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第34話……星の遺跡と孤独なロボット

 私とブルーは、古代の宇宙船の内部を歩いていた。広大な通路はまるで閉ざされた都市のようで、無数の部屋や通路が迷路のように広がっている。

 しかし、そこには人の気配がまるでなく、動くはずのロボットさえも停止していた。


 静寂が重く、空気は冷たく淀んでいる。


「ん? これは何だ?」


 私が足を止め、首をかしげると、ブルーも同じように怪訝な顔でつぶやいた。


「なんですかね、これ?」


 私たちの視線の先には、古代の文字で「なんでも屋」と記された看板が掲げられていた。

 錆びた金属製の看板は、長い年月を経てもなお、かすかに光を反射している。私たちは目で合図を交わし、意を決して扉を押し開けた。


「イラッシャイマセ!」


 扉の向こうから、甲高い機械音声が響く。そこに立っていたのは、銀色のボディに無骨な関節が目立つロボットだった。

 店内は、まるで古い地球のバーのような雰囲気だ。カウンターには4つの席が並び、壁には埃をかぶった装飾が時代遅れの趣を漂わせている。


「……ゴ注文ハ!?」


 ロボットが片言の人類語で話しかけてくる。その様子は「なんでも屋」というより、どこか場違いな飲食店の店員のようだった。

 差し出されたメニューに目を落とすと、そこには酒やつまみのリストが並んでいる。

 だが、ページをめくると、突如として「レーザー砲」や「光子エンジン」といった物騒な品目が記載されていた。


 「冗談だろ?」私は苦笑しながら、ひとまず無難に酒と軽食を注文した。

 ロボットの語学力の限界か、細かい品目の説明はさっぱり分からない。


「……シバラク、オ待チクダサイ!」


 ロボットはカウンターに調理用の鉄板を置き、油を引いて肉を焼き始めた。ジュージューと音を立てるその光景に、私とブルーは思わず顔を見合わせた。


「「……おおう?」」


 その肉は、かつて地球で高級とされた「肘川牛」の霜降りだった。銀河の果てで、こんな場所で、なぜこんなものが?

 香ばしい匂いが鼻をくすぐり、思わず唾を飲み込む。


「ドウゾ、オ召シアガリクダサイ!」


 ロボットは肉を一口大に切り分け、葡萄酒の入ったグラスを添えて差し出してきた。完璧なサービスだ。

 しかし、私はふと不安に駆られた。


「この料理、いくらなんだ?」


 いくらロボット相手とはいえ、こんな高級食材が無料のはずがない。トラブルはごめんだ。


「地球連合軍ノ方デスヨネ? ココハ軍ノ施設デスヨ! 無料デス!」


 ロボットは私の襟章を指さし、キンキンとした声で答えた。


「!? ……地球だって? この世界に地球があるのか!?」


 私は思わず声を上げた。


「アリマセン。約250億年前ニ、ナクナリマシタ……」


  突然、ロボットの声が震え始めた。機械ゆえに涙は流れないが、その仕草はまるで泣いているようだった。


「地球ノ方、久シブリニ見マシタ。私、トテモ嬉シイ!」


 ロボットはどこか懐かしむように私を見つめた。

 ……この世界にも地球があったのか? それとも、単なる同名の星か? 私の頭は混乱した。


「残念ながら、俺たちは人間じゃない」


 私は右腕に刻まれた製造番号をロボットに見せつけた。


「センジュツヘイキU-837……? アノ太古ノ撃墜王カーヴサンデスカ!? デモ、モウ戦死シテイルンジャア?」


「残念ながら生きてるよ! ……って、太古って何だよ?」


 私は笑いながら突っ込んだが、ロボットは無言で古びた時計を差し出してきた。そこに表示された数字は――


「「……西暦1980億5190年だと!?」」


 私とブルーは同時に葡萄酒を吹き出した。


「ソウデス、皆イナクナッテサミシカッタ……」


 ロボットは再び「泣き」始めた。


【システム通知】……このロボットの時計が正確かどうかは疑問です。

 私の副脳が冷静に警告を発した。ならば、と副脳に現在の時刻を尋ねてみる。

【システム通知】……長時間の冬眠モードで時間の記録がありません。


 ……役に立たない副脳だ。


「カーヴ先輩、サインヲ下サイ!」


 ロボットは目を輝かせ(たように見えた)、サインを求めてきた。もしこの時計が本当なら、彼は1900億年以上の孤独を耐え抜いたことになる。気の遠くなる話だ。


「ほれ、サイン!」


 私は差し出された手帳に適当にサインを走り書きした。人気者でもないのに、こんな場面でサインを求められるなんて初めてだ。


「アリガトウゴザイマス! 家宝ニシマス!」


 ロボットは大げさに喜び、手帳を大切そうに抱えた。


「ところで、艦船用の燃料とか、正規の品の在庫はあるか?」


 私はふと思いついて尋ねた。


「アリマスヨ! U-86アルテマですよね?」


「「おおう!」」


 私とブルーは再び驚きの声を上げた。この世界では失われた精製法のクリシュナや艦載機用の燃料「アルテマ」。

 どんな燃料でもクリシュナは動くには動くが、正規のアルテマなら性能は段違いなのだ。


「付イテキテクダサイ!」


 ロボットに導かれ、ホバークラフトで船内の街を進む。

 やがて巨大な燃料ステーションに到着した。そこには、所狭しと並ぶ燃料タンクが、まるで眠れる巨人のようにそびえ立っていた。


「これ、貰えるのか?」


「モチロン! 撃墜王カーヴ先輩デスカラ!」


 ロボットは私を「カーヴ先輩」と呼び始めていた。バイオロイドもロボットも大差ない、ということらしい。


「そういえば、君の名前は?」


 改めて尋ねると、ロボットは胸を張った。


「正式名A-8652、愛称はウーサです!」


「おう、ウーサ、これからもよろしくな!」


「俺はブルー、よろしく!」


 ウーサによると、燃料だけでなく、武器や弾薬も揃っているという。


「なあ、ウーサ。俺たちと一緒に来ないか?」


 私はふと思いついて誘った。こんな場所に一人でいるのは、あまりにも寂しすぎる。


「……ソレハ無理デス。私ハコノ船カラ出ルコトハ出来マセン……」


 ウーサは寂しげにデータを示した。そこには、この宇宙船「アルファ号」の専属ロボットであると記されていた。仕様上、彼はこの船を離れることができないのだ。


 ……なんとも切ない話だった。

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