目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第39話……ジュノー男爵と老元帥

「男爵様、どうかご一考を……そのようなご判断はあまりに拙速かと……」


 惑星ジュノーの将官たちが、恐縮しながらも声を揃えて進言する。しかし、男爵の顔は怒りに紅潮していた。


「黙れ! このような人外の、得体の知れぬカラクリ風情の助けなどいらん! さっさとこの者を追い出せ!」


 男爵の雷鳴のような怒号に押され、私は立派な装飾が施された館を後にした。

 半機械のバイオロイドである私の存在は、この星の貴族にとって耐え難いらしい。


 だが、館の外で待っていたのは、意外な人物だった。惑星ジュノーの防衛を一手に担う老将、グラウス元帥だ。

 彼は申し訳なさそうに頭を下げ、私と相棒のブルーを自邸へと招いてくれた。


「カーヴ殿、ブルー殿、この度は誠に申し訳なかった。せっかく我が星を救ってくれたというのに、男爵の無礼をお許し願いたい」


「気にしないでくださいよ、元帥」


 私は笑って手を振った。


「そうそう、いいってことです!」


 ブルーも豪快に笑い、場の空気を和らげる。とはいえ、男爵の言葉がまったく気にならなかったわけではない。

 だが、老将官の恐縮した態度を見ていると、彼の上司がどれほど扱いにくい人物か想像がついた。


 長年仕える部下の苦労は、星を隔てても変わらないものだ。老将官の話は、予想以上に重いものだった。


「実はですな、この星には古い傷があるのです。遠い昔、機械化された兵団が反乱を起こし、多くの血が流れたのです。それ以来、男爵を始めとする多くの者が、機械化された存在を信じられなくなった……」


 彼の言葉に、私は静かに頷いた。この星の人類は、マーダとの戦いの前に、機械化された人類や亜人種との争いを経験していたらしい。


 だからこそ、惑星アーバレストでも純粋な人間しか見かけなかったのだ。だが、私はこの星の人々を笑う気にはなれなかった。


 地球文明もまた、同じような過ちを繰り返した過去がある。純正人類とそれ以外の存在が互いを敵視し、壮絶な戦火を交えた歴史。

 そして、その戦いの果てに、すべての機械化兵器は地球条約によって全廃された。


 その結果、私のような半機械のバイオロイド兵士が生まれたのだ。


「……だからこそ、男爵の態度は仕方のない部分もある。どうか、カーヴ殿にはご機嫌を直してほしい」


 老元帥が頭を下げる姿に、私は苦笑しながら答えた。


「了解しました。気にしていませんよ」


 苦労が多そうな老元帥のような人物にペコペコされると、断る選択肢などない。



 その後、グラウス元帥は私とブルーを浮上型自動車に乗せ、惑星ジュノーの観光案内を始めた。

 だが、正直なところ、景色は期待外れだった。ゴロゴロと転がる岩石と荒涼とした大地。風光明媚とは程遠い、殺風景な世界が広がるばかりだ。

 それでも、将官は目を輝かせて語る。


「どうです、この巨大な玄武岩! 壮観でしょう?」


「え、ええ……そうですね」


 私は曖昧に頷くしかなかった。この瞬間、星間を渡り歩くビジネスマンや外交官たちの苦労を心から尊敬した。

 友好親善とは、戦場が前線だけではないことを痛感させる苦行であったのだ。


 夕刻時、将官が手配してくれた高級レストランに足を踏み入れる。

 そこは木目の内装と柔らかな照明が、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。


「さあ、存分にご賞味あれ!惑星ジュノーの自然の恵みを集めた料理です!」


「いただきます!」


 ブルーが勢いよく声を上げる。どんな奇抜な珍味が出てくるのかと身構えたが、運ばれてきたのは海鮮の前菜に続き、シンプルなハンバーグステーキだった。


 熱々の石皿の上で肉汁がジュウジュウと音を立て、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


「こりゃ、美味い!」


 観光にうんざりしていたブルーも、みるみる生気を取り戻す。


「でしょう! これは我が星の鳥鹿のミンチ肉で作った一品ですよ!」


 将官が得意げに胸を張る。


「鳥鹿?」


 聞き慣れない名前に私が首をかしげると、将官は小型のパネルを取り出し、映像を見せてくれた。

 そこには、鹿の背に翼を生やした幻想的な生物が映し出されていたのだ。


「……宇宙って、ほんと広いな」


 私は思わず呟いた。これからも、想像を超える生き物たちに出会うのだろう。

 食事を終えた後、元帥はさらなるもてなしを用意してくれていた。貴重な水を贅沢に使った温泉だ。

 惑星ジュノーでは、アーバレスト同様、水は貴重な資源だ。湯で贅沢に満たされた湯船に浸かると、戦闘で傷ついた人工皮膚に石鹸がしみたが、ブルーと過ごすこの時間はまさに至福だった。


 その後、医務室で若い女性看護師に傷の手当てを受けた。

 人工皮膚を消毒し、亀裂に薬を塗り、丁寧に包帯を巻いてくれる。バイオロイドの体は人間より遥かに回復力が高いが、人の手による温かな治療は心まで癒してくれたのだ。


「カーヴ殿、この度は本当にありがとう。この恩は決して忘れんよ!」


 元帥の声は力強かった。


「はは、お互い様ですよ」


 私は笑って答えた。

 満面の笑みで手を振る将官たちに見送られ、私たちの乗る宇宙空母クリシュナは、星々が瞬く夜空へと飛び立った。




☆★☆★☆


『カーヴ殿、今回は本当にお疲れだった。……その、男爵の無礼については、申し訳なかった』


 通信スクリーンに映るフランツさんの顔は、どこか硬い。赴任先の男爵が私を差別したことを気にしているようだった。


「気にしないでください。よくあることですよ」


 私は軽く笑って返す。


『そう言ってくれると助かる。……だが、カーヴ殿。実は一度、惑星アーバレストに戻ってきてほしい』


「え? 大丈夫なんですか?」


 私は思わず身を乗り出した。


『……いや、正直、簡単な話ではない。カーヴ殿が王家に対して不敬だったという話が、いまだにアーバレストの有力者たちの間でくすぶっている。だから、極秘裏に帰還してほしい』


「承知しました」


 私は短く答えた。


 『心苦しいが、頼んだぞ』


 申し訳なさそうに言うフランツさんの顔が、通信モニターから消える。

 私はモニターの電源を切り、静かに息をついた。


 この件もまた、私が人間でないことが原因の一端を担っているのだろう。そんなことを考えながら、私はクリシュナの速度を上げる。


 艦は惑星ジュノーの重力圏を抜け、ユーストフ星系のアーバレストを目指して進んだのだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?