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第20話……難航、第38鉱区

「カーヴ、宇宙海賊の殲滅、お見事でしたわ!」


「はっ、ありがとうございます!」


 ライス伯爵家の重厚な執務室で、セーラ・ライス卿が紅茶のカップを傾けながら微笑む。彼女の背後には、星図がホログラムで投影され、この宙域の複雑な航路が淡く光っている。

 私は直立し、宇宙海賊討伐の報告を終えたばかりだ。


 800名を超える捕虜を確保したのは良いが、彼らに食事を与える算段がないのが悩みの種だった。

 今回の作戦は、犯罪者たちがこの宙域の有力者フランツさんの不在を好機と見て一斉に襲ってきた結果、一網打尽にできた僥倖によるものだ。

 新参の私なら容易に潰せると踏んだのだろう。内心、「ざまあみろ」とほくそ笑んだが、喜んでばかりもいられない。


 私の立場は、はっきり言って微妙だ。日当で雇われた傭兵同然の身分で、捕虜を養う経済力など持ち合わせていない。


「ご領主様、実は……、捕虜の食料調達の目途が立っていなくて……」


 喫緊の課題を率直にぶつけてみる。彼女はカップをソーサーに置き、優雅に手を振った。


「ふむ、そうですわね。カーヴには第38鉱区の運営をお任せしますわ。その収益でどうにかならないかしら?」


「……は?」


 メイドが無言で差し出したタブレット端末を受け取る。

 画面には、第38鉱区の地質データが映し出されていた。ニッケル、プラチナ、金といった希少金属の埋蔵が確認されているが、開発は未着手。未開の荒野そのものだった。


「これを掘って、捕虜を養えと?」


「その通り! あなた、軍師を自称するのでしょう? なら、経営手腕も見せて頂戴!」


 セーラさんは指を組み、小悪魔的な笑みを浮かべる。

 その瞳には、私を試すような光が宿っていた。どっちが軍師だよ、と内心で突っ込みつつ、仕方なく頷く。


「……まぁ、やってみます!」


「頼んだわよ、カーヴ!」


「失礼します!」


 セーラさまの執務室を後にし、私は相棒のブルーと共に装輪気動車を駆って荒野へ向かった。

 地図に記された第38鉱区の座標を目指し、砂塵を巻き上げながら突き進む。



――16時間後、第38鉱区にて。


「…なんじゃこりゃ?」


「旦那、良い鉱山を押し付けられましたなぁ! ハハハ!」


 ブルーが豪快に笑うが、目の前の光景に私は言葉を失った。事前調査を怠ったのが悪いのだが、鉱区に至る道は存在しない。電気も水道も通っておらず、通信網すら届かない山岳地の麓。

 岩だらけの荒涼とした大地が広がり、遠くの断崖では野生の山羊がのんびり草を食んでいる。


「こんな僻地、やり手のフランツさんが放置するわけだよな……」


「ですねぇ。さすがに掘りやすい鉱脈なら、とうに採掘済みっすよ」


 ブルーの言葉に頷きつつ、捕虜を養う責任が重くのしかかる。辞めたい衝動に駆られたが、ここで投げ出すわけにはいかない。


「旦那、いっそ捕虜をここで働かせちまうのはどうです?」


「……それしかないか」


 私たちは不満をぶつぶつこぼしながら、機動車をUターンさせ、拠点のクリシュナへ戻った。星空の下、砂塵を蹴散らしながら、未開の鉱区をどう切り開くか、頭を悩ませるのだった。




☆★☆★☆


「発進スタンバイ!」


『GO!』


 クリシュナの格納庫から、艦載機アイアースが轟音と共に射出される。

 私はコックピットの操縦桿を握り、第38鉱区の上空へと急上昇した。眼下には、岩だらけの荒涼とした山岳地が広がっている。

 ちなみに、私は土木工事の指揮など一度も執ったことがない。戦闘ならまだしも、こんな未開の地をどう開拓しろというのか。


 ……つまり、こうするしかない。


「兵装ハードランチャー、展開! 高性能ロケット弾、選択!」


 コンソールでターゲットをロックし、周囲の岩場を整地すべくミサイルをばらまいた。

 次々と爆炎が上がり、険しい岩肌が崩れ落ちる。煙と砂塵が立ち込める中、曲がりなりにも地形はなだらかになり、視界が開けた。


「とりあえず、戦車くらいなら通れそうですね!」


 後部座席のトムが、半ば呆れた口調で呟く。せめて自動車が通れる道にしたかったが、この環境では贅沢を言っていられない。



――翌日。

 トラックを数台借り、就労を希望する捕虜たちを乗せて鉱区へ向かった。開発用の重機も調達し、指揮官にはトムを任命した。


「アッシにこんな大役、務まりますかねぇ?」


「頼む、やってくれ!」


「じゃ、がんばりまさぁ!」


 こうして、400人もの荒くれ者たちを動員。

 ブルーが操る重機が唸りを上げ、岩山を次々と切り崩していく。砂嵐が吹き荒れる劣悪な環境でも、彼らは黙々と働いた。

 更生を望む者たちの覚悟は、予想以上に堅かったのだ。


「司令! 酒と肉、調達してきました!」

「ありがとな、レイ!」


 福利厚生はレイに一任した。給与計算から勤務シフト、物資の管理まで、彼女が細やかに取り仕切ってくれる。

 そのおかげで、最初は不満げだった捕虜たちも次第に作業に打ち込むようになった。監獄暮らしより、薄給でも自由と食事が保証されるこの環境がマシだと感じたのだろう。特に、食事の質は段違いだった。


「カーヴの親分、話が分かるぜ!」


「だな! 酒と肉がうめぇ!」


 労働者たちの笑い声が響く。元宇宙海賊の下っ端の多くは、実は貧困にあえぐ生活困窮者だった。犯罪に手を染めたのも、生きるためのやむを得ない選択だったのだ。



――3ヶ月後。

 鉱山経営は順調に軌道に乗った。

 掘り出したニッケルやプラチナの鉱石を、トラックで近隣のコロニーへ運び出す。居住区には水道管と電線が通り、小さな集落が形成されつつあった。

 元々良質な鉱脈だったこともあり、収益は右肩上がり。銀行口座の数字は、目に見えて増え続けていた。


「うはは、親分! この肉、めっちゃイケますぜ!」


「だろ!」


 私も労働者たちとすっかり打ち解けていた。共に酒を酌み交わし、休日にはコロニーの繁華街へ繰り出す。いつの間にか、彼らの間では私が「親分」と呼ばれるようになっていた。

 宇宙海賊の文化では、上司は皆「親分」らしい。妙な気分だが、悪くない。



――その頃

 居住区の簡素な司令室で、突如セーラさんからの緊急通信が着信した。私は慌てて画像モニターを起動し、彼女の顔を映し出す。


「ご領主様、どうかされましたか?」


『……カーヴ、実は…フランツからの連絡が途絶えてしまったの。私、どうしたらいい?』


 モニター越しに見えるセーラ卿の顔には、涙が光っていた。いつも自信に満ちた彼女の意外な脆弱さに、私は一瞬言葉を失ったのであった。


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