宇宙空母クリシュナはユーストフ星系の第四惑星ドーヌルへ再び向かう。
大気圏でも宇宙空間でも、クリシュナはこれまで順調に稼働していた。だが、この先の未知の脅威への対応に一抹の不安がよぎる。
だが、今は考えないでおこうと、私はバイオロイドの回路にそう命じた。
『重力圏進入!』
『大気圏突入、4分前!』
『艦内気圧正常! 重力制御システム起動!』
クリシュナはドーヌルの大気と擦れ合い、船体を赤熱させながら宇宙港へ降下。砂塵と熱波の中、堂々たる着陸を果たした。
「これでよろしいでしょうか?」
「はい、感謝します!」
情報交換会は2時間で終了。
データは超光速通信で送受信可能だが、証拠物件の授受と懇親を兼ねた対面が必要だったのだ。
ドーヌルの情報士官アバトは、白髪が目立つ初老の男性だった。
「カーヴさんとお近づきになれた縁です。この後、夕食でもご一緒しませんか?」
「喜んでお受けします!」
2時間後。
我々はドームコロニー内の古風なレストラン「王風亭」に招かれた。
濃厚なスープ、鮮魚と野菜の前菜、そして子羊のグリルがメイン。素材とソースの絶妙な調和は、バイオロイドの味覚センサーにも記憶に残る一品だった。
食事を終えた頃、アバトが切り出す。
「実は、カーヴさんに一つお願いが……」
「何でしょうか?」
彼の話では、マーダ連邦の宇宙船がドーヌルにも複数墜落しており、その一隻を一緒に見てほしいとのことだった。
「問題ありません」
「では、すぐ行きましょう!」
……今?
夜も深いが、任務の半分はアーバレストとドーヌルの友好親善だ。断る理由はない。
クリシュナで待つブルーに遅くなると連絡し、アバトの運転するホバーカーへ乗り込む。
ドーヌルはサバンナ気候で、アーバレストの砂漠より緑が多く、人口もやや多い。
それでも細菌汚染により、住民はドームコロニーでの生活を強いられている。
「あれです!」
「ほう……!」
コロニーから3時間半、ホバーカーで走り抜け、月明かりに照らされた巨大な宇宙船の残骸が現れる。
アバトに導かれ、船内へ踏み込む。意外にも内部は清潔で、赤い非常灯が通路を薄く照らしていた。
「ここで少し待っていてください。」
「了解」
アバトが先行し、姿が見えなくなった瞬間――
【システム通知】…危険! 高エネルギー反応検知!
副脳が警告を発する。同時に非常灯が消え、周囲が闇に沈む。
――ビシッ!
背後から3本の赤い光条が飛来。レーザー銃だ。だが、実際は4本だった。
1本が私の左わき腹を貫き、赤い人工体液がドクドクと流れ出す。急いで冷凍スプレーで止血する。
【システム通知】…生命維持区画にダメージ。治療が必要。長時間の交戦は避けてください。ステルスモードへ移行。デジタル迷彩を展開。
脇腹を押さえ、物陰に身を隠す。バイオロイドのデジタル迷彩機能が起動し、敵の目やセンサーに私の姿を背景と同化させる。これで私は闇に溶け込むはずだった。
物陰で息を整えた瞬間――
「カーヴさん、大丈夫ですか!?」
振り返ると、アバトが立っている。
……くそっ!
私のバイオロイドの血流シミュレーターが凍りつく。なぜこいつは、デジタル迷彩を展開中の私の位置を正確に特定できた!?
「貴様、何者だ!?」
「……え? 何をおっしゃるのです?」
シラを切る初老の男に、私は腰のホルスターから高周波ナイフを抜き、一閃。
ザクッ!
嫌な音とともに、アバトの皮膚が裂け、その下から紫色の皮膚が現れた。
「……バレタカ!?」
【システム通知】…自動翻訳開始。敵性言語、既登録のマーダ連邦のパターンと一致。
副脳が警告を発する。次の瞬間、アバトの偽装皮膚が剥がれ、黄色く光る瞳を持つマーダ星人が姿を現した。
「貴様! その老人をどうした!?」
「2週間前ニ食ッタヨ。オイシカッタ。貴様トノ晩飯ヨリモナ!」
青い舌で舌なめずりし、嘲るような笑みを浮かべるマーダ星人。
情報通り、こいつらに外交の余地はほぼない。人間を滅ぼすことが唯一の目的とも思える、異常な知的生命体だ。
私がこれまで戦った、どの敵とも異なる生命体であった。
「……貴様ハ、ドコカラ食ワレタイ?」
「ほざけ!」
私は距離を取り、別の物陰に身を潜める。
高周波ナイフを握り、副脳のセンサーで周囲をスキャン。どうやら数名のマーダ星人に包囲されているようだった。
……どうする?
あの老人に化けていたマーダ星人は、おそらくこの群れの隊長格で難敵だ。まずは雑魚から片付けるべきであろう。
私は隊長とは反対方向にダッシュ。左手で構えたエネルギーブラスターを乱射し、暗闇に潜む敵を狙う。
「ギエエェェ!」
「ガァァア!」
マーダ星人の断末魔が闇に響く。悪いが、私は113年間最前線で戦ってきたべテランのバイオロイドだ。
新兵が隠れそうな位置は手に取るようにわかるのだ。
敵の弱点は明らかだった。高度な知的生命体であるがゆえ、命を惜しむ本能がある。
……つまりそれを利用しつつ戦うのだ。