交渉の難敵であることを告げる。強気で、計算高いのであろう。


「我々は、あなた方の力を借りたい。」


「何!? 我々の助力だと!?」


 レイの眉が上がる。反政府組織への正式な協力要請に、驚きを隠せない様子だ。


【システム通知】『相手の心理分析:警戒心62%、興味38%。交渉成功率:推定47%。』


 副脳の分析を胸に、私は続ける。


「ネメシス将軍の不正を暴くためだ。あなた方の資料が、その証拠だ。」


 レイの目が細まる。砂漠の風が、部屋の窓を揺らす。まだ交渉は始まったばかりだった。


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