「進路をメドラ星系に設定しろ!」
「了解しました!」
クリシュナ号は、有人星系の中で最も近いメドラ星系へ針路を取った。
この星系は、フランツさんが率いる艦隊がマーダ連邦の支配から解放したばかりの、戦火の爪痕が色濃く残る場所だった。
「大気圏突入開始!」
「耐熱シャッター、閉鎖!」
有人星系とはいえ、解放直後の混乱期。管制システムなど存在しないに等しい。クリシュナ号は、荒涼とした荒れ地に降下し、砂塵を巻き上げながら着陸したのであった。
「……よし、行ってくるぞ」
「司令、ご武運を!」
船にはレイとトムが留守番として残り、私の相棒であるブルーが装輪装甲車に同乗した。
私とブルーはバイオロイド――有害物質にも耐えうる肉体を持つゆえ、この任務に適していた。
装甲車は荒れ地を疾走し、やがて廃墟と化したドーム型コロニーの残骸にたどり着いた。
「入場料は、おひとり様3000クレジットでごさるよ」
コロニーの入り口には、しわがれた声の老婆が立っていた。私とブルーは顔を見合わせ、仕方なくクレジットカードを差し出した。
「毎度あり!」
老婆の威勢のいい声を背に、私たちはコロニー内部へと足を踏み入れる。
「……こりゃ、すげえな」
「……ああ」
入場料を払って足を踏み入れた先は、予想通り外と変わらぬ荒野だった。崩れ落ちた建物は原型を留めず、かつての繁栄の面影は微塵もない。
トボトボと歩を進めると、瓦礫の隙間から声が響いた。
「お兄さん、カードゲームでもどうだい?」
声の主は、瓦礫の下に潜む小さな子供だった。近づくと、子供は無邪気な笑みを浮かべ、地下へと続く階段を指差した。
「ぜひ、楽しんでいってくれよ!」
階段を下りると、そこは意外にも賑わう地下賭博場だった。片隅にはバーカウンターがあり、薄暗い空間に怪しげな活気が漂っている。
「いらっしゃい! コインは何枚だ?」
「一枚いくらだ?」
「100クレジットだよ!」
……高い。一枚でフレッシュジュースが買える値段だ。
「よし、俺が払う!」
ブルーが気前よく財布を取り出し、チップを購入してくれた。
「お前、カジノとか得意なのか?」
「任せてくだせぇ、旦那!」
ブルーは自信満々に10枚のチップを渡すと、スロットマシンの列へ吸い込まれるように消えていった。
仕方なく、私はバーカウンターに腰を下ろし、酒を注文した。珍しい銘柄の煙草も目に留まり、試しに火をつけてみる。
「……お、こいつはイイ!」
「だろ? お客さん」
歯の欠けたバーテンがニヤリと笑う。
【システム通知】…違法麻薬を検知。即時廃棄してください。
……ちっ、美味かったのに。
私は渋々、灰皿に煙草を押しつける。
「なあ、マスター。この辺で宇宙船が不時着したなんて話、聞いてないか?」
私の問いに、バーテンは無言でチップを要求する仕草を見せた。1枚渡すと、彼は目線でカウンターの奥に立つ男を指した。
「お前、あの男と話してみな。知ってるかもしれないぜ」
☆★☆★☆
「不時着した宇宙船の話を聞きたいんだが、ここでいいか?」
私はバーの奥に陣取る、粗野な髭面の男に声をかけた。アウトローの匂いがプンプンする、如何にも怪しい奴だ。
「はん? 何だてめぇ?」
男はギロリと睨みつけた後、ニヤけた。
「情報が欲ぇなら、この俺にカードで勝ってみな!」
「いいだろう、ルールを教えろ!」
男が説明したのは、旧地球時代のポーカーに似たゲームだった。私はすぐにテーブルにつき、勝負を始めた。
……だが。
「フルハウスだ!」
「……くそっ」
何度挑んでも、まるで勝てない。コインを追加で両替しても、結果は同じ。男の嘲笑が耳に刺さる。
「弱ぇな、お前! 話にならねぇよ、ガハハ!」
しかし、4戦目――私は男のイカサマを見破った。素早く手首を掴み、捻り上げる。
「ぐっ……、てめぇ、何しやがる!?」
「イカサマしたら、殺してもいいんだろ?」
そんなルールなど聞いた覚えはないが、腹の虫が収まらなかった。
騒ぎを聞きつけたバーテンが慌てて駆け寄ってくる。
「ボス! あのブタ野郎がスロットで荒稼ぎしてます! なんとかしてください!」
私と男が視線を移すと、スロットコーナーで山のようなコインを積み上げるブルーの姿があった。
「ボス、このままじゃ店が潰れちまいますよ!」
「そいつを黙らせたければ、情報を吐け! ごちゃごちゃ言うなら、この手首をへし折るぞ!」
私はここぞとばかりに凄みを利かせた。
「……ちっ、てめぇら、グルだったのか!」
男は観念したように口を開いた。
「あの船はな、奴隷商人に買い取られたんだ」
「奴隷商人?」
「ああ、俺らはそう呼んでるだけだ。表の看板は知らねぇがな」
聞けば、フランツさんの乗った巡洋艦ウィザードは、メドラ星系に不時着し、非合法組織に捕らえられた後、この星の収容所に送られたという。
「どうすれば助け出せる?」
「売られたもんは、買い戻すしかねぇ」
「そんな訳ねぇだろ!」
裏社会のルールなど知ったことか。非合法に奪われたなら、非合法に奪い返すまでだ。私は暴力をちらつかせ男を脅し、収容所の位置を吐かせた。
「おい、ブルー! 帰るぞ!」
「えー、もうちょい稼ぎたかったっすけど?」
穏便に済ませるため、ブルーはコインを割り引きで換金し、私たちはその場を後にした。
……帰りの装甲車の中。
「しかし、ブルー、すげぇな。お前、博打の才能あんじゃねぇか?」
「旦那、んなわけないっすよ! 俺の特技は、機械をいじることだけっす!」
ブルーはニヤリと笑い、ポケットから小さな電子工具を取り出した。
「……くそっ、てめぇもイカサマだったのか!」