「え? 留守番ですか?」
「ああ、そうだ。君の船以外は老朽艦しか残せない。その分、アーバレストの防衛を死守してくれ。頼んだぞ、カーヴ殿!」
「了解しました!」
フランツさんは傷が癒えるや否や、解放同盟軍本部の指令を受け、マーダ連邦が支配する【メドラ星系】奪還作戦へ赴くことになった。
この宇宙の星々は、放射能や細菌、化学兵器の汚染に蝕まれ、人が住めるのはジオフロントやコロニー施設を備えた惑星に限られる。
ゆえに、マーダ連邦の占領下にあっても、居住施設や食料プラントが無傷に近い惑星は、奪還の最優先目標となるのだ。
ちなみに、マーダ星人の主食は――人間。
これは単なる戦争ではない。種としての宿命が、血と鋼の戦場で交錯する、避けられざる因縁の闘いだった。
翌日、アーバレストの宇宙港は、想像を絶する喧騒に包まれていた。
「二番艦、発進許可!」
「四番艦、離陸要請! 管制、応答せよ!」
「八番艦、システムオールグリーン!」
「四番艦、ただちに発進!」
フランツさん率いる艦隊は、宇宙戦闘艦50隻、補給艦25隻、揚陸艦15隻からなる大規模な編成だった。
乗組員と戦闘員を合わせれば57,500名。その家族や関係者が見送りに集まり、宇宙港は人で溢れかえった。
管制システムは限界を迎え、非正規の応援要員まで動員して、ようやく出撃の準備が整ったのだ。
『……お嬢様、行って参ります!』
総司令部の巨大モニターに、敬礼するフランツさんの姿が映し出される。
「気を付けて、フランツ!」
セーラさんが手を振って応える。その瞳には、隠しきれない心配が滲んでいた。
彼女のそんな様子を見ていると、ふと、フランツさんへの想いが単なる主従や親子のような関係を超えているのではないか、と思う瞬間があった。
いや、親子ですらないのだから、なおさらだ。
――まぁ、そんな詮索は野暮というものか。
「……カーヴ、あとは任せましたよ」
「お任せください、セーラ様!」
政務に追われるセーラさんは、足早に総司令部を後にした。司令部の全員が一斉に敬礼し、彼女を見送る。
こうして私は、臨時ながらA-22基地司令官とアーバレスト防衛軍司令官を兼任することとなった。
「司令、その椅子の座り心地はどうだい?」
レイが軽口を叩いてくる。元レジスタンスの彼女は、浅黒く日焼けした顔に、健康的な笑みを浮かべていた。
「まぁ……悪くない、かな?」
「ほらほら、旦那、照れてる~♪」
今度はブルーが茶化してきた。こいつはなぜか日焼け知らずで、いつも白いもち肌をぷよぷよと揶揄されている。
少しはしゃぎすぎたか。総司令部の他のクルーたちの視線が、チクチクと刺さってくる。
――ゴホン。
ここでは、もっとキリッとしていなければ。
そもそも、私は戦術兵器として設計され、製造時に指揮官のスキルも付与されていたものの、実際に司令官を務めた経験はない。
地球連合軍での最終階級は准尉。士官とは名ばかりで、幹部には程遠い身分だった。それも100年以上の前線勤務を経ての昇進だ。お偉方の椅子に座るなんて、縁遠い話だった。
案の定、総司令部の豪奢な司令官席には落ち着かず、数日後にはA-22基地の司令官室――いや、プレハブ小屋と呼ぶべき簡素な部屋に戻っていたのであった。
――1か月後。
『……そちらの状況はどうだ、カーヴ殿?』
「異常なし、順調です!」
フランツさんからの定時通信が、総司令部のモニターに響く。
彼の率いる遠征艦隊は、メドラ星系の外縁部に到達していた。そこからワープ航法へ移行するための準備を進めているという。
ワープ航法――人類が光速を超える唯一の手段だ。古代人が遺したワープホールという例外はあるものの、通常は星系内の物質密度が高い領域では使用できない。
そのため、艦隊は星系の外縁まで進み、そこで初めてワープを起動する。そして、到達点もまた、物質密度の低い空間でなければならない。結局、星系内では旧式の推進機関に頼るしかないのだ。
『カーヴ殿、マーダ星人だけが敵ではない。くれぐれも気を引き締めてな!』
「了解しました!」
フランツさんは穏やかだが、どこか諭すような口調で言い、通信を終えた。
……私の若々しい外見のせいで心配しているのだろうか? 見た目はともかく、200年近く生きているというのに。
ともあれ、57,500名もの兵員が遠征に出た今、アーバレストの防衛は明らかに手薄だ。残された戦力は、小型の老朽艦5隻と私の愛艦クリシュナを合わせたわずか6隻。
地上部隊に至っては、予備役の老兵500名のみ。敵が襲来すれば、どんなに気を引き締めても、戦力不足は否めないのだ。
――数時間後。
『防衛司令官! 至急、総司令部へ!』
緊急の呼び出しが響き、私は急いで車を飛ばした。
胸騒ぎがする。敵か? まさかマーダ星人か?
奴らの主食は人間だ。降伏など、ありえない選択肢だった。
総司令部に飛び込むと、レイが血相を変えてモニターを指さす。
「司令官、これを見てください!」
「む……」
メインモニターに映し出されたのは、衛星軌道上に浮かぶ12隻の艦影――宇宙海賊だ。
無骨な装甲と無秩序に塗られた紋章が、まるで略奪者の旗印のようだ。奴らは堂々と脅迫をかけてきている。
「要求はなんだ?」
「3500億クレジットです!」
「……は?」
思わず小市民的な驚愕が口をつく。この惑星でハンバーガーが1個350クレジット。単純計算で、奴らの要求はハンバーガー10億個分だ。
……10億個だと!? ふざけるな! 絶対に払わん!
いや、そもそもハンバーガー10億個ってなんだ!
最終的な決断はセーラさんに委ねられるが、モニターに映る海賊船の無遠慮な姿に、私の戦意はすでに沸騰していた。