クリシュナの艦橋で、ブルーと簡素な夕食を取っていると、けたたましい警報音が響き渡った。
「――ピピピ!」
それは超光速通信の緊急信号だった。通話モニターを立ち上げると、映し出されたのは懐かしいフランツさんの顔だった。
「カーヴ殿、元気か?」
彼の声はいつも通りの落ち着きを装いつつ、そしてどこか切迫していた。
「はい、問題ありません。何かご用ですか?」
「実は、友軍の惑星がマーダの襲撃を受け、絶体絶命の危機にある。あと一ヶ月持つかどうかも怪しい。至急、救援に向かってくれ。宙域座標はBVX-863、第三惑星ジュノーだ。」
「了解しました! すぐに向かいます!」
「詳細なデータは圧縮して送る。頼んだぞ!」
通信が切れると同時に、宙域データがクリシュナのシステムに転送されてきた。
惑星ジュノーは、われわれの拠点である惑星アーバレストから数百光年も離れた辺境。映像通信だけで膨大なエネルギーコストがかかる遠方だ。
「旦那、出撃ですか?」
ブルーが箸を置き、目を光らせた。
「ああ、急いでワープの準備を進めろ!」
「了解!」
私はブルーに長距離次元跳躍航法の準備を指示。ついでに、ペットのポコリンをチャイルドシートに固定した。
「ぽここ?」
ポコリンが不満げに鳴いた。
「すぐ終わるから、大人しくしててくれよ。」
もちろん、それは真っ赤な嘘だった。クリシュナは十数回の長距離ワープを強行し、二週間にわたる過酷な航行の末、ようやく惑星ジュノーが視認できる宙域に到達した。
☆★☆★☆
「旦那、あれが敵の母艦ですかね?」
ブルーがモニターを指差した。
「ああ、間違いない。」
クリシュナは小惑星に偽装し、静かに航行していた。敵にも味方にも気づかれていない――今のところは。
マーダ軍はすでにジュノーの周辺宙域を制圧し、惑星揚陸艦を展開して地上戦を開始していた。
敵艦は大小20隻以上。その中でもひときわ異彩を放つ旗艦――全長3キロメートルを超える巨大な母艦は、クリシュナの10倍もの規模を誇っていた。
「先制攻撃をかける! 偽装用の前方の岩塊を爆破し、同時に敵母艦の護衛艦を砲撃しろ!」
「了解!」
「ぽここ~♪」
クリシュナの艦首主砲が一斉に火を噴き、青白い光条がマーダの護衛艦群に突き刺さった。
ガンマ線の奔流が艦を瞬時に蒸発させ、虚空に閃光を散らす。
「主砲塔、続けて砲撃! 母艦を孤立させろ!」
戦術コンピューターが私の声を認識し、3基の連装レールガンが電磁加速した高次元質量弾を次々と発射。
敵艦の装甲を打ち砕く轟音が、艦橋に響き渡った。
「敵火砲、接近!」
「電磁防壁、最大出力!」
クリシュナの前方防御は、地球連合軍でもトップクラスだ。この世界の兵器では、正面からクリシュナを貫くことなど不可能に近い。
「ミサイル接近、総数160!」
電磁防壁を迂回するように、誘導兵器が後方から殺到してきた。
「迎撃ミサイル発射! 対空機銃で応戦しろ!」
後甲板のVLS(垂直発射システム)が作動し、同時に戦術コンピューターと連動したレーザー機銃が敵ミサイルを次々に撃ち落とした。
15分にわたる激しい砲撃戦の末、敵は母艦を残して壊滅。だが、母艦の防御システムと装甲は予想以上に堅牢で、クリシュナの攻撃でも有効打を与えられずにいた。
「艦載機、発艦!」
「ぽここ~♪」
護衛艦を排除した瞬間、後方の電磁カタパルトから飛び立ったのは、ポコリンが操縦する戦闘機【サンダーボルト】だった。
アブの如く嫌らしく機敏に動き、敵母艦の脆弱な部位に執拗な攻撃を仕掛けていく。
「敵母艦が撤退を始めた!」
「逃がせ!」
「いいんですかい?」
ブルーが不満げに眉をひそめた。確かに、このまま戦えば時間はかかっても撃沈は確実だった。
「今は時間が惜しい。至急、地上の支援に向かうぞ! 私も艦載機で出る!」
「了解!」
クリシュナをブルーに任せ、私とポコリンの機は地上に展開するマーダの部隊へ攻撃を開始した。
搭載ミサイルを惜しみなく放ち、地上戦闘車両を次々に爆砕。ミサイルを撃ち尽くした後は、ビームバルカンで精密な掃射を繰り返した。
「一時帰投! 補給を頼む!」
「了解!」補給基地ウーサの支援のおかげで、エネルギーや誘導弾を潤沢に補充できた。
攻撃は容赦なく、8時間にわたって反復して行った。
激しい機動による回避時のGで、私の身体はボロボロになり、表皮のあちこちにも血が滲んだ。
艦載機でマーダの対空兵器を黙らせた後、クリシュナも衛星軌道上から砲撃を開始。
ジュノーの地上部隊もこれに応じ、順次反転攻勢に転じた。これにたまらずマーダの地上部隊は次々と壊滅していったのだった。
地上戦に一定の目処がつくと、ジュノーの司令部から通信が入った。
「援軍に感謝する! 貴部隊の所属を問う!」
「惑星アーバレスト、ライス伯爵麾下の宇宙空母クリシュナであります!」
降下するクリシュナは、歓声を上げる同胞たちの輪の中に着陸。まるで救世主の凱旋のような熱狂だった。
「よくやってくれた! ジュノー男爵がお待ちだ!」
高級将官たちに迎えられ、ブルーと共に車に乗り込んだ。クリシュナにはポコリンが留守番だ。
車窓から見えるジュノーの風景は、荒涼とした荒野が広がる厳しい環境だった。人間たちはここでもドーム状のコロニーで暮らしている。
そして、惑星最大の半円ドームに到着すると、街は歓喜に沸いていた。
「誰だか知らんがありがとう!」
「おかげで助かった!」
市民からの感謝の声が響く中、街の中心にある壮麗な建物に案内された。
男爵の執務室に通された瞬間――
「なんだ、この半機械の化け物は!? それにその汚らしいブタは何だ!?」
男爵の罵声が、部屋に響き渡ったのであった。