「旦那、あの山脈の奥が奴隷商人のアジトだそうです!」
ブルーの報告に、私は艦橋のメインモニターを睨む。地下賭博場で手に入れた地図の座標が、目の前の荒々しい岩肌と重なる。
「よし、攻撃開始だ!」
我々の乗艦クリシュナは、対消滅エンジンの咆哮を響かせながら、敵の拠点へと突進した。
山岳地帯の奥深く、奴隷商人は天然の要塞に守られた基地を築いていた。
だが、そんなもの、このクリシュナの火力の前では無意味だ。
「収容区画を傷つけるな! 人質がいるぞ!」
「了解!」
「艦首主砲、斉射準備!」
クリシュナの艦首に埋め込まれた32門のビーム砲が、一斉にエネルギー充填を開始する。各砲門は上下左右わずか5度の可動域しかないが、偏光技術により射角を柔軟に調整可能だった。
分散射撃で敵を撹乱し、その後の集中射撃で一気に殲滅する――それが我々の戦術だ。
「全砲門、収束射撃、撃て!」
青白い高エネルギー光条が、虚空を切り裂き、山岳地帯に突き刺さる。
大気中でビームは減衰するが、それでも岩盤を溶かし、敵の防御施設を一瞬で蒸発させるには十分だった。
刹那、爆炎が天を焦がし、奴隷商人の基地は瓦礫の山と化した。
「突入するぞ!」
「おう!」
クリシュナを敵のアジトの残骸に横付けし、我々は戦闘装備を身に纏い、荒れ果てた敵地へと飛び込んだのだ。
「捕虜はどこだ! さっさと吐け!」
我々は負傷した奴隷商人の一味を拘束し、レーザー銃の銃口を突きつける。
男は震えながら口を開いた。
「……案内したら、命は助けてくれるんだろ?」
「ああ、約束する。さっさと動け!」
銃口で背中を小突き、収容棟の重厚な扉へと急がせる。認証パネルに男の手を押しつけると、扉が軋みながら開いた。
「おお、カーヴ殿!」
「フランツさん、ご無事でしたか!」
扉の向こうには、惑星アーバレストの士官や兵士たち、そして解放同盟軍の戦士たちが収容されていた。
彼らのやつれた顔には疲労の色が濃いが、命に別状はなさそうだ。どうやら最低限の食事は与えられていたらしい。
「急げ! 全員をクリシュナに収容しろ!」
仲間たちが迅速に動き、捕虜たちを艦内に誘導する。私は簡易医療ユニットで彼らの健康状態を確認させていく。
「ご領主様、フランツ殿を救出しました!」
超高速通信回線を通じて、セーラさんの顔がメインモニターに映る。
彼女の眼には涙があふれていた。
『……ありがとう、カーヴ! あなたは本当に素晴らしい働きをしてくれたわ。後で望む褒賞を必ず与えるから!』
「感謝します、ご領主様!」
その後、フランツさんを艦橋に残し、私はブルー、レイ、トムと共に食堂へと向かった。
まずは戦士たちの腹を満たさねば……。
「ブルー、今日の昼飯は何だ?」
私が軽く尋ねると、ブルーがブヒブヒと不満を漏らす。
「旦那、なんでいつも俺が食事当番なんですかね? なんとかならねえすか?」
「お前の本職はコックだろうが!」
「まぁ、そうなんですけどよ!」
レイとトムがクスクス笑う。
だが、食堂に足を踏み入れた瞬間、笑い声は止まった。そこには、救出した捕虜たちが酷い空腹を堪えながら、期待に目を輝かせて座っていたのだ。
「……ということで、旦那たちも手伝ってくださいよ!」
「うへ、仕方ねえな!」
結局、我々四人はその日の調理スタッフと化した。ブルーが先任シェフとして采配を振るう。
「ほらほら、キビキビ動けよ!」
「……チクショウ、こいつ、調子に乗ってやがる!」
ブルーの威張った声に内心で毒づきつつ、私は鍋をかき混ぜる。温かいスープの香りが食堂に広がり、捕虜たちの顔に笑みが戻った。
スープを配り終え、皆が満足そうに食事を楽しむ姿を確認した後。私は一人艦橋に戻り、静かにクリシュナの舵を惑星アーバレストへと向けたのであった。
