幾度かのワープアウトを繰り返し、私は未開の星系の外縁部に辿り着いた。
漆黒の宇宙に浮かぶ二連星が、青白い輝きを放ちながら静かに脈動している。
「なんて美しい恒星だ……!」
ブルーが珍しく感嘆の声を漏らす。彼の声には、普段の冷静さを超えた何かがあった。
「そうだな」
と私は短く答えた。
視界に映るのは、双子の星が織りなす幻想的な光の舞。まるで宇宙の深淵で囁き合う神々のようだった。
『警告! 恒星風および磁気嵐が接近!』
クリシュナの戦術コンピューターが鋭い電子音で告げる。
「左舷、30度回頭!」
『了解!』
二連星から放たれる猛烈な恒星風を回避すべく、私は即座に指示を飛ばす。艦体がわずかに震え、小さな小惑星がクリシュナの装甲にゴツゴツとぶつかる音が響く。
薄い小惑星帯を切り抜けた先で、視界に蒼く輝く惑星が浮かび上がった。
「ブルー、あの惑星に接近するぞ!」
「了解!」
クリシュナを未知の青い惑星へ向ける。接近するにつれ、惑星を取り巻く薄い氷のリングが現れた。それはまるで銀河の宝飾品のように儚く輝いていた。
クリシュナはリングの氷を砕きながら、轟音とともに衛星軌道へと滑り込む。大気は薄いが、確かに存在していた。
「ドライブアーマー、発進準備!」
「了解!」
私とポコリンは、可変戦闘機【ドライブアーマー】に乗り込む。この艦載機は、武骨な四肢を持ち、惑星の地表を跳躍したり歩行したりできる優れもので、惑星探査には最適な装備だったのだ。
『ドライブアーマー、発進!』
「了解!」
クリシュナの後部甲板から、二基のドライブアーマーが虚空へ飛び出す。大気圏突入の衝撃で機体表面が赤熱し、薄い大気をかき分ける轟音が響く。
地表が近づくと、逆噴射を効かせて着陸。足元に広がるのは、厚いドライアイスの岩盤だった。
【システム通知】……探査システム稼働。岩盤破砕を開始します!
「了解!」
私の副脳が自動でドライブアーマーの資源探査システムを起動する。左腕から伸びた生体導線が、機体のコンピューターと直結。電子信号が副脳に流れ込み、膨大なデータを解析し始める。
頭の奥で、微細な電流が走るような感覚が広がった。
【システム通知】……データ解析のため、他センサーを一時休止します。
「問題ない、続行しろ!」
副脳は私の目、耳、皮膚から得られる危険情報を常時監視しているが、今は解析に全リソースを割く必要があった。
半生体コンピューターである副脳は、私の身体からエネルギーを直接引き出す。そのため、解析が佳境に入ると、まるで眠気に襲われるように大脳が重くなるのだ。
「……ふぅ」
息を吐きながら、私は地平線を見やる。そこには青白く輝くドライアイスの大地が、どこまでも広がっていた。それはまるで凍てついた海のようだった。
『ぽここぽここ!』
ポコリンは訓練のために連れてきたが、彼はドライブアーマーで氷の表面を無邪気に跳ね回っている。不毛の大地に、時折降る雹の音だけが虚しく響く。
【システム通知】……有効資源含有率適合。良質な資源惑星と判断。……ただし、生命体の生存には過酷な環境です。
よし、資源惑星としては有望だ。だが、大気が薄すぎるせいで、宇宙からの放射線が地表を容赦なく叩く。この星に知的生命体が住む可能性はほぼないだろう。
「よし、次の検査地点へ急ぐぞ!」
『ぽここ!』
ポコリンの操る二号機を従え、地質調査を続ける。すると――
【システム通知】……古代文明の遺跡を検出。地下280メートル地点。
心臓が跳ねた。ビンゴだ! 古代文明の遺跡は、ロストテクノロジーやオーパーツの宝庫だ。こんな僥倖は滅多にない。
「ブルー、聞こえるか!?」
『感度良好、こちらブルー!』
「この地点にクリシュナを降下させてくれ!」
『了解!』
ドライブアーマーには地下を掘削する機能はない。衛星軌道で待機するクリシュナを呼び寄せ、掘削機械を展開するしかないのだ。
轟音とともにクリシュナが着陸し、逆噴射の熱でドライアイスが白い蒸気となって立ち上る。
「ここを掘るんですかい!?」
ブルーが船外作業服に身を包み、叫ぶ。
「ああ、頼む!」
ブルーが操る重機が、氷の層を削り取っていく。だが、地面と呼べるものはほぼなく、ただひたすらに凍てついた氷の層が続く。
――ガチン!
突然、重機が硬い金属音を立てた。「古代遺跡だ!」 掘り当てたのは、古代文明の宇宙船らしき構造物だった。
だが、その規模は尋常ではない。宇宙船というより、まるで要塞のような巨大さだった。
「宇宙船……なのか?」
ブルーが訝しげに呟く。
「そのようだな。だが、ただの船じゃない」
巨大な遺跡には、巨大な収穫が眠っている。超大型コンピューターか、あるいは未知のエンジンか。期待に胸が膨らむ。
私もドライブアーマーから降り、船外作業服に着替えて遺跡に近づく。レーザーカッターで、入り口らしき部分を慎重に切り開いた。
――ガコン!
重々しい音を立てて、金属の扉が外れた。内部には気密区画が幾重にも連なり、それを抜けると、驚くほど濃い酸素に満ちた居住空間が広がっていた。
「……ふぅ」
ヘルメットを外し、遺跡内の空気を肺に吸い込む。少しカビ臭いものの、濃密な酸素が血を巡り、全身に力が漲るのを感じた。
ここは、遥か昔の文明が遺した秘密の宝庫。未知の冒険が、今、始まろうとしていた。