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第16話……情報士官、白髪のアバト

 宇宙空母クリシュナはユーストフ星系の第四惑星ドーヌルへ再び向かう。


 大気圏でも宇宙空間でも、クリシュナはこれまで順調に稼働していた。だが、この先の未知の脅威への対応に一抹の不安がよぎる。

 だが、今は考えないでおこうと、私はバイオロイドの回路にそう命じた。


『重力圏進入!』

『大気圏突入、4分前!』

『艦内気圧正常! 重力制御システム起動!』


 クリシュナはドーヌルの大気と擦れ合い、船体を赤熱させながら宇宙港へ降下。砂塵と熱波の中、堂々たる着陸を果たした。



「これでよろしいでしょうか?」


「はい、感謝します!」


 情報交換会は2時間で終了。

 データは超光速通信で送受信可能だが、証拠物件の授受と懇親を兼ねた対面が必要だったのだ。

 ドーヌルの情報士官アバトは、白髪が目立つ初老の男性だった。


「カーヴさんとお近づきになれた縁です。この後、夕食でもご一緒しませんか?」


「喜んでお受けします!」



 2時間後。


 我々はドームコロニー内の古風なレストラン「王風亭」に招かれた。

 濃厚なスープ、鮮魚と野菜の前菜、そして子羊のグリルがメイン。素材とソースの絶妙な調和は、バイオロイドの味覚センサーにも記憶に残る一品だった。


 食事を終えた頃、アバトが切り出す。


「実は、カーヴさんに一つお願いが……」


「何でしょうか?」


 彼の話では、マーダ連邦の宇宙船がドーヌルにも複数墜落しており、その一隻を一緒に見てほしいとのことだった。


「問題ありません」


「では、すぐ行きましょう!」


 ……今?


 夜も深いが、任務の半分はアーバレストとドーヌルの友好親善だ。断る理由はない。

 クリシュナで待つブルーに遅くなると連絡し、アバトの運転するホバーカーへ乗り込む。


 ドーヌルはサバンナ気候で、アーバレストの砂漠より緑が多く、人口もやや多い。

 それでも細菌汚染により、住民はドームコロニーでの生活を強いられている。



「あれです!」


「ほう……!」


 コロニーから3時間半、ホバーカーで走り抜け、月明かりに照らされた巨大な宇宙船の残骸が現れる。

 アバトに導かれ、船内へ踏み込む。意外にも内部は清潔で、赤い非常灯が通路を薄く照らしていた。


「ここで少し待っていてください。」


「了解」


 アバトが先行し、姿が見えなくなった瞬間――

【システム通知】…危険! 高エネルギー反応検知!


 副脳が警告を発する。同時に非常灯が消え、周囲が闇に沈む。


――ビシッ!

 背後から3本の赤い光条が飛来。レーザー銃だ。だが、実際は4本だった。

 1本が私の左わき腹を貫き、赤い人工体液がドクドクと流れ出す。急いで冷凍スプレーで止血する。


【システム通知】…生命維持区画にダメージ。治療が必要。長時間の交戦は避けてください。ステルスモードへ移行。デジタル迷彩を展開。


 脇腹を押さえ、物陰に身を隠す。バイオロイドのデジタル迷彩機能が起動し、敵の目やセンサーに私の姿を背景と同化させる。これで私は闇に溶け込むはずだった。



物陰で息を整えた瞬間――


「カーヴさん、大丈夫ですか!?」


 振り返ると、アバトが立っている。

 ……くそっ!

 私のバイオロイドの血流シミュレーターが凍りつく。なぜこいつは、デジタル迷彩を展開中の私の位置を正確に特定できた!?


「貴様、何者だ!?」


「……え? 何をおっしゃるのです?」


 シラを切る初老の男に、私は腰のホルスターから高周波ナイフを抜き、一閃。


 ザクッ!

 嫌な音とともに、アバトの皮膚が裂け、その下から紫色の皮膚が現れた。


「……バレタカ!?」

【システム通知】…自動翻訳開始。敵性言語、既登録のマーダ連邦のパターンと一致。


 副脳が警告を発する。次の瞬間、アバトの偽装皮膚が剥がれ、黄色く光る瞳を持つマーダ星人が姿を現した。


「貴様! その老人をどうした!?」


「2週間前ニ食ッタヨ。オイシカッタ。貴様トノ晩飯ヨリモナ!」


 青い舌で舌なめずりし、嘲るような笑みを浮かべるマーダ星人。

 情報通り、こいつらに外交の余地はほぼない。人間を滅ぼすことが唯一の目的とも思える、異常な知的生命体だ。

 私がこれまで戦った、どの敵とも異なる生命体であった。


「……貴様ハ、ドコカラ食ワレタイ?」


「ほざけ!」


 私は距離を取り、別の物陰に身を潜める。

 高周波ナイフを握り、副脳のセンサーで周囲をスキャン。どうやら数名のマーダ星人に包囲されているようだった。



 ……どうする?


 あの老人に化けていたマーダ星人は、おそらくこの群れの隊長格で難敵だ。まずは雑魚から片付けるべきであろう。


 私は隊長とは反対方向にダッシュ。左手で構えたエネルギーブラスターを乱射し、暗闇に潜む敵を狙う。


「ギエエェェ!」

「ガァァア!」


 マーダ星人の断末魔が闇に響く。悪いが、私は113年間最前線で戦ってきたべテランのバイオロイドだ。

 新兵が隠れそうな位置は手に取るようにわかるのだ。


 敵の弱点は明らかだった。高度な知的生命体であるがゆえ、命を惜しむ本能がある。


 ……つまりそれを利用しつつ戦うのだ。


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