☆★☆★☆
――2週間後、惑星アーバレストにて。
「カーヴ、褒賞の話なんだけど……」
セーラさんの柔らかな声が、執務室の静寂を破る。私は居住コロニーの中心部にある彼女の執務室に立ち、約束されていた報酬について話を聞いていた。
「はい、ご領主様」
彼女は微笑みを浮かべ、ゆっくりと提案を切り出した。
「奴隷商人が溜め込んだ財産を、全てカーヴのものにするというのはどうかしら?」
「……え、本気ですか?」
私は思わず目を丸くした。セーラさんによると、犯罪者の不正な財宝をアーバレスト政府が直接受け取るのは、政治的な体裁上、少々問題があるらしい。
そこで、賊を討ち取った私にその財を譲るのが最善だというのだ。
「それなら、第38鉱区の開発資金に充てさせていただきます!」
「……ふふ、頼もしいわ。かの地の繁栄も、しっかりお願いね」
セーラさんの温かな笑顔に見送られ、私は執務室を後にした。その後、執事の案内で奴隷商人の資産引き渡し手続きを進める。
契約書に電子サインを施し、莫大な額が私の個人アカウントに振り込まれた瞬間、あまりの金額に思わず背筋がゾクッとした。
だが、全額を独り占めするのは気が引けた。私は奴隷商人によって被害を受けた惑星各地の住民たちに、一定額を補償金として分配した。
そして残った財は、私の銀行口座に静かに眠ることとなったのだ。
「旦那、暇っすねぇ!」
「ああ、まったくだ」
惑星アーバレストの居住コロニー外縁、A-22基地の片隅で、私とブルーは日光浴ならぬ人工太陽光浴を楽しんでいた。
この星の外気は人間には過酷だが、私とブルーのバイオロイドの肉体は、そんな環境にも耐えられるよう設計されている。
「お金、何に使おうかね?」
ブルーがのんびりした口調で尋ねる。私は適当に答えた。
「肉と酒……かな」
「……おいおい、旦那、莫大な財を全部肉と酒に突っ込む気か? バカじゃねえの?」
「俺に聞いたお前がバカだろ!」
「……そういう結論かよ!」
ブルーの呆れた顔に、私は思わず笑ってしまう。確かに、こいつにマジメな相談をした私が悪いのかもしれない。
だが、その穏やかな時間は長くは続かなかった。
「司令! 基地整備の予算をください!」
「第38鉱区にも予算を回してほしいです!」
突如、A-22基地の事務責任者レイと、第38鉱区の管理責任者トムが現れ、揃って予算をせびってきた。二人とも目がギラギラと輝いている。
まるで私の財布を狙うハゲタカのようだ。
「悪銭身につかず、って言いますでしょ? こういう有効な投資先に使うのは悪くないと思うぜ」
私は内心で苦笑しつつ、彼らの提案に耳を傾けた。確かに、セーラさんから受け取った財を、基地や鉱区の発展に投じるのは賢明な選択だった。
こうして、A-22基地の司令部はプレハブ小屋から近代的な施設へと生まれ変わった。
冷暖房完備、通信回線も強化され、まるで小さな要塞のような快適な拠点が完成したのだ。
第38鉱区もまた、労働者の居住施設が大幅に改善された。新たな坑道が掘り進められ、機械化も伴い鉱脈の採掘効率が飛躍的に向上。収益の道が大きく開けたのだ。
ブルーが焼いたステーキを頬張りながら、私は新しくなった司令部の窓から外を眺める。
人工太陽の光が、コロニーのドームを淡く照らしている。
「旦那、結局、金ってのは使うためにあるんすね」
ブルーの言葉に、私はグラスを軽く掲げた。
「そうだな。次は何に使おうか?」
「肉と酒!」
「……お前、それしか言わねえな!」
笑い声が司令部に響く。惑星アーバレストの未来は、今日も少しずつ明るくなっていくのだった。