――ライス伯爵家。
セーラさんの家であり、フランツさんが家宰を務める家でもある。
この世界については詳しくないが、少し調べたところによると、この地が共和民主制を採用していない理由があるようだ。
なぜかは分からないが、この世界の人類は広範囲の宇宙に散らばって未開の惑星に住んでいる。
推定総人口は約20億人といったところだろう。
宇宙に広がる人類に対して、通信インフラや行政を整備しようとした際、当時の中央政府は面倒な民主的手続きに嫌気がさし、政策の効率を求めた。
その結果、各惑星の地元の有力者を貴族階級として配置し、地方統治権を認める代わりに、中央政府を各惑星政府の上に立つ王家として成立させたらしい。
こうした複雑な要因の結果として、ライス家が統治する惑星アーバレストにも、昔の名残として形式上の民主議会が残っているのだ。
私は先日、マーダ連邦に奇襲され、安否不明になった王家を無視した提案をしてしまった。
これが予想外の反感を呼び、今回の惑星アーバレストへの帰還も、人目を避けての密かなものとなってしまった。
ユーストフ星系に到達したクリシュナは、減速しながら惑星アーバレストの衛星軌道に到達した。
夜間に隕石のように見せかけ、自然重力による落下でアーバレストの海面に着水。
秘密裏にA-22基地の秘密港湾施設に入港したのであった。
☆★☆★☆
「カーヴ殿、お帰りなさい!」
A-22基地でフランツさんが出迎えてくれた。
彼は優しく私の肩を叩く。
「ただいま戻りました!」
「いやいや、資源調査の結果は非常に貴重なものだった。さすがカーヴ殿。これからの開発が楽しみで仕方ないな。はっはっは!」
フランツさんは私が持ち帰った資源データを受け取り、満足そうな表情を浮かべている。
その様子を見て、私も少し嬉しくなる。
トムとレイは用事で基地にいないらしい。
二人とはしばらく会っていない。
彼らも元気にしているだろうか?
「……では、一度お嬢様にもこのデータを見ていただきますぞ!」
「はい、よろしくお願いします!」
夜も遅くなったため、フランツさんは一旦セーラさんの待つ館へ帰ることに。
私とブルーは久しぶりにA-22基地のフカフカのベッドで眠ることになった。
☆★☆★☆
――翌日。
「カーヴ殿、起きてください!」
「はい?」
早朝にも関わらず、フランツさんが私を起こしに来る。昨晩はブルーと一緒に寝酒を楽しんだため、わずか三時間しか眠れていない。
「お嬢様、こちらへどうぞ!」
「ぇ?」
「おじゃましましてよ!」
A-22基地の士官用の仮眠室に、外出着姿のセーラさんまでやって来た。彼女の顔には緊張が浮かんでいる。
「フランツさん、一体なにがあったんですか!?」
「民主派のクーデターです!」
「え!? 私が原因ですか?」
「……いえ、あまり関係ありません。他の星系の惑星でもたまに起こるんですよ、民主派のクーデターが!」
民主派のクーデターという言葉には馴染めないが、民衆が武装蜂起し、セーラさんとフランツさんはA-22基地へと避難してきたのだ。
着替えて基地の入口のゲートに出てみると、早速民衆の姿が見えた。複数の武装した車両が押し寄せてきて、大きな横断幕には『独裁反対!』と書かれている。
「独裁者を出してもらおう!」
「ここは私の私有地です。立ち入りはお断りします!」
A-22基地は私の私有地の中にある。もし相手が入ってきたら、不法侵入ということになる。
「我々は民主主義者だ! つまるところ正義である! 不当な独裁者は倒されるべきだ!」
と叫ぶ大勢の者たち。
「回答は後日行いますので、今日のところは帰ってください!」
と私は強く言い返す。
相手も流石に武装した基地には入ってこず、とりあえず帰ってくれた。
私は急いで歩哨を増やし、各所に基地の警備を厳重にするよう命令したのであった。
☆★☆★☆
「フランツさん、正規軍はどうしたんです?」
私は基地内の冷たく静かな空気の中で、落ち着きを保とうとしているフランツさんに問いかけた。彼の表情には、焦りと無力感が浮かんでいた。
「昨晩、ネメシス殿が脱獄し、彼の指導下にある者たちが急速に命令系統を奪取してしまいました。申し訳ありません」
と、フランツさんは言った。その声には重い責任が感じられた。
「フランツは悪くないわ!」
セーラさんが、彼の肩を叩きながら励ます。彼女の声には、希望を失わない強さがあったが、私たちの状況は厳しかった。
どうやら、腐敗した軍人たちと過激な民主派が手を組んで反乱を起こしたらしい。
さらに、中央王権を支持する極右派までが混ざり込み、もはや様相は混沌を極めていた。
予想される反乱軍の数は驚異的で、アーバレストの正規の地上部隊だけで5万名を数える。
その一方で、私たちがいるA-22基地の兵力はわずか2000名。もし彼らが攻め込んできたら、抵抗する術はないだろう。
「相手に攻め込まれたら、ご領主様の安全が保障できません!」
私はそうフランツさんに告げた。すると、彼から意外な返答が返ってきた。
「……では、お嬢様を伴って逃げてください! 私が残ります!」
「フランツ!」
セーラさんは悲鳴のような声を上げたが、フランツさんの意志は硬かった。
「全員で逃げることは、相手の支配権を認めることにつながりますからな」
と、彼はケセラセラと笑ってみせた。
しかし、その笑顔の主の軍事的な知識の欠如は、我々にとって致命的だった。
守備する兵士たちの事も考えれば、彼にこの基地の防備を任せるわけにはいかない。
私はその日のうちに、急いでレイとトムを召喚した。
彼らとともに、セーラさんの脱出作戦を練ることにしたのだ。
……時間がない。
私たちの安全は、まさに今ここでの判断にかかっているのだ。
民衆の反乱という未知の状況で、私たちの運命が決まろうとしていた。