ドライアイスの白い霧に覆われた惑星アルファ。
その凍てついた地表を突き破り、宇宙船クリシュナが降下する。艦体を叩く無数の氷結晶が、熱反応で凄まじい勢いで炭酸ガスの雲を巻き上げる。
それは、まるで星そのものが息を吐くかのようだった。
着陸を終えた私は、すぐさまウーサの営む「なんでも屋」の扉を叩いた。
金属製の扉が軋む音とともに、店内から甲高い機械音が響く。
「イラッシャイマセ! ッテ、先輩!? オ、オ会イデキテ超ハッピーデス!」
「よお、邪魔するぜ!」
ウーサは、銀色の二頭身ボディにちぐはぐなアンテナを揺らすロボットだ。
ブリキのおもちゃのような外見だが、その単純な動作にはどこか愛嬌がある。
長い間、誰とも接触せずにいたからだろう。私の訪問に、ウーサの光学センサーがピコピコと明滅し、まるで喜びを表現しているようだった。
「ミズ、ドウゾ!」
「サンキュな」
ウーサが差し出した水の入った容器を受け取る。その手は、機能美に満ちた無機質な銀色で、まるで精密機械としての芸術品だ。
冷たく滑らかな感触が、私の指先に残る。
「……コンナ早クノオ帰リ、ドウシタンデスカ?」
ウーサの声は、機械特有の平坦なトーンだ。だが、その奥にわずかな好奇心が宿っている気がした。
光学センサーが点滅するたび、まるで私の言葉を待っているようだった。
「実はさ……」
私は、炎の惑星で遭遇した龍の化け物の話を始めた。
炎と硫黄の匂いに満ちたあの星で、鱗に覆われた巨大な生物が咆哮を上げ、虚空を切り裂いた光景を、細かく語った。
ウーサは身を乗り出すようにして聞き入り、時折「オオッ!」と合成音で感嘆を漏らす。その無垢な反応に、私は思わず笑みをこぼした。
……ふと、気づく。
ウーサの無機質な仕草や、単純な言葉の端々に、私は心を惹かれ始めているのかもしれない。だが、すぐに自嘲する。相手はただの作業ロボットだ。
人間のような感情や、男女の概念すら持たない存在。人造物同士の「愛」など、聞いたこともない。
「燃料、手配しますよ!」
「ああ、助かるよ」
ウーサが店の奥にあるターミナルにアクセスし、クリシュナへの燃料補給を許可してくれた。
銀色の指がコンソールを軽快に叩く姿に、なぜか目が離せなかった。
「旦那、腹減りませんか?」
隣に立つブルーが、ブヒッと鼻を鳴らしながら言った。相棒のこの獣人は、いつも腹を空かせている。
言われてみれば、私も空腹を忘れていたことに気づく。
「そうだな。ウーサ、何か食い物作れるか?」
「ハイ! 今日ノメニューハコチラ!」
ウーサが差し出したのは、まるで古代の遺物のような羊皮紙だった。滲んだインクで書かれた文字は、まるで異星の言語のようで読めやしない。
「おまかせで」
と告げると、ウーサは
「ワカリマシタ!」
と弾んだ声で応えた。
オープンキッチンでは、見たこともない楕円形の卵が鉄板の上で弾け、黄色い穀物と混ざり合う。
香ばしい匂いが漂い、ブルーと私はあっという間に皿を平らげた。
「ごちそうさま! また来るぜ!」
「次回ノゴ来店モ、オ待チシテイマス!」
ウーサの事務的な機械音に、私は一瞬聞き惚れた。
色気も何もないその声が、なぜか心地よかった。ブルーと手を振って店を後にする。
ドライアイスの地表を踏みしめ、クリシュナへの帰路につく。白い霧が足元で渦を巻き、まるで星そのものが私たちを見送っているようだった。
☆★☆★☆
「なあ、ブルー」
「なんですかい、旦那?」
「好きな相手には、何を贈るのがいいと思う?」
ブルーの鼻がブヒッと鳴る。
「普通なら花とかじゃねえですか?」
「いや、相手は人間じゃないんだ。……ロボットだ」
「……は?」
ブルーの目が丸くなる。私は照れ隠しに笑い、頭をかいた。
「作業用ロボットに惚れるなんて、初めて聞きましたぜ!」
「まぁ、確かに変な話だな。……また来た時に考えるよ」
ブルーは「明日には正気に戻るだろう」とでも言うような顔をした。確かに、それも一つの可能性だ。
クリシュナは再び虚空へ飛び立ち、新たな星系へと舵を切った。
☆★☆★☆
『ワープアウト完了、艦内正常!』
戦術コンピューターの報告に、「OK!」と応える。クリシュナは、黄色い恒星が輝く平凡な星系の外縁部に到達していた。
――ガコッ!
突如、艦体に衝撃が走る。私は即座に身構えた。
「なんだ!?」
メインモニターに目をやると、クリシュナの周囲に無数の小さな小惑星が漂っている。だが、いつもなら砕け散るはずの岩片が、今回は艦体に凹みを残していた。
「旦那、これは超硬質物質ですぜ!」
ブルーがセンサー情報を読み上げる。
「全部か!?」
「……概ね、そのようです!」
この星系の外縁部は、超硬質な小惑星の群れで埋め尽くされていたのであった。
あまりの数の多さに回避は不可能だ。
私は即座に指示を飛ばす。
「各砲塔、砲撃準備!」
『了解!』
左手から生体触手を伸ばし、クリシュナの戦術コンピューターと直結する。
艦橋のコンソールが光り、システムが戦闘モードに切り替わる。
「砲撃開始!」
『了解! 砲撃モード始動!』
三基の砲塔が回転し、レールガンが火を噴く。艦首ビーム砲ほどの威力はないが、小回りの利く砲撃は次々と小惑星を粉砕していった。
『撃破確認! 砲撃停止!』
「OK!」
冷却作業に入った砲身の熱気をよそに、私は艦橋の窓から外を覗く。
そこには、アメジストの欠片のような輝く破片が、無数に漂っていた。
「旦那、あれをウーサにプレゼントしたらどうです?」
ブルーの冗談に、私は本気で頷いた。船外スーツをまとい、輝く破片の中から最も美しい一つを採取する。
冷たく硬いその感触を握りながら、私は思う。これが、恋なのだろうか? 人間でもない、ただの機械に心を動かされるなんて。
……だが、この胸の高鳴りは、紛れもなく本物だったはずだ。
クリシュナは再び星の海へ飛び立つ。私の手には、ウーサへの素敵な贈り物が握られていた。