急いで伯爵館の指令室に駆け込むと、セーラさんは顔を伏せ、静かに嗚咽を漏らしていた。
私はそっと彼女の傍らに寄り添った。
「……カーヴ、私、どうすればいいの……?」
彼女の声は震え、星々の光さえ届かぬ闇に沈むようだった。
「大丈夫、きっと道は開けますよ!」
私は力強く励ました。根拠など皆無だったが、彼女を支えるためにできることはこれだけだった。
やがて、セーラは少しずつ落ち着きを取り戻し、涙を拭った。
「カーヴ……フランツを探してきてくれる?」
「留守の指揮はどうしますか?」
「……大丈夫、と思うわ」
つい先日、連邦軍の内部統制を立て直し、宙賊の一掃にも成功したばかりだ。
確かに、私が不在でも司令部は機能するだろう。それに、フランツさん不在の状況は、私にとっても耐え難いものだったのだ。
「……了解しました。行ってきます!」
「あの、カーヴ……」
「はい?」
「無事に帰ってきてね」
「任せてください!」
私は胸を張り、自信満々に答えた。だが、心の奥底では、確信などまるでなかった。
☆★☆★☆
ライス伯爵館の地下、戦略司令部の暗い光の中で、私は情報士官に詰め寄った。
「解放同盟軍からの連絡は?」
「報告は届いておりますが……」
士官が差し出したデータパッドを手に取った瞬間、私の言葉は凍りついた。
「……全滅だと!?」
「はい、正確な情報は不明ですが、そのような報告が上がっています」
報告書によると、フランツさんが率いる第7艦隊は、BA-867宙域でマーダ連邦の艦隊と交戦。
激しい戦闘の末、通信が途絶え、艦隊は壊滅したと推定されていた。
マーダ星人――その冷酷な種族は、捕虜を取らず、敵を殲滅することで悪名高い。
「この情報をご領主様に伝えたのか?」
「いえ、とても口にできず……困り果てていたところです」
怒りがこみ上げたが、情報士官を責めるのは筋違いだ。鉱区開発に追われ、司令部の細部に目を配れなかった私の失態に他ならない。
「今は行方不明として扱え。私が直接、宙域に向かって調査する!」
「はっ!」
私は司令部に情報収集の継続を命じ、留守中の指揮系統を再編成。いつもの精鋭クルーを招集し、旗艦クリシュナのブリッジへと急いだ。
星々の彼方、BA-867宙域の闇が、私を待ち受けていた。
☆★☆★☆
翌朝、私は旗艦クリシュナのブリッジに立っていた。
「メインエンジン、起動!」
「出力、86%まで上昇中!」
「離陸シーケンス、開始! ……、……」
「離陸します!」
ブルーの凛とした声が響くや否や、クリシュナは惑星アーバレストの地表を離れ、轟音とともに大気圏を突き抜けた。
瞬く間に重力圏を脱し、漆黒の宇宙空間へと躍りる。
それから二週間、艦は航行を続け、ユーストフ星系の外縁部に到達。
我々は、この世界で初となるワープ航法――光速を超える亜空間跳躍の準備に取り掛かっていた。
「ブルー、問題は?」
「多分……、いけるはずです!」
彼の声には一抹の不安が混じる。この世界の物質構造は、以前の宇宙とは微妙に異なる。かつて成功した技術が、ここでは通用しない可能性があったのだ。
『跳躍座標計算完了。』
『成功確率:78.68%』
戦術コンピューターが淡々と告げた数値は、決して心強いものではなかった。
私とブルーは顔を見合わせたが、今回はレイとトムもブリッジに同席していた。
「司令、へっちゃらですよ!」
「親分、ぶっ飛ばしましょうぜ!」
二人の明るい声が、緊張を切り裂く。
私は頷き、再度計算をやり直すよう指示。入念な準備を重ね、ついにその瞬間が訪れた。
「全乗員、シートベルト確認!」
「確認完了!」
「ワープ航法、発動!」
『了解。ワープ、開始。』
戦術コンピューターの柔らかな機械音が艦内に響いた瞬間、クリシュナは光の壁を突き破った。
窓の外、星々が点から線へと伸び、やがて闇に溶けていく。
亜空間の歪みがもたらす奇妙な感覚――まるで身体が引き伸ばされ、意識が薄れるような不快感が、全員を襲った。
それでも、我々は前へ進む。フランツ提督の行方を追うため、BA-867宙域の深淵へと。