「……では、評議会を開始する!」
家宰であるフランツさんが、セーラ伯爵の名代としてこの緊急評議を執り行う。
セーラ伯爵はまだ幼く、砂漠の惑星アーバレストの複雑な政治を導くには、フランツさんのような成人の補佐が不可欠だったのだ。
「先ほど墜落した宇宙船は、惑星ドーヌル所属のものと判明した。ドーヌルは我々の友邦であり、マーダ連邦の前線から遠く離れた後方星系に位置する、われらがアーバレストと同等の砂漠の星だ」
「ふむ、つまりか?」
白髪の老将軍が、砂に磨かれた低い声で問う。「敵がこの灼熱の奥地まで侵入してきたと?」
フランツさんが慎重に答える。
「……その可能性は否定できぬ。」
「可能性では済まされん!」
蒼髪の女性官僚が鋭く切り込んだ。
「市民の税金が我々の艦隊を支えている。迅速な対応が求められる!」
彼女の言葉は正しい。
アーバレストの民は、過酷な砂漠の中で汗と血を流し、平時に軍を養う。危機に役立たねば、軍など砂粒以下の価値しかない。
「至急調査を!」
「そうだ、急げ!」
野党の議会代表が声を重ねる。アーバレストの政治は、砂の民の伝統と星間議会制が交錯する複雑なものだ。セーラ伯爵の名の下、フランツさんは重圧に耐えねばならない。
議論が熱を帯び、フランツさんの旗色が悪くなりかけたその時――
「墜落船から生体反応を確認!」
通信士の声が議場を切り裂く。
「敵性反応の可能性が高い!」
「何!?」
フランツさんが身を乗り出す。
「すぐに向かう! セーラ伯爵、こちらは私が処理します。ご安心を……」
彼は小声で幼い伯爵を落ち着かせると、議場を後にする。評議会は一時中断された。
「カーヴ殿、共に来てくれ!」
「はっ!」
私はフランツさんに従い、砂嵐が咆哮する墜落現場へ急行する。灼熱の砂に埋もれた宇宙船の残骸――そこに潜むのは、友か、敵か。
☆★☆★☆
コロニーから灼熱の砂漠を30キロ進んだ先、墜落した宇宙船の残骸が横たわっていた。
黒い煙が燻り、熱砂とは異なる異様な熱気を帯びている。
「敵の生存者はどこだ?」
フランツが、セーラお嬢様の名の下に鋭く問う。
「船体内、この先です!」
警備兵の報告を受け、フランツ家宰と私は耐熱保護スーツを纏い、残骸の中へ踏み込む。
「……〇△♯▼!」
通路の奥から、相手の言語の叫び声が響く。
【システム通知】…言語読解に成功。副脳を介し、同時通訳を開始。
私のバイオロイド副脳の【言語解析システム】が即座に起動。大脳へ翻訳信号を送信する。
「……近づくな!」
紫の皮膚に、怪しく光る黄色の瞳を持つマーダ連邦の兵士が、足に重傷を負い、怯えながら光線ブラスターを構えていた。
「カーヴ殿、話せるか?」
「はい、多少なら!」
フランツさんの指示で、通訳を務める。
「君たちはどこから来た?」
「……言わん! 極秘だ!」
「話してくれれば、安全に解放する。どうか教えてくれ」
フランツさんは穏やかな身振りで敵兵との対話を試みる。その温かさに、私は一瞬、安堵した。
――ドシューン!
ブラスターの鋭い音。フランツの左上腕が撃ち抜かれ、保護スーツから血が滲む。
「救護班、急げ!」
私の叫びが船内にこだまする。反射的に傷口に飛びつき、保護スーツを裂き、動脈を冷凍止血。さらに護衛兵が敵兵をスタンガンで昏倒させた。
「フランツ様、しっかり!」
「……ああ……」
意識が朦朧とする彼。
私は役に立つ軍師であると自負していたのに、こんな簡単な護衛で失敗するとは。
フランツさんという家宰を失えば、惑星アーバレストは立ち行かない。己の油断を呪った。
「フランツ、しっかりして!」
セーラお嬢様が、屋敷の救護室に運ばれたフランツに駆け寄る。その幼い姿に、いたたまれない気持ちが募る。
「カーヴ、なぜ……!」
「……申し訳ありません。」
項垂れるしかない私。
……数時間後、医師団が告げる。
「手術は成功しました。だが、3か月の絶対安静が必要です。政務は無理です」
「……3か月……」
敵が迫る中、フランツの不在は致命的だった。
「カーヴ、私、どうすれば…」
「私がお支えします、お嬢様。必ず!」
項垂れるセーラお嬢様をそっと抱きしめ、力強く励ます。それが今の私の精一杯だった。
セーラお嬢様を私室に送り届けた後、敵兵が収容された隔離室へ向かう。
「軍師殿!」
「通せ!」
衛兵に敬礼し、重厚な扉を開く。マーダ連邦の兵士は眠り、黄色の瞳は紫の瞼に覆われている。
私は前腕から生体針を展開し、敵兵のこめかみに突き刺す。
【システム通知】…敵思考パルスと同調成功。誤差0.000268%以下。記憶解明を開始。
私は、地球連合軍の戦術バイオロイドとして、敵の神経から情報を奪う機能を持つ。それは私という存在の業だった。
【システム通知】…敵記憶データの複写に成功。解明および解凍作業を開始。成功。
私はあまりにも神経を酷使し過ぎ、その場で蹲る。
……だが、セーラお嬢様とアーバレストのために、私はもう一度精神を奮い立たせ立ち上がった。