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第35話……炎の惑星

「カーヴ先輩! 気ヲツケテネ!」


「ははっ、また寄らせてもらうぜ!」


 メインモニターに映るウーサの姿に、私とブルーは手を振った。この星を離れられないロボットの彼女との、しばしの別れだ。

 宇宙船アルファ号の名にちなんで、私はこの惑星を「アルファ」と名付けた。


 クリシュナはここで正規の補給を終え、さらなる未踏の宇宙へと旅立つ準備を整えた。

 惑星アルファの探査はまだ途上だが、今は未知の宙域を切り開くことを優先したかった。

 フランツさんから託された白紙の宇宙図を、探索の記録で埋め尽くしたいという衝動が私を突き動かしていたのだ。


「クリシュナ、増速! 第三宇宙速度へ!」

『了解しました!』


 戦術コンピューターが応答し、クリシュナは純正燃料アルテマの力を得て、圧倒的な加速を見せる。

 背中にシートが食い込むような重力加速度が、私の強化バイオロイドの身体を心地よく刺激した。だが、生身の人間なら、この加速は耐え難い苦痛なのだろう。

 ウーサの故郷、ドライアイスの輝く惑星が視界から遠ざかり、この星系の青白い双子星もまた小さくなっていく。


 星間塵やガスの密度が薄れる星系外縁部に到達したクリシュナは、簡易点検を終え、隣の星系を目指してワープの準備に入った。


「次元跳躍、用意!」

『次元跳躍準備完了。目標:R-728C。座標計算終了!』


「次元跳躍、実行!」

『了解!』


 私の音声指示に応じ、クリシュナの周囲の空間が歪み始める。光がねじれ、遠く離れた宙域が一瞬にして隣接した。

 わずかな不快感とともに、クリシュナは約15光年の距離を瞬時に跳躍したのだ。


『次元跳躍完了! 目標宙域に到達!』

「よし、順調だ!」


 そうは言ったものの、ここは誰も足を踏み入れたことのない未知の宙域だ。星系が存在するという曖昧な情報だけを頼りに航行してきたのだ。

 だが、外縁部に到達した瞬間、目の前に広がる光景に私は言葉を失った。


「旦那、めっちゃ暑そうな星系っすね!」


「……ああ、確かに」


 ブルーの言葉通り、この星系はこれまでの探査とはまるで異なる様相を呈していた。

 通常、星系の中心に輝くのは恒星だけだが、ここでは惑星すら赤く燃え滾っている。まるで業火に包まれたようなその光景は、感情を熱く掻き立てるが、物理的には低温での燃焼を示していた。

 この星系の惑星たちは、比較的冷たく燃える星だったのだ。


「よし、あの小さな惑星に接近してみるか?」


「了解っす!」


 ブルーに舵を任せ、クリシュナは赤く輝く小さな惑星へと近づいていく。

 だが、その瞬間――


 【システム警告】危険検知! 即時退避を推奨!

 副脳と連動した艦のセンサーが、鋭い警告音を響かせる。


「ブルー、退避! 取り舵一杯!」


「取り舵、ヨーソロー!」


 クリシュナは鋭く左へ旋回。刹那、接近中の惑星から、巨大な炎をまとった怪物が飛び出してきた。

 その全長は優に200キロメートルを超えるだろう。まるで恒星のプロミネンスが具現化したかのような、圧倒的な存在感だった。


「でけえ! なんだあの化け物!?」


「ひえぇ~!」


 ブルーが悲鳴を上げ、メインモニターに映し出されたその姿に、私も息を呑んだ。

 炎に包まれたその怪物は、古代の神話に登場するドラゴンを彷彿とさせる。しかも、その巨体は200キロメートルに及んだのだ。


「艦首主砲、全力一斉射!」

『了解! 主砲エネルギー充填完了!』


 クリシュナの戦術コンピューターが応答し、艦首から高密度のエネルギーの束が放たれる。

 ビームはドラゴンの頭部を正確に捉え、空間を切り裂いた。


 ――ギェェェェエエ!

 真空を漂うダークマターを震わせ、ドラゴンの断末魔が艦内に響き渡り、艦体がその振動で微かに揺れた。


『ターゲット撃破! 見事です!』

「よし!」


 戦術コンピューターの称賛に安堵するも、艦内の照明が一瞬暗転する。全力斉射は、対消滅機関の膨大なエネルギーを一瞬で使い果たしていたのだ。


「旦那! 次が来ましたぜ!」


「何!?」


 メインモニターに目を戻すと、炎の惑星から新たな龍型の怪物が姿を現していた。

 今度は全長100キロメートルほどの個体――だが、なんと3体だ。


「退避! 機関全速!」


「了解っす!」


 クリシュナは全エネルギーを推進に振り向け、青白いアフターバーナーの炎を尾に引いて猛加速する。

 第三宇宙速度を軽々と超え、亜光速域に突入した頃、ようやく炎のドラゴンたちを振り切ったのだった。


「旦那、すげえ生き物がいるもんですね!?」


「……ああ、だが……」


 本当にあれが「生き物」なのか、確信は持てなかった。もしかしたら、新型の機械兵器かもしれない。

 だが一つだけ確かなのは、ウーサのところで純正燃料を補給していなければ、この危機を逃れることは難しかっただろう。


「とりあえず、ウーサのところに戻るか?」


「ですね。エネルギー、かなり使っちゃいましたし……」


 艦のエネルギー残量を示すランプが赤く点滅している。自然回復を待てば補充されるが、そんな悠長な時間はない。

 この星系はひとまず後回しだ。フランツさんに渡す宇宙図に、この宙域を「極めて危険」と明記し、航行不能宙域として記録した。


「次元跳躍、開始!」

『ワープ、開始します!』


 来た道を急ぎ引き返すクリシュナ。未開の宇宙に、こんな怪物が潜んでいるとは、我々は想像だにしなかったのだ――。

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