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第22話……メドラ星系での賭博

「進路をメドラ星系に設定しろ!」

「了解しました!」


 クリシュナ号は、有人星系の中で最も近いメドラ星系へ針路を取った。

 この星系は、フランツさんが率いる艦隊がマーダ連邦の支配から解放したばかりの、戦火の爪痕が色濃く残る場所だった。


「大気圏突入開始!」


「耐熱シャッター、閉鎖!」


 有人星系とはいえ、解放直後の混乱期。管制システムなど存在しないに等しい。クリシュナ号は、荒涼とした荒れ地に降下し、砂塵を巻き上げながら着陸したのであった。


「……よし、行ってくるぞ」


「司令、ご武運を!」


 船にはレイとトムが留守番として残り、私の相棒であるブルーが装輪装甲車に同乗した。

 私とブルーはバイオロイド――有害物質にも耐えうる肉体を持つゆえ、この任務に適していた。


 装甲車は荒れ地を疾走し、やがて廃墟と化したドーム型コロニーの残骸にたどり着いた。


「入場料は、おひとり様3000クレジットでごさるよ」


 コロニーの入り口には、しわがれた声の老婆が立っていた。私とブルーは顔を見合わせ、仕方なくクレジットカードを差し出した。


「毎度あり!」


 老婆の威勢のいい声を背に、私たちはコロニー内部へと足を踏み入れる。


「……こりゃ、すげえな」


「……ああ」


 入場料を払って足を踏み入れた先は、予想通り外と変わらぬ荒野だった。崩れ落ちた建物は原型を留めず、かつての繁栄の面影は微塵もない。

 トボトボと歩を進めると、瓦礫の隙間から声が響いた。


「お兄さん、カードゲームでもどうだい?」


 声の主は、瓦礫の下に潜む小さな子供だった。近づくと、子供は無邪気な笑みを浮かべ、地下へと続く階段を指差した。


「ぜひ、楽しんでいってくれよ!」


 階段を下りると、そこは意外にも賑わう地下賭博場だった。片隅にはバーカウンターがあり、薄暗い空間に怪しげな活気が漂っている。


「いらっしゃい! コインは何枚だ?」


「一枚いくらだ?」


「100クレジットだよ!」


 ……高い。一枚でフレッシュジュースが買える値段だ。


「よし、俺が払う!」


 ブルーが気前よく財布を取り出し、チップを購入してくれた。


「お前、カジノとか得意なのか?」


「任せてくだせぇ、旦那!」


 ブルーは自信満々に10枚のチップを渡すと、スロットマシンの列へ吸い込まれるように消えていった。

 仕方なく、私はバーカウンターに腰を下ろし、酒を注文した。珍しい銘柄の煙草も目に留まり、試しに火をつけてみる。


「……お、こいつはイイ!」


「だろ? お客さん」


 歯の欠けたバーテンがニヤリと笑う。


【システム通知】…違法麻薬を検知。即時廃棄してください。


 ……ちっ、美味かったのに。

 私は渋々、灰皿に煙草を押しつける。


「なあ、マスター。この辺で宇宙船が不時着したなんて話、聞いてないか?」


 私の問いに、バーテンは無言でチップを要求する仕草を見せた。1枚渡すと、彼は目線でカウンターの奥に立つ男を指した。


「お前、あの男と話してみな。知ってるかもしれないぜ」



☆★☆★☆


「不時着した宇宙船の話を聞きたいんだが、ここでいいか?」


 私はバーの奥に陣取る、粗野な髭面の男に声をかけた。アウトローの匂いがプンプンする、如何にも怪しい奴だ。


「はん? 何だてめぇ?」


 男はギロリと睨みつけた後、ニヤけた。


「情報が欲ぇなら、この俺にカードで勝ってみな!」


「いいだろう、ルールを教えろ!」


 男が説明したのは、旧地球時代のポーカーに似たゲームだった。私はすぐにテーブルにつき、勝負を始めた。


……だが。


「フルハウスだ!」


「……くそっ」


 何度挑んでも、まるで勝てない。コインを追加で両替しても、結果は同じ。男の嘲笑が耳に刺さる。


「弱ぇな、お前! 話にならねぇよ、ガハハ!」


 しかし、4戦目――私は男のイカサマを見破った。素早く手首を掴み、捻り上げる。


「ぐっ……、てめぇ、何しやがる!?」


「イカサマしたら、殺してもいいんだろ?」


 そんなルールなど聞いた覚えはないが、腹の虫が収まらなかった。

 騒ぎを聞きつけたバーテンが慌てて駆け寄ってくる。


「ボス! あのブタ野郎がスロットで荒稼ぎしてます! なんとかしてください!」


 私と男が視線を移すと、スロットコーナーで山のようなコインを積み上げるブルーの姿があった。


「ボス、このままじゃ店が潰れちまいますよ!」


「そいつを黙らせたければ、情報を吐け! ごちゃごちゃ言うなら、この手首をへし折るぞ!」


 私はここぞとばかりに凄みを利かせた。


「……ちっ、てめぇら、グルだったのか!」


 男は観念したように口を開いた。


「あの船はな、奴隷商人に買い取られたんだ」


「奴隷商人?」


「ああ、俺らはそう呼んでるだけだ。表の看板は知らねぇがな」


 聞けば、フランツさんの乗った巡洋艦ウィザードは、メドラ星系に不時着し、非合法組織に捕らえられた後、この星の収容所に送られたという。


「どうすれば助け出せる?」


「売られたもんは、買い戻すしかねぇ」


「そんな訳ねぇだろ!」


 裏社会のルールなど知ったことか。非合法に奪われたなら、非合法に奪い返すまでだ。私は暴力をちらつかせ男を脅し、収容所の位置を吐かせた。


「おい、ブルー! 帰るぞ!」


「えー、もうちょい稼ぎたかったっすけど?」


 穏便に済ませるため、ブルーはコインを割り引きで換金し、私たちはその場を後にした。


 ……帰りの装甲車の中。


「しかし、ブルー、すげぇな。お前、博打の才能あんじゃねぇか?」


「旦那、んなわけないっすよ! 俺の特技は、機械をいじることだけっす!」


 ブルーはニヤリと笑い、ポケットから小さな電子工具を取り出した。


「……くそっ、てめぇもイカサマだったのか!」





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