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第36話……人造物の恋

 ドライアイスの白い霧に覆われた惑星アルファ。

 その凍てついた地表を突き破り、宇宙船クリシュナが降下する。艦体を叩く無数の氷結晶が、熱反応で凄まじい勢いで炭酸ガスの雲を巻き上げる。

 それは、まるで星そのものが息を吐くかのようだった。


 着陸を終えた私は、すぐさまウーサの営む「なんでも屋」の扉を叩いた。

 金属製の扉が軋む音とともに、店内から甲高い機械音が響く。


「イラッシャイマセ! ッテ、先輩!? オ、オ会イデキテ超ハッピーデス!」


「よお、邪魔するぜ!」


 ウーサは、銀色の二頭身ボディにちぐはぐなアンテナを揺らすロボットだ。

 ブリキのおもちゃのような外見だが、その単純な動作にはどこか愛嬌がある。

 長い間、誰とも接触せずにいたからだろう。私の訪問に、ウーサの光学センサーがピコピコと明滅し、まるで喜びを表現しているようだった。


「ミズ、ドウゾ!」


「サンキュな」


 ウーサが差し出した水の入った容器を受け取る。その手は、機能美に満ちた無機質な銀色で、まるで精密機械としての芸術品だ。

 冷たく滑らかな感触が、私の指先に残る。


「……コンナ早クノオ帰リ、ドウシタンデスカ?」


 ウーサの声は、機械特有の平坦なトーンだ。だが、その奥にわずかな好奇心が宿っている気がした。

 光学センサーが点滅するたび、まるで私の言葉を待っているようだった。


「実はさ……」


 私は、炎の惑星で遭遇した龍の化け物の話を始めた。

 炎と硫黄の匂いに満ちたあの星で、鱗に覆われた巨大な生物が咆哮を上げ、虚空を切り裂いた光景を、細かく語った。

 ウーサは身を乗り出すようにして聞き入り、時折「オオッ!」と合成音で感嘆を漏らす。その無垢な反応に、私は思わず笑みをこぼした。


 ……ふと、気づく。

 ウーサの無機質な仕草や、単純な言葉の端々に、私は心を惹かれ始めているのかもしれない。だが、すぐに自嘲する。相手はただの作業ロボットだ。

 人間のような感情や、男女の概念すら持たない存在。人造物同士の「愛」など、聞いたこともない。


「燃料、手配しますよ!」


「ああ、助かるよ」


 ウーサが店の奥にあるターミナルにアクセスし、クリシュナへの燃料補給を許可してくれた。

 銀色の指がコンソールを軽快に叩く姿に、なぜか目が離せなかった。


「旦那、腹減りませんか?」


 隣に立つブルーが、ブヒッと鼻を鳴らしながら言った。相棒のこの獣人は、いつも腹を空かせている。

 言われてみれば、私も空腹を忘れていたことに気づく。


「そうだな。ウーサ、何か食い物作れるか?」


「ハイ! 今日ノメニューハコチラ!」


 ウーサが差し出したのは、まるで古代の遺物のような羊皮紙だった。滲んだインクで書かれた文字は、まるで異星の言語のようで読めやしない。


「おまかせで」


と告げると、ウーサは


「ワカリマシタ!」


 と弾んだ声で応えた。

 オープンキッチンでは、見たこともない楕円形の卵が鉄板の上で弾け、黄色い穀物と混ざり合う。

 香ばしい匂いが漂い、ブルーと私はあっという間に皿を平らげた。


「ごちそうさま! また来るぜ!」


「次回ノゴ来店モ、オ待チシテイマス!」


 ウーサの事務的な機械音に、私は一瞬聞き惚れた。

 色気も何もないその声が、なぜか心地よかった。ブルーと手を振って店を後にする。

 ドライアイスの地表を踏みしめ、クリシュナへの帰路につく。白い霧が足元で渦を巻き、まるで星そのものが私たちを見送っているようだった。




☆★☆★☆


「なあ、ブルー」


「なんですかい、旦那?」


「好きな相手には、何を贈るのがいいと思う?」


 ブルーの鼻がブヒッと鳴る。


「普通なら花とかじゃねえですか?」


「いや、相手は人間じゃないんだ。……ロボットだ」


「……は?」


 ブルーの目が丸くなる。私は照れ隠しに笑い、頭をかいた。


「作業用ロボットに惚れるなんて、初めて聞きましたぜ!」


「まぁ、確かに変な話だな。……また来た時に考えるよ」


 ブルーは「明日には正気に戻るだろう」とでも言うような顔をした。確かに、それも一つの可能性だ。

 クリシュナは再び虚空へ飛び立ち、新たな星系へと舵を切った。




☆★☆★☆


『ワープアウト完了、艦内正常!』


 戦術コンピューターの報告に、「OK!」と応える。クリシュナは、黄色い恒星が輝く平凡な星系の外縁部に到達していた。


――ガコッ!

 突如、艦体に衝撃が走る。私は即座に身構えた。


「なんだ!?」


 メインモニターに目をやると、クリシュナの周囲に無数の小さな小惑星が漂っている。だが、いつもなら砕け散るはずの岩片が、今回は艦体に凹みを残していた。


「旦那、これは超硬質物質ですぜ!」


 ブルーがセンサー情報を読み上げる。


「全部か!?」


「……概ね、そのようです!」


 この星系の外縁部は、超硬質な小惑星の群れで埋め尽くされていたのであった。

 あまりの数の多さに回避は不可能だ。

 私は即座に指示を飛ばす。


「各砲塔、砲撃準備!」

『了解!』


 左手から生体触手を伸ばし、クリシュナの戦術コンピューターと直結する。

 艦橋のコンソールが光り、システムが戦闘モードに切り替わる。


「砲撃開始!」

『了解! 砲撃モード始動!』


 三基の砲塔が回転し、レールガンが火を噴く。艦首ビーム砲ほどの威力はないが、小回りの利く砲撃は次々と小惑星を粉砕していった。


『撃破確認! 砲撃停止!』

「OK!」


 冷却作業に入った砲身の熱気をよそに、私は艦橋の窓から外を覗く。

 そこには、アメジストの欠片のような輝く破片が、無数に漂っていた。


「旦那、あれをウーサにプレゼントしたらどうです?」


 ブルーの冗談に、私は本気で頷いた。船外スーツをまとい、輝く破片の中から最も美しい一つを採取する。

 冷たく硬いその感触を握りながら、私は思う。これが、恋なのだろうか? 人間でもない、ただの機械に心を動かされるなんて。

 ……だが、この胸の高鳴りは、紛れもなく本物だったはずだ。


 クリシュナは再び星の海へ飛び立つ。私の手には、ウーサへの素敵な贈り物が握られていた。

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