「おお! 無事だったか? 撃墜されたと聞いて心配していたぞ!」
フランツの執務室に駆け込むと、彼の顔に安堵が広がる。だが、すぐに私の表情を読み取ったのか、彼の目が鋭くなった。
「実は、先ほどまで敵に捕まっていました……」
「なんと!?」
「それより、これを!」
私はバーミアンの司令官から預かった書類をフランツに手渡す。彼がページをめくるたび、深い皺が額に刻まれた。
ネメシス将軍を始めとする正規軍の高官による水、食料、資源の横領。証拠の写真と記録が、冷酷な真実を突きつける。
「カーヴ殿、お嬢様にも話に加わってもらうぞ!」
「はい」
夜遅く、セーラが執務室に入ってくる。
寝間着の上にローブを羽織った姿は、伯爵の威厳より少女の不安を漂わせる。フランツが書類を手渡すと、彼女のライトブラウンの瞳が大きく見開いた。
「こ、これは……? フランツ、叔父様たちが不正を……、本当なの!?」
「はい、おそらく…」
フランツの声は重い。
彼は説明を始めた。セーラの両親は、資源採掘現場の事故で亡くなり、幼い彼女を支えたのがフランツとネメシスだった。
フランツは政策面、ネメシスは軍事面でライス伯爵領を支えたが、セーラの若さをいいことに、ネメシスの不正は拡大。
フランツは長年、秘密裏に調査を続けてきたが、決定的な証拠がなく、手をこまねいていたのであった。
【システム通知】『資料の真実性98.64%。ネメシス将軍の横領規模:水資源の32%、食料の18%、鉱物資源の45%。』
副脳の分析が、フランツの推測を裏付ける。A-22地区を私に任せたのも、彼の不正への警戒心だったのだ。
軍を一つにまとめるべきなのに、なぜ分離したのか。その理由が、今、明らかになった。
「フランツ! 至急、叔父様たちを逮捕できないの?」
「難しいかと…。彼らは5万の兵員、100隻の宇宙船、1,500台の戦闘車両を掌握しています。我々の力では対抗できません。」
セーラが私に目を向ける。
「カーヴさん、なんとかならない?」
「え? 私ですか?」
突然の話に、思わず声が上ずる。
「お嬢様、それは無理でしょう。カーヴ殿のA-22地区は、兵員2,500名程度。流石に……」
フランツが首を振る。
確かに、ネメシスの軍事力は圧倒的だ。私の戦力は、その20分の1にも満たない。
だが、ふと閃く。バーミアンの司令官の言葉――自治独立の要求。
「もし、軍の不正を正せるなら、バーミアンの自治独立を認めるのはどうですか?」
「…それは構わないと思っている」
フランツが頷く。
「まずは我々が襟を正すことが先決ですわ!」
セーラの声に、伯爵としての決意が宿る。
「では、いっそバーミアンの力を借りて、軍の不正を暴いてはどうでしょう?」
「なんだと!? それが巧くいくのか?」
フランツが身を乗り出す。
「分かりません。だが、交渉次第では、彼らは乗ってくるかもしれません。」
その夜、私たちは朝方まで議論を重ねた。
バーミアンの要求、ネメシスの不正、ライス伯爵領の未来。
会議の末、私はバーミアンとの交渉役を任された。戦士の直感が告げる――この選択は、アーバレストの運命を左右するかもしれない。
☆★☆★☆
「では、行ってきます!」
「気を付けて!」
セーラのライトブラウンの瞳が心配そうに揺れる。フランツも静かに頷く。
ライス伯爵の館を後にし、A-22地区へ向かう。
装輪式装甲車が砂塵を巻き上げ、クリシュナの格納庫に滑り込む。
「あ、旦那、おはようございます!」
ブルーがブタ鼻をヒクヒクさせて出迎える。彼にはまだ事情を話していない。
「至急、アイアースを準備してくれ!」
「はっ、了解!」
私は彼に簡単に状況を説明し、戦闘服に身を包む。ブルーが格納庫から偵察型機【アイアース】を引っ張り出す。
「留守を頼む!」
『お任せを!』
ブルーの声が管制塔から響いた。
電磁カタパルトが轟音を上げ、アイアースをアーバレストの空へ撃ち出す。主翼を展開し、晴れ渡った空を滑る。今日は砂嵐がない。赤い砂漠が眼下に広がっていた。
【システム通知】『目的地点:約15km先。』
副脳が、先日バーミアンの収監施設があった位置を割り出す。私はアイアースを目標地点手前に着陸させ、砂漠の地面に降り立つ。
「……さて、のんびり歩くか。」
先日の収監地点を目指すが、バーミアンの施設は巧妙に隠蔽されている。正確な場所が分からないまま、灼熱の砂を踏みしめる。
「怪しい奴! 手を挙げろ!」
突然、背後から声。
振り返ると、バーミアンの兵士たちが銃口を向けていた。
再び目隠しをされ、連行される。……都合がいい。こうでもしないと、レイに会えないからだ。
岩壁の部屋に通される。そこには、赤い髪の司令官が立っていた。グラマラスな姿と鋭い視線は、以前と変わらない。
「ふふふ、回答は聞けるのだろうな?」
「ライス伯爵の正式な使者として参りました。」
彼女は屈託のない笑顔を浮かべる。
「ならば名乗っておこう。私はバーミアンの指揮官、レイだ。よろしく!」
その笑顔とは裏腹に、彼女の目は交渉の難敵であることを告げる。強気で、計算高いのであろう。
「我々は、あなた方の力を借りたい。」
「何!? 我々の助力だと!?」
レイの眉が上がる。反政府組織への正式な協力要請に、驚きを隠せない様子だ。
【システム通知】『相手の心理分析:警戒心62%、興味38%。交渉成功率:推定47%。』
副脳の分析を胸に、私は続ける。
「ネメシス将軍の不正を暴くためだ。あなた方の資料が、その証拠だ。」
レイの目が細まる。砂漠の風が、部屋の窓を揺らす。まだ交渉は始まったばかりだった。