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第37話……老いたマーダ

「ブルー、あの星に降りてみるか!」「了解しました、旦那!」 


 私は相棒のブルーに命じ、硬質結晶がきらめく星系のハビタブルゾーンに浮かぶ、スーパーアースらしい惑星へと宇宙空母クリシュナを滑り込ませた。 


 分厚い大気圏を突き抜け、雲の層を抜けると、眼下には鮮やかな緑の海が広がっていた。

 だが、上空からの成分分析で判明したのは、その海の主成分が塩酸だということだった。

 泳げば一瞬で大やけどを負う、危険極まりない海だ。


「ちょっと外を歩いてみるよ。」


「旦那、気をつけてくださいぜ!」 


 着陸を終えた私は、船外活動用の防護スーツに身を包み、惑星の地表を踏みしめた。

 足元には、資源探査装置を設置しながら進む。装置から送られるデータはクリシュナで解析され、遠く惑星アーバレストにいるセーラさんやフランツさんに送信される予定だ。

 良い結果が出れば、ライス伯爵家の利益に繋がる。期待が高まる。


「ブルー、外の景色がすごいぞ! お前も来いよ!」


「了解です!」


 ブルーを呼び出したのは、この惑星の大地がまるで宝石の結晶で覆われているかのような、息をのむ美しさだったからだ。

 価値があるかどうかはわからない。だが、自然が織りなすこの光景は、ただただ眩く、圧倒的だった。


「旦那、すげえ場所っすね!」


「……ああ、ただ、雨が惜しいな。」


 雨が惜しいというのは、単に天気が悪いという話ではない。この惑星の雨は、希塩酸でできていたのだ。

 防護スーツを脱げば肌が焼け爛れるような環境だ。まさに、美しい薔薇には棘がある、といったところだった。



「旦那、車両を出しますか?」


「そうだな、頼む!」 


 この過酷な環境では、さすがに徒歩での探索は厳しい。私はクリシュナから車両を出すことにした。といっても、クリシュナは軍艦だ。搭載されているのは、ステレス戦車のような戦闘車両ばかりだった。


「ブルー、発進だ!」


「了解!」


 ブルーを操縦席に押し込み、私は戦車長席に腰を下ろす。希塩酸の雨を避けながら、キューポラから外の景色を眺めた。

 戦車のセンサーからは、惑星の資源データが次々と送られてくる。エネルギー鉱石や金属鉱物の数値は上々だ。

 さらに、古代文明の兵器遺跡でも発掘できれば申し分ないのだが……。


「旦那、洞窟を見つけましたぜ!」


「よし、入ってみるか!」


 戦車を走らせていると、車両が入れるほどの大きな洞窟を発見したのだ。

 中に進むと、天井は水晶のように輝く鍾乳石で覆われた、幻想的な空間が広がっていた。

 鍾乳洞の中を進むうち、小さな人工物が目に留まった。近づいてみると、遭難者用の簡易シェルターだった。


 私はブルーに合図し、戦車を降り、シェルターの扉を軽く叩いた。


「誰かいますか?」


「……」


 無言で扉が開き、慎重に中へ踏み込むと、そこにいたのはなんとマーダ星人だった。


「!?」


 咄嗟に高周波ブレードを構えたが、相手からは敵意が感じられない。私の副脳も危険信号を発しなかった。


「敵カ? 味方カ? ……残念ダガ、敵ノヨウダナ……」


「……ああ、敵だ」


 目の前にいるマーダ星人は、老いさらばえ、顔も体も皺だらけだった。かつて残忍と恐れられた黄色い瞳にも、生気はほとんど感じられない。


 相手は無言で椅子を勧めてきた。


【システム通知】…この敵性生命体は、既存の遺伝子適合データに該当しません。現行のマーダ星人より古い個体と推定されます。 


 私は勧められた椅子に警戒しながら腰を下ろし、副脳の解析に耳を疑った。


 ……マーダ星人の種が進化しているだと?

 マーダ星人の寿命は人間の6~8倍と言われている。それを考慮しても、旧種族が生きているなど、聞いたこともない話だった。


 人類の種に顕著な進化がこの数千年見られないことを思えば、マーダ星人の進化速度は人類を上回る可能性すらある。これは驚くべき事実だった。


「……ドウゾ」


 驚くことに、このマーダ星人は温かい茶まで出してくれた。成分分析では毒は検出されない。


「キミタチノ警戒ハ、ヨクワカル」


「……」


「ダガ、我々マーダトキミタチハ、同ジク哀レナ子羊ナンダ……」


「どういう意味だ?」


 その頃、ブルーもシェルターに入ってきており、二人でこの弱ったマーダ星人と対峙していた。


「……私ハ、キミタチノ先祖ニヨッテ創ラレタ。今ノマーダ星人ノ母体ダ」


「マーダを創ったのが人類だと?」


 ブルーが思わず声を上げた。

 人類を喰らうマーダを人類が創った?

 それはとても信じがたい話だった。


「……ソウダ。我々トキミタチハ、根源的ニ同ジ、呪ワレタ種族ナンダ…」


「それはどういう意味だ!?」


「……最後ニ、キミタチト会エ、話セテ、トテモ嬉シカッタ……」


 その言葉を最後に、老いたマーダ星人は息を引き取った。本当は同胞にとても会いたかったのだろう。

 私はその亡魂に毛布をかけ、そっと瞼を閉じてやった。


 私たちは戦車で洞窟を後にし、日が暮れるまで資源調査を続けた。

 あのマーダ星人の言葉が心に引っかかるが、今はライス伯爵家の利益が優先だ。資源のほか、古代技術の遺跡もいくつか発見し、発掘の目途をつけていった。


「旦那、人間とマーダが同じ呪われた種族って、どういう意味なんでしょうね?」


「さあな。とりあえず、バイオロイドの俺たちには関係ない話だろ」


「そりゃそうっすね!」


 ブルーには軽く返したが、あの老マーダ星人との出会いは、私の心に深く刺さっていたのだった。

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