――3日後。
【システム通知】…情報解明成功。データ保存完了。
私の副脳が、マーダ連邦兵士から強奪した記憶データの整理を終えた。
軍用バイオロイドの特殊能力で記憶を抽出できるとはいえ、断片的な情報のみだ。機械生命体でも可能だが、精度は限られる。
解析結果によると、『マーダ連邦は危険宙域の狭間を縫う航路で惑星アーバレスト付近に侵入した。だが、その航路は狭く、大艦隊の通行は依然不可能なようだ』等といったことだった。
「ご領主様、解析データです!」
「ありがとう、カーヴ!」
最近、私はセーラお嬢様を「ご領主様」と呼ぶようになった。彼女は私の手からデータパッドを受け取り、熱心に読み込む。
「すぐに評議会を招集します! カーヴも出席してね。」
「了解しました!」
その日の午後、コロニーの地下に広がる総司令部で対策会議が開かれた。
地下の総司令部議場では、セーラお嬢様がアーバレストの国家主席兼総司令官として上座に座り、閣僚たちが脇を固める。私は防衛アドバイザーとして、彼女の背後に控えた。
巨大ホロモニターが、今回の事案を映し出す。
敵は危険宙域の狭間を突いてきた戦闘艦だったが、惑星ドーヌルの防衛艦隊により殲滅された。
その戦闘で被弾したドーヌル艦が操艦不能に陥り、アーバレストの砂漠に墜落したのだ。
「次に対策を議論したいと思います。」
セーラお嬢様が議長として意見を求めると、野党第一党【星間和平派】の党首、レア=クノール議員が立ち上がる。
「皆さん、武器を持つからこそマーダ連邦に狙われるのです!我々が先に武装解除し、和平を求めれば、彼らも武器を捨てるはずです!」
「武装解除だと!? 正気か、クノール!」
フランツさんの代理で出席した次席参謀クルーゲが、怒気を帯びて反論する。
「マーダ連邦は我々を捕食する! そんな敵に和平などあり得ん!」
「いや、皆殺しこそ解決だ! 手段は選ばん!」
「和平こそ唯一の道だ!」
両極端な議論が飛び交い、議場は熱を帯びる。私はバイオロイドの冷静さを保ちつつも、無為な時間に眠気を覚えそうになる。
――その時。
「そこにいる新軍師のご意見を聞きたい!」
クノール議員が私を指名。眠気が一瞬で吹き飛ぶ。
「小官の提案は、件の航路に宇宙機雷を敷設し、封鎖することです!」
私はホロモニターを操作し、3D星図と機雷配置のシミュレーションを映し出す。和平派と抗戦派の双方に受け入れられるよう、ビジュアルを多用し丁寧に説明した。
「ふむ、これなら現実的だな。」
「賛成だ。実行すべきだ。」
意外にも、議場のほとんどの賛同を得た。決議は賛成多数で可決。
「では、実行責任者をカーヴ第2基地司令に任命します!」
「了解!」
言い出しっぺとして、私が機雷敷設の責任者に。フランツさん不在の中、順当な人選だった。
その後、セーラお嬢様の私室に呼び出された。
「カーヴ、今日の助け、感謝しています。これからも支えてね!」
「仰せのままに、お嬢様!」
「ふふっ、ここではそんな堅苦しくなくていいよ!」
「は、はい!」
ロッキングチェアで寛ぐお嬢様の屈託のない笑顔に、心が和む。
「ねえ、カーヴ。夕食まだ?」
「はい、まだです。」
「じゃあ、一緒に食べていって!」
お嬢様に招かれ、久々に館の者たちと談笑しながら夕食を共にした。メニューは合成タンパクのハンバーグだった。
残り物を持ち帰ると、相棒ブルーがとても喜んでくれた。
☆★☆★☆
『エネルギー充填完了! 大気圏用ブースター加圧85%!』
『主機接続開始。クリシュナ、離陸準備完了!』
「離陸!」
アーバレスト第2基地、通称A-22基地の運河を滑走し、灼熱の砂漠に面した赤茶けた海へと進んだ瞬間、宇宙空母クリシュナが轟音とともに浮上した。
海面に巨大な波紋が広がり、鋼の巨体が砂塵と熱気を振り切り、大空へ舞い上がる。
『大気圏離脱。現在、第2宇宙速度到達!』
戦術コンピューターの報告に頷き、艦橋の強化ガラス越しに外を眺める。
眼下の惑星アーバレストは、赤茶けた砂漠に覆われた荒涼とした星だ。かつて私が不時着した際は、青く輝く美しい惑星だった記憶があるが……。今は遠い過去だった。
「旦那、レイへのゲスト認可が下りましたぜ!」
「ご苦労、ブルー」
任務を終えた相棒のブルーに、艦の備蓄からインスタントコーヒーを差し出す。合成品だが、意外と悪くない味だ。
今回の作戦では、A-22基地の副指令レイをクリシュナに乗艦させる。クリシュナにはゲストアカウント機能があり、セキュリティ認証をクリアすれば一時的な乗艦が可能だったのだ。
「レイ、入ります!」
「どうぞ!」
レイが敬礼しながら艦橋に踏み入る。
ちょうどクリシュナの重力制御装置が作動し、惑星重力圏離脱時の加速度の違和感が和らいだタイミングだった。