私とブルーは、古代の宇宙船の内部を歩いていた。広大な通路はまるで閉ざされた都市のようで、無数の部屋や通路が迷路のように広がっている。
しかし、そこには人の気配がまるでなく、動くはずのロボットさえも停止していた。
静寂が重く、空気は冷たく淀んでいる。
「ん? これは何だ?」
私が足を止め、首をかしげると、ブルーも同じように怪訝な顔でつぶやいた。
「なんですかね、これ?」
私たちの視線の先には、古代の文字で「なんでも屋」と記された看板が掲げられていた。
錆びた金属製の看板は、長い年月を経てもなお、かすかに光を反射している。私たちは目で合図を交わし、意を決して扉を押し開けた。
「イラッシャイマセ!」
扉の向こうから、甲高い機械音声が響く。そこに立っていたのは、銀色のボディに無骨な関節が目立つロボットだった。
店内は、まるで古い地球のバーのような雰囲気だ。カウンターには4つの席が並び、壁には埃をかぶった装飾が時代遅れの趣を漂わせている。
「……ゴ注文ハ!?」
ロボットが片言の人類語で話しかけてくる。その様子は「なんでも屋」というより、どこか場違いな飲食店の店員のようだった。
差し出されたメニューに目を落とすと、そこには酒やつまみのリストが並んでいる。
だが、ページをめくると、突如として「レーザー砲」や「光子エンジン」といった物騒な品目が記載されていた。
「冗談だろ?」私は苦笑しながら、ひとまず無難に酒と軽食を注文した。
ロボットの語学力の限界か、細かい品目の説明はさっぱり分からない。
「……シバラク、オ待チクダサイ!」
ロボットはカウンターに調理用の鉄板を置き、油を引いて肉を焼き始めた。ジュージューと音を立てるその光景に、私とブルーは思わず顔を見合わせた。
「「……おおう?」」
その肉は、かつて地球で高級とされた「肘川牛」の霜降りだった。銀河の果てで、こんな場所で、なぜこんなものが?
香ばしい匂いが鼻をくすぐり、思わず唾を飲み込む。
「ドウゾ、オ召シアガリクダサイ!」
ロボットは肉を一口大に切り分け、葡萄酒の入ったグラスを添えて差し出してきた。完璧なサービスだ。
しかし、私はふと不安に駆られた。
「この料理、いくらなんだ?」
いくらロボット相手とはいえ、こんな高級食材が無料のはずがない。トラブルはごめんだ。
「地球連合軍ノ方デスヨネ? ココハ軍ノ施設デスヨ! 無料デス!」
ロボットは私の襟章を指さし、キンキンとした声で答えた。
「!? ……地球だって? この世界に地球があるのか!?」
私は思わず声を上げた。
「アリマセン。約250億年前ニ、ナクナリマシタ……」
突然、ロボットの声が震え始めた。機械ゆえに涙は流れないが、その仕草はまるで泣いているようだった。
「地球ノ方、久シブリニ見マシタ。私、トテモ嬉シイ!」
ロボットはどこか懐かしむように私を見つめた。
……この世界にも地球があったのか? それとも、単なる同名の星か? 私の頭は混乱した。
「残念ながら、俺たちは人間じゃない」
私は右腕に刻まれた製造番号をロボットに見せつけた。
「センジュツヘイキU-837……? アノ太古ノ撃墜王カーヴサンデスカ!? デモ、モウ戦死シテイルンジャア?」
「残念ながら生きてるよ! ……って、太古って何だよ?」
私は笑いながら突っ込んだが、ロボットは無言で古びた時計を差し出してきた。そこに表示された数字は――
「「……西暦1980億5190年だと!?」」
私とブルーは同時に葡萄酒を吹き出した。
「ソウデス、皆イナクナッテサミシカッタ……」
ロボットは再び「泣き」始めた。
【システム通知】……このロボットの時計が正確かどうかは疑問です。
私の副脳が冷静に警告を発した。ならば、と副脳に現在の時刻を尋ねてみる。
【システム通知】……長時間の冬眠モードで時間の記録がありません。
……役に立たない副脳だ。
「カーヴ先輩、サインヲ下サイ!」
ロボットは目を輝かせ(たように見えた)、サインを求めてきた。もしこの時計が本当なら、彼は1900億年以上の孤独を耐え抜いたことになる。気の遠くなる話だ。
「ほれ、サイン!」
私は差し出された手帳に適当にサインを走り書きした。人気者でもないのに、こんな場面でサインを求められるなんて初めてだ。
「アリガトウゴザイマス! 家宝ニシマス!」
ロボットは大げさに喜び、手帳を大切そうに抱えた。
「ところで、艦船用の燃料とか、正規の品の在庫はあるか?」
私はふと思いついて尋ねた。
「アリマスヨ! U-86アルテマですよね?」
「「おおう!」」
私とブルーは再び驚きの声を上げた。この世界では失われた精製法のクリシュナや艦載機用の燃料「アルテマ」。
どんな燃料でもクリシュナは動くには動くが、正規のアルテマなら性能は段違いなのだ。
「付イテキテクダサイ!」
ロボットに導かれ、ホバークラフトで船内の街を進む。
やがて巨大な燃料ステーションに到着した。そこには、所狭しと並ぶ燃料タンクが、まるで眠れる巨人のようにそびえ立っていた。
「これ、貰えるのか?」
「モチロン! 撃墜王カーヴ先輩デスカラ!」
ロボットは私を「カーヴ先輩」と呼び始めていた。バイオロイドもロボットも大差ない、ということらしい。
「そういえば、君の名前は?」
改めて尋ねると、ロボットは胸を張った。
「正式名A-8652、愛称はウーサです!」
「おう、ウーサ、これからもよろしくな!」
「俺はブルー、よろしく!」
ウーサによると、燃料だけでなく、武器や弾薬も揃っているという。
「なあ、ウーサ。俺たちと一緒に来ないか?」
私はふと思いついて誘った。こんな場所に一人でいるのは、あまりにも寂しすぎる。
「……ソレハ無理デス。私ハコノ船カラ出ルコトハ出来マセン……」
ウーサは寂しげにデータを示した。そこには、この宇宙船「アルファ号」の専属ロボットであると記されていた。仕様上、彼はこの船を離れることができないのだ。
……なんとも切ない話だった。